第249話:孫の顔
1.
ベヒモスと言えばカバとかゾウみたいな見た目を想像するだろう。
この世界のベヒモスもその例に漏れずカバとマンモスを合成させたような見た目をしているそうなのだが、そのサイズ感がバグっている。
全長1000メートル。
1000メートルだ。
つまり1km。
もはや生物の大きさを示す為に使われる単位ではない。
出現地点が海だったので幸いにしてまだどこにも被害は出ていないそうだが、そんなサイズ感の魔物が上陸すればどうなるかなんて考えるまでもないだろう。
ただでかいだけではない。
ベヒモスは魔法を使うのだ。
それも<極大魔法>と呼ばれる程に規模の大きなもの。
シエルいわく、聖王の成れの果てを倒した時のシトリーの雷が<極大魔法>のそれと同等の規模らしい。
そんな化け物がゆっくりと、この国――セーナルのある大陸へ向かっている。
防壁国家セーナルは海に面している。
角度的にベヒモスはこちらへ真っ直ぐ進んでいるので、まずぶつかるのはセーナル――そしてセーナルの防壁結界だろう。
俺とシエルの前で、セーナルのトップ――フルヴィオ=ウェスリという男が頭を下げていた。
「シエル様、どうかこの国をお救いください」
ダークブラウンの短い髪に整えられた口ひげ。
年齢は50ちょいくらいだろうか。
聖王のような腐った上層部、というよりは柳枝さんや西山首相のようなやり手のおっさんぽさがある。
「もちろん、報酬はお出しします。お約束頂いていた魔石や、我が国を定期的に訪れるという条件も当然なかったことに致します」
防壁国家セーナル。
あらゆる外敵から身を守る無敵の結界を持つ彼らでも、ベヒモスという化け物相手にその結界が役に立つとは思っていないようだ。
「シエル、なんとかしよう。セイランたちより先に世界が滅ぼされるんじゃたまったもんじゃない」
「ベヒモスは世界を滅ぼす程は暴れん。しばらく経ったらまだ海底へと戻るのじゃ」
「……そうなのか?」
「元々、ベヒモスは2万年に一度の周期で目を覚ましてはある程度地脈のエネルギーを食ってから眠る魔物じゃからな。それを数千年前、魔王がその武力で手懐けて人族との戦争に用いた。とは言え、その巨体故に消費するエネルギーも相当なものじゃ。魔王が最後まで運用する前に、ベヒモスは自発的に眠りについたのじゃよ」
……大陸を一個丸っと滅ぼしてしまうような奴が自然発生してるのかよ、この世界。
大陸を丸っと消したのは魔王に手懐けられていたからにしても、それをできる魔物が2万年に一度目を覚ましてしばらく暴れると考えると、もはやどうしようもない災害みたいなもんだな。
「ていうか、2万年周期なんだよな? 数千年前に一度目を覚ましてるんなら、ちょっと速いんじゃないか?」
「……魔王の復活がいよいよもって現実味を帯びてきたのぉ……」
シエルがため息をついた。
「じゃあやっぱり魔王が復活する前に仕留めとくのがいいんじゃないか? ベヒモスは魔王の言いなりなんだろ?」
「それができればしておるのじゃが……まあ、確かにわしとしてもこの国を見捨てるのは忍びない。やるだけはやるしかないじゃろ。フルヴィオ、海岸線、100km圏内に住む者を全員避難させるのじゃ。二度と家には帰れないつもりでの」
2.
