第223話:無謀な挑戦

1.


 しばらくぽかんとした様子で俺を見ていたダークエルフの子だが、はっと我に帰ったように後ろを振り向いた。


「お姉ちゃん!」


 慌てた様子で、後ろで仰向けに寝転ぶもうひとりのダークエルフの子へ駆け寄る。

 よく似ているな。

 姉妹だろうか。


 どちらかと言えばお姉ちゃんと呼ばれた子の方がスレンダーに見える……と、それは今はどうでもいいか。


「治癒魔法は?」

「毒にやられたんです……! わたしの解毒魔法じゃどうしようもできなくて……!」


 毒。

 そうか。

 あのドラゴン、毒々しい色をしてただけじゃなくて本当に毒属性だったのか。


 もちろん毒なんて俺にも治せない。

 だがスノウかシエルなら治すこともできるだろう。

 すぐにスノウに念話を飛ばそうとし――


 肩にぽん、と手を置かれた。


「どきなさい。あんたじゃ治せないでしょ、それは」

「スノウ!? それにみんなも……」


 スノウ含め、シエル、それに未菜さんとローラまでがそこに立っていた。

 ショートカットまでしてきたのに何故こんなに追いついてくるのが速いのだろう――と思ったが。


 俺にできることがスノウやシエルにできないはずもないか。


「あんたが壁を壊した音が聞こえたからそこから追ってきたのよ」


 そう言いながらスノウがもう一人のダークエルフの子に手をかざす。

 そして淡い光が彼女を包み込む。


「良かったわね。あたし達が来てなければ死んでたわよ」


 どうやら処置が終わったようだ。

 未踏破のダンジョンで受ける毒。

 恐らくは未知数のものだろう。

 それでもあの一瞬で治してしまうとは、流石である。


「な、治ったのですか……!?」

「魔力の流れを視てみい。完治しとる。流石スノウじゃな」

「あ……」


 ダークエルフの少女はシエルの方を見て一瞬たじろいだような様子を見せたが(エルフとダークエルフは仲が悪いと言っていたが、関係あるのだろうか)、すぐに眠る自らの姉の方を見た。

 体内にある魔力の流れを見る、というのはまだ俺にはできないが、恐らく彼女にはできるのだろう。


 しばらくしてほっと溜め息をついた。


「あの……ありがとうございます。本当に、なんとお礼を言ったらいいか……」


 そう言ってダークエルフの少女は頭を下げた。

 同時に豊満な胸の谷間が強調される。


 シトリーのそれにも匹敵する大きさだ。

 素晴らしい。


 なんてことを考えているとスノウから肘鉄を食らった。

 知佳と言いこいつと言い、念話で飛ばしたわけではないのに何故俺の心を読めるのだろうか。

 そんなにわかりやすいかな、俺。


「探索者なのだから困った時はお互い様だ」


 未菜さんが頭を下げるダークエルフの肩に手をそっと置いてイケメンスマイルを浮かべる。

 ダークエルフの子はそんな未菜さんを見て頬を赤くした。

 褐色肌でも顔が赤くなるとわかるんだなあ。

 ていうかあれにやられたんだろうな、ローラも。

 そんなことを考えていたらそのローラが肩をすくめていた。

 しょうがないよ。

 ありゃ誰だって惚れる。


「しかし無謀は良くないな。命あっての物種というやつだ」

「……はい。それはもちろんわかってるんです」


 彼女はしゅんとした様子で声のトーンを落とした。

 どうやら何か訳ありのようだ。



2.


