第225話:エルフとダークエルフ
1.
「森の守護者が命――ごふっ!?」
長老の爺さんが何やら詠唱を始めていたので脳天に拳骨を落として気絶させる。
ガチンッ、と口から凄い音が鳴っていたが歯の一本や二本くらいは砕けてしまったかもしれないな。
それでも腕と顎が砕けたこの男よりは軽症なので大丈夫だろう。
治癒魔法はその気になれば欠けた歯だって治るので問題ない。
多分。
「……で、こいつらなんなんだ? 手が出ちゃったけど正当防衛の範囲内だよな?」
「まあ……大丈夫じゃろ」
そう言いながらシエルは長老の腕に何やら魔法を使った。
バキ、と痛そうな音が鳴ってあらぬ方向に折れ曲がる。
「悠真、良いことを教えてやろう。魔法使いを相手にする時はまず腕を折るのじゃ。次に口を封じ、最後に命を取れ」
「……その心は?」
「大抵の魔法使いは自らの腕や指を指標に魔法を使うからのう。次に詠唱を封じて諸共自爆されるのを防いだ後にトドメを刺すのじゃ」
「その爺さんとそこの男にもか?」
「いや、こやつらは殺しまではせんでええじゃろ。両方とも腕を折られたということは、次追いかけてくれば口封じをするというアピールになるんじゃよ」
「怖い文化だな……」
まあ男の方の腕を折ったのは俺なのであまり言えないが。
極論、ある程度腕の立つ魔法使いは腕を奪っても口を奪っても戦える。
絶対に抵抗されないようにしたいのなら殺すしかないが、その前段階が存在することで脅しにも使えるということなのだろう。
「で、こやつらは家の中で何をしておったんじゃろうな?」
シエルの呟きにハッとしたナディアとライラが家の中へ駆け込んでいく。
中から微弱な魔力は感じる。
彼女たちがいない間に殺されていた、なんてことはないとは思うが……
もし何かされていたら同じことをこいつらにもしてやろう。
しばらくして、ナディアが戻ってきた。
「……どうぞ、お入りください」
2.
「……あなた方がナディアとライラを助けてくださったのですね。この子たちの母のアンジェと申します」
ベッドに寝たきりのまま、二人の母――アンジェさんはそう挨拶をしてきた。
ルエルと同じ長い銀髪に、最低でも数百年は生きているはずなのに20代前半くらいにしか見えない若々しい上に、スノウたち四姉妹にも匹敵しようかという程の美貌。
そして母性。
なんというか、母性をすごく感じる人だ。
どことは言わないが、物凄い母性だ。
何とは言わないが、途轍もない母性だ。
しかしその母性の象徴まで、彼女の体は木に変化していた。
木に変化――というより、木でできた人形のようになっている、というのが正しいだろう。
樹木のようになっているのをイメージしていたが、どうやらそうではないようだ。
「助けるって言っても、探索者なら困った時はお互い様ですから」
「まあ……」
「かっこつけてるのう」
「彼らしいと言えば彼らしい」
シエルと天鳥さんがなにやら言っているが無視する。
どうやら外であった騒動については既にアンジェさんにも伝わっているようで、そのことについても謝罪をされた。
ちなみにあの二人が何をしにやってきたかと言うと、病があと半年以内に治る気配がなかったら里を出ていくようにと伝えに来ていたそうだ。
あの性格だ。
多分に嫌味も含まれていたんだろうな。
動けない人を相手にそんなことを平気でする辺り、真性のクズ野郎である。
「天鳥さん、どうです? エリクシードで治りそうですか?」
「なんとも言えないね。エリクシードは癌ですら治すけれど、流石にこんな症状は僕だって初めて見る」
「ですよねえ……」
まあ試してみてもらうしかないだろう。
「しかし、そのようなもの……とても高価なものではないのでしょうか。申し訳ないのですが、生活にも余裕がなく……」
「これは売り出す前のものな上に、このような症状にも効果があるのかを試す為の実験も兼ねているようなものなのさ。むしろ僕たちが対価を差し出したいくらいだよ」
天鳥さんはエリクシードをナディアへ渡す。
「そうだね、どのみち治ったとしてもこの里にはもういられないだろう。代わりの住居を彼に用意してもらう、なんてところでどうだろうか」
俺の方をちらりと見る天鳥さん。
何だこの人、ムーブがイケメンすぎるだろう。
