第227話:親子丼

1.



「す、凄いですね……これが『あいえいち』ですか」

「はい、火を使わずに食べ物を熱することができるのです」

「魔法のようですが、魔法ではないのですよね?」


 レイさんの説明にアンジェさんがしきりに感心している。

 あいえいち……即ちIH。

 仕組みをしればなんてことない、学校で習うようなことの応用だったりするのだが何も知らなければ確かに魔法のように思えるだろう。


 コイルに電流を流すと熱を持ちます、なんて魔法があったら必要ない知識だもんな。

 魔法がない故に魔法のようなことをする為の科学が発展したのがこの世界なのだから。


 それにしても、火を使わずに電気で調理する。

 俺が子どもの頃には既に普及し始めていたが、それよりも上の世代の人々にとってはかなり画期的なのではないだろうか。


 うちの場合、火を使って調理したいような料理ならば魔法で火を出せば良いだけだしな。

 

 そもそも魔石によって電気は生み出せてもガスは生み出せないので、ダンジョンが出現してからはかなりガス会社が減っているのだ。

 なので一時期は逆にガスを使って大きな火で調理することをパフォーマンスとして売り出した中華料理店の人気が出たりもしていた。


 ガソリン車なんかもめっきり数を減らしているので、どうやらガソリン車が好きらしい親父もがっかりしていたが……

 ガソリン車も完全になくなったわけではない。

 言ってしまえば趣味娯楽の領域に少し傾いただけだ。


 その分ちょっと高いけどね、ガソリン車。


 とまあ、そのような感じでアンジェさん、ナディア、ライラの三人にこちらの世界で暮らしていく上で必要な知識をある程度教えたり、他の面々にも紹介したりとあれこれしているうちに一日が終わってしまった。


 ベッドに寝転がりながらぼんやりと漫画を読む。

 最近、色んな出来事があって一つ学んだことがある。


 それは漫画やアニメが俺にとっての教科書になりえる、ということ。


 もちろん普通の武術を怠るつもりはない。

 未菜さんやレイさん、時折ウェンディにも稽古はつけてもらっている。


 同じく体術が得意なのと言えばルルだが、あいつは本能とパワーとスピードのゴリ押しで戦うタイプだからあまり参考になることは少ない。


 なので俺が漫画やアニメに求めているのは各作品の登場人物たちに見られる奇想天外な戦い方や必殺技だ。


 もちろんそれも込みで周りにいる凄い人たちに教わることはできる。

 しかしやはり魔法はイメージの力だ。


 積み上げてきたものであと一歩届かない時、何か逆転の発想をできるかどうかが生死を分けるようなこともあるかもしれない。


 まあ、漫画に関しては元々かなり読む方だし何も苦ではないのだが。

 書斎を作ろうと思ったら漫画9割になる自信がある。


「こうして見ると、色んな戦い方があるもんだなあ……」


 幸い、魔力だけは膨大だ。

 イメージさえ追いつけば大抵のことはできる。

 そしてそのイメージも、綾乃に頼めばある程度は補完できる。

 

 実際、アスカロンとの決闘で数秒だけ使った、一時的に身体能力を倍増させる魔法――限界突破リミットブレイクは結構綾乃に手伝って貰った部分もあるしな。

 どうしても俺だけのイメージだとかなり大きめのデメリットを負ってしまうのだ。


 一度考えなしに使ったら全身の筋組織が大変なことになってとんでもない激痛で涙目になりながら、高レベルの治癒魔法が使える面々の中では一番近いスノウの部屋まで這いずっていったことがある。


 モチーフがモチーフなのだから当然と言えば当然の報いである。

 結果、それら程の効果は得られないものの使った後に全く動けなくなるなんてことはなくなった。


 使い所が難しいことには変わりないが、アスカロンのような格上相手でもどうにかなる……かもしれない魔法ではある。


 他にも誘導タイプの魔弾を練習したりもしているがこれが結構難しい。

 威力を落とせばできるのだが、ボスにも通じるくらいの威力を維持したまま――となると格段に難易度が跳ね上がるのだ。


 それに誘導弾にしなければならない時は要するに基本相手が逃げ回る時であって、普通に逃げ回られる程度だったら俺が自分の足で追いかけた方が速い。

 つまり空を飛んだりかなりの速度だったりする奴が相手であることが前提だ。

 要するにかなりの自由性と速度が求められる。


 まあフレアはあっさりと成功させていたのだが……

 ちなみにスノウは割と苦手そうにしていた。


 そもそもスノウに関しては団子状にした氷を飛ばすようなことはほとんどしないだろうし、相手がちょこまか動き回るタイプだったら圧倒的な物量で押し潰すだろうしであまり関係はなかったりする。