 

 どうやら彼女たちはナディアとライラというダークエルフの姉妹らしい。

 ナディアが剣士で、ライラは弓師。

 魔法が使えるということもあり、彼女たちは探索者としても冒険者としてもかなりの上位らしい。


 ていうか探索者と冒険者って兼任できるんだな。


 探索者としては二級、冒険者としては一級だそうだ。

 探索者としてのランクが低いのは単にあまりダンジョンに潜っていないからだろう。

 

 魔力の大きさからして、決して弱くはないはずだ。

 流石にルル程とまでは行かないが……

 村にいたレオよりは強そうだ。

 あいつ元気してるかな。


「確かに一層目に関してはおぬしらのような冒険者メインの探索者には実入りが良い。しかし二層目は探索者をプロとしてやってきている者たちでも辿り着けなかった――否。辿り着けたとしても、恐らくはおぬしらが襲われたという紫色のドラゴンにすぐ狩られていたんじゃろうな。いずれにせよ、冒険者で一級に認定される程の腕前があれば危険なことはわかっておったじゃろう?」

「はい……」


 ライラは視線を伏せる。

 

「わかっていたのに、それでも二層目へ突入せざるを得なかった。何か理由があるんだろ?」


 俺がそう問いかけると、ライラは逡巡するような様子を見せる。

 どうしたのだろうか。


「……実は、わたし達が生まれた村にとある言い伝えがあるのです。なんでも、<龍の巣>の奥にはなんでも一つだけ願いを叶える<宝玉>があると」

「それって7つ集めないといけなかったりする?」

「え? いえ……1つしかないと聞いています」


 良かった。

 7個集めないといけないとか言い出したら色んな意味で危なかった。


「シエル、そういうのってありえるの?」


 ローラの質問にシエルは腕を組んだ。


「有り得ん……とは言い切れないのう。その願いのスケールにもよるじゃろうが、そもそも魔法は魔力とイメージ力さえあれば大抵のことはできるわけじゃからな」

「願いのスケールかあ。ボクだったら……たとえばどれだけ食べても太らないようにしたーい、とか」

「それくらいなら叶うかもしれんな。逆に叶わんとするならば死者蘇生や不老不死あたりじゃろ」


 ローラの可愛らしいようで結構切実な願いはともかく、死者蘇生や不老不死は確かになんでも願いを叶えるとなったときに真っ先に浮かぶものだろう。

 実際あの漫画でもその手の願いが多いし。


 まさかギャルのパンティを願うわけにもいかないだろう。

 ……待てよ。

 よく考えたら俺の周りにギャルはいないのだから、ギャルのパンティならそれはそれでちょっと欲しいかもしれないぞ。

 でもパンティだけ貰ってもな……


「で、あんた達はそのドラゴンボー……じゃなくて宝玉? を手に入れて何を願うつもりだったのよ」


 スノウ、今言いかけたな?

 俺も口には出していないあの作品を。

 

「実は――……」


 口を開きかけたライラの目からぼろぼろと涙が溢れ出る。


「えっ」


 スノウがぎょっとしたような表情を浮かべる。


「……泣かせた」

「あんたマジ凍らせるわよ。ちょっと、泣いてちゃわからないわよ。なんなのよもう」


 スノウが優しい声音でぽんぽんとライラの背中を叩いている。

 珍しい絵面だ。

 

「すみません……実は母が病に冒されているんです。3年間ずっと治療法を探し続けていたのですが見つからず……言い伝えに縋ってこのダンジョンへやってきたのです」

「病? 病ねえ……」


 流石にスノウも苦々しい顔だ。

 なにせ治癒魔法も解毒魔法も病気には効かない。

 軽い風邪程度なら治癒魔法で多少楽になったりはするが、それで治るくらいならば3年間も治療法が見つからないということはないだろう。


「どんな病気なのじゃ? わしはこれでもそれなりに詳しい方じゃぞ」


 ――そうか。

 シエルは今も病に苦しんでいる。


 という病。

 シエルはもはや体質のようなものだと言っていたが、やはりそれを治す為に奮闘していた時期もあったのだろう。

 その過程で他の病気にも詳しくなったのだろう。


「……シエル様なら聞いたことがあると思います。母がかかっているのは、木人病です」


 どうやらダークエルフにもシエルの名は有名らしい。

 仲が悪いと言ってもワーティアとミーティアで争っていたようなイメージなのだろうか。

 それともライラがあまり気にしてないだけか?


