第236話:アンリアル
1.
「……その像は遥か昔に魔王が滅ぼされ、迫害から逃げてきた我らが同胞を地獄へ叩き落とした人間を、我らが祖先が模したものだと言われている」
長老はスノウの氷が苦しいのか、絞り出すようにしてそんなことを言い出した。
ダークエルフは大昔に実在した魔王へ下った、当時のエルフ族の半数だという話をシエルから聞いた。
そして魔王が滅ぼされた後、エルフや人間が彼らダークエルフを迫害したということも。
それから逃げてきてここで里を構えたのがこの長老やライラたちの祖先、ということなのだろう。
「地獄へ叩き落とした人間を模した像? なんでそんな意味のわからないことをするのよ」
「……戒めの為、と儂は自分の親から聞いた。そして儂の親も、そのまた親からそう聞いていると言っていた」
エルフの寿命で、最低でも三世代も遡れば相当昔の話だろう。
「戒め……人間への恨みを忘れない為、とかそんな感じか?」
黙ることで肯定に変える長老。
その顔は険しい。
どうやら本人にとっては相当根深い問題なようだ。
「具体的にはその人間が何したわけ?」
「……その人間の名はジョアン=プラデス。我らダークエルフの力を利用して国を乗っ取り、用済みとなったら切り捨てた外道。そのせいで我らが同胞はこのような森の奥地へ隠れ住むしかなくなったのだ!」
「要領を得ない話ね。もっと簡潔に話しなさい」
ぎゅっ、とスノウが手を握ると、長老が潰れたカエルのような声を出して呻いた。
まあ、感情が先行しすぎて話がわかりにくい部分はある。
その後、ちょくちょくスノウがヒートアップする長老を氷で冷やしながら(?)聞き出した話を纏めると、こうだ。
魔王が滅ぼされ、迫害されていたダークエルフたちは命からがらこの地へ辿り着いた。
万全な状態であれば、ダークエルフとは言え元はエルフ。
森の中で生きていくことは容易かっただろう。
しかし当時は違った。
魔王軍の残党狩りと称して多くの冒険者がダークエルフの命を狙っていた。
それによって消耗していた彼らは森の中へ逃げ込めたもののろくに生活基盤を組めず、徐々に数を減らしていったそうだ。
そんな中、当時冒険者だったジョアン=プラデスという男がダークエルフたちを見つけた。
最初はダークエルフを狩りにきた人間かと思い警戒した彼らだったが、ジョアンは「同じ人間を殺す理由がない」と言ってそれを否定。
更には彼らの生活基盤を整える手伝いや、必要なものを近隣の国から購入して持ってきたりもしてくれたそうだ。
次第にダークエルフたちとジョアンは打ち解け、信用されるようになっていった。
ダークエルフの女と結婚し、子もいたという。
ちょうどその頃、ジョアンの像がこの里へ建てられたそうだ。
親愛の証として。
しかし、その幸せな時間は長くは続かなかった。
ある時、ジョアンは当時のダークエルフの長へとあることを頼み込んだ。
「国民が苦しんでいる。クーデターを手伝ってほしい」
後に判明したことだが、ジョアン=プラデスは当時存在した<カカリ>という国の王子だった。
その見返りに、クーデターが成功した暁には森の中で隠れ住むのではなく、国の中への永住権を与えると約束して。
ダークエルフは強い。
エルフの魔法適性を持つ上に、魔王によって影響を受けた体は身体能力にも優れる。
現在でこそエルフは更に魔法へ特化し、ダークエルフはエルフより若干劣る魔法適正と高い身体能力、というところに落ち着いているが、当時はまだそうではなかった。
魔法では比肩するものがなく、身体能力も獣人並。
命からがら森へ流れ着いた敗走戦だった時とは違い、万全の状態で戦へ望んだダークエルフたちは圧倒的な強さで国軍を打ち倒し、あっという間にジョアンは国王の座へついたそうだ。
しかしそこからが問題だった。
ジョアンはまるで人が変わったかのようにダークエルフたちを糾弾し、国から追い出したのである。
ダークエルフたちは強いとは言え、犠牲は出ていた。
その中にはジョアンの妻もいたのだ。
それなのにジョアンは全く彼らダークエルフへ見返りを与えなかった。
戦力を失い、人間に裏切られた彼らは再びこの森へ戻ってきた。
それからはどんな人間も信用するな、という教えが例の像と共に語り継がれるようになった、ということである。
「そのジョアンって奴に事情があったのか、根っからのクズなのかは知らないが……今の話だといくつか疑問が残るな。一つ、この写真に写っているものは頭に王冠を載せている。要は王様になった後に作られたもんってことだ。この里にある像は王様になる前に作られたもんなんだよな?」
「……だがこの里にあるものも王冠を被っている。格好もほぼ同じと言って良いだろう」
「なんでだ?」
「儂はそこまでは知らぬ」
……この状況で嘘をつく理由はないし、多分本当なのだろう。
「じゃあもう一つ。里にある像がなんでダンジョンにもある?」
「それも知らぬ」
「……ふぅん……」
ま、やはり嘘ではなさそうだな。
「とりあえずこの里にある像を見せてもらえばいいんじゃない?」
「だな。長老、その像はどこにあるんだ?」
2.