「衝撃が遅れて二回届くってのもいいな……」


 俺が知っているだけでもこの手の攻撃を使う漫画キャラクターは何人かいるが、魔力を使えば案外再現は可能な気もする。

 相手が硬い鎧のように覆われている時なんかには有効かもしれない。


 スノウにもちらっと衝撃を内部に直接届けるような技術があったら良いかもしれない、みたいなことを言われたことがある。

 大抵の場合は外から全部壊してしまえる力があっても――


 この間現れた喪服の男、ベリアルのような訳のわからない硬さを持っている奴だっているかもしれないしな。


 これに関してはまた今度スノウにでも手伝ってもらおう。

 スノウの氷は普通の氷ではない。


 スノウならば俺にさえ素手では割れないような氷を作り出すことができるのだ。


 読み終わった単行本を本棚にしまう為に立ち上がったタイミングで、ちょうど扉がノックされた。


 また誰かが夜這いにでも来たのだろうか。

 だとしても大歓迎だが、ノックをする相手と言えば綾乃くらいしか思いつかない。


 俺と契約をしている人たちは基本ノックよりも念話だし。

 知佳とルルは何も言わずに入ってくる。

 というかこの間なんて気づいたらルルが俺のベッドで眠っていた。


 あいつ、抜き足差し足が異様に上手いんだよな。

 純粋な猫と違って肉球があるわけじゃないのに何故だろう。


 だとすると綾乃かな。

 この間言っていた、が完成したので試しにでも来たのだろうか。

 だとしたら何かしらのコスプレをしていそうだが――


 なんて邪なことを考えながら扉を開けると、そこには大きなおっぱいがあった。

 じゃなくて。


 そこにはパジャマを着たアンジェさんと、ナディアと、ライラがいた。

 三着ともシトリーのだな。見覚えがある。

 胸のサイズの都合上、シトリーくらいしか貸せる人がいなかったのだろう。 

 綾乃は胸は大きくても体のサイズが小さいし。


 ていうか……何事?

 どんな状況?


「その……シエル様からお伺いしまして、やはり何か恩返しがしたいというのであれば、が悠真さんにはよろしいのだと」


 アンジェさんがそう切り出す。

 どうやらナディアも異論はないようだ。

 ライラ不服そうな表情を浮かべていてちょっと怪しいが、ついてきているということはつまりそういうことなのだろう。


 それにしてもシエルの奴。

 一体人のことをなんだと思っているのか。

 

 俺は何度も言ったじゃないか。

 別に対価を求めるようなことはしない、と。


 なのにこうして差し向けてくるとは、よくやった……じゃなくてもう少し俺のイメージを上げる手伝いをして欲しいものである。


 俺だって性欲の権化……ではあるかもしれないが誰彼構わずというわけではないのだ。

 恩を売ったからと言ってその対価に体を差し出せとは言わない。

 言わない……と思う。

 少なくとも今回は言わなかった。


「あっ」


 荒ぶる己の精神を必死に抑え、断りを入れようとしたその瞬間。

 アンジェさんのパジャマの、胸の部分のボタンが弾け飛んだ。


 シトリーのパジャマでも耐えきれなかったのだ。

 そして俺のかっこつけたいという欲も耐えきれなかった。



2.


 

「……何の嫌がらせですかこれ」

「なんのことだい?」


 翌日。

 俺は未菜さんに呼び出されてダンジョン管理局へ来ていたのだが、ちょうど昼飯時ということで出前を頼むから一緒に食べようと言われ――



 そこへ届いたのは親子丼だった。



 ……いつもの面々の間には謎のネットワークが存在する。

 恐らくは知佳をトップとしたその繋がりではあらゆる情報が共有されているのだ。

 赤裸々に。

 

 多分、知っていてやっているのだろう。

 昨日の今日なのに。


 しかも超美味い。

 これどこの店のだろう。


「で、用件はなんです?」

「用件がないと呼んじゃ駄目なのかい?」

「そんなことはないですよ。未菜さんならいつでも歓迎です」

「くっ……」

 

 未菜さんが赤面した。

 はい俺の勝ち。

 

「ごほん。今日君を呼んだのは君へお忍びで面会したいという人物がいるからだ。直接君へ連絡する手段はほとんど無いに等しいからな。私を――管理局を介したいということだろう」

「俺と……ですか?」

「そう緊張しなくてもいい。私も同席するし、危険が及ぶようなことはない」

「……誰なんです? 俺の知ってる人ですか?」

「会ったことはないだろうが、知らないはずもないだろうな。よほど君が政治に興味のない人間でもない限り」


 ……まさか。


「お察しの通り、日本の首相だよ」

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