第234話:石像

1.


 <龍の巣>9層目。

 雰囲気がガラリと変わったその光景に思わず俺は「おお……」と間抜けな声を出してしまった。


 強風吹き荒れる一面草の大地。

 

 一言で表せばこうだ。

 空を見上げると巨大な岩……というか山が幾つも浮いている。

 そしてそれに紛れるようにして、巨体のドラゴンが無数にいた。


 ウェンディが俺と手を繋いでいない方の手――左手をパッと空中にかざすと、殴りつけるような風はぴたりと止む。

 しかしどうやらそれは俺たちの周りに限った話のようで、少し離れたところでは変わらず膝の辺りまで背丈のある草が風に煽られ暴れていた。


「ボスのいる階層……なのか?」

「それほど強い気配は感じないように思いますが……」


 辺りを探ろうとしているのか、きょろきょろと視線を動かすウェンディ。


「あまり広範囲を探るのは難しいですね」

「これだけ風が吹いてるとなるといくらウェンディでもな……」

「……本気を出せばなんてことありません」

「そんな無茶しなくていいからな?」


 何故かちょっとムッとした様子のウェンディを諌める。

 本気でやればどうかはわからないが、風を繰って周りの様子を見るウェンディとしてはかなり相性の悪い階層なのではないだろうか。


 こうして完全に風を遮ることができるのもまたウェンディくらいなので、風に影響を受けにくいスノウかシトリー、あるいはあの浮いてる岩なんかを操れそうなシエルでも連れてきた方が良いかもしれない。


 そんなことを考えているのがわかってかわからないでか、ウェンディが俺の手を少し強くぎゅっと握った。


「私とマスターだけで十分です。先へ進みましょう」

「……わかったよ」


 思わず零れそうになった笑みを必死に抑える。

 いじらしいというか、なんというか。

 

「にしても、ダンジョン内でこんなにガラッと雰囲気が変わることなんてあるんだな」

「『ドラゴンが住む場所』というコンセプトのダンジョンなのだと思われます」

「ダンジョンにコンセプトがあるっていうのもおかしな話に感じるけどな」

「そう言われてみれば、そうかもしれないですね」


 飛んできた大岩が俺たちの少し手前でぬるっと逸れていった。

 これも風の力でやっているのだろう。

 少なく見積もっても数十トンはありそうな岩だったが、今更この程度で驚くようなこともない。


 風は強いが視界が悪いわけではない。

 むしろ広い平原のようになっているので視界に関しては良好だ。

 視力を強化して階段ないしはモンスターを探しつつ歩く。


 でも結構背の高い草が生えてるから、階段は埋もれてそうな気もするんだよな……

 一応全てのダンジョンの階段には目印のようになっている灯籠? っぽいものが立っているのでそれさえ見逃さなければ大丈夫なのだが。


「マスター、少し姿勢を低くしてください――来ます」

「へ?」


 ウェンディが空を見上げる。

 そこには灰色の鱗を持つドラゴンが……ざっと数えただけでも10体。


「私の知るスカイドラゴンに酷似していますね」

「空のドラゴンってか? 特徴は?」

「風を操るドラゴンです」


 10メートルから20メートル程度に大きさはバラついているが、感じる魔力からして1体1体が8層目までで見たドラゴンよりも一回り以上には強い。


「ドラゴンって群れないって話じゃなかったっけ?」

「あれ程の魔力を持つドラゴンが群れるというのは、現実にはありえないですね。ですがダンジョン内の特殊な生態系ですから……ダンジョン内ではありえないということがありえないのです」


 な、なるほど。

 

 未菜さんやローラでもこれだけの数に囲まれたらもうどうしようもなさそうだ。

 ルルでも辛うじて逃げられるかどうかというところだろう。

 もはや攻略させる気がないのではないかと思ってしまうな、ここまで来ると。 


「――――――!」


 一番近い位置にいたスカイドラゴンが口を開いて叫ぶような動きをした。

 人間の耳には聞き取れない周波数なのか、ピリピリと肌が震えるばかりで音は聞こえてこない。


 しかし、まるで示し合わせたかのように全ての個体が口を開いて、一斉に魔力の塊を吐き出してくる。

 風魔法なのか、目視はかなりしづらいが――


 ウェンディがつい、と指を振ると8つ、9つと弾かれて最後の1つはそのまま跳ね返っていって1体のスカイドラゴンに当たり、霧散した。


「……なるほど。風魔法には高い耐性を持っているようです。となれば――」


 パキキキ……と音を立てて長さ5メートル程度の氷柱が10本、俺たちの頭上に生成される。

 氷魔法……!

