第243話:極龍
「――――!!」
高速で突っ込んできた少し小さめで赤と黒の鱗を持つドラゴンの軌道が、レイさんと交わったその瞬間にガクンと真下に変わってそのまま地面に激突する。
ゴォンッ、と凄まじい音を立てて地面に大穴を開けたドラゴンの頭部へ掌打による容赦ない追撃を加え、光の粒と変わった。
「と、このように素早い相手でも基本的には壁や地面にぶつけてしまえば隙が生まれてしまうものです。ご主人様やルル様の場合はご自身が凄い速度で動けますので、逆のこのような対応をされないような心構えが必要となるのです」
既にちょっとしたボスより一回り小さいか、ほぼそれと同等と言って良い大きさとなっている魔石を拾いながらレイさんは微笑んだ。
「流石、当然のように無傷で捌くんだな」
先程俺が同じドラゴン相手に真正面からカウンターを決めようとしたら手首を捻挫してしまった。
魔力による身体能力の強化を全開にしていなかったとは言え、レイさんよりはスピードもパワーも上回っていたはずだ。
捻挫程度なら俺の治癒魔法でも治せるとは言え、まさかボスでもなんでもないモンスター相手に怪我してしまうとは。
不甲斐ない話である。
「いえ、こちらを御覧ください」
レイさんが両の掌をこちらへ見せてくる。
鱗か何かと擦れたのか、ぼろぼろに擦り切れていた。
「な……!? 大丈夫なのか!?」
「先程ご主人様の負われた怪我よりもずっと軽症でございます。この程度ならわたくしの拙い治癒魔法でも治すことができますので」
そう言って、もう一度見せてきた掌は確かに普段どおりの綺麗なものになっていた。
「手本を見せてくれるのは構わないけど、あまり無理はしないでくれよ」
「申し訳ございません、お嬢様方がご主人様のことを責めてしまいますよね……」
「違う、単に心配だからだ」
「あっ……」
レイさんが顔を赤く染めて視線を逸らした。
うん、かわいい。
「ぼちぼちルルもきつくなってきたんじゃないか? そろそろ一旦戻るか」
<龍の巣>18層。
出てくるドラゴンや
レイさんですら近接戦で手傷を負ってしまう程だ。
ルルも苦戦する様子が目立ってきた。
流石にまだ負けはしないと思うが、囲まれたら少々厄介である。
「ふん、まだまだ余裕ニャ!」
そう言うルルも本当に先程までは余裕綽々だったのだが、今は流れる汗を頻繁に拭っている。
肉体的な疲労――よりも、気を抜けば、という精神的な疲労が溜まっているのだろう。
「強がんなって。次の安息地に着いたら転移石を置いて帰ろうぜ」
「――――」
ルルが俺――ではなく。
その後ろを見てぽかんと口を開けている。
「どした?」
ルルが見つめている方を俺もなんともなしに見ると、そこには明らかに周りとは一線を画す力を持っているとひと目でわかる、真っ黒い鱗に青いラインの入ったドラゴンがいた。
途轍もない威圧感だ。
これまで出会ったどのドラゴンよりも強い。
それだけはわかる。
「ご……ご主人様、恐らくあれはボスです。一旦退却しましょう。あるいは、お嬢様方をここへ転移召喚することを推奨します」
「あ、あれはヤバイニャ。野生の勘が絶対ヤバイって言ってるニャ。ババ……シエルを連れてこないと駄目だニャ」
レイさんの冷静な分析。
ルルがじりじり下がりながらビビっている。
15層以降は広い草原になっていたのでもしやとは思っていたが、固有の縄張りを持たずにフィールドを徘徊するタイプのボスなのだろう。
ルルの彼我の戦力差を見抜く力は大したものだ。
それこそ野生の勘とでも言うのだろうか。
そのルルがシエルを連れてくるべきだと言っているということは、つまり今ここにいる俺たちでは勝てないということだ。
いや、そんなことを言わずともわかる。
