第226話:新天地
1.
叩きのめしたダークエルフたちがあちこちに転がっている様を見て溜め息をつく。
全員が優れた魔法使いであり、戦士でもあった。
自分で言うのもなんだが相手が悪かっただけであって、これだけの数で来ていれば普通の相手ならばひとたまりもなかっただろう。
ダークエルフ姉妹の母、アンジェさんが目覚めるまでこいつらを放っておくわけにもいかない。
一纏めにして縄で括り付けておき、口にも猿ぐつわ代わりに縄を噛ませておく。更にそこからシエルの結界で閉じ込めておく。
ここまでしておけば目を覚ましたとしてもとりあえずは平気だろう。
にしても……本当に容赦がないな。
仮にも同じ隠れ里に住んでいる身内だというのに。
「よくもまあ3年も待ってくれたもんだ」
「いや、わしらの感覚からすれば3年しか待っていない、と言うべきじゃろうな。これがその10倍ならわからない話でもないがのう」
「……流石にそこまで行くと感覚が違いすぎるな。にしても、ライラたちについうっかり肩入れしちゃったけど、これって大丈夫なのか?」
「何がじゃ?」
頭の中に<滅びの塔>の分布図を思い浮かべる。
現在破壊したのはルルの実家近くにあったものと、ハイロン国にあったもの。
残りは5本だ。
現在、防壁国家セーナルの<滅びの塔>に関しては交渉中だが――残りの5本のうち、ダークエルフの領分に落ちたものもあるはず。
「ダークエルフたちと問題を起こして大丈夫なのか?」
「ダークエルフも一枚岩というわけではないからのう。全く影響がない……とは言い難いが、ライラやナディア、アンジェたちが協力してくれるのならむしろ楽に進む可能性の方が高いじゃろ」
「あー……確かに」
正直なところ、親を助けられたという恩はかなり大きなものだ。
それは俺が言うのだから間違いない。
ライラは多少俺に対して警戒心を抱いているようだが、直接命も救っているという関係な以上、ここから険悪になるということは考えづらい。
ならば他の領地に住むダークエルフたちへの橋渡し役くらいにはなってくれるはずだ。
今まではシエルの人脈にしか頼れなかったわけが、一番のネックだったダークエルフに関して解決するかもしれないというのは朗報だな。
その後、他愛のない会話を続けて――3時間。
セットしておいたタイマーが鳴ってしばらくして、天鳥さんが家の中から出てきた。
「どうでした?」
「僕のような部外者があそこにいるのはあまりにも場違いだね」
天鳥さんがやれやれと肩を竦める。
「完治だよ。僕が見る限り、彼女が木になっていた痕跡すら全く残っていなかった」
2.
更にしばらく家の前で待つ。
その間、長老やその手の者たちが襲撃をしてくるようなことは流石になかった。
魔法的な干渉も、シエルがいて何も感じ取っていないということはやはり無いということなのだろう。
どのみち出ていくことは既定路線のようなものなのだから最初から大人しく待っていてくれればよかったものを。
「あの……中へお入りください、お三方」
目を真っ赤に腫らしたライラが家の中から出てきた。
どうやら相当泣いていたらしい。
いいことじゃないか。
嬉しい時には泣いてもい-んだぜ、と俺が好きな漫画の主人公も言っていたからな。
家の中へ入ると、ライラ、ナディア、アンジェさんの三人が並んで床に座っていた。
そして俺達の顔を見るなりその場で頭を下げる。
そのままアンジェさんが口を開いた。
「わたし達親子は貴方様に返しきれぬ恩を受けました。この身全てを捧げます。なんなりとお申し付けください」
この身全てを捧げる……!? なんなりと……!?
本当になんでもいいんですか!?
