第219話:手厚い待遇



1.



 色々あって5時間後。

 俺と、付き添いのレイさんとの二人で異世界へ来ていた。


 防壁国家セーナル。

 魔物などの外敵を通さない巨大な結界で国家全体が覆われているという国だ。

 

 しかも面倒なことにこの国、転移石での転移も無効化される。


 セーナルの中からセーナルの中への移動はできるのだが、外部から内部への転移はできないのだ。

 なので結界のすぐ外に転移石を配置し、そこまで飛んだ後に国内へ入るという少々面倒な手順を踏まなければならない。


 ちなみに念話は通る。

 不思議だ。

 

 というわけで国内へ徒歩で入った後は、シエルが現在拠点としている場所の近くに置いてくれているはずの転移石まで飛び、そこからは徒歩だ。


「何者だ貴様ら!! 立ち止まれい!!」


 シエルの魔力を当てに、恐らく拠点としているのであろう巨大な屋敷のようなところに辿り着くと、そこの門番に槍を突きつけられていた。

 全身を鎧に覆っていて、その武器の構えの隙の無さと魔力から、流石にハイロン国の騎士団ほどではないがそれなりの手練であることが伺える。


 レイさんが無表情で懐からナイフを取り出そうとするのを目線で制しつつ、俺は両手をあげて抵抗の意思がないことを伝える。


「シエルの知人だよ。皆城悠真。聞いてないか?」

「ミナシロ……? ハッ! 失礼いたしました! 貴方様がミナシロユウマ様でしたか!! 申し訳ございません!」


 門番さんはすぐに槍の切っ先をさげて敬礼のような仕草をした。

 ハイロンでは普通に宿を取らされていたが、どうやらこの国、セーナルではなかなかの好待遇を受けているようだ。

 

 まさか門番までいるとは。

 自分で雇ったというわけでもないだろうし。


 門番さんが門を開けてくれたので、そのまま中へ入る。

 ドアノッカーを鳴らす前にメイドさんが扉を開けてくれて、そのまま中へ通された。


 そのメイドさんを見てレイさんが「なかなかのメイド力ですね……」とかよくわからないことを呟いていたが、突っ込むのはやめておいた。



2.



「レイも来たのか。それにしても随分遅かったのう、悠真」


 屋敷の中にある部屋へ通されると、そこではシエルが優雅に何かの液体を飲んでいた。

 コーヒーカップのようなものに入っているが、コーヒーのような黒ではなくどちらかと言えば茶色い。

 

 お茶……だろうか。


「まあ色々あってな」

「洗剤の匂いがするのニャ。どうせ直前まで知佳あたりとヤってたのニャ」

 

 ソファでだらけていたルルが案外勘の鋭いことを言う。

 図星である。

 正解は知佳とフレア、だ。


「あまりこういうことを言うのもはしたない話じゃが、わしの分も残っておるのじゃろうな? 別にどうしてもシたいとかそういうわけではなく、魔力の関係の話じゃぞ」

「それは大丈夫」

「……呆れた魔力……というより精力じゃな」


 それはちょっと自分でも思う。


「まあ魔力補給に関しては追々やるとして、そっちの進捗はどうだ? かなり手厚いもてなしを受けてるみたいだけど」

 

 シエルが腰掛けていた丸いテーブルの向かいの椅子に腰掛けると、レイさんがサッとシエルも飲んでいる液体を淹れてくれた。

 ティーポットとティーカップがどこにあるのかを一瞬で把握しているあたり、流石のメイド力(?)である。


「ありがとう」

「いえ、わたくしの務めでございますので」


 匂いは……

 梅昆布茶みたいな感じだな、これ。


 味もどちらかと言えばそれに近い。

 色味が俺の知っている梅昆布茶とちょっと違うのが戸惑いの点だが、これは若干ハーブっぽい香りも混ざっている感じがするので別物として考えれば普通に美味いな。


「確かに手厚いが、むしろ監視されているようなもんじゃな、これは」

「……監視?」


 不穏当な響きに眉を顰める。


「当然じゃろ。つい先日、ハイロンでクーデターを起こしておるからのう」

「あー……そういうことか」


 この国でも自由に動かれてクーデターとかされたら困る、ということだろう。

 一種の軟禁みたいなものだな。

 国家としては当然の措置だ。


「もしかしてこの国もクーデターを起こされかねないようなクソ野郎が上に立ってるとか?」

「いや、セーナルは共和国じゃ」

「へえ……そんじゃ国民投票とかか?」

「じゃな」


 なるほど。

 聖王みたいに権力と金の力だけでのし上がった豚が出来上がるようなことはなかなか無さそうだ。

 

「ま、じゃからこそ政治的運動に関しては影響力の強い者は警戒される。わしがこうされるのも無理のない話というわけじゃ」

「まあ……俺でもそうするな」


 シエルの影響力は恐らくこの国でも相当なものなのだろう。

 そんな彼女が今の君主のことを都市部で悪く言ったりしようものなら……ということだ。


「それから、わしがここにいるということも基本的にはトップシークレットじゃ。じゃからハイロンの時のように空気の読めん権力者が会いに来るということもない」

「へえ、そりゃいいな」


 あ。

 だから門番の人はあんなに怒ってたのか。


 俺、あの屋敷の前で「こんな屋敷を用意してもらってんのか、シエルのやつ」とか普通に言ってたからなあ。

 そりゃよくわからん奴が秘密になっているシエルの居場所を知っていればああいう反応にもなるという話だ。


「で、<滅びの塔>の方じゃが……まあ特に問題は無さそう、というのが一応の流れじゃな」

「へえ、ハイロンみたいにゴネたりする様子はないのか?」

「もちろんその代わりとして幾つか条件は出されておる。じゃから一旦保留しておる段階じゃな」

「条件?」


 シエルは優雅な仕草でティーカップに唇をつける。

 

「うむ。まず一つは10年に一度行われる、世界中の主要国家の首脳が集まる世界会議にわしも出席することじゃ」


 世界会議て。

 G7のサミットみたいな感じかな?


