第228話:首相
確か年齢は48か……49くらい。
白髪交じりのオールバックに結構な強面で、海外では『日本のドン』と呼ばれることもしばしばあるらしい。
その政治の手腕も賛否両論ではあるが、改革派だとのこと。
ダンジョンが出現した辺りから日本の政治関連は常にごたついていたのだが、半年前に彼が就任してからは徐々に改革が進んでいる……らしい。
ちょうど俺がスノウと出会ったのも半年くらい前だ。
なのでそこからダンジョン関連のゴタゴタが取り沙汰されることが多く、西山首相は良くも悪くもあまり注目を受けていないのだ。
まあ政治のゴタゴタを話し始めるとキリがないので省くとして――
目の前でソファに座る西山首相はテレビで見るよりも威圧感があった。
魔力は感じない。
ダンジョンに入ったことがないのだろう。
だからこの威圧感……というかオーラは持ち前のものなのだろう。
修羅場を潜り抜けてきた人間特有の、と言うべきか。
「西山雄大と申します」
「……皆城悠真です」
「伊敷未菜です」
それぞれ挨拶をしてそれぞれ頭を下げる。
お忍び、ということだったが流石に首相の服装はスーツだ。
俺、めっちゃ私服なんだけど……
パーカーにジーンズなんだけど。
「まず、始めに言っておきたいのですが――この話はどうか内密にして頂きたいのです。もし外部にこの話が漏れているようでしたら……分かりますな」
「は、はい」
口調は丁寧だが鋭い目の西山首相に少し気圧される。
「あまり脅かさないでいただけますか。彼はまだ若い」
未菜さんが呆れたように言った。
「――フッ」
それを聞いた首相がニヒルに口の端を笑みの形に歪める。
「フッフッフ、脅かす、か。そうでもしないと俺の方が呑まれてしまいそうなのさ、嬢ちゃん。とんでもないオーラの若者だな、彼は」
「嬢ちゃんはやめてください」
未菜さんが眉をしかめた。
「こういう場に利光ではなく、伊敷の嬢ちゃんが来るとはな。少し見ない間に随分社長らしくなったな」
「……ええと……?」
いまいち話というか、二人の関係性が見えない俺が首を傾げる。
「西山首相はダンジョン管理局の創立時に尽力してくれたお方だ。そして柳枝の血縁関係にもある」
「叔父だ」
再び西山首相は笑みを浮かべた。
言われてみればちょっと似ているかもしれない。
「……ダンジョン管理局の創立があまりにスムーズに行き過ぎている、という話はちらほら聞いてましたけど、政界に柳枝さんの血縁者がいたからなんですね」
柳枝ファンの俺が知らないということは多分誰も知らないことだろう。
言われてみれば若干似ているという程度だし、雰囲気は全然違うしな。
ていうかテレビとかでちらっと見ていた感じとも全然違う。
表に出す顔と裏の顔が一緒なわけもない……のかな?
「まあそういうことだ。内密に頼むぞ、皆城さん」
未菜さんが嬢ちゃん、柳枝さんが利光呼びなのに俺だけ皆城さんと呼ばれているのはなんだか変な感じだ。
「そもそもあまりでかい顔もできない立場でな。創立には関わったものの、当時の俺はまだ若かった。政界の爺共に横入りされた部分も多々ある」
「爺って……」
「訂正しよう。糞爺共、だな」
あっけらかんと言い放つ。
この話がオフレコなのってこういう部分のことを言ってるんじゃないだろうな……?
