第238話:裏切り

1.



「頼む! を討ち滅ぼし、世界を救ってくれ!」


 そう必死に懇願してくるジョアンの手を、俺はそっと払う。

 悪い奴じゃない――ようには見えているが。

 本当のところがどうかはまだわからないからな。


「……とりあえず、色々話してほしいことがある。順番だ」

「む……その通りだな。少々取り乱した。申し訳ない」


 すっとジョアンは俺たちから距離を取る。


「……我はジョアン=プラデス。女神様より神託を受け、未来へ希望を繋ぐ為にこの場で石化を……石化を……?」

「どうした」


 周りを見渡すジョアン。

 そして首を傾げた。

 

「……どこだここは?」


 何言ってんだこいつ。


「ここは<龍の巣>と呼ばれるダンジョンじゃ」

「ダン……ジョン……?」


 完全に頭上にはてなマークが浮いている。

 

「ダンジョンってのは魔石を落とすモンスターがわんさかいる場所だ。で、あんたが今いる場所でもある」

「魔石……? そんなものは聞いたことがない」

「あ」


 困惑するジョアンに困惑する俺たち。

 という図式の中、シエルだけが何かに気付いたようだ。


「この世界でダンジョンが出現し始めたのはここ1000年くらいの話じゃ。こやつが本当に魔王が滅んだ直後の人間じゃとするならば、たしかにダンジョンは存在しないので知らぬのも無理はない」

「……マジ?」

「マジ、じゃ」

「じゃあなんでダンジョンの中にいるんだよ」


 俺はジョアンを見る。

 しかし当の本人も困惑顔だ。


「それは我が一番知りたい……が、事実そこにいるのならばそういうものだと受け入れるしかないのだろう」

「いいのかよそれで。いやでもまあ、そう納得するしかない……のか?」


 妙なところで思い切りがいいな、こいつ。


「……シエルちゃん、じゃあなんでこの人はスキルを持ってるの?」


 シトリーの質問ももっともだ。

 なにせスキル――スキルブックはダンジョンで手に入れるものである。

 ダンジョンが存在しないのならば、スキルも存在しない。

 はずだ。


「ん? スキル自体はダンジョンが出現する前から存在していたからのう。既にその方法でスキルを得ることはできんそうじゃが」

「……その方法ってのは?」

「生まれたばかりの赤子に、スキルを持つ者の血を飲ませるのじゃ。そのスキルを持つ者は命を落とし、新たにその赤子がスキルを得ることになる。ただ、これはダンジョンが出現してからは何故かできなくなった方法なのじゃ。わしも今思い出すまではすっかり忘れておったくらい、元々珍しい話ではあるがのう」


