第217話:町並み
1.
「はやっ! あいつ足速すぎだろ!!」
知佳と綾乃を抱えてダッシュで逃げる俺の後ろを口裂け女が無駄に綺麗なフォームで追いかけてくる。
カーブミラーで後ろを見た感じ、意外とあんまり距離を開けられてないぞ。
「悠真、もうちょっと揺れないように走って」
「ああああの悠真さん!? て、手が触っちゃいけないところに! 触っちゃいけないところに触れてます!!」
知佳の言うことはともかく、綾乃に関しては気付いているが抱え直す余裕がない。
別にこれ幸いにと思って揉みしだいているわけではない。
断じて。
「口裂け女は100メートルを3秒で走れるらしい」
俺の100倍くらい冷静な知佳が雑学を披露してくれた。
100メートルを3秒って、探索者の記録含めてもぶっちぎりで世界新だな。
知佳と綾乃を抱えながら走っている分、俺の脚力でもぶっちぎれないのも頷ける話だ。
「ていうかマジでこええなあいつ! 転移召喚する暇も与えてくれねえし!」
念話も転移召喚も動きながらはちょっと難しいのだ。
正面きって戦ってもしょせんは
倒せないこともないだろうが、初手で思わず逃げてしまったせいで立ち止まって応戦する暇がない。
だってめちゃくちゃ怖えんだもん、あいつ。
「知佳、綾乃、歯ぁ食い縛っとけよ!!」
ぐっ、と膝を折り曲げて上を見る。
これくらいなら二人抱えた状態でもなんとかなるだろう。
「――――~~~~!?」
ドンッ、と足の裏でコンクリートを踏み割る感触。
綾乃が器用に口を閉じたままあげる悲鳴を聞きながら、俺はビルの上まで跳躍した。
着地して、下の様子を窺うと口裂け女は忌々しげ(?)にこちらを下から睨んでいる。
「……流石にこっから魔弾なりぶち当てれば倒せるだろ……」
知佳と綾乃を降ろし、右の掌に小さな魔弾を作り――
俺はあんぐりと口を開けた。
なんと口裂け女がビルの壁を駆け上ってきたのだ。
「おいおいおいおい!!」
慌てて壁から離れると、勢いあまって10メートルくらい空を駆け上っていった口裂け女がビルの屋上へと着地する。
そして真っ赤な口をぱっくりと開いた。
「ねエ、わたシ、きレい……?」
こ、こんなのと近距離で戦いたくないんだが。
「あ、そういや……知佳。口裂け女ってなんか弱点みたいなのあったよな?」
「べっこう飴が好きらしい」
「持ってたりするか?」
「持ってるわけないでしょ」
だよな。
砂糖を溶かせばべっこう飴っぽくなるかもしれないが、そもそもそれを取り出す隙を与えてくれるかは微妙なラインだ。
「あともう一つ明確な弱点がある」
「ならそっちを先に言ってくれないかなあ!?」
口裂け女は答えない俺たちに焦れたのか、どこからか取り出した包丁を構えてゆらりと動いた。
「ポマード」
知佳がそれを口にすると、口裂け女はぴたりと動きを止める。
ポマード……?
それって昔のワックスみたいなやつだっけ。
「口裂け女は整形に失敗した女の成れの果てという説がある。その整形をした医者がポマードをべったりと付けた男だったから、ポマードが苦手だって」
「物知りなことだな……」
口裂け女が頭を押さてえ呻き出した。
「ポマー……ド……ポ……マード……ォォォォォォ……!!」
綾乃が怯えるように一歩後ろに下がる。
まるで地の底からはいでてくるゾンビのような声音で苦しむ口裂け女。
「……なあ、なんか嫌な予感がするんだが」
「奇遇」
知佳がなんでもないようなことのように言う。
「私もそんな気がしてきた」
「ポマードォォォォォ!!」
包丁を構えて、恐らく弱点であるポマードを口にしたからだろう、知佳めがけて突進する口裂け女の顔面に蹴りを食らわせる。
ぐちゃべき、みたいな嫌な感触が足裏から伝わってきたが、気にしないようにしよう。
人型……それも口が裂けているとは言え女を足蹴にしてしまった。
夢に出てきそうだ……
「やーん怖い」
「嘘つけ。とりあえず俺の裏に隠れてろ」
棒読みで怖がる知佳の前に進み出る。
綾乃は何も言わないでも完全にビビってるのでやりやすいが……
「悠真大変。あいつ影での拘束が効かない」
「……そりゃ本当に大変だな」
どういう理屈で俺の動きすら止められる影の拘束が効かないのか。
その辺りの謎を解明してみたくもあったが、舐めプして下手なことになるよりは速攻で処理してしまった方が手っ取り早くていいだろう。
俺に思い切り蹴られた口裂け女はゆらりと立ち上がった。
口以外は無事だったのに、蹴りが当たった頭の部分が陥没していて実にグロい感じになっている。
「ねえ、わたシ、きれ――」
「悪いが、趣味じゃねえな」
最後まで言い切らせることなく、口裂け女の体を魔弾で吹き飛ばした。
血肉が降り注ぐ――なんてことはなく、モンスターを倒した時らしくちゃんと光の粒になって消えてくれたのは本当に助かった。
「……ふう」
「悠真が女の人を振ったの初めて見たかも」
「俺をなんだと思ってるんだ」
流石にアレを受け入れるのは無理だ。
だってモンスターだし。
お決まりの言葉を発するだけで知性はないようだったのでどうすることもできないしな。
「し、新宿ダンジョンってこんなに怖いところだったんですね……」
「俺もここまでマジで怖かったのは初めてかもなあ……」
赤鬼だったり天狗だったりも初遭遇の時は怖かったが、あれは勝てなさそうで(結果的には楽勝だったのだが)怖かっただけだし。
さっきの口裂け女はまず勝てることがわかっていても怖かった。
お化けは殴れないから怖い、みたいな論調をたまに目にするが、俺はそれに異を唱えよう。
殴れても怖いよ、お化け。
――と。
ギィ、と音を立てて屋上から階段へと続く扉が開いた。
そこに立つのは、赤いコートに大きなマスクを付けた黒髪の女性。
冷や汗がたらりと背中を流れるのを感じる。
女はマスクを外して、こう言うのだった。
「ねえ、わたシ、キレい?」
2.
