第239話:慣れないこと

1.



「……で、どうするんじゃ? この男」

「どうしたもんかねえ……」


 ジョアンはまるで判決を待つ罪人のようにじっと目を閉じて、俺の言葉を待っている。

 

「とりあえず、俺個人としては信じられる……というか、信じたい」

 

 血の滴る拳をちらりと見る。


「好きな女と自分の子どもも関わることで嘘をつく男なんていねえ。俺はそう思ってる」

「……とんだ精神論じゃな」


 シエルが苦笑した。


「では……」


 ジョアンが何かを言おうとするのを、手で制す。


「もちろん、裏は取らせてもらう。カカリって国のことや――あんたの出会った女神様ってやつのこともだ。この世界には幾つか宗教が存在してるよな。それらで信仰されてる中のどれかに会ったってことか?」

「……どちらかと言えば、我は無神論者だったのだ。しかし、ひと目見て本物だと我は確信した。それ程の神性を持っていた」

「神性……ねえ」


 例えば俺は、シトリーをひと目見た時に女神か何かかと思ったのを覚えている。

 しかしそれは神性を感じたというより、ただひたすらに美しいシトリーに心を奪われていただけだ。 

 ジョアンの言うそれとは違うのだろう。


「どんな見た目だったんだ? どんな声で、何を言われたんだ?」

「見た目や声……は忘れてしまった。というより、女神様が消えてから急速に記憶から抜け落ちたのだ。美しい人だ、と思ったのは辛うじて覚えているのだが……あ、しかし我の妻の方が綺麗だった。それは間違いない」

「お、おう」


 女神様とやらを信奉しているのかそうじゃないのか微妙にわからなくなるような補足してきやがって。


「あの女神様は自らを13いる神のうちの一柱だと言っていた」

「……待て。神様ってのは13人……13柱? もいるのか?」

「そればかりは我に聞かれても……」


 俺が聞いていたのは、セイランの言う12個ある世界を作った神とかいう奴だ。

 それとはまた別?


 いや……12個の世界を作った奴と、それぞれの世界に1柱ずつで13柱なのか?

 そのうちの1柱がセイラン……とか?

 選ばれたとかなんとか言っていたし、世界の管理者として選ばれたということなのだろうか。


 うーむ、わからんことだらけだ。


「その女神様が、仰ったのだ。この世界を脅かそうとしていた魔王は、勇者という強い運命力を持った人間が討滅した。しかし、魔王もまた強い運命力を持つ者。いずれは復活し、勇者のいない世界を蹂躙することになるだろう、と」

「……その女神様ってのが直接魔王の奴をぶちのめせばいいんじゃないか?」

「我もそう進言した。しかし、神は世界に直接干渉することを禁じられている、と仰った。できることは、その世界に生きる人間へ助言を与える程度だと」


 助言ねえ……

 もはやセイランに関しては干渉してるとかしてないとかのレベルじゃない。

 つまりあいつ自身が神というわけではないのだろう。

 ……多分。


「あれ、でもあんたを石化させることくらいはできるんだろ?」

「それは我が受け入れたから、というのもあるだろう」

「つまり女神様は未来に復活する魔王を誰かに倒してほしくてあんたに接触した、と。でもそれっておかしくないか? それが全部本当だとして、なんで俺に直接言ってこないんだ。俺の見た目を知ってるんなら干渉してくるのだって簡単じゃないのか? というか、もっと早い段階でこの世界の誰かにそれを伝えていれば何かしらの対策だって立てられるだろ?」


 神という割にやり方が回りくどい。

 もっと直接的な手段だって取れるはずじゃないのか。


「それに関しては……我は恐らく、貴殿だけでは魔王に勝てないからではないか、と思っている」

「……ほんとに魔王ってのがいるとして、俺も俺だけで戦うつもりはないぞ?」


 ジョアンはちらりとシトリーやウェンディ、そしてシエルを見た。

 彼女らが俺以上に力を秘めていることは流石にわかっているだろう。

 俺が勝てないからと言って、が勝てないということにはならない。


「……我の能力を知っている貴殿ならわかるだろう。我の能力は、格上相手に一矢報いることができる」


 ――命と引き換えに、だが。


 と低い声で呟いた。


「……つまり魔王に勝てない俺たちの代わりに、スキルを使って特攻をしかけ突破口を開く。それがあんたの役目だと?」

「女神様が我に接触した理由など、それくらいしか無いだろう」


 ……一口に否定するには、たしかにジョアンのスキルは強力すぎる。

 血反吐を吐いてでも一撃を食らわせることさえできれば、先程の俺にだってダメージを与えることはできただろう。

 

 ジョアンが俺より強いと見立てている魔王にだってそれは同じこと。


「俺に直で会いに来ない理由は?」

「女神様はそう何度も世界に干渉できるわけではない、と仰っていた。それから……それでも特殊な依代を用意して、黒髪黒目の救世主にも直接話をすることになる、とも」

「……依代?」


 依代、という言葉にあまり良い思い出のない俺が眉を顰める。

 こちらの世界に注力しているのか、それとも単にインターバルを置いているだけなのか、ここ最近、連中が依代を用いてこちらに干渉してくることは無い。


 もしかしてセイランたちが依代を用意してこっちにちょっかいをかけてくるやり方は、神様とやらに教わったのだろうか。

 

 その女神なのか、他の12柱なのかはわからないが。


「その依代ってのはなんだ。どこに行けば女神に会える?」

「それは我も教えてもらえなかった。すまない……」


 女神が俺に会おうとしている。

 どうやらそれは間違いないようだ。

 しかしどこで、どうやって?