「それになんでシエルが?」

「わしはどこの国にも属しておらんという扱いじゃが、影響力は大きいからのう。実は100年ほど前からずっと誘いは受けておった」

「それを断ってたのか」

「面倒じゃからのう」


 なんでもないようにシエルは言い切った。

 面倒くさいから世界会議を断るとは、どんな大物だよ。

 いやまあ大物なことは間違いないのだが。


「次にやるのはいつなんだ?」

「1年後……じゃが、それよりも先に行われるじゃろうな。世界が滅ぶという話は既に各国に通してあるからのう。そういう意味では、どのみちわしも出なければならん会議だった。この条件はこっちとしては実質無条件みたいなもんじゃ。儲けもんじゃな」

「……俺もついていこうか? シエルだけに負担をかけるのもな」

「最初からそうするつもりじゃよ。おぬしと……そうじゃな、できれば知佳かウェンディが欲しい」


 まあその辺りだろう。

 俺がいればシエルはほとんど無限に魔力を使えるし、知佳もウェンディも頭がキレる。

 そもそもシエルだって切れ者の部類に入る方だしな。


「二つ目の条件はわしが最低でも10年に一度はこの国を訪れることじゃ」

「その心は?」

「滅多にどこかの国に立ち寄ることをせんからな、わしは。定期的に交流を持っておきたいということじゃろ。それにしても10年とはなかなか強欲なものよ。100年に一度ならまだしも……」

「いやあ……人間の感覚で言えば10年もかなりエルフに合わせて妥協してると思うぞ?」


 シエルからしたら10年なんてあっという間なのかもしれないが。


「それに関しては特に異論はない感じなのか?」

「この先50年くらいは保証してやるつもりじゃ」

「まあ、それくらいが落とし所か」


 全て受け入れると言い出すとどんどん調子に乗って条件を突きつけてくるかもしれないしな。

 その辺りのバランス感覚はシエルに任せるとしよう。


「三つ目は今後1年間分の<滅びの塔>周辺から採掘できるはずだった魔石の補填じゃな」

「……1年間ってのはなんでだ?」

「世界が滅びる、という話を鵜呑みにするとしても、この国の<滅びの塔>を優先的に破壊するとなれば他国との差が出る。わしの考えではこの世界の<滅びの塔>を破壊し終えるまでに約1年じゃ。そこをすり合わせた結果じゃな」


 なるほど、つまり他の国の<滅びの塔>を破壊し終えるまであるはずだった採掘量を担保しろ、と。


「破壊しニャきゃ世界が滅びるかもしれないっていうのに、がめつい奴らニャ」


 ルルが珍しく文句を言った。


「しかしわからん話でもないからのう。流石にすぐに用意することはできんが、まあ採掘量もそんな飛び抜けて多いわけでもないからのう。なんとかならん程でもないじゃろ」

「……だな。幸い、真意層の守護者ガーディアンは復活するってこともわかったんだ。でかけりゃでかいほど指数関数的に保有エネルギー量も増えるんだし、そう大した問題じゃなさそうだ」


 しかしスキル強化と言い1年分の取引と言い、魔石がどんどん必要になっていくな。

 今まで通りにやっていても十分賄えそうな話ではあるのだが。


「そして最後の一つ」

「まだあるのか」

「これが一番厄介ではあるかもしれんのう」

「……なんだ?」

「セーナル国内にある<龍の巣>と呼ばれるダンジョンを攻略して欲しいそうじゃ」

「ふぅん……? 別にどうってことないんじゃないか?」


 今更ダンジョンを攻略するのなんてそう難しい話でもない。

 簡単だとは言わないが、四姉妹に加えシエル、そしてルルや場合によってはレイさんと言ったかなりの戦力が整っているのだ。


 <龍の巣>というからにはドラゴンっぽいモンスターが出てくるんだろうとは予想できるが……


「そう簡単な話でもない。なにせ<龍の巣>は未だ1層すら攻略されていないダンジョンな上に――出てくるのは当然、ドラゴンじゃからな」

「……ドラゴンだって言ったって、スノウたちやお前の魔法ならイチコロだろ?」

「ドラゴンの鱗は特殊じゃ。魔法に高い耐性を持っておる。流石に普通に湧いてくる雑魚ドラゴンにあの聖王の成れの果てほどの耐性はないとは思うが……」

「……ボスとなると話は変わってくるってわけか」

「そういうことじゃな。つまりおぬしの頑張り次第じゃ」

「ふぅん、なるほどね……」

「……なんかおぬし、目が輝いていないか? 気のせいか?」


 俺はそれを聞いて口の端を吊り上げる。

 

「おいおい、愚問だな。男の子はみんなドラゴンキラーに憧れるのさ」


 しかも如何にも異世界! 如何にもファンタジー! って感じじゃないか、ドラゴンって。

 テンションが上がらないはずもない。


 写真とか撮っていいのかな。

 ていうか動画に撮ってアップロードしたらめちゃくちゃ視聴回数が稼げそうだ。


 だってドラゴンだぞ、ドラゴン。


「くっくっく、親父にも自慢してやろう」

「……おぬしの父親はわしと一緒にかなり大きめのドラゴンと戦っておるのじゃが」

「はっ! そうだった!」




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作者です。

前話の最後から続く話はR18な意味で規約に引っかかるのでカクヨム掲載できないのですが、作者Twitterをフォローなりブラウザブクマなりおくと明日か明後日あたりに良いことがあるかもしれません。

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