第244話:フラグ回収

1.



 極龍ごくりゅうがよろめいて後ずさる。


 意外と頭の中はスッキリしている。

 相手は強い。

 半年前の俺なら為す術もなく一方的にやられていただろう。


 しかし今はそうじゃない。

 俺だって強くなったのだ。


 いつまでもやられてばかりの俺ではない。


 とは言え。

 真意層でもない普通層のボスにしてはやはり強すぎるが。

 

 それだけこの奥にあるとされる宝玉とやらが大きな効果を持っているのだろうか。


 ――と。

 極龍がロッドを左手に持ち替え、そのまま腕を真横に引いた。

 ……何をするつもりだ?


 次の瞬間。

 咄嗟にしゃがんだ俺の上を熱線が通っていく。


 杖の先から光線が放たれながら、それを横薙ぎに振るったのだ。


「ルル、レイさん!!」

 

 今のは範囲攻撃だ。

 後ろを振り向くと、ルルもレイさんもちゃんと躱していた。

 流石だな、とほっと一息つくのも束の間。


 ゴン、と鈍い衝撃が側頭部に加わる。


 痛みと衝撃に揺れる視界の端で、杖の先に再び光が集まっているのが見えた。

 躱すのは間に合わない。


 一か、八か――


 右の掌に魔法の氷を作り出し、狙われていると思われる心臓の前にかざす。

 

 ドンッ、という衝撃と共に体が吹き飛ばされた。

 右手の鋭い痛み。


 どうやら貫通はしていないようだが、握ることさえできない程の痺れがある。

 

 折れた……どころの騒ぎじゃないな、この感じ。

 ぐしゃぐしゃだ。

 見たらショックで気絶しちゃいそうだから見ないでおこう。


「そっちが飛び道具を使うってんなら、こっちも使わせてもらうぜ」


 体の周りに無数の<魔弾>を生み出す。

 極龍もそれを見て危険度をすぐに理解したのか、距離を取ってロッドを構えた。


 俺の魔弾と、極龍の杖から生み出された無数の光弾が真ん中で弾け合う。

 爆撃機でも来ているのかと思うほどの爆裂音が轟く中、俺は右手を少しだけ治療する。


 完治はさせない――というかできない。

 ここまでになるとスノウたちに頼むか、エリクシードを食うかそれこそエリクサーを使うかするしかないだろう。


 なんとか握ることはできるくらいまで治療できたので、その形のまま氷で固めておいた。

 

 ――右。


 爆風が晴れる前に突っ込んだきた極龍の尻尾での攻撃を受け止める。

 のと同時に、左手で手刀の形を作り、魔法で風を纏わせ――


「――――ッ!!」


 その太い尻尾を叩き斬ってやる。

 極龍が声にならない声を挙げて後ろへ下がる。


 アスカロンの剣を使わなくとも、ボス格の体を素手と魔法で斬ることができるくらいには俺の魔法の練度も上がってきているようだ。


「逃さねえぞ」


 後ろへ逃げる極龍の懐へ潜り込む。


 掌底ではない。

 それに氷で固めた拳だ。


 だが、このギリギリの戦いの中。

 研ぎ澄まされている今ならできるという確信があった。


 極龍の胴に右の拳と、魔力を同時に叩き込んでやる。

 サンドバッグを叩いた時のような良い音が鳴って、俺の拳を纏っていた氷と、極龍の背中側の外骨格が散った。


 内部、ではなく少し衝撃が後方へ逸れてしまったようだ。


「……やべ」


 今ので決めるつもりだったので、思い切り隙だらけの格好を晒してしまっていた。


「う――おぉぉぉぉおおお!?」


 ギリギリ倒せなかった極龍に首根っこを掴まれてそのまま真上へ放り投げられる。

 

 空中から下を見ると、極龍は先程までの人間形態ではなく最初に見たドラゴンの姿になっていた。

 大口を開け、その中央に明らかにこちらへブレスを放ってくる直前です、と言わんばかりの魔力の塊が生まれている。


 どうするか考える間もなかった。

 凄まじい魔力の奔流が押し寄せる。

 

 俺は咄嗟に既にボロボロの右手を前に突き出し――


「波ァアアア――――!!!!」


 この一瞬で頭の中に過ぎった某漫画の某必殺技を連想しながら魔法を放った。

 

 ズン……ッ、と重い地響きのような音を立てて中央で魔力同士がぶつかりあい、一瞬だけ拮抗した後に極龍の体をずるりと膨大なエネルギーが飲み込む。


 それだけには留まらず、ダンジョンの地面を大きく抉りながら魔力は辺りへと拡散していく。


 後には焼け焦げてボロボロになり倒れる極龍と、隕石でもぶつかったのかと思うほどの巨大なクレーターが残ったのだった。

 

 ……連想した技の威力故か、単に加減なしで無茶苦茶に魔法を放ったせいなのか、とんでもない威力になってしまった。


 横たわる極龍の真横になんとか着地し、先程の魔法に巻き込まれないよう離れていた様子のレイさんとルルが駆け寄ってくるのを視界の隅に捉える。


 俺は大きくため息をついて、その場に腰を下ろした。


「……なんとか勝ったな」



2.