 なかなかバイオレンスな方法だな……

 長老の話ではジョアン=プラデスはどこかの国の王子? らしかったし、権力者だとそういうスキルの得方もあったのかもしれない。


 しかしダンジョンの出現後はできなくなった、というのはどういうことなのだろうか。

 謎が深まるな。

 そもそもスキルの継承方法はわかっても、そもそもなんで元々スキルを持っている人がいるのか、というのはわかってない。


 それもシエルに聞いてみたのだが、そういうものだ、ということしか知らなかったようだ。

 これもまた謎が深まるな……


 まあいい。


「話の続きだ、ジョアン=プラデス。女神から神託を受け、石化して未来へ希望を繋ぐって言ってたよな」

「うむ。我は女神様の手によって石化した。そしてその石化が解けし時、目の前にいる黒髪黒目の青年が再び復活した魔王を討ち滅ぼす、世界の救世主だと聞いたのだ」


 この場にいる黒髪黒目の青年は当然俺だけだ。

 ウェンディが黒髪という点では惜しいが……先程俺たちを眺めていた時、ウェンディのところで一瞬視線が止まったのはそういうことか。


「魔王ってのは復活するのか?」

「わしは聞いたことがないの……勇者に完全に滅ぼされたはずじゃ」


 ふむ。


「ジョアン、悪いが魔王は復活しない。俺はシエルの言うことを信じる」

「なっ!?」


 愕然とした様子のジョアンの肩とぽんと叩く。


「どんまい」

「……言っておくが、わしにも知らないことはあるからな?」

「セイランだけでも手一杯……というか手が足りてないのに、魔王だのなんだのまで背負わされてたまるか。そんなの勇者に任せとけ。魔王がいるなら勇者もいるんだろ」

「……その勇者がマスターだという話なのでは?」


 ウェンディのツッコミが入った。

 勇者て。

 俺そもそもこの世界の人間じゃないんだけど。


「大体、状況がピンポイントすぎるだろ。その女神ってやつも。ジョアン、石化が解けて目の前に黒髪黒目の青年がいなかったらどうするつもりだったんだよ」

「そんなことは有り得ぬ。女神様だからな」

「その女神様ってのはどんな見た目だよ。銀髪で赤目のエルフみたいな耳した少女じゃないだろうな」

「いや……我も女神様のお姿は霧がかかったように思い出せぬのだ。しかし少なくとも少女ではなかった……と思う」


 だとすると、少なくともセイランではないのだろうか。

 姿なんてあれだけの魔力があれば簡単に変えれるだろうし、数千年単位での石化も奴ならばできるかもしれないが。


「事実、この状況を言い当てているのじゃからその女神とやらもとりあえずは信じるしかないじゃろうな」

「……それもそうか。本当に女神なんてのがいるんなら、魔王とかじゃなくてセイランの奴をなんとかしろって話だけどな……もしかしてセイランが魔王だったりするのか?」

「わしも魔王を直に見たことがあるわけではないから否定はできんが……じゃがそれだとが勇者という人間に一度敗北しておることになるぞ?」


 ……そうか、そういうことになるのか。

 だとしたら恐らくセイラン=魔王ではないのだろう。


 俺はアレがたった一人の人間に負けるとは思えない。

 そもそも、この世界で一度敗北したことがあるのならばもっと必死になってこの世界を滅ぼしに来そうな気がするし――逆に全く興味を失ってしまうかのどちらかだろう。

  

 なんとなくだが、そんな気がする。


 それに……


「考えてみれば、ダンジョンであれこれ悪さしようとしてる奴が魔王してたんならその時からダンジョンがあるわな」

「ふむ、確かにそれもそうじゃな」

「セイランの出現を、当時の人間にもわかりやすく魔王が復活する、という表現にした可能性もあるのではないでしょうか」


 結論を出しかけた俺たちにウェンディが意見を出した。


「それも……ありえるな……」


 うーむ。

 結局振り出しに戻ってしまった。

 おずおずとジョアンが切り出してくる。

 

「その……我は喋っても良いのだろうか」

「ああ、すまん。なんだっけ?」

「魔王を討ち滅ぼして欲しいという話だ」

「正体がわからないことにはなんとも。そもそももう復活してるのか? これから復活するのか?」

「それは……わからぬ……」


 じゃあどうしようもないじゃん。

 

「魔王が悪さし始めて、どうしようもなくなったらまた相談してくれ。それでいいな? 俺にはやることがある。それだけに集中するわけにはいかない」

「う、うむ……」


 ジョアンはなんだか納得いかなさげだが、とりあえず頷きはした。


「とは言っても――」


 俺はじろりとジョアンを一瞥する。


「ダークエルフたちを裏切った理由なんかは聞いておくけどな。言っておくが、俺は悪人に手を貸すつもりはねえぞ」

「……そうだな。それも大事な話か」


 ジョアンは目を閉じ、昔のことを思い出し始める。



2.



 ジョアン=プラデスはカカリという国の王子だった。

 しかしジョアンが生まれた時には、カカリの状況は最悪だったそうだ。


「人々は飢えに苦しみ、争いは絶えず、血に汚染された大地はあらゆる魔物を生み出していた」


 魔物は魔力の吹き溜まりや負の感情が集まるところで発生しやすいらしい。

 カカリはその条件に合致していたのだろう。


 内紛で人々が争い、死んでいくだけではなく、簡単に人の命を奪えてしまうような強力な魔物が跋扈していたとのことだった。


「……当時はまだ魔王が生きていた。魔王がいれば魔物は活性化する。もはや国王――我の父上も、騎士団を派遣して魔物を討伐しようとはしなかったのだ。そんな国から、王子である我は一度逃げ出した」


 手に負えない、と判断したのだろう。

 事実その判断は正しい。

 そこまで状況が進んでいたのなら、もはや一個人の力でどうこうできる問題ではない。


 国を脱出したジョアンは王族として受けていた訓練や、生まれ持って与えられたスキルの力で冒険者として金を稼いでいたそうだ。

 

「国を出て1年が経った頃。我は勇者と名乗る人間に出会った。本当の名は聞いていないが……貴殿のような黒髪で、黒い瞳をした人物だった」


 当然、この世界にも黒髪黒目の人間はいる。

 そう珍しいことではない。


「彼が魔王を倒すつもりだと聞いた我は、ついていって手伝うと申し出た。しかしそれはすげなく断られた。その時、既に勇者は一度負けていたのだ。だからこそわかっていたのだろう。我が魔王の前に立ってスキルを使えば、間違いなく命を落とす、と」


 俺の身体能力を一瞬だけコピーしたジョアンは顔面のあらゆるところから血を吹き出していた。

 もう少しだけスキルを使用していれば間違いなく死んでいただろう。


 つまり勇者の感覚からして、魔王は最低でも俺と同じだけの力を持っているということになるわけだ。


「だが――恥ずかしい話ながら我は勇者の高潔さに触れ、自分にも何かできないかと思ったのだ。一度は敗れ、全ての人間が諦めているにも関わらず、あの人物だけは前を向いていた。国から逃げた我とは……大違いだ。少しでも我は勇者に近づきたかった」


