第235話:結構キレてる

1.



「暴風が吹き荒れていて、スカイドラゴンに酷似したモンスターがいる上に膝丈ほどの草が生い茂ってる謎の石像が置いてある場所、か」

「心当たりあるか?」

「少なくともわしは無いのう」

 

 シエルはプロジェクターで壁に投影した石像の様子ををまじまじと眺めながらううむ、と唸った。

 わざわざセーナルから戻ってきてもらったが、どうやら心当たりはないようだ。


「ダンジョンによくわからないものがあるのは今に始まった話でもないしねえ……」


 シトリーが困ったように言うが、たしかにそれも一理ある。

 しかし何故かどうにも気になるのだ。

  

「次に<龍の巣>へ行った時にこの石像の一部でも持ち帰って天鳥さんに調べてもらおうかな……」

「そういうのは罰当たりな気もするがのう……」


 そうは言っても気になるのだから仕方がない。

 なんであんなだだっ広いところにぽつんと置いてあるのか、是が非でも謎を解き明かしたい……という程でもないけどさ。


 ……と。

 玄関の扉が開く音がした。


 魔力の感じからして、ツンツンダークエルフことライラと……母さんかな?

 

 ガサガサとレジ袋の音がしつつ母さんたちがリビングへやってくる。


「ごめんね、ライラちゃん。買い物なんて手伝ってもらっちゃって」

「いえ、居候させて貰っている身ですので……」


 どうやら二人で買い物へいっていたようだ。

 珍しい組み合わせ……に一見みえるが、母さんはあれで結構面倒見が良いので誰とでもそれなりに仲が良いのだ。


 一番気が合うのはどうやらアンジェさんらしいが。

 母親同士通ずるものがあるのだろう。



「大奥様、ライラ様、お持ちいたします」

「それじゃあお願いね」


 俺たちの傍に控えていたレイさんがさっと駆け寄って母さんとライラからレジ袋を受け取る。

 そこに抵抗すると途轍もなく落ち込むのでもう母さんも慣れたものだ。


「食材を買ってきてたのか」

「ほら、明日にはに移り住むでしょ? だから最後くらいはお母さんがみんなのご飯を作ろうと思って……って、なあに? その石像」


 あっち、というのは二世帯住宅の亜種みたいな感じで間隣に建てた親父と母さんが住むようの建物のことだ。

 先日遂に完成したのである。

 だいぶ急いでもらったからなあ。


 ちなみにアンジェさんやライラたち用にも向かいか反対側の隣に更に家を建てる計画もある。

 


「それは里の石像ですね」

「……里の石像?」


 ツンツンダークエルフのライラがツンツンしたまま話しかけてきた。

 

 ちなみにツンツンダークエルフはツンデレ精霊と結構仲が良い。

 ツンの者同士気が合うのだろう。


 俺の悪口で盛り上がってたりしてなければ良いのだが。

 そうだとしたらちょっと落ち込む。


 で、ライラの言う里というと、彼女たちが迫害されていた例の里のことだろうか。


「これはダンジョン内で撮ったものじゃ。ライラ、これと同じものが里にもあるのかの?」

「……そうだったのですか? が里にもあるので、てっきり皆城悠真がいつの間にか撮影したものだと」

 

 俺たちは顔を見合わせる。

 どうやら鍵はダークエルフの里にあるようだ。



2.


 

「……まさかまたここに来るとはなあ」

「クズみたいな奴らの巣窟なんでしょ? うっかり里ごと凍らせても文句言わないでちょうだい」

「別に何も悪いことしてない人もいるんだろうから、凍らせるにしても対象は選んでくれよ?」

「ま、円滑にことが進めばあたしとしても文句はないわよ」


 俺はダークエルフの里へスノウと共に来ていた。


 候補にあがったのはまず真っ先にウェンディや知佳だったのだが、ウェンディはもし俺に危害が加わるようなことがあればうっかりダークエルフのお爺ちゃんたちの首と胴が泣き別れになりかねないし、逆に知佳だった場合あいつに危害が加わるようなことがあればこの里が地図から消えかねない。


 ウェンディと似たような理由でフレアやレイさん、知佳と同じ理由で綾乃も却下。


 交渉ごとに強そうな上に物理的にも強いので知佳や綾乃みたいな心配のいらない未菜さんについてきてもらうことも考えたが、忙しそうだったので駄目。

 未菜さんが忙しければ柳枝さんも当然忙しいだろう。


 シエルは当然のごとく駄目。

 エルフとダークエルフの仲の悪さはこういうときに面倒だ。


 もちろんアンジェさんやナディア、ライラたちもあんな里に再度行かせるわけにはいかない。


 だとしたらシトリーかスノウか……というところで、スノウが名乗り出てきたのだ。

 ライラとは仲が良いので、思うところがあったのだろう。


 当然ルルは最初から選択肢にあがっていない。

 ルルを連れていくくらいなら俺が一人で行ったほうがマシである。


 絶対下手に神経を逆なでしてブチギレさせるからな。


 もっと言えば俺も彼らをボコボコにしている前科があるので、究極的な話をすればスノウとシトリーの二人で行くのがベストなのだが……


 そうなると俺が離れることになるのでやっぱり不安が残る。

 仮に離れていてもスノウやシトリーならばあの程度の連中に遅れを取ることなんてないとは思うが……念の為だ。


 で、里の入り口付近まで来ているのだが結界が張ってあるのでそう安々と入ることはできない。

 一度来たことがあるので、時間をかければ辿り着くことはできると思うが……


 なんて思っているとスノウがおもむろにデコピンのようなポーズを取った。


「鬱陶しい結界ね」


 そのままピン、と指を弾くと、ガシャァン! とガラスが割れたような音と共に隠れ里の姿が顕になった。


「お前なあ……」

「この手の結界はほっとけば治るから平気よ。ほら、行くわよ」


 ……人選、間違えたかもしれない。



3.



