第214話:新たな力

1.


 その後、会議は天鳥さんがスキルブックによって得た情報をどこまで公開するかというものにまで発展していった。


 結果だけを述べると、


 まず真意層のモンスターを倒すことによって一定確率でスキルブックを入手できる、という情報を公開するのは各国の最上位ランク探索者のみ、ということになった。


 日本で言うならば一級探索者のみである。

 知佳や未菜さん、柳枝さんがそれに該当する。

 

 実力の無い者へこの情報を流すことによって真意層へ無謀な挑戦をしないように、という計らいである。


 人の口に戸は立てられないと言うし、いずれ情報は流出するだろうが……

 基本的にはどの国でも噂レベルに留まるので気にしなくて良い、とのことだった。

 あまり詳しく聞くと色んな国家の闇を垣間見ることになりそうだったのでやめておいたが。


 そしてスキルの強化法については全世界へ公開することになった。

 これも最初はある程度の制限を設けた方が良いとの意見も出たのだが、状況が状況だ。


 この世界の人々――特にスキルを持つ人々が強化されることに関しては、多少のデメリットを無視してでも推し進めるべきだという結論に達した。


 そして最後に、スキルブックにはがあるかもしれない、という件についてだが――

 これに関しては各国のダンジョン研究機関へのみ、ということになった。


 もちろんその研究機関へ協力している探索者に周知されることにはなるだろうが、基本的に普通の探索者にとってのスキルブックは今までとなんら変わりないものとなる。


 ただでさえ、スキルブックへの関心が高まる内容ばかりだ。

 

 正しい読み方が存在する可能性もある、なんて話が出てくればせっかくスキルブックを入手できても誰もスキルを取得しない、という膠着状態に陥る可能性がある。


 なので研究は進めて構わないが、それは極秘にお願いしますということだな。


 まあそもそもの話、そう簡単にスキルブックが見つかるとは思えないのだが……

 結局試行回数が増えれば増えるだけ当たる確率は増えるわけで、WSRの100位以内の人たちが本気で真意層の攻略に挑むようになれば今までよりは確実にハイペースでスキルブックが見つかっていくことだろう。


 それに今回の発見で、まことしやかに囁かれていた『各ダンジョンにスキルブックは一冊ずつ』という情報も実質的に訂正されることになる。


 ダンジョン攻略が盛んになってくれれば有り難い限りだ。


 なにせキーダンジョンを探すには一番奥まで行かないといけないらしいからな。


 

「とりあえず、今俺たちが持ってる魔石をここにいるスキル所有者ホルダーで分配しようと思う。既に売却することが決まってるものは除くけれど」


 スノウたちに持って貰っているものと俺の部屋にある金庫にあるものがあるので、レイさんへ目配せしてとりあえず部屋のものは持ってきてもらう。

 金庫の暗証番号は当然共有しているので問題ないだろう。


 まあ、一応金庫に入れてあるとは言え、うちには姉妹たちの結界が張られている上にスノウの創り出した氷結生物(?)も置物のように鎮座している。

 

 泥棒が入ってこられるような甘いセキュリティではないのだ。

 

 レイさんが部屋へ取りに行っている間にウェンディがザラザラと魔法空間から取り出した魔石の量を見て、未菜さんが目を丸くする。


「……君じゃなければ本気で言っているのかどうかを疑うところだな。総額で何百……いや、何千億になることやら」


 机の上にこんもりと置かれた魔石の数は、彼女の言う通りかなりのものだ。

 普通の金銭感覚をしていたらこれをここにいる者たちで分けようなんてまず思わない。

 しかし、姉妹やシエルがいれば当然のことながら、俺単体だとしてもその気になればここにある魔石くらいはすぐに稼げてしまう。


 まあ俺がやるとダンジョン内の環境を著しく破壊することになるのであまりやりたくはないのだが……


 レイさんが持ってきた魔石はウェンディが出した魔石よりも大きめのものだ。

 売却契約が決まっていないボス級のモンスターが落としたものだな。


 それが全部で5つ。

 

 小さなものはざっくり重さか何かで分けるとして……

 

 ここにいるスキルホルダーは6人。

 どう分けたものか。


「大きいものについては僕は辞退させて貰うよ。知佳や綾乃君と違って、僕がダンジョンへ潜ることはまず無いだろうからね」


 と天鳥さんが名乗り出た。

 そう決まれば後は話が早い。


 どうやら魔石同士が触れていれば直接自分の手に触れていなくともまとめて吸収(?)できるようで、小分けになったものをまずそれぞれが使用する。


「……スキルの強化と言われても、私のようなスキルの場合はどう強化されたか分かりづらいな」


 そう言いながら未菜さんは<気配遮断>のスキルを発動する。

 正直あまり違いはわからないな……

 もう俺は彼女の<気配遮断>に慣れてしまっているというのもありそうだが。


 そもそも目の前にいる状態でスキルを使って気配が遮断されたところで、目に見えているのだから変わりようがないというのもある。


「私もすぐにはわからないですね……」


 綾乃の<幻想>に関しても確かにそうだ。

 そんなすぐに分かるものではないか。


 もちろん俺もよくわからない。

 

 というか、この時点で効果を明確に実感したのはローラだけだった。


「うん、やっぱり。ボクの<空間袋ポーチ>、少しだけ大きくなってるね」

「おお」


 空間袋を出したり仕舞ったり繰り返していたローラが呟く。

 ローラの場合、<空間袋>の容量が増えれば増えるほどに純粋に火力が増すと言って良いからな。


 これは明確な強化と言って差し支えないだろう。



 そして次。

 大きめの魔石を取り込んだ際に、未菜さんと知佳に大きな変化が現れた。



「――え?」


 未菜さん<気配遮断>を発動した瞬間。

 完全に気配を見失ったのだ。

 いや――気配だけではない。


 