「すごい戦闘だったニャ! ドバッってなってバババッてなってピカーってしてたニャ!!」

「擬音だらけで全然わかんねえからな、それ」


 レイさんによる治療を受けながら俺は苦笑する。

 右手は俺が思っていたよりも重症ではなかった。


 骨が折れたどころではない……というのはあっていたが、まあ粉々に砕けていた程度。

 落ち着いて治療すれば、俺はともかくとしてレイさんならば治せる範囲だそうだ。


「……ご主人様、極龍との戦闘はどうでしたか?」

「まあ、切り札を幾つか残したまま戦えたから、俺的には及第点じゃないかな」


 アスカロンの剣、限界突破リミットブレイク消滅魔法ホワイトゼロ

 

 限界突破に関してはいざとなれば使うつもりだったが、アスカロンの剣と消滅魔法に関しては本当に死ぬかもしれない、というタイミングまでは封印しておく予定だった。

 

「では、右手を犠牲にしたことはお嬢様方に黙っておいて差し上げます」

「た、助かる……あと知佳にも秘密にしといてね」


 ああいう戦い方をするとマジで怒るのはスノウと知佳で、フレアは過保護になるしウェンディとシトリーはただ悲しそうにする。

 なるべく怒られたくないし、心配もかけたくない。


「ルル様も、くれぐれも他言しないように」

「わ、わかってるニャ」

「にしても……最後の魔法は素晴らしい威力でしたね。なんという名前の魔法なのでしょうか?」

「……わ、わかんない」


 まさか、かめは……というわけにもいかないし。

 そもそもポーズも違うし、本来は両手を使って撃つ技なので厳密には違うし……

 片手で使ってたこともあった? ええい、うるさい。


「にしても、魔法におけるイメージの力って本当に絶大なんだな」

「それはもちろん。あの魔法も、咄嗟に放つのではなくちゃんと準備をして撃てば……もしかしたらフレアお嬢様の全力の出力にも匹敵する程の威力になるかもしれません」

「……あの魔法をちゃんと準備して撃つってなると、俺の良心の呵責がだな……」

「?」


 ちょっと真剣に検討してみても良いかもしれない。

 あれをモチーフにしつつ、俺なりに改良した魔法。

 

「ていうか、いつになったらこのでっかいドラゴンは消えるのニャ。これ、死んでるよニャ?」


 コンコン、とボロボロになった極龍の鱗を叩くルル。

 

「……いきなり動き出しても知らねえからな」


 そう、この極龍。

 何故か倒した後も光の粒になって消えないのだ。

 

 明らかに手応えはあった……というか、あの威力の魔法と押し返された自分のブレスをもろに食らって無事で済むはずがない。

 俺でも直撃していればまず消し飛んでいるだろう。


 原型が残っているだけ、このドラゴンの強さが伺い知れるというものだ。


「宝玉……とやらも現れませんね……感じる魔力からしても、倒しきれていない、というわけではなさそうですが」

「……だよな」


 まさか既に死んでいる相手にとどめを刺すなんてこともできないし。

 どうしたもんかな。

 

 まさかこの後、第二形態になって再戦……なんてことはないだろうし。

 ない……よな?

 はっきり言って、さっきより強くなって第二形態戦です! なんてなったら速攻で逃げるかスノウたちを呼ぶかするぞ俺は。


 いや、でもな……

 宝玉もそうだが、ボスを倒した時に現れるダンジョンの出口も、真意層へ続く階段も出ていないのだ。


「どうするのニャ? とりあえずこいつの首でも持ち帰って討伐の証にするかニャ?」


 ルルが極龍に背を向け、腰に手を当てる。

 律儀に尻尾がクエスチョンマークになっているのはわざとやっているのだろうか。


「それはちょっとな……な?」


 ルルの背後で、極龍が

 しかし光の粒となって消えたのではない。

 

 本当に音もなく、完全に消滅したのだ。


「き、消え……?」

「……いえ、ご主人さま、あそこに」

「へ?」


 レイさんが指差す先には、プラチナブロンドの長い髪を持つ、容姿の整った女性が何故か全裸ですやすやと眠っていた。

 

「……嘘だろ?」


 冗談のつもりで言ったんだが、まさか本当に中身が美少女だったなんてこと、ありえるか?

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