第222話:壁の向こうに
1.side???
運良く見つけた窪みの奥。
追われ、食われる寸前に二人が逃げ込んだその窪みはサイズの関係でドラゴンは入ってこられなかった。
しかし少しでもその窪みから出ようものなら一瞬にしてその鋭い牙で噛みちぎられる。
その確信が少女――ライラにはあった。
目を引く綺麗な銀髪に、浅黒い肌。
そして長い耳。
優れた身体能力と、人間に比べれば遥かに優れている魔力適正。
ライラはダークエルフだった。
厳密には、ダークエルフと人間のハーフなのだが。
彼女には瓜二つの姉がいる。
名をナディアと言い、二人でパーティを組んで探索者をしているのだが――
今はそのナディアが生死の境を彷徨っていた。
<龍の巣>の2層目からはドラゴンの中に毒を持つものが混じるようになる。
爪、牙、ブレス。
全てに毒属性が付与されていて、この世界では治療方法も見つかっていないのだ。
当然の話である。
<龍の巣>は一層目すら突破されていない超高難易度ダンジョン。
正しくは、二層目へ行ってしまった探索者が一人も帰ってきていない超高難易度ダンジョンなのだから。
そんな毒を、ナディアは妹であるライラを庇って受けてしまった。
放っておけば数十分も経たないうちにナディアは死んでしまう。
しかしライラには一人で2層目のドラゴンを退けるだけの力はない。
「ごめんなさいお姉ちゃん……! わたしが調子に乗って2層に行くなんて言ったから……!!」
涙まじりの謝罪はしかし既にナディアの耳には届いていない。
意識も失い、体温も徐々に下がり始めていた。
荒かった呼吸は静かになりつつある。
それは症状が治まってきたわけではなく、体力そのものが尽きようとしているからだ。
「やだ……やだよお姉ちゃん……お姉ちゃん……!」
解毒魔法と治癒魔法を交互にかける。
ライラの魔法の実力は決して低くはない。
ダークエルフはエルフに比べて魔法への適正が若干低く、その分身体能力へと特化している。
それでもライラは同年代のエルフに比べても遜色ないほどの魔法を扱えた。
人間に比べれば遥かに高水準。
しかしそのライラの魔法はどれもナディアを苦しめる毒の効果を薄めるほどには至らなかった。
どころか――
――ひた、ひた、と人の足音のようなものがライラの耳に届いた。
エルフもダークエルフも、獣人ほどではないが聴力は高い。
なので取り乱していても辛うじて聞き取ることができたのだろう。
治癒魔法、そして解毒魔法の魔力に反応した
「う……そ……」
1体ならば2層の竜人とは言え、ライラでもなんとか対処できただろう。
しかし、ドラゴンは個体によってまちまちだが、人に近づいた竜人は基本的に群れる。
まず一体で行動することが無いのだ。
当然、ライラを睨む竜人も1体ではない。
4体だ。
仮に竜人を振り切って逃げたとしても入口にはドラゴンが控えている。
それに、姉を捨てていくわけにもいかない。
震える腕を気力で抑え、前衛を務める姉の剣を借りる。
ライラは基本的に弓を射って戦うスタイルなのだ。
剣の腕に関しては、探索者でない男性にも劣る程度。
(――それでも……!)
「お姉ちゃん、力を貸して……!」
次の瞬間。
入口で陣取っていたドラゴンが勢いよく真横へ吹っ飛んでいった。
驚きの声をあげる暇もなく、黒い風のようなものがそのまま物凄い勢いで窪みの中へ入ってきて4体の竜人をあっという間になぎ倒す。
「間に合った……のかな?」
一目で業物とわかる剣を鞘に収めながら、ツンツンした黒髪の青年はライラを見て気の抜けた声でそう言うのだった。
ライラを見て、というか、ライラの胸を見て、なのだが。
ダークエルフは豊満な体を持つ女性が多い。
男性は筋骨隆々だ。
そしてライラもその例に漏れず、かなりのものを持っていた。
胸へ視線が注がれるのは彼女も慣れていたが、自分と姉の危機を救ってくれた恩人だということと、そこらにいる男と変わらない視線を送ってくるただのスケベだということが頭の中でごっちゃになって混乱するのだった。
2.
