第251話:偉い人の真似

1.sideシエル=オーランド



「最近、魔王の影響で魔物が活発化しているそうだ。いいかい? 村の外には出ないようにするんだよ?」


 銀髪のエルフの青年が同じく綺麗な銀髪の少女の髪を撫でる。


「子ども扱いするな! 頭を撫でるな!」


 それを不満そうにばしっと払い除けるエルフの少女。

 幼少期のシエル=オーランドである。

 

「まだ生まれて10年とちょっとなんだから、僕から見れば子どもどころか赤ちゃんみたいなものだよ」


 青年は優しく目を細める。


だってわたしより200年くらい先に生まれただけで、まだ子どもでしょ!」

「そうかもしれないね。父上や母上に比べればまだまだ僕も若輩さ」

「じゃ、じゃくはい……?」

「未熟ってことさ。それじゃ僕は狩りへ出てくるから、良い子でいるんだよ」


 シエルの兄、アルフォンス=オーランドは爽やかな笑みを浮かべて立ち上がり、家を出ていった。

 残されたシエルはひとり、首を傾げるのだった。


「みじゅく……?」




 基本的に少数で各地にばらけて生活するエルフだが、彼らにも王という概念は存在する。


 妖精王オーベロン。

 女性であれば、妖精女王ティターニア。

 それが彼らエルフの王に与えられる名だ。


 そしてこの時点でのオーベロンとは、シエルの父のことを指していた。


 つまりアルフォンスは次期妖精王であり、シエルは次期妖精女王の候補なのだ。


 両親は各地のエルフたちと交流があるので忙しく、実質的に兄のアルフォンスがシエルの面倒を見ている。

 勉強を教え、魔法を教え、王族としての在り方を教える。


 勉強と王族としての心得に関しては、シエルの最も苦手とするものだったが。


 勉強はともかくとして、王族らしく振る舞うというのはシエルにとって理解の及ばないものだった。

 王様だろうがなんだろうが、他の人達と何も変わらない。


 しかし兄上は王族らしい振る舞いをしろと言う。

 よくわからない。


 アルフォンスに課題として与えられた礼儀作法の本を読みながら、シエルは腕組みをしてうーむと唸る。


 

「あ、そうだ。いいこと考えた!」



 そしてとあることを思いつく。

 

「兄上、びっくりするだろうなあ」


 悪戯っぽい笑みを浮かべながら、兄の帰りを待つのだった。



 そして数時間後。



「ただいま、シエル」

「おかえりなのじゃ、兄上!」


 アルフォンスはぽかんとした表情を浮かべる。

 聞き間違いだろうか。

 いやしかし、エルフの聴力で聞き間違いなんてありえるはずがない。


 故にアルフォンスが選択したのは、もう一度やり直してみる、ということだった。



「た、ただいまシエル」


 声が震えていたのは言うまでもない。


「おかえりなのじゃ兄上!!」


 先程の10割増しで元気に返事をされたアルフォンスは、苦笑いを浮かべるしかなかった。


「ええと……一体どういうこと?」




…………

……




「なるほどつまり、王族としての振る舞いをするために前精霊王……お爺ちゃんの真似をしてみたってことね……」

「そうなのじゃ!」


 えへん、とシエルは胸を張る。

 アルフォンスは頭を抱えたくなった。


 どうしよう、うちの妹は可愛いが馬鹿なのかもしれない。

 深刻な悩みだった。

 

「わしの知る中で一番えらいのはお爺ちゃんなのじゃ! だからお爺ちゃんの真似をするのじゃ!」

「ははは……」

 

 アルフォンスは諦めた。

 こうなった妹は何を言っても聞かない頑固者なのだ。


「一体誰に似たのやら……」



2.sideシエル=オーランド



「うーん、可愛いからいいんじゃないかな?」

「そうよアル、こんなに可愛いのにやめさせるなんて勿体ないわ!」

「父上、母上……」


 シエルの口調について、家族会議が行われた。

 

 アルフォンスによく似た青年――既に1000歳を超えているが――の姿をしている父、すなわち精霊王、イアン=オーランド。

 そして二十歳前後にしか見えないが1500歳を超えている二人の母、フィリア=オーランド。


 仮にも王族が行う家族会議としてはあまりにも議題がしょうもない気もするが、当人たちは真剣だった。

 

「……まあ、確かに可愛いんだけどさ」


 シエルの父も母も親馬鹿だったが、アルフォンスもまた兄馬鹿だった。

 別にそれはそれでいいんじゃないかな、いずれ落ち着くだろうし。

 みたいなノリである。


 と、いうのが半分。


 もう半分は――


「父上、母上、各地のエルフたちの反応はどうです?」

「……芳しくはないな」


 イアンの表情が暗くなる。

 

 当時、エルフは魔王に脅されている立場にあった。

 与すれば、生かす。

 そうでなければ、滅ぼす。


 駆け引きもなにもない、一方的な宣言。

 それに対して、各地のエルフたちは全エルフの半分を魔王に差し出すことで滅びを免れることにしたのだ。


 もし魔王が世界に勝利したとしても、エルフという種族は残るように。

 

 精霊王と言えども、基本的には名ばかりだ。

 特に何かを統治したり、決定権があったりというわけではない。


 しかし責任は負わなければならない。


 故に各地を飛び回っているのだ。


 当然、イアンとフィリアの心労は計り知れない。

 暗くなる雰囲気の中、イアンがふと呟く。


「そういえば人間の勇者がされたと聞いたな」

「勇者……ですか?」


 聞き慣れない単語にアルフォンスが反応する。

 既に興味の薄い話題に移っているのでうとうとしていたシエルを肘でつつきながら。


 このような話を真剣に聞くのも王族の務め、というわけである。


「なんでも、強力な運命に導かれているらしい。魔王との戦いに備え、人間が大量の命と引き換えに禁呪を使って呼び寄せたのだとか」

「禁呪……ですか」

「あまり良い響きではないが……期待するしかない」

「……すみません。僕にもっと魔力があれば、魔王になにか対抗できたかもしれないのに」


 アルフォンスは歯噛みする。

 

 彼の才能はエルフたちの中でもずば抜けていた。

 しかしそんな彼の才能に、魔力量が伴わなかった。


 並のエルフの3分の1程しかないのだ。


「いや……魔力の多寡の問題ではない。それこそ命の代償を支払わずに禁忌魔法を使えるほど無尽蔵の魔力があるならば、まだ目はあるかもしれないが……」

「わしが大きくなったら魔王なんてこてんぱんにしてやるのじゃ!」


 理解もしないまま話を聞いているだけだったシエルが反応する。


「確かに、シエルなら僕と違って魔力も多いし、才能にも溢れている。本当に魔王も倒せるかもしれないね」


 アルフォンスは微笑んでシエルの髪を撫でた。

 シエルはくすぐったそうに肩を縮める。

 尊敬する父上と母上の前なので、手を払いのけるのは我慢したが。


「だから頭を撫でるのをやめるのじゃ!」

「あら、じゃあ母上も頭を撫でちゃだめなのかしら?」

「う……母上だけは特別なのじゃ」

「え、父上は?」

「父上はだめなのじゃ!」

「ええっ!?」


 イアンがわざとらしく落ち込む。

 そして笑い声が溢れる。


 魔王という危険分子が存在し、エルフの行く先も決して明るいとは言えない。

 しかし確かに幸せな時間がそこにはあった。





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区切りの問題で少し短めです。

すみません。

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