第218話:取引内容

1.



「ライフルを持ったモンスター? んなもんサクッとぶっ倒しちゃえばいいでしょ。知佳も綾乃もただの鉄砲で撃たれたって避けるなる受けるなりできるわよ」

「無理無理」


 スノウの暴論に俺が何か言うより先に知佳が否定した。

 転移石で戻ってくると、リビングで英語の勉強をしていたのだ。

 ……いや待てよ、これ英語じゃないな。

 フランス語……か?


 まさか英語はもうマスターしたとでも言うのだろうか。

 俺より先に?

 嘘だろ?

 

 知佳や天鳥さんを始め、偏差値の高そうな周りの人たちの中で唯一スノウだけは俺と同じくらいだと信じていたのに。

 ルル? あいつはまあ……


 勉強をするスノウのお世話(?)をしていたレイさんが俺たちにも紅茶を淹れてくれたので、ソファに座って話すことにする。


「普通のライフルじゃない可能性もあるからな。めっちゃ早いとか、めっちゃ威力が高いとか。流石に二人を守るのは無理だと判断したんだ」

「ふーん。じゃ、じゃあ今度はあたしがついてってあげようか? どうしてもって言うのなら仕方がないからついてってあげるわよ」


 ツンデレみたいなことを言うスノウ。

 まあ本当にツンデレなのだが。


「そうしてもらえると助かるよ。とりあえず明日はシエルたちの方に顔を出すから、また次の機会にな」

「まあそこまで言うなら仕方がないわね!」


 そこまで言ってはないが。

 一瞬からかってやろうかと思ったが、後が怖いのでやめておく。

 基本俺の方が立場が弱いのだ。


 ……ベッドの上以外ではな。


「なにしたり顔してんのよ。キモいわよ」


 ジト目でスノウに睨まれる。

 つ、ツンデレ……なんだよな?

 デレ……どこ……?


「まあでも、知佳と綾乃が怪我したら大変だものね。あんたがするのならともかく。あんたがするのならともかく」

「なんで二回も言った?」

「大切なことだからよ」


 ひどい。

 しかし悲しいかな、事実でもあるのだ。


 俺は魔力の都合で体が頑丈だから、お腹に穴が空いても即死はしない。

 治癒魔法が間に合えばなんとかなる。

 

 実際そうだったからな。


 しかし知佳や綾乃は頭部でなくとも当たりどころによっては治癒魔法すら間に合わず死んでしまう可能性がある。

 

 俺の治癒魔法は大したことないしな。

 大抵の敵はどうとでもできる自信があったが、まさかライフルを持った敵が出てくるとは……


「あ、そうだ。口裂け女の魔石、ちょうど3つあるし俺たちで分けちゃうか」


 何故か3姉妹だったからな。

 人型の、それも見た目が女なのは勘弁してほしいものだ。


 相手がモンスターだとわかっていてもちょっと躊躇しちゃう。

 これがセイランなら遠慮なくぶっ飛ばせるのだが。


「私は何もしてないからいい」

「あ、私も……悠真くんに抱えられて逃げてただけ……ですし……」


 途中で綾乃が顔を赤くして自分の胸を隠すようにした。

 そういえば抱えて逃げてた時、で結構揉んでしまったからな。


 やっぱり申し訳ないから綾乃には一つ渡しておこう。


「…………」

「…………」

 

 綾乃も特に遠慮しないで受け取ってくれた。

 顔は真っ赤だが。


「知佳は本当にいらないのか?」

「……やっぱちょうだい」


 どこか不服そうに知佳も受け取る。

 いや、俺は別に大きいのも小さいのも好きなのだが。


 でもああいう場面になると、知佳の場合はまずどこにあるのか探らないといけないが綾乃は適当に手を動かせば勝手にヒットする。

 いやまあ偶然なんだけどね?

