第229話:将来の話
「ふぅん……」
家へ戻り、事の顛末を報告すると知佳は曖昧に頷いた。
「あまり驚かないんだな」
「別に、特には。西山雄大と柳枝利光に血縁関係があったことは少し驚いた」
「お前でも知らなかったことなのか」
「多分、ネットワークには一切流出させなかったんだと思う。そうしたらどうしようもない」
くるりと回転椅子で振り返りながら知佳は言う。
脚を組んでいる様子は見た目がロリでなければ様になっているのだろうが、如何せん知佳サイズなので脚を組んでいるというよりはあんよを組んでいるって感じだ。
直接言ったら大変なことになるので言わないが。
にしても、こいつですら知り得ない情報だというなら、ダンジョン管理局と西山首相がズブズブなのがバレてあーだこーだということはなさそうだ。
「で、どうすべきだと思う? 首相に乗るべきか?」
「胡散臭くはあるけど、特に問題はない」
「その心は?」
「面倒なことになったら国外脱出。あるいは異世界へ行けばいい」
「身も蓋もないな……」
まあ、知佳としてはそう出来るだけの財力と伝手があるのならそうしない理由はない、くらいの感覚なのだろう。
前提としてどちらの世界も救っていなければいけないことに変わりはないしな。
「それにその手の評判はお金で制御できる」
「……外でそういうことは言うなよ?」
「冗談」
ぺろっと知佳は舌を出した。
あまり冗談に聞こえなかったが……
いや、突っ込むのはよそう。
なるべくそういう闇は知りたくない。
「にしても、この部屋ちょっと暑いな」
「パソコンが熱持つから。かと言ってパソコンから離れると寒くなる」
「……いつも思うんだが、パソコンで何してるんだ?」
「最近はダンジョン関連の情報を世界中から集めてる。他にも火消しとか」
「火消し?」
「スノウたちが可愛すぎて、精霊迷宮事務所の社長――つまり悠真にヘイトが向かうことがある。なるべくそうならないように誘導はするけど、悠真がWSRで1位だってことを公開すると絶対的な分母が増えるから大変になる」
俺にヘイト?
スノウたちが可愛すぎてって……
ああ、ハーレム状態なんじゃないかって邪推するような奴がちらほらいるってことか。
まあその邪推は残念ながら当たっているのだが。
「多分そのうち卒業写真とか、他のプライベートも流出するようになる。有名人と同じ……というかそれ以上の注目を集めるだろうから」
「あー……」
まあよく聞く話だな。
俺の同級生全員に口止めするわけにもいかない。
というか、仮に多額の金を払って口止めしたところでどこかからは漏れるだろう。
「俺はともかく、俺の周りの人たちに被害が及ぶのはな……」
「そういう直接的なのが出たら特定して訴えて晒し者にでもするつもりではいる」
「晒し者って」
「一度でもそういう例が出れば動きづらくはなる」
過激である。
でもそれくらいしてくれる知佳がいて初めて俺たちは平穏無事な生活を送れているのかもしれない。
なんだかんだいってこの半年近く、一度もうちへマスコミだったりなんなりが押しかけるようなことも無いわけだしな。
「……何か特別ボーナスがあるべきだな」
「お金?」
「幾らくらいがいい?」
「特にお金には困ってないんだけど」
ま、そうだよな。
会社設立時点で1000万をぽんと払える財力がある上に、今までも普通に役員報酬という形で少なくない……というかかなりの額が支払われているはずである。
魔石に加えて動画の収益なども含めればとんでもない売上になっているからな。
「悠真がこれから一生で稼ぐ額の半分とかなら興味ある」
「はは、それならいっそのこと結婚とかしちゃった方が早そうだな」
それなら夫婦折半、みたいなものだし。
ガタンッ、と知佳が椅子から落ちた。
「大丈夫か!?」
「だ、大丈夫」
知佳の顔が真っ赤になっている。
とても大丈夫そうには見えない。
熱でもあるのだろうか。
「本当に大丈夫か? 顔真っ赤だぞ」
「真っ赤じゃない」
「いや、真っ赤だって」
「へ、平気」
心配して抱き起こそうとする俺の胸を押し返す知佳。
顔が真っ赤な上に発汗も凄い。
それに知佳がここまで焦っているような様子は初めて見た。
「ど、どうしよう。治癒魔法……は病気は治せないのか。ちょっとまってろ、エリクシード持って……いや、そういや天鳥さんのとこ行かないとないのか? 転移石でひとっ飛びしてくるから――」
「大丈夫だから。先輩にこの話はしちゃ駄目。絶対駄目」
珍しくかなり本気気味に止められる。
「せ、先輩がこんなの知ったら絶対からかわれる……」
何故知佳がからかわれるのだろうか。
普段散々からかわれている側の俺としては訳がわからない。
「なあ、本当に大丈夫なのか?」
「大丈夫」
徐々に落ち着いてきたのか、知佳は立ち上がった。
しかし何故か俺と視線を合わせようとしない。
なんなのだろう。
知佳がおかしくなったタイミングで何かあったか?