「だが、半年前にようやく首相の座に立てた。これからは厄介爺共に手出しはさせないつもりだ――とは言え政治の世界じゃまだ俺も若い。ロサンゼルスの件なんかは、俺の力不足だった。申し訳ない」
西山首相は頭を下げた。
……なんか俺の思ってた日本の首相象、というのとかなり異なるな。
このキャラを全面に押し出していけば国民の理解も得られそうだが……そう簡単な話でもないのだろうか。
「……というか、一企業と首相がズブズブでいいんですか?」
「良くはないが、そうしなければ日本は世界に大きく置いていかれることになる。皆城さんもわかっているだろう? 既にこの国がダンジョン産業で遅れを取っていること。ダンジョン管理局があるお陰で、辛うじて世界から除け者にされていないこと」
「それは……正直なところ、はい」
探索者に等級制度を取り入れ、ようやく一歩前進と言ったところか。
それも政府が絡んでいるとは言え、ダンジョン管理局主導で行われているのは間違いない。
一級探索者の選抜は完全に委託しているような状態らしいしな。
「しかしな、皆城さん。そんな我が国に貴方が現れてくれたのだ。破竹の勢いでダンジョンを攻略し、ロサンゼルスの件をINVISIBLE……伊敷未菜の格を落とさずに解決し、更には魔法を発見した上に――今は世界を救おうとまでしている」
そう聞くととんでもない大人物みたいだな、俺。
歴史に名を残すレベルだ。
ロサンゼルスの件は実績にはならないけど。
「更には異世界とのパイプも貴方経由で繋がるのだろう?」
「経由ってわけではないですが……」
まあ実質それは間違えてはいない表現か。
異世界だの世界が滅ぶだのという話をあっさり信じているのは柳枝さんの叔父だからか、それとも先見の明があるからなのか、その両方なのか。
「頭の硬い爺共は未だ皆城さんの存在に懐疑的だが、俺は貴方を最大限に利用したいと考えている」
「利用……ですか」
柳枝さんの身内ということもあるし、俺はこの人の性格もかなり好きな方だ。
端的に言ってあまり疑いたくない。
というか、この人が俺に対して何か邪なことを考えているのならば未菜さんや柳枝さんすらもグルということになる。
それだけは絶対に有り得ない。
断言できることだ。
「僕にして欲しいことと言うのはなんなのでしょうか」
「ダンジョン庁の設立に協力して欲しい」
俺は未菜さんの方を見た。
何言ってんだこのおっさん。
「悠真くん、西山首相は昔から言葉足らずなのだ」
「なにも選挙に出てくれと言っているわけじゃない。端的に言えば、ダンジョン庁の設立に賛成するという立場を公言してくれるだけでいい」
「……影響力なんてたかが知れてますよ?」
「伊敷未菜、柳枝利光に一目置かれる探索者。World Searcher Ranking――通称WSRでは圧巻の一位な上に、最近人気の出始めた皆城和真さんの実の息子でもある。ルックスも悪くない。人柄も気持ちいいもんだ。間違いなく外部への露出で人気は出る。俺が保証しよう」
保証されてもなあ……
いやでも、元々外部への露出――というか俺の存在を公表するつもりではいたのだから、後はダンジョン庁の設立に賛成するか反対するか、という話でしかないのか。
「アイドルにでも勧誘されてる気分ですね」
「似たようなものだ」
西山首相は否定しなかった。
ここから俺のアイドル人生が始まるってか?
少し前の俺ならすぐに断って終わりだっただろう。
しかし今は事情が違う。
「……ダンジョン庁は何をするところなんですか?」
「具体的には後ほどPDFなりで資料を渡そう。端的に言えば、海外諸国の政府がやっている事を日本でもやるというだけの話だ。今はその大部分をダンジョン管理局が担っているがな」
なるほど。
一企業がやるか国がやるかというだけでかなり勝手は変わってくるだろう。
現状、日本はどうしても海外から舐められがちだ。
未菜さんや柳枝さんといった強力な個人はいるものの、国としての力は海外に比べてあまりにも低い。
という状況に俺が現れた。
西山首相が首相になったタイミングは偶然だろうが、その偶然を引き寄せたのも彼自身の運なのかもしれない。
その上、世界への脅威に向けて世界が団結しつつある。
日本もようやく重い腰を上げる時が来た――ということなのだろう。
とは言え、だ。
「……一旦持ち帰らせてください」
未菜さんのことも柳枝さんのことも信用している。
俺のことを騙して何かしようという魂胆は流石にないだろう。
しかし政治的な出来事に明確な立場を表意するのはそれなりのリスクも付きまとう。
その辺を考えるのは、俺よりも知佳の方が向いている。
「西山首相、ダンジョン庁には誰を据えるつもりなのです」
未菜さんが質問する。
確かに、何をするところなのかも大事だが誰がそれを主導していくのかも大事だ。
「外部顧問という形で伊敷の嬢ちゃんか利光を――名だけでも貸して欲しい。後はこちらである程度コントロールでき……もとい信用できる人材を置く。今はそうするのがベストだと考えている。現在の日本の政治家に、ダンジョン関連のことを正しく導ける人間は存在しない。利光が選挙にでも出てくれれば全て解決するのだが……探索者にようやく戻れたあいつを無理に、というわけにもいかないからな」