 偶然なのだが、そういうこともあるってことだ。


 だから俺が悪いわけじゃない。

 そう、俺が悪いわけではないのだ。


 だからそんな睨まないでください。

 ごめんなさい。


 

 冗談はさておき。


 それなりの大きさの――売れば200億以上にはなりそうな魔石をそれぞれ取り込む。

 お金が必要になったらどうせ守護者ガーディアンは復活するんだし、また取りに行けばいいだろう。


 で、だ。


 スノウがどこか期待するようなトーンで訊いてくる。

 それが顔に出ないようにしているのか、どこか仏頂面なのだが。


「何か変わったの? あんたの召喚術サモン

「うーん……」


 特に何か変化があるようには思えない。

 まあこれは念話ができるようになった時もそうだったのだが。


 試しにスノウへ念話を送ってみる。


(スノウ、お前は仏頂面してても可愛いな)


「はあ!?」


 ソファに座っていたスノウが顔を真っ赤にしてずり落ちた。

 

「念話の聞こえ方に差はあったか?」

「な、無いわよ!」


 なるほど、念話方面に強化は無い、と。

 となるとやっぱり召喚サモンそのものに変化が出ているのだろうか。


 とは言っても召喚対象がいないんじゃなあ……


 まあ、明日にはシエルたちのところへ行くんだしその時に試してみるか。

 この世界ではもう召喚対象がいなくても、異世界ならいるかもしれないからな。


「知佳はどうだ?」

「私も特に」


 どうやら大した変化はないようだ。

 となれば綾乃だが……


「うーん、私もこれと言って……」


 どうやら今回は誰も新たな能力を手に入れられなかったようだ。

 まあ、ゲームでもレベル1からレベル2に上がる時より、レベル2からレベル3に上がる時の方が必要な経験値多いしな。


 もしかしたらそれと同じでどんどん必要な魔石の量が増えていくのかもしれない。

 すると傍らで控えていたレイさんがそろそろと手を挙げる。

 

 

「あの、旦那様。わたくしもダンジョンへ単独で潜って、魔石を調達して参りましょうか? 魔法は使いませんので、旦那様がお近くにいらっしゃらなくともわたくしは戦えますし……」

「あー……いや、大丈夫。レイさんが強いのはわかってるけど、やっぱり一人でっていうのは心配だし。スノウたちがついてくのなら別だけど」


 スノウたちは俺が近くにいないと弱体化する。

 とは言え、それでも十分に強い。


 姉妹全員+近接で戦えるレイさんがいれば通常層くらいならほとんど問題なく攻略できるだろう。

 

 というか通常層のモンスターなら多分レイさんが単独で倒せる。

 相性さえ悪くなければ、だが。


「あ、レイ。紅茶のお代わりちょうだい」

「かしこまりました、スノウお嬢様」


 レイさんが嬉しそうに返事をして紅茶を淹れに台所へ向かう。

 ……ぶっちゃけ俺はまだメイドさんがいる生活に若干慣れていないのだが、元々レイさんのいた四姉妹は元より、そもそも図太い知佳やルル、そういうのに慣れてそうなシエルは結構簡単に順応してしまった。


 戸惑っているのは俺と俺の両親、そして綾乃くらいである。


 命令されることに喜びを感じている節があるので遠慮をする必要はなさそうなのだが……

 まあ、追々慣れていけば良いだろう。

 


2.



「知佳さんの影法師が効かないモンスター……ですか?」


 知佳と綾乃と共に行ったダンジョン攻略の翌日。

 自室でダンジョン用武器所持資格更新の為の勉強をしていると、フレアが部屋に入ってきたので昨日、知佳の影法師が何故か口裂け女に効かなかったことを話して聞かせる。


 魔法やスキルのことに関しては当然俺より詳しいだろうしな。


「考えられる可能性は二つですわ、お兄さま」

「二つか」

「まず、知佳さんのスキルの力がそのモンスターに及ばなかっただけ、というものです」

「まあ、相手は守護者ガーディアンだし有り得ない話ではないよな」


 強化されたボス級のモンスターだ。

 3体いたとは言え、1体1体が弱かったわけではない。

 知佳や綾乃は魔力量にしては強い方だが、それでも未菜さんやローラなどの最上位層に敵うかと言われれば流石に疑問符が残るところだ。


「そしてもう一つは相性ですわ」

「……相性?」

「お兄さまの<魔弾>や<消滅魔法ホワイトゼロ>は魔力をそのままエネルギーとして出力しているようなものなのでいわば『無属性』ですが、知佳さんの<影法師>は陰陽で言う『陰』だったり『闇』だったりのイメージが付き物ですよね?」