「ふむ、木人病か……」

「どんな病気なんだ? 治せるのか?」

「特にエルフとダークエルフがかかりやすいと言われている、体が木に変化していってしまう病じゃ。木のように、ではなく完全に木になってしまうのでかなり厄介じゃな」


 木になるって……

 そんな病まで存在するのか、この世界は。

 

「で、治療法は……」

「……数千年生きてきて、3人ほど直に木人病の者と会ったことがある。どいつも5年以内に亡くなったがのう」


 それを聞いてライラは再びさめざめと泣き出す。

 そんなはっきり言わなくても、とは思うが事実をぼかして伝えても意味はないか。

 

 病か……

 それもシエルによれば5年以内に亡くなってしまうらしい。

 3年間治療法を探してきたと言っているのだから、どれだけ長く見積もってもタイムリミットはあと2年。


 俺たちが異常なペースで攻略を進めるからわかりにくいが、一般的にダンジョンの攻略にはかなりの時間がかかる。

 それこそ、2年や3年――長いものでは10年単位で。

 最後の希望として縋ったのがこのダンジョンに関する逸話だったというわけか。


「木になるって、どんな感じで木になってくのよ」

「手足の末端から木になっていくんです。切り落としてもそこからまた木へ変化してしまい……欠損を治せるくらいの治癒魔法で切った後にすぐ治療したこともあるのですが、それでもだめでした」

「ふぅん……じゃだめそうね」


 切り落として治す、という手順を踏んでもだめなのか。

 スノウやシエルならばそれができるから一応聞いてみたというところなのだろう。


「シエル様も仰っていた通り、もってあと2年弱程度だと思います。既に胸のあたりまで木になっていて、母は体を動かすことさえできないようになって……お願いします、シエル様! わたしたちのダンジョン攻略を手伝ってはいただけないでしょうか!! たとえ死んでも足は引っ張りません!!」

「これ」


 ぺん、とシエルがライラの頭に軽く手刀をかました。


「死んでも、なんて軽々しく言うでない。母君が治ったとき、おぬしら姉妹が無事でいることも最低条件じゃ」


 ちらりとまだ眠っている姉――ナディアの方を見る。

 彼女も俺たちの到着が遅れていれば間違いなく死んでいただろう。


 毒で死ぬか、竜人ドラゴニュートに殺されるか、毒竜に殺されるかの三択だ。

 

「どのみちこのダンジョンは攻略するつもりだったのだ。宝玉とやらが見つかったら彼女たちにあげれば良いのではないか?」

「ま、そんなところが妥当ね。ぶっちゃけあんた達程度じゃ足手まといだわ。二層のドラゴンに手も足も出ないくらいなんだから」


 未菜さんの提案にスノウも頷く。

 そして彼女の言っていることはもっともだ。

 ライラたちも弱くはない。

 普通の基準で見れば十分強い方だ。


 だが、このダンジョンではどうしても邪魔にしかならないだろう。

 悲しいが、それが紛れもない事実なのだ。


「そ、それは……ですが、手に入れたものを貰うだけ、というのは……もちろん対価はお支払いしますし、わたしにできることならなんでもします! ですが、それでも……」

 

 ダークエルフの美女になんでもしますとか言われたら色んな意味で期待しちゃうが、それをここで口に出したら俺の好感度がとんでもなく下がりそうなのでやめておく。

 

 まあ、そもそもその宝玉とやらが本当にあるかも、それで本当に治るかもわからない以上、あまり期待されても困るのだが。

 天鳥さんも流石に医療分野に特化しているわけ……じゃ……


 待てよ。


「ライラ、君の母親は胸のあたりまで、手足の末端から木になっていっているんだよな?」

「……はい」

「まだ母親と会話はできるのか?」

「はい、一応は……あの木は魔力を吸って成長するので、最近は寝ている時間の方が長いのですが……」

「ならなんとかなるかもしれないぞ」

「……え?」


 会話ができる。

 つまり口は動くということだ。


 口が動くのなら、を食べることができる。


「今すぐ君たちの母親の元まで案内してくれ。<エリクシード>なら治せるかもしれない」

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