第231話:一回だけは守られない
1.
「ほいっ、お嬢ちゃん可愛いから一本おまけだ!」
「悠真ちゃん、聞いた? お姉ちゃんのこと可愛いって!」
「当たり前だな。シトリーは可愛い」
「熱いの見せつけてくれるねえ! もう一本おまけしたらあ!」
出店をしている焼串屋さんの虎っぽい獣人のおっちゃんが2本もおまけしてくれた。
可愛いは正義だな。
防壁国家セーナル。
様々な人種が入り乱れる、という点ではロサンゼルスへ行った時にアメリカって凄いなあ、と思った記憶があるが、人種どころか種族からして違う人々が混ざるこの国はもはや次元が違う。
「で、さっき言ってた体を雷に変える魔法ってのは実際どうなんだ?」
「あー……お姉ちゃんでも簡単にはできないくらい難しいから、悠真ちゃんにはまだ無理かなあ」
ちょっと言いづらそうに、しかし断言するシトリー。
まあ、ここで頑張ればできる、とか無責任なことを言わないのは彼女らしいといえば彼女らしいのだが。
「シトリーにも難しい魔法なんてあるんだな」
「たくさんあるよ? 今開発してる魔法もかなり制御が難しいから、スノウがいないと絶対に練習できないし……」
「……どんな危険な魔法を生み出そうとしてるんだ?」
スノウがいなければ練習できない。
要するに魔法による被害を抑える人がいなければいけない、ということだろう。
「完成したら、いつか悠真ちゃんにも見せてあげるね」
「そんな魔法を見なきゃいけないような状況になりたくないもんだけどな……」
「話を戻すと、体を雷に限らず、魔法で生み出す属性そのものに変化させる魔法は<エレメント>って呼ばれてるの」
「エレメント……」
「お姉ちゃんの場合は、<雷のエレメント>だね」
「難しいって言ってたけど、やろうと思えばできるってことだよな?」
「気合を入れたらね。えいって」
「えいって」
あらゆる魔法を自在に操るシトリーからすれば、気合いを入れなければできない魔法は難しいという部類に入るのだろうか。
いや、実際はちょっとマイルドに表現しているだけだと思うけど。
「ちなみに、<エレメント>はウェンディが一番得意なんだよ。だから、教わるならお姉ちゃんよりもあの子からの方がいいかも」
「へえ、ウェンディが。風のエレメント……だよな?」
「そうそう」
なるほど、言われてこういう難しそうなのは確かにウェンディが得意とするところなイメージがあるな。
「フレアとスノウは?」
「どっちも頑張ればできるね」
「ふーん……」
炎はまだしも、氷そのものになる状況ってどんなのなんだろう。
「<エレメント>が使えるようになったとして、どんなメリットがあるんだ?」
「その属性によって色々違うけど……スノウとフレアは全力で力を使うときに<エレメント>も併用してるかな」
「全力で?」
「ほら、あの子たちが本気出したら、自分の力で体が燃えちゃったり、凍っちゃったりするから」
普段のスノウやフレアたちの氷や炎は自分や周りのものに影響を与えないように制御されている。
それを取っ払った全力、という意味か。
炎そのものだから燃えることがないし、氷そのものが更に凍るということもない……ということだろう。
「じゃあシトリーやウェンディが<エレメント>を使う時も同じか?」
「うーん、ちょっと違うかな。そういう側面もなくはないんだけど……例えばウェンディは避けきれない攻撃を躱す時に使ったり、不意打ちするときに使ったりしてるよ」
なるほど、風は目に見えない。
それに風に攻撃することも不可能だろう。
エレメントを使っている間は擬似的な無敵状態ということか。
もちろん、スノウやフレアくらい強力な魔法を使えるのなら凍らせたり熱でどうにかしたり、ということもできそうだが。
「じゃあシトリーは?」
「お姉ちゃんは生身の体だとできない高速移動をする時くらいかな。魔力の消費が大きい……のは悠真ちゃんがいれば関係ないけど、それでも負担は大きいからねえ」
雷速で動く時、ということか。
「聞けば聞くほどどれもほしいけどな、<エレメント>……」
たとえばスノウやフレアが全力を出す時は俺が近くにいなければいけない。
だが、自身の体を<エレメント>で存在ごと作り変えなければ耐えられないだけの力だ。
俺が近くにいる時にそんな力を使うわけにはいかないだろう。
あるいはそのレベルの攻撃に対するなんらかの防御手段を俺自身が得るか……だが。
それはそれでやはり難しそうだ。
ウェンディやシトリーに関してはそれ以外にも用途があるようだが、そもそも便利に使えるというならやはり使えるようになっていて損はないだろう。