「それでお兄さま、その像とダンジョンにあったものは同じものだったのでしょうか?」
長老から話を聞き、(スノウに氷を溶かさせてから)帰ってきた俺たちはウェンディ、シトリー、フレアそして知佳、綾乃。
更にアンジェさん、ナディア、ライラもいる。
要するに有識者会議である。
シエルは欠席。
今は異世界にいるからな。
レイさんは会議に出席という形ではなく給仕係としてそこにいるだけだが、何かわかれば意見も出してくれるだろう。
「もちろん撮ってきた」
プロジェクターに映し出す。
ダンジョンにあったものも隣へ。
「ぱっと見では同じように見えるわねえ」
シトリーが言う。
そう、俺の目にも全く同じに見えた。
「けど、よく見ると装飾品とかが若干違うんだよな。ほんとに、誤差のレベルだけど」
そう答えると一同がプロジェクターの画像をじっと見つめる。
「……確かに、言われてみればその通りですね。どちらかと言えば、マスターと私で見つけたダンジョンにあるものの方が装飾が少し精巧にできているように見えます」
「ってことだな」
プロジェクターもお高いやつだしこのスマホもお高いやつだしで解像度が高くて助かるな。
「つまり、我々の里にあったものと悠真様たちが見つけたダンジョンにあったというものは、同じ格好で同じポーズをした別物……ということなのでしょうか」
ダークエルフの姉で、何故か俺のことを様付けで呼ぶナディアの言葉に頷く。
「少なくとも、俺とスノウはそう結論づけた」
無言でスノウも頷いた。
「で、だ。一つ気になることがあるんだが……ライラ」
「……なんです?」
不審そうに首を傾げるツンツンダークエルフ。
だんだんこの冷たい視線がくせになってきたような……
と、それはともかく。
「ライラたちの住んでた里では、あのダンジョンを攻略すると宝玉とやらがもらえるって伝承があったんだよな?」
「……はい、その通りですが」
「シエルに確認したところ、そんな話は聞いたことがないそうだ。つまりその伝承はあの里だけにあるものということになる」
「……そうだったの?」
「さあ、お母さんも外のことはよく……」
ライラがアンジェさんに確認しているが、どうやらアンジェさんも知らなかったことのようだ。
まあそこはどうでもよくて、あの里だけに存在する、ダンジョンにまつわる伝承。
そしてあの里に関わっていた人物の像がそのダンジョンにあるという事実。
「関係ないとは思えない」
眠たげな目で2つの像を見比べていた知佳が呟く。
「だよな」
知佳は言葉を続ける。
「私の目には、ダンジョンにあったという像がリアルすぎるように見える」
「……リアルすぎる?」
「目……瞳孔や耳の形が里のものと少しだけ違う。衣装の皺の入り方もまるで人が石像になったみたいにリアル」
……よくこの写真でそんなとこまでわかるな。
瞳孔と耳の形に関しては言われても俺はわからないのだが、フレアとウェンディが頷いていた。
他の人は、俺含めぽかんとしているが。
特にフレアは芸術品なんかに関する審美眼はすごいものがある。
ウェンディの優秀さは言わずもがなだし、この三人が肯定するということはかなりの信憑性があるのではないだろうか。
「人が石に……」
それを聞いて俺にピンと来ないはずがない。
石……とは厳密には違うが、似たような状況を目にしたことがあるからだ。
俺は思わず綾乃の方を見る。
綾乃も俺と同じことを考えていたようで、こちらを見た。
「もしかして、ダンジョンの方は石化した人間かもしれない……のか?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます