第232話:流行に乗って

1.


 

「ひ、久しぶり、ユウマ」


 久しぶりに会うティナはどことなくそっけなさを感じさせるぶっきらぼうな口調でそう言った。


 ブロンドのツインテールで、幼さを残しつつも大人の階段を登りかけているのも感じさせるような、可愛いと綺麗の狭間にある整った容姿。

 

 ティナ・ナナ・ノバック。

 俺がかつて、ロサンゼルスで少しだけ手助けした少女だ。

 

「ああ、久しぶり。それと……賀嶋かしまちゃんと山霧やまぎりちゃんだったかな?」

  

 日本へ来てからできたティナの二人の友人。

 

「おっひさー」

「ひさしぶり~」


 紫っぽいメッシュの入ったセミロングのギャルっぽい子が賀嶋かしま 有希ゆき、ダークブラウンのショートボブなゆるい雰囲気の子が山霧やまぎり 舞依まい……だったはずだ。


「いやー、助かるよおにーさん。ね、マイマイ」

「ね~、ほんと~たすかる~」


 マイマイ、というのは山霧ちゃんのことだろう。

 

「なんでまたダンジョンに?」

「だって、ダンジョンに入ると魔力ってのが手に入るんでしょ? メ○! ○ラゾーマ! とかやってみたくない?」

「あー……」


 そうか、女子高生にすら届くような情報になってるんだな、もはや。

 ていうか今どきの女子高生ってド○クエわかるの?

 ちなみに○ラとメ○ゾーマくらいなら実際やろうと思えばできる。魔力さえ足りていれば、だが。


「ティナっちはダンジョンに入ったことがあるって言ってたから、ウチらもちょびっと入ってきて、ゴブリン? とかシバいてみよっかなーって。そうすっと魔力が増えるんでしょ?」


 なるほど。

 俺たちは異世界へ行ったり、前人未到の深い層にしかいかないのであまり実感が湧かなかったが、空前のダンジョンブームが到来している今、彼女らがそこに興味を持つことはさほど不思議な話でもない。


 ていうかモンスターを倒すと魔力が増えるって話は久しく忘れてたな。

 主に俺たちは別の手段で増やしてるせいで。


「でも未成年だけの立ち入りは禁止されてるよな? 最初から俺を呼ぶ気だったのか?」

「んーん、ほんとはティナっちのパパっちが着いてきてくれる予定だったの」


 パパっちて。


「でもパパったら、いざという時に動けなかったら困るって言いだして柔軟体操をしようとして……腰をグキッとやっちゃったのよ」


 ティナが呆れたように言う。


 パパっち、かわいそうに……


「で、じゃあウチのお父さんもマイマイのお父さんもそんなに若くないから、最悪諦めよっかなーってなってた時に、おにーさんのこと思い出したんだよね」

「そういうこと~」



2.



 ティナっちのパパっちは俺のことを知っているのでともかく、山霧ちゃんと賀嶋ちゃんの親御さんにも一応挨拶をしてから、数時間後。

 俺たちは新宿ダンジョンへ到着していた。



 ティナはともかく、完全な一般人の賀嶋ちゃんと山霧ちゃんの前でアスカロンの剣を使うわけにはいかない。

 なので昔懐かしい例の黒い棒を購入し、持っていくことにした。


 なんか名前があったような気がするが忘れてしまった。

 ドイツ語がどうとか知佳に聞いたような。


 ちなみにスノウを呼ぶ、という手も考えたそうだが、魔法を使いたくてダンジョンに入っている今どきの若い子の前であいつの魔法を見せるというのは色々な意味で悪影響を与えそうなのでやめた、というのがティナの意見である。


 まあ間違えてはない。

 スノウも素手で戦えないわけじゃないんだけどな。


 そこらの成人男性よりは遥かに力も強いので、一層のゴブリン相手ならグーパンで倒せるだろう。


 まあその光景もその光景でどうなのという感じだが……


 それと少し関係のある話だが、俺は今回魔力による強化を完全にオフにしてダンジョンに入る。

 一層のモンスター相手に、素の身体能力のみで挑むというわけだ。


 これはレイさんに課されたミッションである。

 今の俺ならば、女子高生を守りつつでも余裕をもってこなせるだろうとのことだった。


 入り口の混雑しているところで並んで待っていると、ティナがこそっと寄ってきて小声で話し始める。


「ごめん、ユウマ。今って結構忙しいのよね? パパが着いてこれないってなった時に本当は二人を止めたかったんだけど、ユウマのこと呼べばいいじゃんって言い出したら聞かなくて……」