あのドラゴンはマジでとんでもなく強い。
普通のダンジョンのボスとは思えない程だ。
だからこそ――
「……違うだろ」
「……ご主人様?」「ユーマ?」
パチン、と自分の頬を叩いて気合いを入れる。
「レイさん、ルル。転移石はそれぞれ用意できてるよな。ヤバイと思ったら俺の指示を待たずにそれで逃げてくれ。もちろん、俺もヤバイと思えばすぐに逃げるなり、スノウたちを呼ぶなりする」
「……まさか戦闘するおつもりですか?」
「何か掴めるもんがあるかもしれないだろ?」
「…………わかりました」
レイさんは何か言いたげだったが、どうやらそれを飲み込んでくれたようだ。
「ルル、逃げたきゃいつでも逃げていいからな」
「……ここで逃げ出すほどあたしだって情がないわけじゃないニャ。でもヤバイと思ったら無理やりお前を連れて転移するニャ」
諦めたように言うルル。
ルルのスピードなら不意を突いて俺に触れて転移石を発動するくらいならできるだろう。
「そうならないように祈ってるよ」
「……ご主人様、あれはわたくしの知識の中にあるものですと、
「人に化ける、ねえ……」
さて、こちらにまだ気付いていない様子の極龍(仮)だが、どうしてくれようか。
先制で魔弾でもぶち込んで――
「……あれ?」
極龍が消えている。
遠目にもその大きさがわかる程のサイズだ。
そんな一瞬でどこかに行くなんて……
「来るニャ!」
ルルが叫んで、俺は辛うじて反応できた。
頭部への蹴りに、右腕をギリギリで挟むことで防御する。
ジィン、とした痛み。
身体能力の強化は当然MAXだ。
それでもこれだけの威力――なんて攻撃力だ。
「……人型ってか……特撮ヒーローの怪人とかその辺だな、見た目は」
しかも幹部。
あるいは仮面なライダーとかの暴走形態かな?
俺としては結構好きなデザインなんだが、如何せんちょっと禍々しすぎるな。
身長は2メートルくらい。
ガッチリとした体格で、腕には何やら外骨格っぽいものと同じような素材でできているらしい、
そのまま振り回して武器にもできそうな感じだが、だとしたら剣や槍などの形をしているような気もする。
となると、別の用途があるのか?
「レイさん、ルル、手ぇ出すなよ」
凄まじい速度で『尻尾』が伸びてくる。
受け止めたところでぐるぐる巻きにされる未来が見えたので、跳んで躱すとロッドの先をこちらへ向けてきた。
「まさか――」
そのまさか。
ロッドの先端から光線のようなものが発射されるのを、空中へ魔力を放つことで体勢を変えて躱す。
しかしその体勢を変えて躱す、というところまで奴にとっては織り込み済みだったのだろう。
次に極龍の姿を見たのは空中。
無防備に背中を晒す俺へ、ロッドを思い切り振り下ろす姿だった。
「――ッ゛!!」
激痛、そして土に塗れる視界。
背中へあのロッドを叩きつけられ、地面に思い切り衝突したのだ。
それに気付いた頃には、再び極龍は目の前にいた。
ロッドを持っていない方。
奴の左拳が眼前に迫る――が。
俺はそれを右手で受け止めた。
口の中を切ったのか、血の苦い味がするのでそれをぺっと吐き出す。
「アスカロン……の落ち武者バージョンとそう変わらないくらい強いな、お前」
受け止めた右手で思い切り極龍を引っ張り、左手でその顔面へ思い切りパンチをかましてやる。
ごしゃ、と鈍い感覚が手に伝わり、極龍の角が片方へし折れた。
よろよろと後ずさる奴に俺は笑いかける。
「実は中身が美少女でした、ってんなら今のうちに言っておいた方がいいぜ? そうじゃないと倒しちまうからな」
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