第230話:特殊なアイテム
1.
「ふうっ」
アスカロンの剣を鞘にしまい、屈んで転がった魔石を拾い集める。
俺はシトリーと二人で<龍の巣>に来ていた。
彼女と二人きりなことに特に理由があるわけでもなく、単にローテーションの問題である。
ダンジョン内に転移石を仕込んでおいたお陰で、シエルがいなくても怪しまれることもないだろうしな。
ちなみに当のシエルにはずっと働き詰めなので休息を取ってもらっている。
ルルは……何も言わなくても適度かそれ以上に休んでいそうだが。
「悠真ちゃん、なんだか今日は張り切ってるね?」
「え? そうかな、普段通りだと思うけど」
魔石の収納魔法は俺には使えない。
拾った魔石をシトリーに手渡す。
「またまた。知佳ちゃんとのことがあって機嫌がいいんでしょ~」
からかうようににやつきながらツンツンと俺の二の腕をつついてくる。
「あー……やっぱ知ってるのか」
「まあね。いいなあ、知佳ちゃん。お姉ちゃんもプロポーズ受けたいなあ。ちらっちらっ」
「口に出してちらちら言われてもな。知佳にもまだプロポーズしたわけじゃないし」
「プロポーズの予告はもうほとんどプロポーズしてるようなものじゃない?」
「……確かに」
クリスマスプレゼントに婚約指輪を、という話だしほとんど似たようなものか。
どうしようかな。
月収三ヶ月分、だなんて話を聞いたことがあるが、俺の月収三ヶ月分ともなるとどんだけ巨大なダイヤを付ければいいんだ、ということになりかねない。
「まあ……知佳の件もそうだけど、やっぱり色々落ち着いた後――責任を取れるような状態にするのもまた責任のうちだと思ってるから、もうちょっと待っててくれよ」
「ふふ、楽しみにしてるね。お姉ちゃんは夜景のキレイなお店がいいなあ」
「……考えとくよ」
なるほど、そうか。
そういうのも考えないといけないよな。
全員同じパターンで、というのも味気ないし。
……それはともかく。
「流石に5層にもなると結構ドラゴンも硬くなってくるな」
「悠真ちゃんがパンチ一発で倒せないくらいだから……相当強くなってきてるねえ」
今日の探索で2層から4層をあっさりと突破した俺たちは5層へアタックしている最中なのだが、やはり下へ潜れば潜るほどにドラゴンが強くなっていく。
正直、新宿ダンジョンの真意層3層目~4層目クラスの難易度だ。
ドラゴンの種類も多様になってきて、炎のブレスを吐いてくるやつ、尾や牙、爪に毒があるやつに加えて音波――音魔法で攻撃してくるやつや風魔法で攻撃してくるやつだっている。
俺やシトリーだから平気だが、未菜さんやローラも二人での踏破は正直無理そうだ。
「富士の樹海ダンジョンもそうだったけど、こういう他のダンジョンに比べて異様に難易度の高いダンジョンって結構あったりするのか?」
「それなりに、かなあ。お姉ちゃんの経験論だと、こういう難しいダンジョンはなにか特殊なアイテムがあったりすることがたまにあるよ」
「特殊なアイテム……ねえ」
樹海ダンジョンには特に何もなかった……ように思う。
しかしこの<龍の巣>は<龍の宝玉>とかいう、なんでも願いを叶えたりしちゃったりするものが存在するという伝説があるらしい。
「願いを叶える宝玉なんてものが本当に存在すると思うか?」
「うーん……その願いの規模にもよるんだろうね。っていう話はシエルちゃんともしてると思うけど……」
確かにそんなことを言っていたな。
「死者蘇生は無理でも、病気くらいなら治せるかもしれない……シエルの魔力が回復しないって問題も解決できればいいんだけどな」
「そうだねえ……」
エリクシードや治癒魔法、そしてエリクサーでも治らない謎の病だという。
俺が寿命なりなんなりで死んだ時がシエルも死ぬ時だ。
「そういや、他の高難易度ダンジョンにあった特殊なアイテムってどんなのなんだ?」
「持っているだけで魔力が回復していく壺とか、インクが切れないペンとか、今まで見た中で一番効果が強かったのは、写ったものを増やせる鏡とかかな」
最後のは完全に増え○ミラーじゃないか。
だめだよそれは。
色んな意味で。
「なんでそんなのがダンジョンから出てくるんだ? 真意層に出てくるドロップ品に関してもそうだけどさ」
「うーん……真意層はともかく、普通のダンジョンで稀にある特殊なアイテムは昔そのダンジョンに立ち入った人の遺品っていう説と、神様が作った神器なんじゃないかって説があるかな。その剣のこともあるし、お姉ちゃんは後者なのかも……ってちょっと思ってるけど」
「神様……ねえ」
鞘にしまったアスカロンの剣をちらりと見る。
本当にそんなものがいるのだとしたらセイランを放っておく理由がわからない。
いや、いるのだとしてもあえて人間に味方をする理由こそないのだろうか。
神などという超次元存在が実在するとして、何を目的として、何がしたいのかが全くわからない。
ま、考えても仕方のないことか。
ダンジョン関連はこんなんばっかだ。
あるもんをあるように利用するしかないのだから。
2.
