第224話:隠れ里

「私たちから離れないようにしてください。この里に住む者と一緒でないと、外の方は入ることができないのです」


 ダークエルフの姉妹――ナディアとライラを救った翌日。

 俺と天鳥さん、シエルの三人は姉妹についてダークエルフの隠れ里までやってきていた。


 濃い霧に覆われた鬱蒼とした森である。

 正直、ちょっと不気味さを感じるほどだ。


「人が寄り付かないよう、そのように見せているのです。悠真様ほどの魔力の持ち主の方にも通じる、凄い結界なのですよ」

「なるほど……ところでナディア、そろそろ悠真様はやめないか?」

「大丈夫です、私が好きでそうお呼びしておりますので」


 そういう意味ではないのだが……

 ナディア――毒に侵されていた姉の方は、目を覚まして妹のライラから事情を聞くなりずっとこの調子だ。


 ライラは銀髪で長い髪だが、ナディアはギリギリ肩につかない程度のショートヘア。

 顔はそっくりなので(スノウとフレアより似てるかもしれない)髪型で区別を付けるしかない。

 あと、どちらかと言えばナディアの方が雰囲気が柔らかい……かな。

 ライラはちょっとぎこちないというか、俺やシエルのことを警戒しているような節がある。


 ちなみにどちらもおっぱいは大きい。

 多分ライラの方がちょっと大きいかな。

 色んなおっぱいを見てきたおっぱいソムリエの俺が言うのだから間違いない。


 二人ともシトリー級だ。

 つまりすごくすごい。


「ところで、本当にわしが入って大丈夫なのか? ダークエルフとの確執はいくら若いおぬしらと言えども聞いたことがないとは思えないのじゃが……」


 そう、この二人。

 若いのだ。

 

 ダークエルフもエルフと同じくかなりの長寿で、平気で1000年単位で生きるそうなのだがこの姉妹はナディアが25歳、ライラが17歳とどちらも若いのだ。

  

 ちなみにダークエルフの成人は15歳らしい。

 ちょうどそれくらいからほとんど見た目が変わらなくなるのだとか。


 生きている年数に対して子どもの期間が短すぎるような気もするが、普通の人間だってそんなもんだし当然と言えば当然なのかもしれない。


 まあ俺の場合、15の時の自分を見たら色んな意味の痛々しさでまともに見ていられないのだが。

 知佳に出会っていなければ今も当時とそう大して変わらない人間だったんだろうな。


「シエル様が私たちダークエルフに直接何かをなさったというわけでもないですし、種族間の問題ですから……若い世代にはあまり関係がないのです」


 ……?

 何か一瞬様子がおかしいように見えたが、気のせいだろうか。


「そちらがそれで良いのならわしもとやかくは言わんが……」


 ……後でダークエルフとエルフの間に何があったのか詳しく聞いてみよう。

 若い世代にはあまり関係ない、というあたりやはり昔何かあったのは間違いないとは思うのだが。


 それにしても大きいなあ。

 歩く度にたゆんたゆん揺れている。

 ナディアは剣士ということだったが、身軽さを優先しているのか結構な軽装だ。


 というか、魔力を持つ者はみんなそうなのだが、ある程度のレベルに達すると防具がほとんど意味なくなるんだよな。

 自身の体の方が衝撃に強くなるから。


 俺なんて特にそうだが、未菜さんやローラクラスでも地球で手に入るプロテクターのレベルじゃもうほとんど意味がない。


 ナディアたちも同じような感じなのだろう。

 そんなことを考えながらナディアのおっぱいを眺めていると、大きめの外套で体のラインを隠しているライラが俺とナディアの間に割り込んできた。

 うーむ、なかなかどうして姉思いの妹である。


「そういえば、君たち二人は人間とのハーフだと言っていたね。母親がダークエルフなのかい? それとも父親かな?」


 二人の後ろを歩いているうちにふと気になったのだろう。

 天鳥さんの質問にナディアが答える。


「母がダークエルフです。父は300年以上前に亡くなったそうで」

「ほう、300年……300年? 僕の記憶が正しければ君たちは25歳と17歳だと聞いた覚えがあるのだけれど」


 確かに、天鳥さんの言う通りナディアが25、ライラが17で父親が300年以上前に亡くなっているというのは辻褄が合わない。

 どういうことだろうか。


「ダークエルフもエルフもそうじゃが、子を成す時には人のようにをするわけではない。互いの魔力が混ざりあい、小さな核のような状態で数百年と保持する。その核の状態であれば子を二人、三人と宿すこともできるので、人の価値観で言えばナディアとライラはと形容することもできるじゃろうな。子を産んでも人基準のは一度もしていない、というのも珍しい話ではないのじゃ」

「へえ……」

「わしらには人間と違って発情期というものがないからのう」

「……へえ?」


 でも結構シエルは……

 なんてことを考えていると念話で、


(余計なことを言ったらお仕置きじゃからな)


 と言われた。

 シエルからのお仕置きと聞くとそれはそれでちょっと楽しみだが、流石にやめておく。


 ……つまり未経験のまま子どもが生まれるという聖母マリアみたいな状態になったりするのか?

