第221話:スキルの限界

1.



「まず装填前の銃弾に付与魔法エンチャントをして、その弾を<空間袋ポーチ>の入口へ撃つでしょ?」


 その言葉通りに手際よく銃弾に魔力を込め、装填してそれを無造作に撃つローラ。

 空間袋ポーチの中へと吸い込まれた銃弾は、それを外に出すまでは慣性を保存されたままになる。


「まず前提の時点でおかしいだろう。いつの間に付与魔法エンチャントが使えるようになったんだ」

「これは銃弾が特殊なんだよね。ほら、鋼鉄でできた蟻がいたでしょ? あいつの素材から作ってるから……一発辺りが物凄く高いんだよ、この銃弾」


 なるほど。

 ダンジョン産の素材で作ったものならば付与魔法は比較的容易にできる。


 と言っても消費魔力が大きい上に制御も難しいことには変わりないので、まだ知佳や綾乃――恐らくは柳枝さんでもそう簡単にはできない技術だ。


 ローラは持ち前のセンスと努力で成し遂げたということだろう。


「で、


 ローラは右の掌を上に、左の掌を下に向けてそれぞれの掌に空間袋ポーチの出口と入口を作り出した。


 するとローラの左の掌から右の掌に向けて先程放った銃弾が何度も往復することになる。

 上から下へ。

 重力による加速を、ほんの数十cmの間とは言え何度も受けながら無限に落ち続けることになるのだ。


「なるほど……そのまま放っておけばいずれあのとんでもない威力になるってことだな?」

「ううん、ここから――」


 ローラは右の掌と左の掌をぱたん、と合わせてしまった。

 空間袋の入口と出口が限りなく近づいているような状態になる。

 

「それで後はこのほんの少しだけある隙間を魔法で真空にしてあげるんだ。そうすると、大体5分くらいでまで速くなる」


 魔法で真空にする。

 以前、俺が音魔法対策の為にそれをやろうとしたが断念したものだ。


 しかし掌と掌の間にある小さな空間を真空にしてやるくらいなら、なるほどやろうと思えばやれるだろう。


「……そのやり方でなんてそもそも存在するものなの?」


 スノウが疑問を呈する。

 それもそうだ。


 空気抵抗があればその空気抵抗によって速度の上限は抑えられるかもしれないが、それも存在しないのなら理論上は無限に速くなっていくはずである。


 でも光速は超えられないんだっけ?

 その辺の話は知佳か天鳥さんあたりに聞いたら嬉々として教えてくれそうだが。


「うーん、それがボクにもよくわからないんだけど。多分、光よりもずっと遅い速度で頭打ちになっちゃうんだよね」


 理屈の上では無限に加速し続けるはずなのに、速度が頭打ちになる。

 確かに不思議な話である。

 しかしその答えのようなものはシエルが知っていた。


「スキルもイメージの力によってその出力は左右される。恐らく、その速度が人類の想像で到達できる限界なのじゃろうな」

「……そんなことがあるのか」


 人間の想像の限界。

 もちろん、『何かが光速で動くイメージ』というのは誰もができるだろう。

 しかし誰もそれを見たことはないし、本当に光速に達することができると思い込めるはずもない。


 というのは中学生でも知っている理屈だ。

 あれでも、タキオン粒子とかいうのが云々みたいな話を知佳からちらっと聞いた話があるような……仮想のうんたらがどうたらとか言っていた。

 正直話が難しすぎてほとんど覚えていないが、まあそもそも仮想だという話ならばそれを本気でイメージすることはやはり難しいのだろう。


「実際に光以外のものが光速に達したことは無いじゃろうからな。あるいは何かしらの――とでも呼ぶべきような制限がかかっておるか、のどちらかじゃな」

「メルヘンな話だが……有り得ない話ではないんだろうな」

「そうでなければとっくにこの世界は何者かの手によって破壊されていてもおかしくはないからのう」


 事実、今は世界を破壊を目論んでいると言っても過言でないようなセイランとかいう危ない奴が存在するのだが。


「じゃあボクが今よりもっと強い攻撃をしようと思っても無理なの?」

「いっそ、光を撃ち出すようなイメージをすれば光速の攻撃もできるかもしれんが――そこまでいくとおぬしの消滅魔法ホワイトゼロと同じ理論魔法、神話級魔法になってくるからのう」

「へー……それってボクにはできないの?」

「無理じゃな。おぬしの魔力が今の1000倍以上になるのならば可能かもしれんが」

「流石にそれは無理かなあ……」

 

 さっきのより高威力の技を編み出そうとしてるのか?

 流石に無理だと思う……というか、ドラゴン一体の上半身をぶち抜いてなおダンジョンの天井に穴を開けるような威力は十分すぎる程に十分だと思うのだが。


「それを何発もストックしておけば済む話ではないのか? 今のお前はスノウさんたち……には無理としても悠真くんには勝てるかもしれないぞ」

「いやあ、それがは一発ずつしかストックできないんだよね。あとあまり使い勝手も良くないんだ」

「使い勝手が良くない?」

「うん。出した瞬間に銃弾が燃え尽きちゃうから遠くは狙えないんだ。ボクが今空間袋の出口を出せるのは半径12メートルくらいなんだけど、さっきの技の射程もほとんどそれを同じ」

「ふむ……つまり12メートル圏外から斬撃を飛ばせば私でも今のお前に勝てるわけか」

「流石にそれだけ遠かったら普通に銃を撃つけどね?」


 さらっと12メートル以上斬撃を飛ばそうとしている未菜さんだが、この人ならいずれやりかねない。

 ローラに置いていかれてそれで良しとする性格でもないだろう。


 いずれ更にスキルが強化された時、何発も撃てるようになったりするのならば火力面に関しては俺とさほど変わらないようになる。


 消滅魔法ホワイトゼロや全力の魔弾ならば威力も破壊規模も遥かに上回っているが、そうぽんぽん使えるものでもないしな。

 前者はあまり人に見られたくないという意味で、後者は被害が大きすぎるという意味で。


「私も新しい技を考えなければ……秘剣燕返しとか、二天一流とか」


 燕返しはともかく、二天一流ってただの二刀流では?