 それがわからなければどうにもならない。


「簡単な話です、マスター」


 話を聞いていたウェンディが俺に話しかけてくる。 


「ウェンディ?」

「その者の言っている話が真実ならば、確実に魔王が復活する前――ないしは魔王が行動を起こす前に接触してきます。あるいは、そのようなになっているのでしょう。今のマスターが何かをしなければならない、ということは無いはずです」

「……なるほど。もし嘘だったら?」

「命じてくだされば、いつでも始末いたします」

「…………仮にそうしなきゃいけないのなら、俺がやるよ」


 確かに手っ取り早い方法ではある、か。

 

「……ということだ、ジョアン。俺たちはあんたを積極的に信じもしないが、女神ってのが会いに来るまではとりあえず危害を加えることもない」

「……そうか。そうだな。それだけでも我も報われる」

「まあ、本当に魔王ってのが現れてどうしようもないってことになったら俺も戦うことにはなるとは思うけどな。それとこれとは別だ」


 親父が世話になった世界だ。

 そしてシエルやガルゴさん、ルル、アンジェさんたちの故郷でもある。


 セイランたちのこととは別件だとしても見過ごすわけにはいかない。


「あと」

「?」

「あんたにどんな事情があったにしろ、あんたとのことがあったからあの里のダークエルフたちは長年人間を恨み、歪んだ感情を抱いてきた。その落とし前は自分で付けるんだ」

「……ああ、元よりそのつもりでいるさ」



2.



「……ふぅ」


 膝の上に座っている知佳がため息と共に俺の胸へ後頭部を預けてきた。

 バニラみたいないい香りがふわりと漂う。


「大丈夫か?」


 一応周りを気にして、小声で訊ねる。


「流石に少し疲れた」

「……悪いな、結構な負担だろ」

「悪いことばかりってわけでもない」

「うん?」

「こっちの話」


 俺と知佳は世界最大規模の図書館と言われているらしい場所へ来ていた。


 セフゾナズ帝国。

 そしてその首都、パーム。


 シエル、ガルゴさん、そして親父の三人がなんたらドラゴンとやらを退け、一時国賓扱いで歓待を受けていた国である。


 セフゾナズは古くより侵略国家として何度か名前や体制を変えながら現代まで続いてきた国らしい。

 

 石化していた、男――

 ジョアン=プラデス。


 彼の祖国であるカカリも、地理的にはここセフゾナズ帝国からそう遠くない位置にあるとのこと。


 世界最大規模と言われる図書館ならば、シエルがちんまい頃程の昔の話でも文献に残っているかもしれない、と思って来たのだ。


 ほとんどパラ読みレベルの速読ができる知佳と、そのサポート(?)の俺。

 同じことができる天鳥さんは研究で忙しいので、とりあえずは知佳だけである。


 司書さんに言ってなるべく古い歴史書を――ざっと1000冊。

 ピックアップしてもらって、それを順番に読んでいるのだ。


「どうだ? 何かわかったか?」

「とりあえず、そのジョアンって人が言ってた国の内情と末路に関してはほとんど合ってる」

「ほとんどってのは?」

「昔過ぎて、脚色が入ってたり歪曲された事実だったりで選別が面倒だった」

「なるほど」


 つまり、その点についてジョアンは嘘をついていない……ということだろう。

 ちなみに彼は現在、防壁国家セーナルの国境で冒険者をやっている。


 その前に現在うちで匿っているダークエルフ三姉妹……じゃなくて姉妹と母親に謝罪をしていったのだが。


 彼が100%悪いことではない、というのはわかっているが、じゃあ100%悪くないかというとそうでもない。

 俺はそう思っている。

 突き放すのではなく、話し合いでどうにかしていたらアンジェさんたちはあんな迫害を受けなくて済んだのかもしれないのだから。


 とは言っても、謝罪を受けたアンジェさんたちは既にさほど気にしていないようだったが。


 そして冒険者としてある程度の金を稼いだらダークエルフの隠れ里にも行くと言っていた。

 そこまでこちらで面倒を見る義理はこちらにもないので、どうなったかは事後報告で聞くことになるだろうが。


 ちなみに連絡手段としては転移石ではなく、冒険者ギルドを介することにした。


 遠い過去の人間でも冒険者にはなれる、というのが一番の驚きポイントだな。 

 まあ異世界人の俺でも登録できたのだから当然と言えば当然か。


「それで、悠真自身はそのジョアンって人をどう思ってるの」

「俺は……まあ、この性格だからな。わかるだろ?」

「ウェンディがいて良かったね」

「……んだな」


 正直情にほだされていた可能性は否定できない。

 そうはならないよう、敢えて非情に振る舞ってはいたが。


「……なんにしても、慣れないことはするもんじゃねえな。最後はウェンディに委ねちまったし」

「でも頑張った。おつかれ」


 下から腕を回されて頭をぽんぽんと撫でられる。


「……ああ」

「嘘、ついてないといいね」

「……だな。だとしたら俺……だけでなく、俺たちでも倒せないかもしれないとんでもねえ魔王ってやつが復活するわけだが」

「それまでに強くなればいい」

「まったくもってその通りだ」

 

 もっと頑張らないとな。

 ……全ての話が真実だとしても、ジョアンの奴が命を捨てなくても構わなくなるくらいに。

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