「口裂け女が三人姉妹とか聞いてねえよ……」
「四姉妹じゃないだけマシ」
「……仮に四姉妹だったら絶望ですね」
ツンデレとヤンデレとクーデレとデレデレな超強い四姉妹なんだろ? 知ってる知ってる。
だとしたら俺たち全滅してるけどな。
結局、あの後もう二人の口裂け女を討伐してようやく次層への階段が出現したのだ。
知佳は知らなかったようだが、口裂け女には三人姉妹だという説もあったそうだ。
綾乃が後で思い出して教えてくれた。
そしてせっかくだし次層を少し探索してから帰ろうということで、新宿ダンジョン13層目。
そこは東京は東京……だと思うのだが。
昭和な町並みになっていた。
戦後数年……くらいだろうか。
新築の建物が多いような気がする。
でも案外木造っぽくない建物も多いな……
そんなもんなのかな?
もちろん人はいないのでその辺りの判断は難しいのだが。
「あ、見てください悠真くん、知佳ちゃん。駄菓子屋さんがありますよ!」
「すこんぶみたいなやつに、謎の飴……干したさつまいもみたいなのもあるな。値札が貼ってあったら時代背景もわかりそうなもんなんだけどな」
駄菓子屋で売っている駄菓子の値段を見れば、なんとなくの物価もわかる。
俺もそこまで詳しいわけではないが、知佳と綾乃ならそこからどれくらいの年代かを考えられるだろう。
「この駄菓子屋はまだ砂糖が規制されてる時代なのかも」
店内のラインナップを眺めていた知佳がぽつりと呟く。
「砂糖が規制?」
「戦後すぐくらいは砂糖も貴重だったから。体に悪い甘味料なんかが使われてたり」
「むぐっ」
何やら飴っぽいものを舐めていた綾乃が変な声を出して動きを止めた。
「一つくらいなら平気だと思うけど」
綾乃は微妙そうな表情を浮かべて、ちょっと考えた挙げ句ぺっと吐き出して炎魔法で燃やして灰にするのだった。
店の外へ出て、改めて町並みを見てみる。
「……電柱とか普通にあるんだな。建物も案外近代的だし」
「多分だけど、時代背景はあまり統一されてない。戦後すぐから70年代、80年代あたりのものまで混ざってるように見える」
「ふぅん……」
俺にはさっぱりわからんが、まあ知佳が言うのならそうなのだろう。
さっき入った駄菓子屋はたまたまその幅の中でも古いものだったということか。
「せっかくですし、何か美味しいものがあるといいですねえ」
「食い気ばかりだな、綾乃」
「えっ? い、いえそんなことないですよ?」
「でもさっきも飴を舐めてたし……」
「大丈夫。綾乃の栄養は全部おっぱいに行くから太らない」
「もう知佳ちゃんまで! 知らないんですからね!」
……しかし確かに綾乃って結構食べる方なんだよな。
甘いものとかもよく食べてるし。
それでも全く太る気配はない。
本当に全ての栄養がおっぱいへ行っているのだろうか。
人体の神秘である。
あとでしっかりと触診して確かめるべきかもしれない。
ちなみに俺も最近結構食べるのだが、太る気配はない。
結構というか、食べようと思えば無限に食べられるのだ。
なんでも食ったものが傍から栄養と魔力として吸収されているらしいのだが、つまるところ魔力が多い人間は太りにくいということなのだろうか。
思い返せば俺の周りの魔力が多い人はみんなスリムな気がするな。
親父ですらあの年齢で腹が出てないし。
あの年齢って言っても肉体年齢は30代前半くらいらしいからまだ出てないだけかもしれないが。
うーむ、まだまだ魔力に関してはわからないことばかりだな。
なんてことを考えていると、前方に緑色っぽい軍服を着た人……人型のモンスターが二人いるのが見えた。
ライフルのような銃を持っていて、明らかにこちらを見ている。
もしかしてアメリカ兵だろうか、と思って顔を見てみれば見事なのっぺらぼうだった。
「……ていうか、銃相手かよ」
流石にこれは知佳と綾乃を守りきれる自信がないな。
手を挙げても意味はないんだろうし。
俺は知佳と綾乃の手を握って、転移石を発動させるのだった。
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