「真剣白刃取りとかどうです? 相手が剣を持ってないとだめですけど」

「それはもうできる」


 できるんかい。


「やはり覚えるしかないか……天◯龍閃」

「……だめですからね? 俺だってか◯はめ波を我慢してるんですから」

「あたしはいつかエターナルフォースブリザードを使うわ。止めても無駄よ」


 スノウの氷はほとんど『相手は死ぬ』の状態なので常時使ってるようなものだと思うのだが。

 ていうかなんで知ってるんだエターナルフォースブリザード。

 異世界出身の少女が現代日本にかぶれまくっている……




 某不殺の流浪人の必殺技や野菜な星出身の武道家の必殺技は置いといて、ローラの新技が有効なことはよくわかった。

 5分ほどのチャージ時間が必要だとしても、12メートル以内ならばまず確実に直撃させられるというアドバンテージは大きい。

 うっかり12メートル以内にいる時にローラの前で口を開けたりしたら体内に例の銃弾を打ち込まれて即死なんてこともありそうだ。


 ……そう考えるとまじで怖いな。

 あまりに凶悪すぎる。


 未菜さんも必殺技を覚えなければいけない、なんて言ってはいたがそもそも<気配遮断>がその場で使用したにも関わらず四姉妹やシエルが感覚を見失うほどのものになっている。

 不意打ちで付与魔法を乗せた一太刀を浴びせることができればほぼ一撃必殺である。


 そう考えるとこの二人は俺たちの世界に存在する戦力としてはやはりかなり飛び抜けているのだろう。


 俺や異世界出身の人たちを除けば、ローラが1位で未菜さんが2位……あるいは逆というパターンもあるかもしれないが、実力だけを見ればこの二人がワンツーであることは堅いだろう。


 先程からちらほら遭遇するドラゴンもやっぱり特に問題なく倒しているしな。


 複数頭と遭遇した時は俺かスノウのどちらかが1頭を残して処理していたのだが、それすらも必要なさそうだった。


 シエルが足場を作るアシストすら必要なさそうな勢いでローラがドラゴンを撃ち落としたり、未菜さんはもはや壁を駆け上っているのでもはや人間じゃない。


「ビルの屋上までジャンプできるあんたの言うことじゃないでしょ」

「壁を走れた方がスタイリッシュな気はするけどなあ……」


 ほぼ眺めているだけとなった俺とスノウは二人並んで仲良く映画みたいなアクションシーンを見ている。

 シエルは時折サポートをしているのでまだ俺たちほど暇そうじゃない。

 ちょっと羨ましい。


 そういえば、口裂け女も壁を走って登ってきてたな。

 未菜さんがやるみたいに『トンットンッタッ』と軽い感じではなく、『ズドドドド』って感じだったが。

 あっちなら俺もできそうだ。

 

 ――と。


 時折壁に埋まっている例の緑色の鉱石を何とはなしに目で探している最中に、下層へと続く階段を見つけた。

 ドラゴンとの戦闘回数は優に二桁へ到達している頃合いだ。


 なるほど、確かにこれだけ歩いてこなければ階段へ辿り着けないともなれば、たった一層だとしても攻略が難しいというのも頷ける。


 一人で真意層まで攻略してこちらの世界へ来たルルでも、このダンジョン――<龍の巣>を単独での攻略は無理だろう。



2.



竜人ドラゴニュートね。それなりに手強いわよ」


 ということであっさりと2層目は辿り着いた俺たちが最初に遭遇したのは、長い槍を持ち、ドラゴンの翼のようなものが生えたリザードマン……とでも言えば良いだろうか。

 

 それが4体。

 未菜さんが前に出て、ローラが後ろで拳銃を構える。


 俺、スノウ、シエルは何かあったときにすぐにでも間に割って入れるように準備をする。


 音もなく動いた未菜さんの刀が竜人の槍とぶつかり――キン、と澄んだ音と共に槍ごと竜人の体が両断された。

 どうやら付与魔法エンチャントしている刀を振るう未菜さんの前ではあまり意味を為さないようだ。

 

 ローラが拳銃から発射した銃弾が竜人の眼球へ直撃、そのまま頭蓋を砕いて光の粒へと変換された。


 未菜さんもローラも、残りの2体も危なげなく討伐してみせる。

 この調子なら今日中に攻略しきっちゃうこともありそうだな。


「……ん?」


 不意に未菜さんがとある方向へ顔を向ける。

 何かに気付いたようだ。


「どうしました?」

「人の声が聞こえたような……」

「……まさか。一層すら未攻略だったってんなら、二層へ来たのは俺たちが初めてでしょう?」


 しかし人より優れた感覚を持つ未菜さんが言うのなら信用度は高い。

 俺は聴覚を強化し、未菜さんが見ている方向へ集中する。


 すると――



「――――ぁぁ!!」



 確かに、遠くから悲鳴のようなものが聞こえた。

 それも俺の直感が言っている。

 事態は一刻を争う、と。


 

「スノウ、シエル、未菜さんとローラを頼む!」

 

 この中では俺が一番速い。

 間に合ってくれよ……!

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