第250話:過去のトラウマ

1.



「……なんか禍々しいのがいるわね」


 スノウが呟く。


 あちこちの国の軍トップに挨拶回りをしているわけだが、その途中で黒くて棘棘しい感じの、明らかに敵幹部だろあれ、みたいな鎧を着ている人がいた。

 

 周りの人たちの接し方からして明らかに偉い人だというのはわかるのだが、如何せん見た目が怖い。


「あれ、呪いを受けてるわ。それもかなり強いやつ」

「……呪い?」

「どんな種類かまではわからないけどね。多分あの禍々しい鎧は呪いを抑える為の魔道具かなにかよ」


 へえ……そんなのもあるのか。

 まあ、魔法があるのなら呪いだってあるよな。

 魔女とかって魔法使いというよりも呪いをかける存在、みたいなイメージがあるし。


 とりあえず他のお偉いさんには挨拶しているのにあの人だけには挨拶しない、というのもよろしくないだろう。


 俺は面接で落ちまくっていた時期に身に着けた自然な笑みスマイルを浮かべて鎧の彼に近づいていく。

 すると彼もこちらに気付いたのか、こちらを振り向いた。

 うわ、兜部分のデザインもめっちゃ怖い。

 鬼とか悪魔とか、その辺がモチーフになっていそうなデザインだ。

 子どもが夜中に出くわしたら泣くぞこんなの。



「どうも、シエル=オーランドの仲間の皆城悠真です。こっちはスノウ」


 ぺこ、とスノウが頭を下げる。

 すると、禍々しい鎧の彼は――


「おお、あんたらが! よろしくよろしく、ワイはコンスタン=ベッケル言います。コーンとでも呼んでください。こんなんでも一応セフゾナズ帝国、陸軍中将やらせていただいとります。ま、帝国出身ではないねんけども」


 思ってた1万倍くらい気さくな感じで手を差し伸べてきた。

 関西弁ぽいイントネーションに聞こえるが、多分自動で発動しているっぽい謎翻訳の関係なんだろう。


 にしても、帝国か。

 <滅びの塔>が落ちている主要国家の中では、当事者のセーナルを覗いて唯一の参戦国だな。

 雨の国ラントバウ、技術大国メカニカ、そして元聖国のハイロンは地理的に遠いのだ。


「ど、どうも」


 多少面食らった俺がおずおずと手を差し出すと、がっしり握られてぶんぶん振られる。


「いやー、まさか伝説のエルフのお仲間さんとお知り合いになれるなんて光栄ですわ! 今度ぜひ帝国の方にもきてください。ところでそちらの別嬪さんはミナシロさんの妹さんかなにかですのん?」

「いや、妹ではなくて……まあ恋人みたいなものですかね?」

「恋人……? にしては……」


 先程までの気さくな様子が一変して、スノウと俺を交互に見るコーンさん。


「……どうかしました?」

「あー、なんでもないですないです。へえ、恋人かあ! いいなあ、ワイ全然モテへんのですわ! ちょっとはあやかりたいもんですわ! あ、すんまへん、この後ちょっと作戦会議やらせていただくんで、これで」


 すぐに先程の様子に戻って、コーンさんはぺこぺこしながら離れていってしまった。

 賑やかな人だったな……


「……あいつ、あんたとあたしの間に魔力的なパスが繋がってるのを見抜いてたわね。だから肉親だと思ったのよ、きっと」

「へえ……そういうのって普通できるもんなのか?」

「相当魔法に精通してないと無理ね。あたし達は意図的にあんたとの繋がりを魔法で隠してるから。いざっていう時にあたし達の間に魔力的な深い繋がりがあるとバレるとそれを利用されたりしかねないし」

「……つまりお前の魔法を飛び越えてそれがバレたってことか?」

「そういうことになるわね」


 呪いを抑えているらしい鎧と言い、スノウの魔法を看破する観察眼と言い。

 凄い人がいるもんだな、帝国ってのは。



2.