 凄いな、エルフ。

 生命の神秘だ。


「普通の性交渉で懐妊することはないのかい?」

「……少なくとも人とエルフ、エルフとエルフあたりでは聞いたことのない話じゃな。確率がかなり低いというだけじゃろうが」


 天鳥さんの問いにシエルが答える。

 少し含みのある言い方だったが、他のパターンならあるということだろうか。

 また今度機会があったら聞いてみよう。


 ふと、ナディアとライラの方を見るとシエルの話を聞いても何を言っているかわからない、とばかりにぽかんとしていた。

 そういう行為をする必要がないのならそもそも知識も必要ない、ということなのだろう。


 男から邪な目線を向けられていることはわかっても、その理由の深いところまでは理解できていないといった辺りか。


 無知なムチムチ……

 いや、やめておこう。

 これ以上は色んな意味でよろしくない。

 

 シエルは長く生きているのでそういう知識もあったのだろう。


「着きました。ここが私たちの隠れ里です」


 そんなこんなしているうちに、無数のツリーハウスが大量にある集落に辿り着いた。

 ここだけは濃い霧もなく、そもそも生えている樹の種類からして違うように見える。

 

 着いた、と言われるまでは全くそれまでの光景から代わり映えしなかったのに、そう聞いた瞬間に見えている景色が切り替わったのだ。

 凄い魔法だな……


 そのまま幾つかのツリーハウスの下を通り、比較的小さなそれの前で立ち止まる。


「ここが私たちの家になります。狭いところですが、どうぞおはいりくだ――」


 ナディアの言葉が途中で止まった。

 そのツリーハウスの中から二人のダークエルフが出てきたからだ。


 筋骨隆々の男が一人に、若さを保つ期間の長いエルフだというのにも関わらず一目で老人だとわかる男が一人。


「長老様? 何故我々の家から……」


 恐らくは老人が長老なのだろう。

 ナディアの問いかけには答えず、俺たちをじろりと一瞥する。


 あまり感じの良い視線ではないな。


「……やはり穢れた子だな。人間と白エルフを招き入れるとは、恥を知れ」

「……っ!」


 ナディアが目を見開き、ライラが体をぴくりと震わせる。

 

 ……なんだこのジジイ?

 

「やはり貴様ら家族をこの里に置いておくわけにはいかんな。今すぐに出ていけ」

「す、少しだけお待ち下さい、長老様! 母が治るかもしれないのです! お願いします、もう少しだけ!」


 そう言ってナディアが地面に膝をつけ、そのまま額も地面につけた。

 ライラもそれに続く。


「治るわけがなかろう。アレは直に死ぬ。この儂が言うのだから間違いない」


 ナディアとライラがぐっと押し黙る。

 そろそろ殴り倒してやろうかと迷っているタイミングで、後ろに控えていた男がぬうっと予備動作無しに動く。

 

 天鳥さんに掴みかかろうとしていたその腕を俺が掴み取る。


「おいおい、許可なくレディに触ろうとしてんじゃねえよ」

「君が言うかい?」

「…………」


 せっかくかっこつけたのに天鳥さんのツッコミで台無しである。

 視界の隅でシエルが二人を立ち上がらせるのを見る。


「この里から出ていってもらおうとしただけだが?」


 男は悪びれる様子もなくそう言った。


「あとちょっと待ってれば出てってやるよ。頭の硬いジジイと図体だけがでかい木偶の坊のいる里なんざな」

「出ていかないのならここで諸共処分するだけだ。出来損ない二人に死にかけが一人、人間二人と白エルフが一人。問題ないでしょう、長」


 話を振られたジジイが頷く。


「猶予はやったからな。儂の命令が聞けないのなら、仕方なかろう」


 動こうとした気配を感じたので、掴んでいた腕に力を込めてへし折る。

 男が痛みに呻くより前にもう片方の拳で顎を殴ってやった。

 多分、脳が揺れる前に顎の骨も砕けたが……まあ腕の骨も砕けてるし今更もう一箇所増えたところで大差ないだろう。


 ガクン、と気を失ってその場に跪く男。


「なっ……!? はっ……!?」


 それを見て狼狽えるジジイ。

 さて、どうしようこれ。

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