「ま、最悪、この世界ではないかもしれないですけど――家族三人でいられることは保証しますよ」
アンジェさんがエリクシードを服用し、眠りについた後。
ナディアとライラ、そして天鳥さんはアンジェさんの様子を見守る為、家の中へ残り。
俺とシエルは家の外で見張りをしていた。
腕をへし折ってやったとは言え、面子の潰れた老害がそのまま黙っているとはちょっと思えない。
本人たちが直接来るとは考えづらいが、やれる嫌がらせはやってきそうな雰囲気はある。
実際、俺たちが外へ出てきたときには既に二人ともいなくなっていたからな。
ダークエルフはエルフに比べて身体能力に優れていると言う。
気絶から回復するのも早かったのだろう。
「なあ、シエル。ダークエルフとエルフの間に何があったか聞いていいか?」
「……遥か昔、わしがまだちんちくりんだったころの話じゃ」
見た目はまだちんちくりんだろ、と言いたくなったが黙っておく。
真面目な話に茶々を入れるわけにはいかない。
「ダークエルフという種族はそもそも存在しなかったのじゃ」
「……そうなのか?」
「何故ダークエルフがダークエルフと呼ばれているか、わかるか?」
「……褐色肌だから?」
「違う。遥か昔に実在した<魔王>の眷属になったエルフたちがその昏き魔力に飲まれ、闇に落ちた結果からじゃ」
「ちょっと待て。魔王?」
急に聞き慣れないワードが出てきたぞ。
魔王て。
じゃあ勇者もいるのか?
「魔物、そして魔族、更には魔法の王。ひいては魔王じゃ。セイランのように全ての世界を破壊しつくそうとしていたわけではないのじゃが、それでもこの世界の半分以上が魔王の手に落ちていた。結局、魔王はいずれ現れる人間の勇者に討伐されることになるのじゃが……まあそれは今は関係ない」
めっちゃ気になるけどな。
魔王なんて奴がいたのかよ。
しかもやっぱり勇者もいたのかよ。
なんて厨二心をくすぐるワードなのだろうか。
「魔王の眷属になったエルフがダークエルフになった……ってことだよな?」
「そういうことじゃな」
「そもそもなんでその人たちは魔王に味方しようなんて思ったんだ? 悪者……だよな?」
「エルフの総意だったのじゃよ。魔力が多く、魔法に長けていたエルフは魔王に目を付けられた。従属か、死か。その二択を迫られたエルフ族は、魔王が倒れてもそうでなくとも種を存続させる為にその半数を魔王へ差し出すことにしたのじゃ」
なるほど。
一種の生存戦略のようなものか。
「魔王が倒れ、彼らが森に戻ってきた後もその子孫たちもダークエルフの特徴である高い身体能力や褐色の肌、エルフに比べて恵まれた肉体などを受け継ぐことになった」
男は筋肉が多くついているし、女は女性的な体つきをしている。端的に言うとおっぱいが大きい。
シエルやアスカロン、そしてアスカロンの村にいた人たちを見てもエルフは基本的に華奢な人が多いというのは明らかだ。
「そして長い年月が経ち、愚かなことにエルフの中にダークエルフが生まれた経緯を忘れた者やそもそも知らぬ者が増え始めた。ダークエルフたちのことをエルフという種を存続させる為に仕方なく取った策だったのに、死の洗礼を恐れ魔王へ下った臆病者だ、と罵る者が現れたのじゃ」
「そんな……」
「当然、ダークエルフたちはそれに反発した。しかし、たとえそれが愚か者だとしても声の大きな者が正義になるのは世の常じゃ。やがてエルフとダークエルフの諍いは戦争にまで発展した。その戦争の結果双方共に大きく数を減らし、今でも余燼がくすぶっておるのじゃ」
……なるほど。
今シエルから聞いた話だけではエルフ側が100悪いように聞こえるが、恐らくそれ以外でもダークエルフたちとの間で何かしらの禍根はあったのだと思う。
それが爆発した結果がシエルの話、ということなのだろう。
「若い世代は過去を気にしてない者も多い。それに、わしのようにその戦争には加担していない者もエルフ、ダークエルフ共に多くいる。それでも互いに諍いを起こさない程度の分別は付けられても、仲良くするのは難しい、と言った塩梅じゃな」
「なるほどなぁ……」
一朝一夕で解決するようなことではないな。
ダークエルフが住んでいる、というところに落ちた<滅びの塔>を後回しにしている理由もよくわかった。