「いや、たまにはこういう息抜きも必要だからな。久しぶりにティナに会えたし、俺としちゃ良いこと尽くめだよ」

「えっ……こ、これだから……」


 ティナがぼっと顔を赤くして何やらもにょもにょ言った後、 俺の腰をぽすっと叩いて賀嶋ちゃんと山霧ちゃんの後ろに隠れてしまった。

 二人は二人でなんかニヤニヤしながら俺とティナを交互に見てるし。


 今のは俺も自分でわかった。

 すげえジゴロっぽいこと言ったな俺。


 逆に恥ずかしいわ。

 

 そんなことがあったりなかったりで徐々に行列が進んでいき、受付のお姉さんと目が合う。


 探索者ライセンスの証明のためのカードではなく、免許証を差し出す。


 新宿ダンジョンにはなんだかんだ何度か来ているし、現在日本で唯一特級探索者である俺のことを覚えていないはずもない受付のお姉さんが怪訝な顔をした。


「あの……?」


 首をかしげる受付嬢さんに小声で伝える。


「後ろの子たちには俺の正体を隠しておきたいんです。今日は一層にしか潜らないんで、これで」


 また違う女連れてるよこいつ、しかも未成年かよ、みたいな目で見られる。

 この特級、いつも違う女連れてるなーとか思われてるんだろうなあ……

 悲しい。


「ユウマ、どしたの?」

「い、いや、なんでもない」

 

 とりあえず納得はしてくれたようでそのまま通してくれた。

 

 ダンジョン内へ入ると、やはり人の数はかなり多い。


「おー、新宿ダンジョンってマジで新宿にいるみたいな感じなんだ」

「LOVEとか探せばあるのかな~」

「LOVEってなに?」


 どうやらティナは知らないようで、のんびりしたギャルこと山霧ちゃんへ聞いている。


「赤いLOVEのオブジェがあって~VとEの間をオブジェに触れずに通り抜けられたら恋が実るんだって~」

「へー……日本の呪術? みたいなものかしら」


 ちょっと違うことを想像している様子のティナにテンション高めのギャルこと賀嶋ちゃんが苦笑する。


「違う違う、都市伝説ってやつ? だよね? おにーさん」

「都市伝説ではあるけど……俺は初めて聞いたな」


 LOVEのオブジェがあるのは知っていたが、そんな都市伝説があるのは初めて知った。


 ……そういえば一昨年くらいに知佳とあの辺を歩いている時、するっとあのオブジェの間を通り抜けていたんだがあれってもしかしてそういうことだったのか?


 ちなみに新宿ダンジョンの中にあるのかは知らない。

 10年前のダンジョンが出現した時に既に新宿にあったのならばあるのではないだろうか。

 いつからあるのか、とかは全然知らないからなあ。


 新宿――と言っても10年前のものだ。

 今を生きる女子高生たちからすれば(実際俺もそう年は変わらないのだが、まあそれは置いといて)ちょっとだけ昔へタイムスリップしたような気分になるのだろう。


 はしゃぎながらあちこちを見て回ったりしている。

 ティナもダンジョンへ入るということで最初こそ緊張していたが今では友達と楽しそうにしている。

 

 良かったな、ティナ。

 そうやって楽しそうにできる友達ができて。


 あの時助けて良かったと本当に思う。


 あのままパットンに良いようにこき使われていたらこんな未来はあり得なかっただろう。


「……あ」


 ティナがなにかに気づいた。

 それと同時に俺も気づく。


「三人とも、静かに。近くにモンスターがいるぞ」


 口の前に人差し指を当てて三人を静かにさせる。

 2匹……いや、3匹か。


 一層のゴブリンは俺の主観では男子中学生よりも弱いくらいだ。

 喧嘩が強めの小学生なら勝てちゃう程度。

 身長も知佳より更に低いくらいなので、体格でも力でも成人男性ならばまず負けはない。


「あ、あそこ!」


 賀嶋ちゃんが指差した先に棍棒を持ったゴブリンが3匹。


「大丈夫、落ち着いて。2匹は倒すから、最後の1匹は皆でやってみようか」


 黒い棒を持ってゴブリンに殴りかかる。

 一発目は棍棒で防がれたが、思い切り蹴り飛ばすと「ぐぎゃっ」と短い悲鳴をあげて光の粒になった。


 次の奴も喉を突いてやるとあっさりやられる。


 魔力強化がなくても案外戦えるもんだな。

 これも未菜さんとレイさんとウェンディのお陰だ。


「す、すごい! お兄さん超強いね!」

「ティナっちが惚れるだけはあるね~」

「マイマイ!? ち、違うから!」


「ほら、三人とも構えて。最後の1匹が来るぞ」


 三人は俺と同じような武器を持っている。

 流石にいくつかグレードは落ちるが、硬い上に軽いという非探索者にとっての強い味方だ。

 

