第237話:救世主

1.



 じっと石像の肩に触れていたシトリーが首をゆっくり横に振った。


「解毒魔法や解呪魔法、他にも色々試したみたけれど少なくともお姉ちゃんの知ってる魔法では何も反応はないかな」

「なるほど……」

「わし、シトリー、ウェンディで駄目ならそもそもこれは石化した人間などではなくただの石像か……あるいはの魔法では無理かのどちらかじゃろうな」

 

 高難易度ダンジョン<龍の巣>9層目。

 草原のど真ん中にある安息地の中央。

 そこに腕を組んで前を見据え、ぽつんと建つ石像。


 ここにいるのは俺、シトリー、シエル、ウェンディ、そして綾乃の五人である。

 魔法のエキスパートと言える三人に加え、綾乃がいるのはもちろん、この三人で無理だった時に新たな魔法を作り出す為だ。


「にしても、本当によく出来てるな。知佳に言われるまでは気にしてなかったけど、マジで人が石像になってるみたいだ」


 服の感じとかこんなの岩を削ったりする程度で再現できるのかな、これ。

 

 よく見ると布の糸が一本一本全て再現されている。

 もしこれを削り出して作ったのだとしたら途轍もない労力である。


「あの、悠真くん、これが本当に人だったとして……石化から戻してしまって良いのでしょうか?」

「どういうことだ?」


 綾乃が不安げに訊ねてきた。


「その……ダークエルフの人たちの話を聞くと、あまり良い人ではなさそうですし……」

「んー……まあ、それはそうなんだけどさ」


 良い人ではない、というか聞いている限りではそれなりの悪い奴だ。

 極悪人とまでは言わないが、ダークエルフの人たちを騙して利用していたということだしな。


「マスターはこの方が石化した人物だとして、それを解除してどうしたいのでしょうか?」


 普段は俺の決めたことにほとんど意見をしないウェンディも(マスターが決定したことならば私はそれに従います、みたいな感じ)それは疑問に思っていたようで、質問を重ねてくる。


「なんというか……一番は興味なんだよな」

「興味……ですか?」

「どういう経緯でここに石像が置いてあったのか、とか聞きたくないか? いやまあ、本当にその程度だし、失敗したら失敗した時って感じだな。謎解きする為のパーツは揃ってるのにほっといて次へ進むのも寝覚めが悪いというか……」


 正直明確な理由はない。

 この人――ジョアン=プラデスに会って話を聞いてみたい。


 なんとなくそう思っただけだ。


「ま、石像なのか石化した人間なのかも今の所は五分と五分じゃし、石化だったとして成功するかどうかも五分と五分。もし全てが噛み合って上手くいった時にどうしようもない悪人じゃったらこの場で始末すれば良い。それだけの話じゃな」


 シエルがさらりとまとめる。

 始末か。

 まあ、それくらいの覚悟は決めないとな。


 なんとなく石像の前に立って、俺はその何かを見据える瞳をじっと見つめる。

 

 一体何を見ているのだろう。

 それも聞けたりするのだろうか。


「――ん? 今ちょっと動かなかったか?」


 そう思った次の瞬間。

 バキバキバキバキバキ、と硬い殻を破るような音と共に石像が動き出した。


「お、お、おお!? 綾乃、もうスキルを使ったのか!?」

「い、いえ、まだ使ってないです!」

「ウェンディ! 悠真ちゃんを!」

「はい、姉さん!」


 シトリーが俺の前に立ちはだかり、ウェンディがさっと俺の手を引いて自らの方へ寄せる。

 シエルは綾乃の保護へ動いてくれたようだ。


 緊張する俺たちの前で石像の体からぼろぼろと石片が剥がれ落ち、やがて――



「――ふぅ」


 

 人、が出てきた。

 人というか、先程まで石像だったジョアン=プラデスその人だ。


 短い金髪の美丈夫。

 着ていた服は石像だった時の無機質な鼠色ではなく、赤を基調とした豪華絢爛なものに変わっていた。


 そしてその黒い瞳で、一番近くにいるシトリーをまず見た。

 次にウェンディを見て……少し視線を止めるが、すぐに外す。


 シエル、綾乃と順番に彷徨った視線は、最終的に俺を見る。


 石像だった時と同じ、まっすぐに見据える瞳。



「……黒髪に、黒目の青年。なるほど、は本当だったのだな」


 

 ぽつりと何事かを呟くジョアン=プラデス(?)。

 そしてパキパキと首を鳴らし、肩をぐりぐりと動かす。


「体も……異常はない。なるほど、流石はか」


 何を言っているんだ、こいつは。


「黒髪の青年」

「……俺か?」

「我と決闘をしてはくれぬか」

 

 そう言ってジョアン(?)はあっさり頭を下げるのだった。


 ……決闘?