 スノウが得意としている属性ではあるが、なにも氷魔法はスノウだけの専売特許というわけではない。


 俺にだって簡単なものなら使えるし、ウェンディクラスの魔法使いにもなれば当然、これくらいのものは生み出せるわけか。


「そのままぶつけるのか?」

「いえ、このままではあのクラスのモンスターには通用しないと思います。なので……」


 ひゅう――と爽やかな音を立てて、風がそれぞれの氷柱の周りを渦巻く。

 その風はどんどん速く強くなっていき、やがて氷柱も同じように回転し始める。


 数秒でキィィィ――ン、と甲高い音を立て始めた氷柱が次の瞬間。


発射ショット


 凄まじい勢いで打ち出され、躱そうとしたスカイドラゴンたちの喉元や口内を正確に貫いた。

 が――


「1本外れたぞ!」


 先程仲間に指示を出したと思われるドラゴンだけは辛うじて躱していた。

 ウェンディが風魔法で仕留めるよりも氷魔法を使うことを選択する程の高い属性耐性と言い、あれだけの速度の氷柱を躱すだけの能力と言い、明らかにこれまでよりも一段回強くなっている。


「いいえ、外れたわけではありません」

「どういう……」


 ことだ? と続けるつもりだったのだが、俺は口を閉じた。

 恐らく風の力によって軌道を捻じ曲げられた氷柱が、背後から最後のスカイドラゴンの脳天を貫いたからだ。


 10体分のスカイドラゴンの魔石を手元へ風で手繰り寄せたウェンディはなんでもないように言う。


「あの個体は他の個体に比べて強力であることが予想されたので、敢えて不意を突きました。正面からでは仕留めきれない可能性があったので」

「な、なるへそ……」


 隙がない。

 そんなところが好き。

 なんちゃって。


 ちなみにこの間もずっと手を繋いでいる。

 余裕がありすぎる。

 流石ですウェンディ先輩。


「なあウェンディ」

「はい」

「風魔法で倒そうと思えば倒せたんじゃないか?」

「仰る通りですが、氷魔法と併用することで魔力消費を抑えることができますので」


 完璧すぎるこの女。



2.



 その後もしばらくスカイドラゴンが為す術なくやられていくのを眺めながら階段を探しつつ歩いていたのだが、どうにも目印の灯籠すら見つからない。


 ジャンプとかして上から探した方が速いかもなあ……とか考えていると、遠くの方に……何かの像? のようなものがあるのがぼんやりと見えた。


「ウェンディ、あれ見えるか?」

「いえ、私はマスターほど視力をあげられませんので」

「とりあえず行ってみようぜ」

 


 

 近くまで来て、はっきりわかった。

 人を模した石像だ。


 立派なローブのようなものを纏い、頭には王冠が乗っている美丈夫が腕を組んで前をじっと見据えている。


 見るからに王様っぽいが、腰には立派な剣が刺さっているしなんとなく感じる雰囲気も強そうなので、案外武闘派な王様なのかもしれない。


「……ダンジョン内で人を模した石像を見るのは流石に初めてですね」

「俺も聞いたことはないな」

「マスター。この辺りは風も吹いていないようです」

「え、そうなのか?」

「はい。私は何もしてませんので」


 風の影響は常にウェンディが打ち消してくれていたお陰で感じなかったが、どうやらこの近辺はデフォルトでそうなっているようだ。

 それに――


「ドラゴンも近寄ってこないように見えるな」

「はい、遠巻きにこちらを見ているのはわかりますが……安息地なのかもしれません」

「……なるほど、ありえるな」


 石像が立っている、ということ以外は何も変わらないが、こういう安息地も珍しいわけじゃない。

 というか、新宿ダンジョンみたいに町をそのまま再現しているような特殊なダンジョンでもなければ大抵はこんなもんだ。

 

 余談だが、新宿ダンジョンの4層か5層のどちらかにラブホ型の安息地がある。

 普通は4層や5層も探索者にとっては高難易度。

 あそこまでフリーで入ってこれるのは俺たちくらいなので使いたい放題やりたい放題だ。

 何が、とは言わないけどな。


「ここが安息地なんだとしたら、転移石を置いて一旦戻ってもいいかもな。写真かなんかに撮ってシエルやシトリーにも話を聞いてみよう」

「……そうですね」


 名残惜しそうにウェンディが俺から手を離す。

 くっ、可愛い。

 思わず抱きしめたくなったが、こんなところで盛るのも……悪くはないが草がチクチクしそうだ。

 帰ってからにしよう。


 スマホで写真を撮ってから、転移石をセットして戻るのだった。

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