「確かに」


 説明しているうちに興が乗ってきたのか、眼鏡を創造魔法で創り出してかけるフレア。

 正直かなり似合っている。

 天鳥さんの<創造>と比べて簡易的なものしか創れない創造魔法ではあるが、どうやら眼鏡くらいなら再現できるようだ。


「口裂け女……というものがフレアはどんなものなのかあまり存じていないのですが、お兄さまのお話によればお化けとか妖怪とかその手の類なのですよね?」

「まあ、区分するならお化けとか……都市伝説とかだろうな」

「そういうものはやはり暗いイメージ……『陰』や『闇』などを連想すると思います。同じような属性同士はスキルや魔法が効きにくくなったりするんですよ」


 フレアは両手で人差し指を立てて、それぞれの指先に炎を出した。

 そして人差し指同士を合わせると、それぞれの炎が絡まり合って少し大きなものとなる。


「フレアの炎も、相手が炎や熱いイメージを持っているとこのように大きくしてしまうという結果になりかねません。もちろん――」


 右手の人差し指から吹き出る炎が強くなり、左手の人差し指の炎が完全に飲み込まれる。

 その炎も消して、怪しく微笑む。


「それを意に介さないほどの火力で飲み込めば問題はないのですが」

「な、なるほど……」


 要するにRPGとかで同属性相手や不利属性に攻撃すると半減されたりするようなイメージか。

 フレアで言えば、炎に対する水みたいな。


 ……そういえばスノウとフレアだとどちらが有利でどちらが不利なのだろう。


 そういう次元を超越しているところにいそうな気もするが。

 

 そもそもフレアの火がただの水で消えるとは思えないし、逆に言えばスノウの氷もただの炎では溶けたりしないだろう。

 

 なんてことを考えていると、SNSの着信が鳴った。

 どうやら俺のスマホからではなく、フレアの持つスマホからのようだ。


 異世界人がこの世界の文明の象徴とも言えるようなスマホを使っているのを見るとなんとなく感慨深いものがあるな。

 まあ俺が作ったもんじゃないけどさ。スマホもこの文明も。


「ちょっとすみません」


 フレアがスマホをちらっと見て……

 パァッと表情を輝かせた。

 え、なに?

 どうしたの?


「お兄さま、少し待っててくださいね!」


 そう言い残して勢いよく部屋から飛び出していった。

 な、なんなのだろうか。


 フレアのあんな嬉しそうな顔…………割と頻繁に見るな。

 俺にひっついてる時とか。

 でもそうじゃないときにする表情としては珍しいかもしれない。


 ……まあ、フレアの考えていることを理解するのは俺には一生無理そうだし、気にするだけ無駄か。


 勉強の続きをするとしよう。

 

 ――と思っていたのだが。

 しばらくすると知佳が部屋に入ってきた。


 いや、知佳だけではない。

 フレアもだ。


 しかも……

 セーラー服を着て。


 もう12月だが、夏用のセーラーなのか白の半袖のものだ。

 スカートは膝上くらいで、階段の下から登ったらパンツが見えそう。


 ていうかかわいい。

 え、かわいいんだけど。

 

 でもどういうことこれ。

 一体何が起きているんだ。

 

 また綾乃の幻想で過去へ飛んだのか?


「……どういうこと?」

「これ、私が高校生の時に来てたやつ。学章も」


 ……多分、高校からサイズは一切変わってないんだろうな。


「そして知佳さんとの取引で、フレアのも用意してもらったのです!」


 えへん、とフレアが胸を張る。

 あれは知佳のもの……ではないな。

 多分新しくセーラー服を取り寄せたのだろう。


 フレアも滅茶苦茶似合っている。

 赤髪な上に日本人……どころか人間離れした美貌を持つ彼女だが、どうやらセーラー服に関しては人を選ばないらしい。

 かわいい。


 なんだこれは。

 天国か?


 そもそもセーラー服って高校生じゃなくても買えるんだな。

 いや、当たり前の話ではあるか。


 錯乱しているのだろうか、俺。

 

 ていうか取引ってなんだろう。

 俺の知らないところで何かが行われている。


 そして知佳は手に持っていた紙袋を差し出してきた。


「……それはなんだ?」

「学ラン。サイズはぴったりなはず。着て」

「…………高校に潜入でもするのか?」

「なんで?」


 知佳は不思議そうに首を傾げる。

 なんでもなにも、高校生の格好をさせられるからだろう。


 まあ俺の通ってた高校は学ランではなかったのだが。


「どういう風の吹き回しなんだ」

「楽しそうだから。それにこういうの好きでしょ?」


 好きです。


 それでピンと来た。

 昨日のダンジョン、ついてきたがっていたフレアが黙ったのがこのか。

 

 あーなるほどね……


 ……俺が一番得してるな?

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