「……じゃあなんで同じダークエルフ同士なのにあの長老はナディアたちに辛く当たるんだ? むしろそういう事情があったら同族同士では仲良くしそうなものだけど」
「これはエルフもダークエルフにも共通していることなのじゃが、容姿に優れた者や魔法に長けた者が多いので人間に里や村を襲われ、奴隷にされたりすることが頻発した時期があったのじゃ。その時の影響で人間を忌み嫌う者は、エルフにもダークエルフにも一定数存在するんじゃよ」
奴隷か……
確かにそりゃあ人間を嫌っていてもおかしくない。
「エルフとダークエルフの対立、そして人間への憎悪などは大抵の場合、その里や村の長の方針によって決まる。この隠れ里の長老はあからさまに人間やエルフのことを嫌っておったが……人との子まで迫害するようになればもはや言い訳は成り立たん。そしてわしとしても降りかかる火の粉は払うまでじゃな」
そう言ってシエルは立ち上がる。
目の前に、四人……いや、隠れてる奴も含めて六人かな。
ダークエルフの男共がこちらを睨みつけていた。
先程腕をへし折ってやった奴や長老はいないが、どう考えてもあいつらの差し金だろう。
人数を揃えたところで無駄だということがわからなかったのだろうか。
一瞬で気絶させてしまったのは間違いだったかもしれない。
「俺がやる。シエルは下がっててくれ」
「別に構わんが……随分やる気じゃな?」
「過去にどんなことがあれ、俺の好きな奴が一方的に嫌われてるのは気分が悪いもんなのさ」
そもそも別にシエルは戦争に加担してないようだし、魔王とやらがいた時はちんちくりん(?)だったのならエルフの半分が云々という話も関係ないのだろう。
そして人間嫌いに関しても、ナディアたちの父親がこいつらに何かをしたというわけでもないはずだ。
もちろん種族ごと嫌うって心理もわからなくはない。
だが、そんなことは一個人である俺には関係のない話だ。
俺の手の届く範囲にいる俺の守りたい奴らが傷つくかもしれないのなら、その脅威を排除するだけである。
音もなくそれぞれ違う方向から飛んできた二本の矢を掴み取る。
先端が濡れている。毒だろうか。
容赦ないな。
「てことは、お前らはお前らで覚悟してきてるんだな?」
そこからは一瞬だった。
転がる六人を前に溜め息をつく。
そもそもの話、身体能力に多少優れていて、魔法が得意な程度では地力が違いすぎる。
言ってしまえばアスカロンの下位互換だし、身体能力だけで見れば未菜さんやルルの方が上だ。
魔法に関しては言うまでもない。
スノウと出会って間もない頃の俺ならば足元を掬われていたかもしれない。
しかし今の俺はそうじゃない。
まだ足りない部分があることは当然理解しているが、それでもこういう場面で自信を持って動けるくらいには色々なものを積んできているつもりだ。
流石に全く怪我をさせないで無力化というのは俺の心情的に難しかったので、治癒魔法で治る程度のそれなりの重傷は負ってもらったが。
ここまでこてんぱんにしておけば追手だの刺客だのを放ってくる余裕もないだろう。
敢えて一人、気絶しないように加減をした奴に近づく。
「この……ッ化け物が……!」
「上からの命令を受けて、平気で仲間を殺そうとできるお前らの方が俺からすりゃ化け物だよ」
悪態をつくダークエルフの男の目をじっと見る。
「俺は正義の味方じゃない。あんたらが悪人かどうかはさして問題でもないし、事情のあるなしも関係ない。今は払う程度で済ませたけど、消す必要があるのなら躊躇はしないからな。わかったらあのジジイに伝えておけ」
怯えた様子でこくこくと頷くダークエルフの脳天にチョップを食らわせて、気絶させておく。
今やり取りしたことが記憶から飛んでいなければいいが。
「消す必要があるのなら躊躇はしない、のう」
含みのある様子でシエルが呟く。
「なんだよ」
「おぬしはやっぱり誰かさんにそっくりじゃと思ってな」
「……親父には絶対言うなよ。100パーからかわれるから」
「口止めに何をくれるのか楽しみじゃのう」
……慣れないことはするもんじゃないなあ。
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