「おかえりなさいませ。マスター、スノウ」

「ああ、ただいま」

「ただいま。シエル、あんたって凄いのね。誰に話しかけてもシエル=オーランドの名前を出したら全部スムーズに話が進んだわよ」


 スノウが自分の創造魔法で作り出した椅子に座る。

 俺の分はウェンディが出してくれたので、そこに腰掛けた。


 話を振られたシエルが肩をすくめる。


「長いことあちこちで活動してきてるからのぉ」

「……で、作戦の方はどうだ? あのデカブツなんとかできそうか?」


 恐らくこの場の主導権を握っているであろう知佳に聞いてみる。


「後は実行するだけ」

「おお」


 何をどうするのだろうか。


「まず――」


 シエルが地面に手をついた。


じゃろ」


 俺たちの目と鼻の先にある海が、ガボッ、と大きな音を立てて

 

「海底を1000メートル程度掘り下げたのじゃ。ようは落とし穴じゃな」

「お、おお……」


 いきなりスケールのでかい事するな。

 最初にズボッと沈み込んだ後は海面が思ったより荒れていないのも、恐らくシエルが魔法で制御しているからだろう。


 シエルの<そこに在るものを操る>魔法。

 海底だけでなく、海の水そのものにも作用させることができるのか。

 凄いな。

 

 シエルに一度教わったことがあるのだが、物を操る魔法というのはその操る対象が液体に近づく程に難易度が跳ね上がるらしいのだ。

 

 岩や木などは比較的難易度が低く、土や砂となると難しくなる。

 形が流動的に変化するからだ。


 そして当然その理屈では最も操るのが難しいのは、水。


 それも海となればただの水ではない。

 波という不確定な要素が生じる。

 海底を陥没させた後ならばそれはより激しく起きるわけで。


 俺は岩を浮かせてぶつける程度が限界だった。

 シトリーやウェンディでも、コップに入った水を操る程度ならまだしも今の海面ほど流動的に変化するものを制御するのは不可能だろう。


「わし本来の魔力では到底無理な芸当じゃがな。しかし思ったより余裕がありそうじゃな、悠真」

「ど、どうだろうな……」


 シエルは「」と言っていた。

 つまりこの作戦にはこの先があるわけだ。


 いまのでも結構魔力は持っていかれたような気がする。


「フレア、次はおぬしの番じゃぞ」

「はい」


 フレアが両手を胸の前で組んで、目を閉じた。

 そして更に魔力が減る感覚。


「……何をしたんだ?」

「シエルさんが陥没させた水底に大きな熱源を配置したのです。水に干渉させると大爆発が起きてしまうので、その分のコントロールに使う魔力が大きいのですが……流石お兄さま、まだまだ平気そうですね!」

「お、おう……」


 平気かどうかはちょっと自分でもよくわかっていないのだが。

 流石にこれがあと何回か続くとやばそうだ。


「ベヒモスが落とし穴の底でフレアの熱に灼かれてる間、出てこられないようにスノウが氷で蓋をする。これで倒せなかったら真正面から戦うしかない」

「……作戦というか、ただのゴリ押しだよなこれ」

「あそこまで大きいと正直それくらいしかすることがない」

「それもそうか……でも案外、なんとかなりそうじゃないか?」


 シエルの落とし穴で動きを止め、フレアの熱でダメージを与え、更にスノウの氷でそれを閉じこめる。

 

「なんとかなれば良いのじゃがな……問題はベヒモスの反撃の規模じゃ。魔力はおぬしがいればなんとかなるとしても、規模の問題で対処できない可能性は十分ある」

 

 シエルはあくまでも慎重なようだ。

 何故ここまで警戒するのだろうか。

 確かに強大な敵だ。

 

 しかしどうにもならない……という程の戦力差は感じない。

 そもそも、俺の魔法でどれだけダメージが通るか、という実験に関してもそう。

 転移石というかなり安全な離脱策があるにも関わらず、ある程度近づくのを待って安全な地面から攻撃することに拘ったのはシエルだ。


 確かに、転移石があるとは言え、海上で戦うよりも地上で戦った方がより安全ではあるだろう。

 しかしそこまで気にする程のことだろうか。

 

 俺一人で海上まで出ていくのならともかく、空を飛べるウェンディあたりがついてくるのは間違いないわけだし。


 確かに、シエルが幼い頃にいたという魔王。

 当然、今ほど強力な力は持っていなかっただろう。


 だから必要以上に相手を大きなものとして見ているだけなんじゃないか。

 そう思ってしまう。

  

「……ねえシエルちゃん、もしかしてベヒモスに関して昔何かあったの? エルフとダークエルフの確執だけじゃなく……個人的な何かが」


 どうやらシトリーも同じことを考えていたようで、シエルにそんなことを訊ねる。


「何があったという程のことでもないんじゃが……」


 もちろん俺とシトリーだけではない。

 他の人たちも同じことを考えていたようだ。

 全員の視線を受けたシエルが観念したようにため息をついた。


「……わしが当時住んでいた村が、ベヒモスの滅ぼした大陸にあった。それだけのことじゃよ」

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