「でっ――けぇー……」
翌日。
ゆっくりゆっくり進むベヒモスは既に水平線の向こうに巨大な山……というか島のように見える位置にいた。
俺、知佳、天鳥さん、スノウたち姉妹、シエル。
そしてセーナルの軍隊、更には他の国の軍もちらほら応援に来ているようだった。
セーナルは中立国。
しかし他国との国交はある。
シエルが言うには被害が出たとしてもセーナルのみに収まる可能性は高いらしいが、それでも他国からわざわざ戦力を割く程にはこの国が重要視されているのだろう。
シエルの指示通り、海に面しているところから100km圏内に住む人々はほぼ全員が避難を終えたそうだ。
転移石ほどの利便性はないとは言え、その大規模版の転移装置があるのもこの迅速さには一役買っているのだろう。
やっぱ日本にも欲しいな、あの転移装置。
災害が起きた時なんかに重宝しそうだ。
ウェンディが今度じっくり見させてもらえればその原理を解明できるかもとか言っていたし、セーナルを救った暁にはその褒美として一つくらい装置を貰っても良いかもしれない。
遠くに見えるベヒモスを目を細めて眺める天鳥さんが呟く。
「ふーむ、どうやらこの世界のこの惑星は地球よりも随分大きいようだね」
「……そうなんですか?」
「それなのに水や酸素は当然のように存在するし、僕らとそう変わらない人間もいる。興味深い」
「また今度にしてください。知佳とあなたに期待してるのは、あのデカブツを止める方法を考えることですから」
「あんなの、明日ぶつかる巨大隕石をなんとかしてくださいと言われているようなものだと思うのだけれどね――」
俺たちはセーナルの軍とも、他国の軍とも基本的には連携をしない。
どころか、邪魔になりそうだったら撤退してもらうつもりでさえいる。
ここにいるのは聞いた限りでは10万以上の兵士に5万以上の魔導兵器なる武器らしいのだが、それら全てをあわせてもシエル一人の方が強いそうだ。
魔法は絶対的な力だ。
魔導兵器も、大規模な魔法の威力を簡易的に再現したものに過ぎない。
それでもまあ、無いよりはマシということで今の所はスタンバイしてもらっているのだが。
「あれ。悠真の魔法で吹っ飛ばせないの?」
「無理だろうなあ……」
知佳が何気なく提案してくるが、ちょっとあそこまで大きいと怪しいな……
全力の魔弾は地平線まで全てを吹き飛ばす程の威力があるが、魔法の威力を減衰する特殊なスキルみたいなのがあるらしいし。
「一応もう少し近づいたらやるつもりではいるけどな。海の上で倒せるのが一番いいし」
「この間フゥを倒したって言ってた、某必殺技で」
「……まあ」
今の所、魔弾を上回る威力を出すにはあれが一番だ。
ここ地球じゃないし、誰も怒らないだろう。多分。
もうちょい近づいてもらわないと距離による威力減衰のせいで倒せるもんも倒せそうにはないが。
現実的に考えて、数時間後くらいが勝負だな。
現在、知佳と天鳥さんを中心としてシエルたちがベヒモスの討伐方法を話し合っている。
とは言っても、俺はぶっちゃけ蚊帳の外なのだが。
俺の魔法はベヒモスに存在するという、<
で、その討伐方法の話し合いに参加していない俺とスノウは、セーナル軍や他国軍隊への挨拶回りに出ることになった。
俺とスノウが参加していない理由は、俺は相手の防御力を見る為にぶっ放すだけ、スノウは相手がどれだけ強大だろうと氷による足止めが目的なので二人とも特に何も考えなくて良いからである。
まあ軍との連携は基本的には取らないとは言え、それでも共に戦う仲間だ。
挨拶回りで親睦を深めるというのも立派な作戦の一つ……だと思いたい。
「どうも、シエルの仲間の皆城と――」
「スノウよ」
囲いのある天幕の下へ入ると、何人かの全身鎧の軍人と、真ん中にひときわ体躯の大きな、頭以外を金属鎧に包んだ強面スキンヘッドのおっさんがいた。
何やら簡易的な机の上で地図のようなものを広げて会議中だったらしい。
どう見てもあの人がここの場のトップだな。
鎧に覆われているということを差し引いても、身長が高い。
2メートル近くあるぞ。
「ご助力感謝する、ミナシロ殿、スノウ殿。作戦にあたるセーナル国防海軍を取り仕切る、アルチマル=デン=モーランティノだ。アルデンテと呼んでくれ」
……パスタみたいな名前だな。
そう思ったが口には出さず、手甲を外して握手を求められたので、それに応じる。
ゴツゴツしていてでかい。
長年戦ってきた男の手だ。
それにこの人、かなり強いな。
親父といい勝負をするくらいかもしれない。
流石、国が滅ぶかもしれない危機で作戦指揮を取る人なだけある。
「かの伝説のエルフ、シエル=オーランド殿のお仲間であれば、我らとしても心強い」
そう言ってニカッと笑った。
こういう軍のお偉いさんとかのポジションの人って、今の俺たちのような外様の人を侮るようなイメージがあるのだがそんなことはないようだ。
まあ、国全体の危機ですよって時にそんなことを言ってくるようなトンチンカンが現場で指揮を取るわけないか。
そういうのがいたとしてもどうせ安全地帯から指示を出すだけである。
頼りになりそうな人だ。
――と。
パスタさん……じゃなくてアルデンテさんが握手を終えた手を下ろす際に、机の上にあったペンダントがチャリ、と音を立てて落ちた。
「あ、落ちました……よ……」
それを拾い上げようとすると、ロケットがパカッと開いて中に入っていた写真が視えた。
若い男性と女性が笑顔で並んで写っている。
「あ、ははあ、申し訳ない。娘とその夫でね。もうすぐ孫が生まれるそうなんだ」
「そ、そうなんですか、それは楽しみですね」
「孫の顔を見る為にも、生きて帰りませんとな。はっはっは!」
俺とスノウは天幕を出た。
そして顔を見合わせる。
「あのパスタって人、死亡フラグ立ってるわよあれ」
「……だ、大丈夫だろ。きっと」
世界を滅ぼす敵と戦おうというのだ。
国を滅ぼす程度の魔物に負けるわけにはいかないしな。
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