「……そんじゃとりあえず、頭をあげてください」
流石に俺の良心が悲鳴をあげていた。
多分、言えば本当に望むことはしてくれるのだとは思うが。
それも、ライラは除いて大した拒否感はなく。
「てっきりここで服を脱げ、くらいは言うものかと思ったよ」
「流石にそれはひどくないですか?」
「日頃の行いじゃな」
悲しいかな、否定はできない。
それこそ普段の行いを見られているからなあ……
「あの……」
困惑した様子のアンジェさんに手を差し伸べる。
「別に何かをしてもらおうってことは……とりあえず今のところはありません。後々ちょっとお願いすることはあるかもしれませんが、それで貴女たちが傷つくようなことはないと約束しましょう」
「まあ……」
アンジェさんはそれはそれは大きな――大きな胸の前でもう片方の手をぎゅっと握る。
マジで大きい。
今まで俺が見てきた中で最大はシトリー、次いで綾乃だったが、そのシトリーよりも更に一回り大きいのだ。
もはやこれはおっぱいではない。
スーパーおっぱいだ。
……何言ってるんだ俺。
いかん、あまり見ていると頭がおかしくなってしまう。
アンジェさんたちを立ち上がらせる。
さて、大事なのはこれからの方針だな。
「事後報告になって申し訳ないのですが、長老や長老たちの差し向けてきた輩は全員叩きのめしてしまいました。正直、アンジェさんたちが今後この里に住むのは……難しいと思います」
「いえ、元々……わたしが死んだら、二人には里を出ていくように言っていましたから」
そうなの? とナディアの方を確認すると複雑そうな表情でこくりと頷いた。
まあ、アンジェさんとしてはほぼ助からないと思っていたのだろう。
それでも自分を見捨てられない、ということもやはり親ならばわかっているはず。
だからこそ最大限譲歩して『死んだ後』、ということか。
「当てはあるんです?」
「……いえ」
アンジェさんが首を横に振る。
ナディアとライラの表情からしても、どうやらそれらしい当てはないようだ。
一級冒険者、そして二級探索者ならばある程度蓄えはあるのかと思っていたが……
俺の考えを知ってか知らずか、
「……この子たちは稼ぎのほとんどをわたしの治療に使ってくれていたんです。時にはそれだけでは足りず、ナディアは自分の髪を……」
「お母さん、それはもういいから」
ナディアがアンジェさんの言葉を遮るようにする。
髪を……
まさか売ったのだろうか。
確かにナディアの髪は綺麗だ。
ライラは長く伸ばしているのに対してナディアは短いんだな、くらいにしか考えていなかったが、元々は長かったのを切って売ったのだとしたら……
母親としては気にしてしまうだろう。
「俺はナディアの髪型、好きだぞ。よく似合ってる」
「えっ……あ、はい。あ、ありがとうございます」
慌てたように答えたナディアは下を向いてしまった。
気を使ったと思われたのだろうか。
そういう側面はないとは言わないが、ほとんど本心なのだが。
「……驚くべきはこういう時に本当に一切の下心がないことだね。普段はあれだけスケベなのに」
「星のめぐり合わせが悪ければこの男はとうの昔に刺されてるじゃろうな」
後ろで二人が何やらひそひそ話しているが、刺されるとか物騒な言葉がちらっと聞こえた気がするくらいであまり聞き取れなかった。
なんだろう、俺は知らない間に何かをやらかしてしまっているのだろうか。
「とりあえず当てがないんだったら、俺達で匿うって選択肢もあるけど……どうだ?」
「ええと……それはシエル様の庇護下に入る、という意味でしょうか?」
どうやらアンジェさんはシエルのことを知っているようだ。
まあこの言い方だとそう思うか。
「どちらかと言えばわしもこの男の庇護下にいるようなものじゃ。おぬしの木になる病とはまた別の病を患っておる関係での」
「……シエル様が病ですか?」
「うむ。消費した魔力の自力回復ができんのじゃ。じゃからわしは緩やかに死へ向かっておる……向かっておった、というべきか。今はこやつの魔力で生き永らえておる」
後ろから進み出てきたシエルにつん、と二の腕を突かれる。
「では……気のせいではなかったのですね。シエル様の魔力と、悠真さんの魔力がよく似通っているのは」
「わしの体に入るにあたって多少変質はしておっても、元は全てこやつの魔力じゃからな」
「シエル様の魔力を全て肩代わりできるとなると、かなりの魔力量なのでは……」
アンジェさんは驚いたように俺を見る。
「わしの全魔力の何倍もあるからのう、この男の魔力は」
「……あれだけの動きをしていたのですから、只者ではないと思っていましたが……そこまでだったのですね」
ライラが俺のことをちょっと見直したのか、感心したように言う。
そういえば直接俺が戦っているところを見たのはライラだけなのか。
ナディアは事後報告だし、アンジェさんも姉妹から話を聞いただけだろう。
「まあそんなわけで、俺はこれでも結構強くて、そんでもって俺より強い仲間もたくさんいます。だから金にも結構余裕があるんです。迎え入れるにあたって一つだけ条件がありますけどね」
そう言うとライラの表情が露骨に厳しくなった。
最悪、自分だけが犠牲になれば……みたいな悲壮な決意を感じる。
いやだから、別にそういうことは頼まないって。
「条件、ですか」
「秘密を守ってもらうことです。実際体験して貰った方が話もしやすいと思うので、とりあえず俺のことを信じてもらえますか?」
そして。
転移石を例のごとく二度使い、俺たちはアンジェさんたちを連れて自分の家まで戻ってきた。
アンジェさんたちは目を丸くするばかりでぽかんとしている。
「ようこそ、異世界へ。ここが貴女たちの新しい家です」
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