第233話:一枚上手

1.


「ほ、本当にいたぞ! こっちだ!」


 しばらく待っていると、おそらく探索者ライセンスも持っているであろう職員が四名ほどやってきてナンパ者二人を連れて帰っていった。


 本当にいた、と彼らが驚いていたのはだったからだろう。

 一瞬外に出て念話をウェンディに飛ばし、通報してもらったのだ。


 あの二人がどうなるかまでは興味がないが、悪いことはしないだろう。

 ダンジョン内にある建物や物は基本的に現実世界にあるそれよりも頑丈な造りになっている。

 そのガードレールを素手でやすやすと捻じ曲げて挟まれるという体験をしている最中の二人は心底怯えた表情だったからな。


 処分としても良くて新宿ダンジョンへの立ち入り禁止、悪ければ国内すべてのダンジョンへの立ち入り禁止くらいだろうか。

 

 あるいは何か余罪があれば逮捕までに至るかもしれない。

 まあライセンスはどのみち事実確認の後に剥奪されるだろう。


 それはともかく。

 ティナを含めた女子高生三人組はこれくらいのことがあったくらいではへこたれる様子もなく、俺たちは次の獲物を求めて新宿ダンジョン内をうろついていた。


 まあティナの<気配感知>がある限り、群れに突入するようなこともないだろうし一応俺も辺りの気配は探っている。


 一層に出る程度のモンスターなら気配を消して近寄ってくるモンスターなんてのもいないだろうし、あの手の俗に言う<守り狼>もそうそういないだろうし、気が楽だ。

 ちなみに言うまでもないとは思うが、かの悪名高い<送り狼>にインスパイアされて付けられているネーミングである。


 群れで固まっているところや人が大勢いるところはティナが自分で避けつつ、地形的に戦いにくそうなところは俺がそれとなく誘導する。

 そんな中、ついにエンカウントしたのは一匹でいるオークだ。

 

 ゴブリンとは違い大きな体を持つモンスターだが、一層では基本的に群れはしない。

 攻撃力はやや高めだが動きが鈍重なので、成人男性が油断をしなければ十分に狩れる程度の強さである。


 攻撃力に関しては俺が全て引き受けるので問題ない。

 後は三人で殴るのなら的が大きい方が良いだろうという判断だ。


「うわっ、キモっ」

「いや~、リアルで見るとちょっと怖いね~」


 豚面で肥満体型で大きめの体。

 まあ確かにキモいと言えばキモいだろうな。

 

「二人ともしっかりして! ユウマがいるから安心よ!」


 モンスターを見慣れているティナは流石にオークの見た目に怯むことはなかった。

 一応俺が前に出て、オークが叫びながら振り回す腕を黒い棒で受け止めてみる。


 身体強化をしていない分、ズシッ、と来る重さはあるが――

 なんとかならないほどでもないな。


 動きは鈍重だし、受け止めずに受け流す方が安定するかもしれない。


「よし、俺が引きつけてる間に攻撃していいぞ」


 と合図をすると、ティナを筆頭にオークをぼこぼこ殴り始める女子高生たち。

 ゴブリンの時も思ったが絵面が凄いな、絵面が。


 しばらくするとオークも光の粒となって消えてゆく。

 今回もまたティナが最後のトドメだった。

 見た目への抵抗がないのと、ダンジョン慣れしていることがあって攻撃する際の思い切りが良いのだろう。


「おにーさんさ、なんでそんなに強いワケ?」


 魔石を拾い上げてポーチにしまっていると、賀嶋ちゃんにそう聞かれた。

 