……まさか。
「結婚……?」
「…………」
知佳が何も答えずに椅子に座って俯いてしまった。
勘違いであれば嬉々としてそこを突いてからかってくるのが普段の知佳だ。
間違いない。
これだ。
結婚。
この二文字を今まで一度も意識したことがなかったと言えば、当然嘘になる。
一番強く意識した瞬間は――そう。
過去の世界で、アスカロンが結婚した時のことだ。
あれを見て俺は、羨ましいと素直に思った。
「……知佳。大事な話がある」
「……なに」
色々考えてはいたことをぽつぽつと言葉にする。
「ぶっちゃけ、俺は今までに結婚を意識したことがある。相手も……お前だったらいいな、と……まあその、思ってる」
「そ、そうなんだ」
「……けど、そのタイミングが今じゃないというか……あらゆる意味でしっかりと責任を取れる時になったら、だと思ってるんだ」
知佳は無言で頷いた。
俺の言わんとしようとしていることがわかるのだろう。
責任を取る。
それは簡単なことじゃない。
なにせ俺は今まで――不可抗力な部分もあったとは言え――色んな女性に手を出してきた。
というか、不可抗力じゃない部分の方が多い。
「一応聞くけど……その、なんとかして俺が色んな人との関係に責任を取れるようになった時、それってその……許してもらえるんですかね?」
「…………」
知佳はじとっとした目で俺を見た。
少したって、わざとらしい溜め息をつく。
「そこで責任を取らずに私とだけ、っていうのは……私が好きになった悠真じゃないから、仕方ない」
「……その、なんか……すまん……」
「別に気にしない……私が一番なら。フレアとか、他の人ともそういう話はしてる」
「そ、そうだったのか……」
俺なりに色々考えてはいたつもりだが、そっちもそっちで色々考えていたようだ。
「そもそもお義母さんと約束してたでしょ。責任は取るって」
「……まあな」
母さんに話をした時にそういう話もした。
それから世界の危機だの異世界だの<滅びの塔>だのとあれこれあったんだったな。
いや本当、あれから色々あったな。
最終回みたいな浸り方をしちゃいそうだ。
まだやることはたくさんあるのに。
「全部決着がついて、なんとかする算段がついたら……いの一番にお前にプロポーズするよ」
「……死亡フラグ?」
「…………」
知佳は冗談めかして言ったが、アスカロンに死亡フラグをへし折っとく為に結婚はしとけ、と言った男がしてることとは思えないな。
しかしだからと言って知佳だけと先にそういう関係へ進む、というのは俺も――知佳としてもやっぱり納得はいかないのだろう。
それに……
世界のこともそうだが、俺にはどうしてもやらなきゃいけないことが幾つもある。
それをして初めて、俺は全員に対して責任を取ると言い出せるようになるのだ。
よく考えたらとんでもない話だな。
よく考えなくてもとんでもない話なのだが。
「……悠真」
「なんだ?」
「特別ボーナス、指輪がいい」
「……婚約指輪か?」
知佳は無言で頷いた。
また顔が真っ赤になっている。
可愛い。
「……わかった」
それくらいなら問題はないだろう。
「フラグにしないでね」
「しねえよ。死にそうになったら真っ先に逃げるからな」
言ってから、この場合だと何を言ってもフラグっぽくしかならないな、と気づくのだった。
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