「……こっちか!」
微かに魔力を感じる。
感じからして、治癒魔法でも使っているのだろうか。
俺もしょっちゅうスノウたちに治癒魔法をかけられる立場なのでわかるのだ。
だとしたらまず間違いなく怪我はしている。
しかもこのドラゴンやらドラゴニュートやらが出てくるような危険なダンジョンで、だ。
運良く安息地にでも逃げ込めていればいいが、そうだとしたら悲鳴は上がらないだろう。
希望的観測はやめて急ぐしかない。
魔力を感じると言っても、ドラゴンの魔力が大きいせいですぐに見失いそうになってしまう。
聴力を限界まで強化する。
魔力を一点に集中させて局所的な強化をする、というのも久しぶりにやる気がするな。
最近では魔力が大きくなりすぎてそれをする必要がなくなっていたからだ。
人には本来聞き取れないような音波(?)まで聞こえているのか、激しい耳鳴りのようなものに襲われるがそれを気合いで我慢して周囲の音を拾う。
――ったく、またあのバカは向こう見ずに飛び出して……そういうところがいいんだけど。
――それを悠真の前で言ってやれば喜ぶと思うんじゃがなあ。
――でもスノウさんがそんなことを言ったら間違いなくユーマは調子に乗るだろうねー。
――夜は大盛りあがりだろうな。色んな意味で。
――あ、あたしは別にそういうつもりで言ってるんじゃないわよ!
特に俺のことを心配してなさそうな女性陣の会話が聞こえた。
もう少し俺自身のことを心配してほしい気持ちと、信頼されているのなら良いかという気持ちと、ツンデレはやっぱり良いなという気持ちがないまぜになる。
それはともかく。
――やだ……やだよお姉ちゃん……お姉ちゃん……!
聞こえた。
だが、スノウたちの声よりもかなり遠い。
普通に走っていったんじゃ間に合いそうにないぞ。
……仕方がない。
声が聞こえた方向、そして魔力のある方向に当たりをつけ、俺はその間にある壁と向き合う。
ロサンゼルスのビル型ダンジョンの時、スノウは天井やら床やらをぶち抜いて俺たちのところまで来たと言っていた。
純粋な攻撃力・破壊力ならばあの時のスノウより今の俺の方が上……なはずだ。
右手に魔力を集中させ、壁をぶん殴る。
ゴッ、と体の奥まで響くような抵抗を感じた後、壁が一気に吹き飛んだ。
ちょうど人一人が通れる程度の穴である。
そこをなんとか潜り抜けた先。
数百メートル先で、小さな窪みを大きなドラゴンが覗き込んでいた。
1層で見た赤い鱗のドラゴンではなく、紫色っぽい……如何にも毒々しい感じのドラゴンだ。
そしてその窪みの中から先程感じた魔力と声が聞こえる。
既に直りかけていた壁を思い切り蹴り飛ばしてその数百メートル、自分の体をかっ飛ばさせる。
ライダーキックみたいなモーションで毒々しいドラゴンを吹き飛ばし、壁に激突したそいつが光の粒になるのを見届けるが先か中にいた4体の竜人もアスカロンから預かった剣で斬り倒した。
「なんとか――」
視線の先にいたのは。
銀色の髪、褐色の肌、長い耳。
そして豊満なおっぱい。
俺の脳裏に一つの単語が過る。
ダークエルフ。
ダークエルフさんじゃないですか!
うひょう! ダークエルフだ!
ダークなエルフだ!
もちろんエルフというのならシエルがいる。
それで不満はない。
しかしそれはそれとして、だ。
シエルは幼女体型なこともあって胸の起伏には富んでいない。
それはエルフの特徴でもあると言っていた。
幼女体型である方ではなく、スレンダーな方だ。
ちゃんと成長した後も幼女体型なのはシエルくらいらしい。
しかしダークエルフは対照的にムチムチな人が多いと聞いていた。
どちらかと言えば魔法よりも肉体的に優れているのがダークエルフだ、と。
それを聞いた時からぜひとも俺はダークエルフをお目にかかりたいと思っていたのだ。
ここまで0.01秒くらいで考えた俺は、平静を装って言葉を続けるのだった。
「――間に合った……のかな?」
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