 ゴブリンの棍棒での攻撃は俺が黒い棒で受け止める。


「よーっし!」

「や~!」


 その間に案外連携の取れた動きで山霧ちゃんと賀嶋ちゃんがゴブリンの横っ腹をぽこぽこ棒で叩いて――


「はあっ!」


 最後にティナが脳天に一本鋭いのを決めて倒した。


 ティナはもう少し増えたら身体強化もできるくらいの魔力があるし、運動神経も悪くなさそうだ。

 案外ちゃんと鍛えたら良い探索者になれるかもしれない。


 本人がどういうつもりでいるのか、が一番大事ではあるのだが。


「三人とも物怖じしないで動けて偉いな」

「おにーさんが守ってくれるからねー。やーん、ウチも惚れちゃいそー!」

「かっこいいからね~ちらちら」


 何故かちらちらと声を出しながらティナを見る二人。

 当のティナはと言えば、ぐぬぬ……と顔を赤くして悔しそうに歯ぎしりしていた。

 

 微笑ましい光景だな。


 一層のゴブリンは精々数千円になるかならないかくらいの魔石しか落とさないが、一応拾っておく。

 女子高生にとってのお小遣いとしては……多いのか少ないのかちょっとわからないが。



「ひゅ~、君たち強いねえ!」

「……!」


 

 突然建物の影から出てきて妙に甲高い声でそう言ったのは、日サロかなにかで焼いているのか浅黒い肌にプリンになりかけの金髪、そしてじゃらじゃらと装飾のついたいかにもチンピラです、という男の二人組だった。


 どっちも似たようなファッションをしているのはなんなのだろう。

 双子であるスノウとフレアでもこんなに似たファッションはしてないぞ。


 ティナの前に山霧ちゃんと賀嶋ちゃんが立ちふさがる。


「ナンパならお断りなんですけど」

「ダンジョン内でナンパとかきもすぎ~」


 気配でこっちを見ている奴らがいるのには気付いてはいた。

 <気配探知>のスキルを狭い範囲ながら使っている様子のティナも気付いてはいただろう。

 あいつら、探索者だな。


 魔力を感じる。

 3層あたりをうろつくのが限界と言った程度の実力ではあるようだが……



「なあ兄ちゃん、この子ら、妹かなんか? それともカノジョ?」



 虚勢を張る二人を特に意に介さず俺へ話しかけてくるチンピラA。

 兄ちゃんって呼ぶな気持ち悪い。

 俺とタメくらいだろうに。


「どっちでもないが、保護者だ」

「ふーん。ぶっちゃけどの子が狙いなん? その子以外、オレらでもらうからさ」


 と軽薄な笑みを浮かべる男。

 未成年の前であまりそういう話をするべきじゃないと思うのだが、そういうのは気にしないのだろうか。

 というか、こいつら常習犯だろう。


 一層のモンスターに手こずるような女性グループに近づいていって、颯爽と助けつつナンパ……みたいな感じかな。


 三層のモンスターを倒せるのなら一層のモンスターなんて片手でも捻れるだろう。


 俺も魔力強化を完全に切っているので、一般人レベルだ。

 探索者である自分たちには手も足も出ない。

 そう踏んで出てきたといったところか。


「この子ら未成年なんだけど、それわかってるか?」

「大丈夫大丈夫、慣れてっから」


 へらへらしながら近づいてきたチンピラBは……重心の動かし方からして、俺がなにか言えば力ずくで言うことを聞かせるつもりだな。


「この子らの親御さんに、娘さんたちは必ず守りますと言ってるからな。モンスターだけでなく、お前らみたいな悪い虫からも守らなきゃ――嘘になる」

「――あ、え……?」


 おそらく俺に掴みかかるつもりだったチンピラBは、何が起きたのかもわからずに気を失った。

 首トンで気絶させる……みたいな器用なことはできないが、顎は誰にとっても等しく急所だ。


 一瞬だけ魔力で身体能力を強化して、脳を揺らしたのである。


「なっ……く、くそ……!」

 

 それを見て、チンピラAは即座にティナの腕を取って人質に――しようとした。


 その前に俺がその腕を掴んで、地面に引き倒したが。



「なっ……お、お前まさか、探――」


 ゴンッ、と頭にチョップを入れて眠ってもらう。

 常習犯ぽかったしこれくらいのお灸をすえるのは問題ないだろう。


 ダンジョン内で探索者が非探索者をナンパするのはご法度だからな。

 人の目がない上に広いので、犯罪に繋がりやすいのだ。


 最悪、管理局になんとかしてもらおう。

 特級の権力はこういうところで使うものだ。


「大丈夫か、三人とも」


 気絶した二人を無理やりひん曲げたガードレールに挟んでから安否確認する。


「おにーさん、強すぎない……?」

「いや~、思ってた以上だね~……」

「わぁ…………」


 ぽかんとする二人に、ぼーっとした様子で俺を見る一人。

 とりあえずあれだな。

 もう開き直るか。


「安心しな。これからも俺が守ってやるから」

「かっこい……」

「ね~……」


 二人の頬が若干染まっているような気がする。

 選択肢を間違えたかもしれない。

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