 そうとしか言いようがない途轍もない違和感。

 

「ほう……」


 シエルが感嘆の声を漏らす。

 どうやらシエルの探知にすら引っかからない程らしい。


 しばらくして、スキルを解除したのか未菜さんの姿を再び視認することができた。


「くっ……」


 しかしその未菜さんの額には大きな汗の玉が浮かんでいる。


「……どうやら、スキルが強化されたことによって消耗も激しくなっているようだな。魔力と体力を大幅に持っていかれたぞ」


 そう言った未菜さんは二度、三度と深呼吸をして呼吸を整える。

 言うまでもないことだが、未菜さんは魔力も体力も並の探索者に比較して図抜けている。


 その彼女がここまで消耗するということは、相当な負担なのだろう。


「だが……使いようによっては今まで以上のことができそうだ……ふ、フフ……フフフ……」


 なんだか怪しげな笑みを浮かべ始めた。

 ……まあ、未菜さんならスキル一回辺りの負担が増えたところで上手く運用することだろう。


 魔力の増え方もかなりのものだしな。色んな意味で。

 恐らくだが、近い内に大統領側近でもあるWSRで2位のデイビッドという男も追い抜くはずだ。


 そして知佳の方は――


「なるほど、これは便利」


 そう言いながら、出てきた。

 どうやらローラの<空間袋>が大きくなったり、未菜さんの<気配遮断>の効果が強力になったりと言った順当進化だけではなく、出来ることが増えるという強化のされ方もあるらしい。


「……影の中ってどんな感じになってるんだ?」

「真っ暗で外の様子が見えるだけ。でも意外と快適」

 

 へえ……

 それはちょっと興味があるな。


「もっと強化できたら、他の人や物を影の中に引きずり込んだりもできるかも」


 とのことだった。

 将来が楽しみなような、怖いような……


 ローラの<空間袋>は更に拡張性を増し、容量が増えたとのことだった。

 綾乃はスキルの特性上、すぐに確かめることができず不明。


 そして俺に関しては――


「……あれ?」


 召喚術サモンの強化なのだから、当然召喚関連のことなのだろうと思って、思い切って新たな召喚を試すことにしたのだが。


 それが何故か成功しない。

 スノウ、ウェンディ、フレア、シトリーの時はすんなり行ったのに。


「わしとおぬしらが会う直前。キュムロスという男と、セイランという少女にわしらが襲われていたのを覚えているか?」

「そりゃもちろん覚えてるけど……それがどうかしたのか?」


 俺が駆けつけた時はガルゴさんが死にかけていて、親父もすんでのところでキュムロスとかいう男に首を刎ねられかけていた。


 忘れるはずもない。

 10年振りに親父の顔を見た瞬間なのだから。


「その時、わしらを前にしてキュムロスという男がこんなことを言っておった。『魔力が強すぎると最上級しか召喚できんというのも不便な話だな』、とな」


 ちらりとシエルが親父の方を見る。

 つまり親父も聞いた話だということなのだろう。


「そんなこと言ってたような、言ってなかったような……」


 …………。

 まあいい。

 シエルが覚えているのなら間違いないだろう。


「そういやスノウからもそんな話を聞いたな」

「言った覚えは確かにあるわね。つまり今はその召喚できる最上級ってのがいないってことじゃない?」

「……なるほど」


 まあ確かに、四姉妹やシエル級の精霊がそうゴロゴロいるとは思えない。

 

「この世界にいないだけで別の世界にはいる可能性もあるででしょ? 悠真ちゃんが異世界にいる時の召喚を試してみても良いかも」

「なるほど、確かに」


 でもどうしよう、異世界で召喚したときにうっかりアスカロンとか召喚しちゃったら。

 いや、あいつはまだ生きてると俺は信じているが……

 四姉妹やシエルに匹敵する猛者というとあいつくらいしか思いつかない。


 しかも今までは運良くなのか必然なのか女性の精霊だけだったが、もし男だった時なんて本契約とか地獄みたいな絵面になるぞ。



(――――)



「……ん?」

 

 誰かに話しかけられたような気がして、俺は辺りを見渡す。


「? どうしたの?」


 スノウが首を傾げる。

 俺よりも感覚の鋭敏な奴が気付いていないということは、気のせいなのだろう。



(――いさま――――) 



「……なあ、何か聞こえないか?」

「別に聞こえないが……」


 柳枝さんが答える。

 いや、確かに何かが聞こえる。

 なんだ……?



(ああ、――さまはいつ見ても――です)


 

 ぼんやりとした声のようなものが徐々にはっきりと聞こえだす。

 それをはっきりと聞く為に俺は精神を集中させる。


 何かが語りかけてきている。

 それは間違いないのだ。

 俺はそう確信していた。



 やがて――


(今抱きついたら迷惑でしょうか。でもやっぱり我慢は体に良くないですよね。後でたっぷり可愛がっていただけるでしょうか。ああ、でも昨日したばかりですし今日は……)


 今度ははっきりと聞こえた。


 


 バッとフレアの方を振り向くと、当のフレアはきょとんとした顔で首を傾げる。



(どうしたのでしょうお兄さま。そんな情熱的な目でフレアを見つめて……ああ、我慢できなくなってしまいそうですわ……)


「……別に情熱的な目で見つめてるわけじゃないぞ?」

「……へ?」


 目を丸くするフレア。


「……あと、ここでは我慢してくれ」

「えっ……え? え……!? ち、ちが……わたし、声に出して……!?」


 フレアの顔がどんどん真っ赤になっていく。

 

 わかったぞ。

 恐らくはフレアだけでなく、他の姉妹とも――

 あるいはシエルやレイさんとも。


 念話のようなものができるようになったのだ。

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