「探索者の中には俺より強い人はわんさかいるよ」


 これは半分嘘で半分本当だ。

 俺より強い探索者は大勢いる……というか大半はそうだろう。


「でもさっき探索者の人たち倒してたじゃん?」

「確かに~あの時と今とじゃなんか雰囲気も違うような気がするよね~」


 賀嶋ちゃんと山霧ちゃんに詰め寄られる。

 雰囲気と言われてもなあ。

 まさか魔力を感じ取っているわけではないだろうが……


「まあ……あれくらいの探索者よりは強いってことだな」


 実際のところは3層まで安定して潜れる探索者は少なくとも弱くはないのだが。

 2層でちまちま稼いでいる探索者はかなり多い。


 4層、5層となるとほとんどいないくらいだ。


「お兄さん、社長だって言ってたよね~。探索者の会社の社長さんなの~?」

「そんな感じ……かな」


 実際にはダンジョン関係をメインに色々やっている会社になりつつあるのだが。


「てことはお兄さんの知り合いに魔法使えたりする人いるの!?」

「ど、どうだろうな」


 本当は俺も使えるしなんならティナも使える。

 しかしそれを言うわけにはいかない。

 いや、ティナはともかく俺は別に言っても良いのだが、面倒なことになりそうだ。


「えー」

「おにーさんが魔法使えたりして~」


 鋭いな。


「ま、君らは運が良い方だよ。まだモンスターが残ってるうちに新宿ダンジョンに来られたんだから、こうして魔力も増やせる。いずれ魔法も使えるようになるかもね」


 新宿ダンジョンは既に2層以降はある程度まで掃討が終わっている。

 一時期、大量の探索者が投入された上に俺たちもそれに関わっているからだ。


 しかし1層は手つかずだ。

 それがダンジョン産業の一部にもなっているからな。


 新宿ダンジョンは各層ごとにやたらと広い。

 一般人が何人かで集まってゴブリンやオークをちょろちょろ倒している程度ではとてもじゃないが掃討は終わらない。


 ……とは言っても多分数ヶ月のうちに終わってしまうのだが。

 昨今のダンジョンブームの推移によってはもう一、二ヶ月経つ頃には……というレベルかもしれない。


「もしいなくなってもおにーさんに他のダンジョンに連れてってもらおっかなー」

「ちょっとユッキー、ユウマだって忙しいのよ?」

「えーでもティナっちみたいに可愛い子がお願いしたら言うこと聞いてくれるんじゃなーい?」

「ええっ!?」

「確かに~今回もすぐ来てくれたし~」


 ティナが顔を真っ赤にしているところへ二人がニヤニヤとしながら畳み掛ける。

 い、居心地が悪い。

 色んな意味で。


「そ、そんなことないわよ。ユウマはやるべきことがあるの! 忙しいの!」

「またまたそんなこと言っちゃってー」

「ちょっと期待してる~?」

「う、うぐぐ……」


 二人も悪気があってやってることではないんだろうが、ティナに助け舟を出してやるか。

 俺は賀嶋ちゃんと山霧ちゃんの肩をぽんと叩く。


「……ま、手が空いてたらまた手伝うよ。可愛い子たちの頼みは断れないからな」

「えっ」

「っ!」


 二人がピシ、と動きを止めた。

 普段攻める側は攻められると弱い。

 俺はそれを経験則を持って知っているのだ。


「……たらし」


 ティナには冷たい目で睨まれた。

 た、助けてあげただけなのに。



2.


 

「それでマスターは昨日、女子高生とイチャイチャしていたわけですか」

「……もしかして拗ねてる?」

「いいえ、全く」


 そう言いながらもツーンとした様子のウェンディは先へ歩いていってしまう。

 本来のローテーションならば本来、昨日はウェンディと共に<龍の巣>へ潜る予定だったのだ。


 そこにティナとの約束が入ったので後回しになってしまったというわけである。


 ちなみにここ最近は<龍の巣>へ潜れていなかった……というか、あまりハイペースで攻略を進めてしまうといくらシエルでも本当にちゃんとやったのか? と疑われかねないので、常識の範囲内の速度に収めようという話になったのだ。


 実際のところ、普通は魔力の関係でこんなハイペースで進めないしな。


 現在、シトリーと攻略した7層目から少し進んで8層目。

 ウェンディいわく、この層にはまだボス部屋やボスの気配はないそうだ。


「なにかで埋め合わせはするよ」

「……では今日はマスターに出番はあげません」

「出番?」


 先を歩いていたウェンディがペースを落として俺の左隣に並ぶと、そのまま左手を絡め取られた。

 いわゆる恋人握りというやつである。


「私が全てモンスターを排除するので、マスターはそうしていてください」

「…………」


 前回はシトリーとだったが、ウェンディとの二人きりだ。

 周りの目がある時はともかく、二人きりになるとウェンディは案外デレる。


 しかしデレています、というのを態度には表さないのだ。

 淡々とデレる。

 それがまた可愛いのである。


 普段は魔法や戦闘に慣れる為、というのもあって主にモンスターの相手をするのは俺なのだが、今回はウェンディもこう言っているし任せてしまおうということで任せっきりにしていると、やはりというかなんというか、べらぼうに魔法の扱いが上手い。


 消費魔力と威力と効果範囲に全くのロスがないというか、究極に効率を求めたダンジョン探索用の魔法、という感じである。


 ひょっこりと姿を現した赤い鱗の大きなドラゴンも、俺が気付いた頃には既に風によってみじん切りにされて光の粒となっていた。

 感知速度も魔法の発動速度も威力も全てにおいて極まっている、と言って良いだろう。


「流石だな」

「そうでもありません。私がここまでできるようになったのはつい最近の話ですから」

「そうなのか?」

「シトリー姉さんは私が物心ついた頃にはできていましたし、スノウやフレアも私よりずっと速くに魔法を極めています」

「ふぅん……でも俺はウェンディの黒い髪が好きだし、翠色の瞳も綺麗で好きだし、クールなのに努力家なところも可愛いし凄いと思ってるぞ?」

「ま、マスター?」

「それに頭も良くて可愛い上になんでもそつなくこなしてシトリー含む姉妹からも頼られてるし俺も頼りにしてるし――」

「わ、わかりましたから……勘弁してください」


 ウェンディが顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 俺の前で迂闊に自分を卑下するからそうなるのだ。


 ウェンディの自己評価が低いところはなかなか治らないな。

 もう二度と言いませんと誓うまでベッドの上でじっくり彼女自身の素晴らしさを教えてやるべきなのかもしれない。


「そう仰るマスターもそろそろ自己評価を改めた方が良いかと」

「……俺?」

「はい。昨日もレイから授かった課題を簡単にこなしたとのことでしたし、魔法の扱いも随分上手くなってきました。この短期間で、それだけ膨大な魔力を持ちながらそれを制御できるのなんてマスターくらいしかいません。体術の飲み込みも速いです。普段から体を動かすことを怠らないので上達が――」

「わ、わかった。わかったから」


 なるほど、やり返されるとこんな気持ちになるのか。

 

「でも――」

「でも?」

「未成年を誑かすのは良くないですね。マスターがいくらかっこよくて素敵だとは言え」

「俺が悪かったよ!」

「ところでマスター。次の層へ続く階段が見つかりましたよ。こちらです」


 そう言って俺の手を引いて歩き出すのだった。

 ……ウェンディの方が一枚上手だったな。

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