あの後、さくさくと探索が進み7層までいったのだが終わりが見えそうになかったので俺たちは一旦引き返してきた。
そしてせっかくなので異世界の町並みを眺めつつ散策しようということになったのである。
防壁国家セーナル。
まず俺の感想としては、多種多様な人種がいる国だな。
「獣人に、エルフに、人間に、リザードマンみたいな人。本人にとっちゃ失礼な話なんだろうけど、ダンジョン内でどうやってモンスターと見分けを付ければいいんだろうな……」
「え、魔力の雰囲気でわかるよ?」
「全然わからねー……」
「慣れの問題だねえ。お姉ちゃんのいた世界も色んな人がいたから。探索者にとっては必須のスキルかも」
「……なるほど」
魔力の雰囲気、か。
シトリーにはしっかりとした理屈を語ってくれる時と、ふわっとしたことしか言ってくれない時の2パターンがある。
最初は意地悪でもされているのかと思ったが、後者の時はシトリー自身が理屈じゃないなにかでそれを習得しているという時なのだと最近になって気付いた。
こういう言い方は本人の努力を否定するようだからあまり使いたくないのだが、シトリーは完全に天才肌だ。
しかも自身の努力を怠らないタイプの天才肌である。
だから理論的な説明ができる時とふわっとした説明しかできない時が混ざるのだ。
ちなみに今回に関してはシトリーが天才だから、とかではなく本当にこういう世界に生きている人なら感覚で理解している話なのだろう。
「……達人は殺気を感じ取ることができる、なんて言うしなあ」
「実際、レイや未菜ちゃんに不意打ちは通じないだろうからねえ。魔力感知とは別の部分でなにかを感じ取っている、というのはありえない話じゃないよ?」
ふと思い立って、俺は隣を歩くシトリーの胸を揉もうとしてみた。
しかしひょいっと避けられる。
「……悠真ちゃん?」
にっこりと笑いながら圧をかけてくるシトリー。
こ、怖い。
「いやあの、違うんです。普段も魔力探知してるのかなって」
「……雷魔法は使ってないけど、今の不意打ちなら避けれるくらいにはね。いざという時は悠真ちゃんを守らないとだし。なにかあったら妹たちに怒られちゃうもの」
「そういや、スナイパーライフルの弾だって止められるって言ってたなあ、スノウたち」
シトリーを召喚する前。
黒服に追われていたティナを衝動的に助けちゃったお陰で起きたごたごたのあれこれ関係で。
「警戒してる時はそれぞれまた別の魔法を使うんだけどね。おすすめは雷魔法だよ? 雷魔法さえ覚えれば、悠真ちゃんもスナイパーライフルの弾をキャッチできるよ?」
「うーん……」
キャッチしなくても今の俺なら一撃で死ぬってことはないだろうし……
雷魔法難しいし……
静電気よりちょっと強い電気をパチッとさせることくらいならできるのだが。
「じゃあ、今だけ特別大サービス。雷魔法を覚えられたらお姉ちゃん、悠真ちゃんの言うことなんでも一つだけ聞いてあげよっかな」
「な、なんでも?」
「うん、なんでも」
にこにこと笑うシトリー。
「永遠の命でも?」
「それは無理かなあ」
無理らしい。
しかしシトリーがなんでも一つ言うことを聞いてくれるなんて魅力的すぎる。
……と、ここで俺はふと気付いた。
「なあシトリー」
「なあに?」
「ぶっちゃけて言うと俺はエロいことを頼むつもりなんだけど、そもそもしてほしいことを言って断られたことってないよな?」
「バレちゃった?」
悪びれもしないでてへ、とはにかむ。
いやまあ、雷魔法は覚えるけどね、いずれ。
超スピードかつ超威力。
あと視覚的にかっこいい。
習得しない理由がない。
「ま、簡単なとこから教えてくれよ」
「じゃあまずは、体を雷に変える魔法から覚えてみよっか」
「絶対難しいやつじゃんそれ!」
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