「……それってつまり、ダンジョン管理局が結局あれこれすることになるんじゃないですか?」
「名目上は日本政府が、という形になる。それだけで十分国民にも海外にも示しはつく」
西山首相はそう言い切った。
なんだか騙しているように聞こえるのだが……
仕方のないことなのだろうか。
正直なところ彼が言っていた通り、日本の政治家にダンジョンのことを正しく導ける人がいるかと問われれば間違いなくノーだ。
つまるところダンジョン庁とは名ばかりで、ダンジョン管理局が主導であることには変わりない。
しかし外面が政府という形になる、という話か。
にしても柳枝さん過労死しちゃうぞ、マジで。
未菜さんは全然やる気なさそうだし。
外部顧問にどれだけ仕事があるのかはわからないが……
せめてエリクシードを大量に差し入れよう、うん。
しかし一つ気になることがある。
「それで納得するんですか? 国民や海外ではなく――」
「させる。党内は元より、野党にもな。なにせ人質はこの国の未来に、世界の命運なのだから」
……なるほど。
どうやらこの人にはそれなりに明確なビジョンが見えているらしい。
「最後に一つ質問をいいですか?」
「何かな、皆城さん」
「……もっと早い段階で僕へ話があっても良かったと思うのですが」
未菜さんや柳枝さんが俺の代わりに動いてくれている。
そしてそれは俺の代わりであると同時に、国の代わりでもあるのだ。
何故ここまで遅くなったのか。
それが知りたい。
「アメリカを含む各国が世界の危機に向けて動き始めてからしばらくして、ようやく首相は僕に会いに来ました。柳枝さんと関係があるのならもっと早い段階でその話は聞いていたはずですよね」
「これは……痛いところを突かれたな」
西山首相は苦笑した。
「正直に言おう。俺は尻込みしていた。国民や議会の理解を得るのは難しい、と。つまり俺が全面的に悪い。笑うなり、殴るなりしてくれて構わない。申し訳なかった」
……この人ずるいな。
色んな意味で。
そんな風に頭を下げられてそれでよしわかったぶん殴る、とはなれない。
ある種の脅迫だ。
なんて思っていたら、隣にいた未菜さんがスパーン!! といつの間にか手に持っていたコースターで西山首相の頭を叩いた。
布製なのでともかく……いや、結構痛そうな音だったぞ今の。
「彼を困らせないでいただきたい」
ぽかんとした様子で西山首相が未菜さんを見る。
そして俺の方を見る。
しばらくそうして交互に俺達を見た後――ぷっ、と吹き出した。
「……そうかそうか……そういう関係か、なるほどなるほど……くっ……くくく、ははははは! はっははははは!」
ひとしきり笑い終えた首相はまだ少しおかしそうに笑みを浮かべつつ、
「てっきり嬢ちゃんは利光とくっつくと思ってたんだがな」
「……柳枝は父のようなものですから」
「そうかそうか……そりゃ良かった。これで伊敷の爺さんにも少しは顔向けできるかもな」
伊敷の爺さん?
というと……未菜さんのお祖父さんのことだろうか。
確か、剣術を教わっていたとかなんとかいう。
首相とも何かしらの関係があるのだろうか。
「皆城さん。さっき言った通り、全面的に悪いのは俺だ。半年もあったのに動き出すのが遅れてしまった。ここからだ。ここから日本という国は変わる。正直に言おう。別に俺は日本が大好きで大好きで仕方がないわけじゃない。だが、舐められてるのは我慢ならん。この国にだって優秀な人間は山程いる。そんな奴らまで舐められるのはごめんだ。だから力を貸してくれ。頼む」
今度は頭を下げるのではなく、手を差し出してきた。
「……思わず勢いで頷いちゃうところでしたよ」
「そういえば、一度持ち帰らせてくれと言っていたな」
そう言って首相はあっさりと手を引っ込めた。
……わかっててやっただろ、今。
油断ならないな。
アメリカの大統領といい、この人といい。
国のトップってのはどいつもこいつも食えない性格をしているようだ。
「色好い返事を期待している。利光にでも返答は伝えてくれ」
そう言って首相は去っていった。
「すまないな、ああいう性格の人なんだ。報道陣や政府のお偉方の前では猫をかぶっているらしいが……」
面会が終わった後、未菜さんにまで謝られてしまった。
まあ……善人かどうかは微妙なところ……というか多分悪人寄りなのだろうが、個人的には嫌いになれないタイプの人間ではあった。
あれであっさり丸め込まれていたら俺が未熟だというだけし、そもそも未菜さんの目があったのだから本気というよりは――俺を試していたような側面もあったのだろう。
探索者としては強くても、大人から見れば俺はまだ大学を卒業してないガキんちょだからな。
「……あの性格を前面に押し出した方が絶対いいと思いますけどね、あの人」
「いっそ君が選挙に出て首相になったらどうだ?」
「冗談でもイエスとは答えられないですね」
大統領と、首相を見てはっきりわかった。
国のトップになるには相当性格が悪くないと無理だ。
俺のような清らかな心では無理だな。
「君の場合は女性スキャンダルで大炎上しそうだしな」
「……それはほっといてください」
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