「そういや他の属性……たとえばシトリーが風のエレメントや炎のエレメントを使えたりもするのか?」
「使えなくはないけど、使う理由はあまりないって感じかな?」
なるほど。
得意属性以外でも使えなくはない難易度。
つまり俺でも頑張れば使える……かもしれない。
「あ、悠真ちゃん。それ貸して?」
「うん?」
俺から受け取った、食べ終えた後の木串をシトリーがどうやら普段から持ち歩いているらしいゴミ袋に入れる。
「……気が利くな」
「スノウとフレアがよく買い食いするから、持ち歩くようにしてるんだ」
「スノウはいかにもしそうだけど……フレアも?」
「悠真ちゃんが見てないところだと実はフレアも結構やんちゃだったりするんだよ?」
「へえー……」
まあ、あのスノウとの双子だもんな。
何から何まで同じというわけにはいかないだろうが、二人の間で似通っている部分は俺でもいくつか見つけられる。
それにしても、シトリーは妹たちのことをよく見てるんだな。
ザ・お姉ちゃんって感じだ。
「なあシトリー」
「なあに?」
「試しに俺のことをお兄ちゃんって呼んでみてくれないか?」
「ええっ!? な、なんでかなっ!?」
「いや、なんとなく……」
「えー……」
渋ってるな。
実はシトリーは誰かに甘えたい、という欲があるのではないか、と最近ちょくちょく思うのだ。
(料理は苦手だが)完璧な姉であるシトリー。
今でこそ自分より年長者のレイさんやシエルがいるとは言え、それでも妹たちの手前思い切り甘える、ということはできないだろう。
しかし俺は知っている。
というか、多分妹たちも気付いてはいると思うのだが……
俺とシトリーが出会ったとき、シトリーは自分のことを「お姉さん」と呼んでいた。
しかしいつの間にか自分のことを「お姉ちゃん」と呼ぶようになっている。
些細な違いだ。
しかしこの些細な違いがシトリーの心の内なのではないだろうか。
お姉さんとお姉ちゃん、どちらかと言えば後者の方が幼いような気がする。
それに二人きりの時はお姉ちゃんらしさがちらほら見え隠れするものの、等身大の女の子らしいところが見えることの方が多い。
「頼むよ。一回だけでいいから」
「い、一回だけだよ? 絶対後でからかったりしない?」
「しないしない」
「ん……っ、ごほん」
それでも恥ずかしいのか、顔を赤らめたシトリーは俺の腕にぐいっと抱きついて、耳元へ顔を寄せる。
「お、お兄ちゃん……」
「――――」
あ、危ない……!
破壊力が高すぎて吐血するかと思った。
想像以上だ。
よし。
定期的に呼んでもらおう。
シトリーよ、迂闊だったな。
男と約束するちょっとだけ、先っちょだけ、一回だけ、というものは100%守られないのだ。
2.
翌日。
日課にしている筋トレを終え、シャワーを浴びるか最近綾乃に手伝ってもらって習得した洗浄魔法を使って楽するか悩んでいると、スマホに通知音があった。
俺のスマホにわざわざ連絡してくるのは……
未菜さんのマネージャーさんか、柳枝さんか、ローラくらいだ。
最近は未菜さんの用事もローラ経由で来たりするのでマネージャーさんは開放されつつあるのだが。
つまりダンジョン管理局関連のことである可能性が高い。
どこかのダンジョンの攻略を手伝ってほしい、とかそんな感じだろうか。
そんなことを思いつつ軽い気持ちで内容を見てみると、送り主はティナだった。
ロサンゼルスで怪しい黒服に追われているところへ乱入し、そこからなんとなく付き合いのある少女である。
スノウと仲が良いようで、ちょくちょく連絡を取っているのは知っていたが……
ちょっと前にティナを家まで送っていた時のあの件以来、俺に連絡を直接送ってくることはなかったんだよな。
その内容は、『ユウマ、来週の土曜日って暇だったりする?』というもの。
暇……というわけではないが別に空けられないこともない。
『なにかあるのか?』と送ると、『付き合ってほしいの』と帰ってきた。
ツキアッテホシイノ?
思わずピタリと動きを止めてしまう。
それは恋愛的なお誘いだろうか。
み、未成年はまずい。
まじでまずい。
いくら俺でも流石にティナに手を出すわけにはいかないのだ。
し、司法に殺される。
俺がフリーズしている間に、ティナがもう一度メッセージを送ってくる。
『ダンジョンへ行くから』
「……ダンジョン?」
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