 いきなり襲いかかってくる、なんてこともなく礼儀正しく頭を下げられてしまってはこちらとしても毒気を抜かれてしまう。


 少なくとも敵意はないと見たのか、ウェンディたちの緊張が解けたのが伝わってくる。


「そうは言われても……状況を説明してくれると助かるんだが」

「たとえ神託通りだったとしても、簡単には話せぬ。しかし信じるに値するかどうかは互いの剣と剣、ひいては拳と拳を合わせればわかると言うもの」


 頭をあげてじっと俺を見るジョアン。


「ここには五人いるわけだが、なんで俺なんだ?」

「それも決闘の後、貴殿が信ずるに値する人間だとわかれば」


 頑なだな。

 真っ直ぐ俺を見る目はとても

 

「どうします、マスター。無理にでも吐かせますか?」

「……いや、一旦自分で言ったことは意地でも曲げないタイプだと見た。とりあえず決闘すりゃ色々話してくれるんだろ? ならやってやるさ」


 

2.



 ……さて。

 やってやるさと啖呵を切ったは良いものの、どうしてこうなったのか。


 シトリーやウェンディ、シエルの魔法での石化解除はできなかった。

 綾乃はスキルを使っていない。


 なのに何故か急に動き出し、俺との決闘を望む。


 まず真っ先に思い浮かべたのはアスカロンのことだ。

 エルフの姿ではなく――

 ダンジョンの奥で出会った、甲冑姿のユニークモンスターだった時。


 一対一を望んだアスカロンたちは満足して成仏(?)していったわけだが……


 目の前でじっと剣を構えるジョアンにそんな様子はない。

 子供がいたということでかなり年上なのを予想していたのだが、見た目だけで言えば20代後半くらいに見える。


 もちろん見た目年齢なんてほとんど当てにならないということを最近俺は色んな場面で実感しているのだが……


 綾乃が少し離れたところで右手をあげている。

 それが振り下ろされれば開始の合図だ。


 勝負はどちらかが参ったというまで。

 そして――


「は、はじめ!」


 綾乃が右手を振り下ろした。


 それと同時に、でジョアンが剣を振り下ろす。

 俺が咄嗟に身を引くと、案の定その剣閃の伸びた先がさっくりと斬れた。


 未菜さんもやっていた、飛ぶ斬撃ってやつだ。


 つまり剣術に関しては未菜さんクラスか。

 

 魔力による強化の段階を一段あげる。


「ふっ!」

 

 突きを剣の腹で受けて逸らし、間髪入れずに放った蹴りが防がれる。

 そして返しの一発で――


「……!」


 ギリギリ防御が間に合ったが、奴の蹴りを受けた右腕が痺れていた。

 なんだ、この威力。


 油断してたら一瞬で持っていかれるぞ。

 更に強化の段階をあげる。

 

「なんと……!」


 ジョアンの目が大きく見開かれた。

 しかし、それと同時にジョアン自身から感じる圧力も跳ね上がる。


 そして不意打ちで放った剣での一閃はあっさりと防がれてしまった。

 

 ――なんだ?


 俺と同じように、ジョアンも魔力による強化を段階分けしているのだろうか。

 底が見えない。

 こんなことは初めてだ。


 なら……


「……全力で行くぞ」

「…………!」


 ジョアンは無言で剣を構え直した。

 一瞬で決める。

 

 俺は魔力による強化を全開にし、更にアスカロンへ使用した時よりも練度が高まった<限界突破リミットブレイク>を発動する。

 

 が、動く前にジョアンの顔色が一気に変わった。

 

「ごふっ……!」


 目や鼻、口から大量の血が流れ出してその場に膝をついてしまう。

 

「なっ……おい、大丈夫か!?」

「ぐ……く……」


 意識も朦朧としているようで、受け答えもままならない。

 流石にこれは決闘の続行など不可能だろう。


 すぐにシトリーが駆け寄ってきて、ジョアンへ治癒魔法を施すのだった。



 しばらくして。

 治療を終えたジョアンが申し訳無さそうにしゅんとしていた。


「面目ない……」

「いや……何がどうなったんだ? さっきのは」

「我は相手の膂力をこの身で再現するというスキルを持っている。貴殿の力を再現していたところ、限界を超えた力に耐えられずあのような醜態を晒してしまったのだ」


 ははぁ……

 道理で段階を踏んで俺のパワーと拮抗してたわけだ。


 ジョアンから感じる魔力はそれほど多くはない。

 とは言っても柳枝さんや親父とほぼ同量なので、少なくもないのだが。


 しかしその魔力量で俺の力を再現するのはスキルの力をもってしても不可能だったのだろう。


「ていうか、ジョアン=プラデス……でいいんだよな?」

「……何故我の名を知っている?」

「ダークエルフの人たちから聞いた」

「…………ダークエルフ」


 ジョアンの表情が曇る。

 さっきから思っていたが、この人、本当に長老から伝え聞いていたような悪人なのだろうか。

 何か事情があったのではないか。そう思えてならない。


 色々と聞くことがありそうだな。

 そんなことを考えていると、ジョアンがカッと見開いた目で俺を見た。

 す、すごい眼力だ。


「……よ!」


 ガシッと俺の肩を掴む。

 ちょっと痛い。


「頼む! を討ち滅ぼし、世界を救ってくれ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る