「お、お前は! わあああ!? あ、足が!? 足がああ!?」

「ひっ、ひぃぃぃ!!」

「た、たすけ、いやだ、いやだああ!!」


 結界が割れた音に反応してきたのであろうダークエルフの男たちが俺の顔を見て臨戦態勢に入るのと、スノウが無造作に彼らの足から腰にかけて凍らせて固定してしまうのはほぼ同時の出来事だった。

 

 ダークエルフは人間に比べれば遥かに高い魔法適正を持っている。


 抵抗レジストという、まんま言葉の通り魔法への抵抗をする為の魔法が存在するのだが、それを発動している気配は感じられても全く意味なく体が凍らされていくのだ。


 怖くないわけがない。

 というわけで逃げようとしたダークエルフも何人かいたのだったが、そういうのに関しては「うるさいわね」とスノウのお冠に来たようで、口元まで凍らされていた。

 

 信じがたいことだが、スノウ自身にその気がなければああして拘束されても凍傷になったり低体温症になったりもしないのだ。

 俺が身を持ってそれは体験している。

 割と何回も。


 逆に言えばその気さえあればその程度で済まないような状況になるのだが。


「全部終わったら溶かしてあげるわ。覚えてたらだけど」


 さらっと最後にいらんことを付け加えて恐怖を更に植え付けることも忘れない。


「こっちから爺臭い魔力を感じるわね」


 そのままズカズカと里の奥へ進んでいくスノウは既に長老の魔力も捉えているのだろう。

 爺臭い魔力というのはいまいちわからないが……

 魔力に若いとか若くないとかの概念が存在するのだろうか。


 後で詳しく聞いてみよう。


「……逃さないわよ」


 しばらく歩いているとスノウがぽつりと呟く。

 そして遠くの方から悲鳴が聞こえてきた。

 嫌な予感がするなあ。




 案の定、長老たちがいるのだと思われる集会場のようなところは完全に氷漬けになっていた。

 特に意識しないで垂れ流しているだけの量でも、俺の魔力もスノウの魔力も一般的なそれから見るととんでもない量になる。


 特に俺の魔力には覚えがあるだろうし、すたこら退散しようとしていたのをスノウに察知されてこの有様なのだろう。


「……殺ってないだろうな?」

「あたしを誰だと思ってるの? そんなヘマするわけないでしょ」


 中へ入ると、腰を半分浮かせた状態の奇妙な形で首より上だけ残して氷漬けになっている長老と、こちらは完全に顔まで覆われている若いダークエルフの男が3人。


 全員見覚えがある。

 俺が以前気絶させた連中だろう。

 同じように顔まで凍らされている女性も2人いるな。


「用があるのはあの爺よね?」

「……だな」


 スノウがわざわざ凍らせたということは、この5人はこちらへ敵対的な意識を持ったということだろう。

 ご愁傷さまである。


「な、な、な、なんだ貴様ら! なぜまたここへきた! 何の用があるのだ!」


 完全に怯えきっている長老がちょっと哀れである。 

 やっぱりシトリーの方が良かったかもしれない。

 まあでもこれくらいのお灸を据えても誰も文句は言わないか。


 一回痛い目に遭わせたくらいじゃ、本当の意味で改心することなんてないだろうし。

 

「爺さん、これ見覚えあるよな?」


 顔を動かせない長老にスマホの画面を見せる。


「そ、それは……何故余所者がそれを知っておる!」

「この石像、ダンジョンの中にあったもんなんだ。この里にも同じものがあるはずだ」

「……そうか、あの半端もんたちから聞い――あがっ……があああ!?」


 後ろを見るとスノウが冷たい目で長老を見ていた。

 多分、どこかの部位が直接凍らされているのだろう。

 全身を一瞬でそうされるのならともかく、一部ともなれば激痛が伴うはずだ。


「うちの身内に半端もんとはあんたいい度胸ね。その舌の根を凍りつかせてやろうかしら」


 ライラと仲の良いスノウにとってそれは禁句だ。


「……やりすぎるなよ?」


 少なくとも話を聞いてからでないと色々と困る。 


「だから殺しはしないわよ」

「かっ……ハァ、はぁ……ハァ……!!」


 スノウが指を鳴らすと、長老は氷に纏わりつかれているというのに大量の汗を流しながら荒い呼吸を繰り返した。

 全然穏便じゃないなあ……


「まだ若いナディアやライラはともかく、数百年この里で生きていたアンジェさんもこの石像についての詳細は知らなかった。あんたなら知ってるだろ? それだけ教えてくれれば今度こそあんたらには構わないと誓うよ」

「わ、わかった……話す、話すからもうやめてくれ……」


 もう完全にスノウにビビっていた。

 ……スノウを連れてきたのが正解だったのか間違いだったのか、もうよくわからないな。

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