 手伝うことを申し出ている時点でジョアンも大概なお人好しだと思うが……

 ジョアンは昔話を続ける。


「それから我は依頼を受けては報酬を寄付するという行動に出た。微々たる力ではあっても、誰かの役に立っているという実感を得たかったのだ。そして更に数年後、勇者が魔王を討ち滅ぼしたという話を聞いた。伝え聞く限りでは、その時の傷が原因でしばらく後に勇者も命を落としたそうだが……魔王が残した禍根は残っていたのだ」


 ――ダークエルフ。

 

 低い声で、ジョアンはそう呟いた。


「……当時、ダークエルフは悪だと信じられていた。エルフでありながら魔王へ下り、邪悪な力を得た野蛮な種族だと。冒険者はダークエルフ狩りを依頼として受け、何人もの犠牲者を出していた。我は……それが許せなかった」


 ダークエルフの討伐を依頼として受け、目撃情報のあった森へ赴いたジョアンは本当に彼らがそこにいることを確認すると、結界魔法を張る手伝いや彼らがそこで暮らしていく手伝いを始めるようになった。


 ギルドへは虚偽の報告をして目を逸らしたらしい。

 

 ここまではダークエルフの長老から聞いた話と同じだ。


 嫁をもらい、子どもまでできたジョアンは人間の町のギルドとダークエルフの隠れ里を行ったり来たりしながら、幸せに暮らしていたらしい。


「――我が祖国、カカリの現状を聞くまでは」


 奥さんができて、子どもができて。

 幸せを謳歌していたジョアンは、魔王の死後、更に悪化していたカカリの状況を聞いた。


 自分の祖国。

 自分の家族。


 天秤にかけたその2つの、どちらを取るか。

 三日三晩、寝ずに悩んだそうだ。

 そして――


「……我は決断した」


 一人、カカリへ赴いて激化していた内紛を止めようとしたのだ。

 

 しかしそのことを知ったダークエルフの長老は、ジョアンにとある提案をする。


「彼らは……我を手伝うと言い出してくれたのだ。もちろん、最初は断った……だが……我だけの力では何も成せなかった。やがて我は彼らの提案を受け入れた。今思えば……我が人生で犯した最大の間違いがこの決断だったのだろう」


 ここが――長老と聞いたところと異なる。

 長老は、ジョアンからダークエルフへ助言を求めたと言っていた。

 本人が嘘をついている様子はなかった。


 つまり、ダークエルフたちがジョアンの印象を悪くする為に敢えて嘘を言い伝えたか――

 目の前にいるジョアンが嘘をついているか、のどちらかだ。



 ダークエルフたちは奮闘した。

 自分たちを救ってくれたジョアンに報いるために。


 もちろんジョアン自身も命を削って戦いへ赴いた。

 

 多くのダークエルフが命を落とした。

 その中には、ジョアンの妻もいたそうだ。


 削って、削って、削って――


 ジョアンはようやく勝利を手に入れた。


 だが。


 その時には既に、手遅れだったのだ。


「……カカリは、他国に目を付けられていた。内紛ばかりで国力が弱っている割に、国土は広い。負の魔力で汚染された大地も時が経てば解決する。我が国王になった頃には、周辺の国々から3つの宣戦布告が届いていたのだ」


 国力が最も弱まるのはいつか。

 簡単だ。

 クーデターが終わったその直後である。


 そこを狙い撃った国々があったということだろう。


 当然、他国との戦争に勝てるはずはない。


「しかしそのことを彼らに伝えれば……義理堅い彼らは共に戦おうとするだろう。そう考えた我は……」


 ジョアンが拳を握る。

 そこからは血が滴り落ちていた。


「彼らとの関係を絶つことにした。普通に言っては聞かぬ。国へ入ればその命の保証はしないと言い捨て、彼らを裏切った。冷たい森へ閉じ込めたのだ」


 ふ、と自嘲気味にジョアンは笑みを浮かべる。


「その後、臣下の願いで我は再び国を出た。我さえ生きていれば、カカリは再興できる、と。しかし我は妻以外を娶る気などなかった。カカリへ戻り、命を燃やしつくそうとした。その我の前に……女神様が現れたのだ」


 その女神は「その罪を自らのものと責め続けるのであれば、せめて未来を救いなさい」とジョアンを諭し、後は生涯で最も愛した仲間が作ってくれた石像と同じ格好を取り、未来を救う為に石となって俺が現れるのを待っていた。


 これがジョアン=プラデス。

 ダークエルフたちを裏切った男の物語だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る