第213話:スキル強化

「それじゃ次はスキルの強化法について説明しようか」


 そう言った天鳥さんは白衣のポケットに手を突っ込むと、とあるものを取り出した。

 赤紫色に鈍く輝く鉱石。


 魔石だ。


 天鳥さんが親指と人差し指で摘むようにして持っているものはほんの5cm程度の大きさとは言え、それでも10万円くらいはするのだが……

 そんなものを無造作に白衣のポケットなんかに入れておくとは。

 何かの拍子に落ちてしまったらどうするのだろうか。


「ここにあるのは何の変哲もない魔石だ。これを――」


 ぐっ、と天鳥さんが握り込む。

 そしてパッと手を開くと、その小さな掌には魔石のまの字もなかった。


「……手品、というわけではないのだろう?」


 未菜さんが訝しげに尋ねる。


「もちろん。既に先程の魔石はこの世界のどこにもないよ」


 ……となると。

 ローラの空間袋ポーチがまず思い浮かんだが、ローラが天鳥さんの手品もどきに協力する理由はない。

 当のローラが驚いた表情を浮かべているし。


 ちなみにスノウたちは魔石を収納できる魔法を使える。

 シトリーによれば、探索者のうち1割くらいは使えた魔法なのだとか。


 最初の方、スノウが魔石をどこからともなく取り出して柳枝さんを脅迫していたのを思い出すな。

 

 しかし天鳥さんが今このタイミングでその魔法を使ったというのも考えづらいだろう。


「スキルの強化方法がこれなのさ。こと」


 天鳥さんはあっさりとネタバレした。


「魔石を体内にって、そんなことができるんですか!?」

「できるよ。魔石を手に持って、頭の中か――声に出してもいいけれど、自分のスキル名を思い浮かべながら魔石を体内に取り込むイメージを持ってみると良い。ちょっとコツはいるけれど、そう難しいことではない」

 

 スキルを思い浮かべながら、魔石を取り込むイメージ……か。


「はい、お兄さま」


 一番近くにいたフレアから魔石を受け取り(例の収納魔法で貯蓄があるのだろう)、天鳥さんに言われた通りのことをやってみる。

 すると――


 手に持っていた魔石がフッ、と消えた。

 それも、なんというか……

 魔石が体内に取り込まれていくような感じで。


「わお……」


 ローラが思わずと言った具合に声をあげる。


「……フレア、他のスキル所有者ホルダーの人たちにも配ってみてくれ」

「わかりましたわ、お兄さま」


 未菜さん、ローラ、知佳、綾乃と順番に渡していく。

 そして各々目を瞑ったり平然としながらだったりと反応は違ったが――


 俺と同じように、手に持った魔石がフッと体内へ取り込まれていくように消えていった。


「頭の中で『レベルアップ!』みたいな声が流れたらどうしようかと思ったが、流石にそれは無いのか……」


 未菜さんが掌を閉じたり開いたりしながら感触を確かめるように言う。

 若干残念そうに見えるのは気のせいだろうか。

 

「今のでスキルが強化されたの? 少なくともボクはそんな気はしないけど……」


 ローラの言葉に知佳と綾乃も頷く。

 そして天鳥さんに再び視線が集中した。


「わかりやすく言うと、魔石に含まれる経験値――Experience pointが異なるのさ。ある値に達したらスキルの強化段階が開放されるんだけれど、その値っていうのもスキルによって異なってくるそうだ」

「強力なスキルほど必要な魔石も多いってことですか?」

「多分、だけどね。これは要検証かな」


 天鳥さんは頷いた。

 どうやらそこまではスキルブックに書かれていなかったらしい。


「でも、不思議ねえ。なんでカナちゃんはそこまで知れたのに、他のスキル所有者ホルダー……悠真ちゃんや知佳ちゃんたちは知らないのかしら」


 シトリーが不思議そうに言う。


「わしもスキル所有者ホルダーの知り合いは数多くいれど、そこまで詳しく把握してる者はおらなんだ。確かに不思議な話じゃ」


 シエルもシトリーも、知っていれば俺たちに情報共有しているはずだしな。

 恐らくはあのアスカロンですら知らなかったのではないだろうか。


「スキルブックをどう読んだか――が一番の違いだろうね」

「電子データで読むか、生で読むかってこと?」


 知佳の問いかけに天鳥さんは頷いた。

 生て。

 紙の状態とかって言えばいいのに。


「不親切な話だな。私は電子書籍など読めないのに」


 憮然とした様子で言うのは未菜さんだ。

 電子書籍を読めないってどういうことだ? と思ったが、その読むためのデバイスを壊しちゃうからか……

 哀れである。


 スノウがふん、と鼻を鳴らす。


「というか、本の状態で見つければそのまま読むのが普通でしょ。スキルブックを誰が作ったのかは知らないけど、意地悪いのは確かね」

「それに電子データに起こしてもそのデータ自体も時間経過で消えてしまったからね。あれを読み切れるのは僕か知佳くらいだと思うよ」

「……私も『自炊』してから読めば良かった」


 知佳がぼやく。

 スキャナを使って電子書籍にする時は基本的には本そのものを刃物なんかで切ってからやるのだが、それが料理っぽいところから自炊と言うようになったのだと以前知佳から聞いた覚えがある。


「スキルブックは傷付くとその場で燃えてしまうらしいとも書いてあったよ」


 ……なるほど。

 とことん意地の悪い話である。


 本を無裁断で自炊できる環境がある上に、文字ごとその場面を一瞬で記憶できる程の頭脳の持ち主でないとちゃんと読むことはできないと来たか。


 ほぼ無理ゲーだな。


「ニャんでそんな不親切なせっけーになってるのニャ。普通もっと優しく作るニャ」

「……だよな」


 ぶっちゃけ、実質スキルブックの内容を読ませないようにしているようなものだろう。

 電子化して読むというのも正規のルートというよりは、天鳥さんだからこそできたバグルートのような気がする。


「仮設としては二つ。一つは、僕らが知らないだけでスキルブックにはただ読むだけでなく、正しい読み方が存在するという可能性。もう一つは、皆も言っている通りこれを設計した人が意地悪いだけだという可能性。正直なところ、前者である方が可能性は高いと思うけどね」

「正しい読み方……か」


 本の形をしているくせにただ読むだけじゃ駄目っていうのがそもそもかなり意地悪い気はするが……

 でも正規の読み方をしなくてもスキルの名前とか使い方くらいは教えてくれるのは親切なのだろうか。


 よくわからない話だな。


「あと言うべきことは……スキルの種類についてだけれど、これは正直大した話じゃない。悠真クンの『召喚術サモン』のような『他人やその他物体を対象にするもの』と、伊敷未菜さんの『気配遮断』のような『自分を対象にするもの』の2種類があるというだけのことだ。とは言えこれには例外もあると書かれていたから、僕としてはあまり興味が湧かない。分けたところでなんだという話だからね」


 そこに関してはなんとなくわかっていたことだな。

 俺の召喚術、知佳の影法師、綾乃の幻想。

 そして未菜さんの気配遮断や、ローラの空間袋。


 自分を直接強化したりするものと、自分以外の何かがないと成立しないもの。


 俺の召喚術やローラの空間袋は露骨に天鳥さんの言うところの『他人やその他物体を対象にするもの』だろう。

 そして未菜さんの気配遮断や、ティナの気配感知なんかは『自分を対象にするもの』だ。


 知佳と綾乃のスキルに関しては微妙なラインだが……

 強いて言うなら知佳は後者で……綾乃はどちらでもあるような気がするな……


 魔法を作り出すこともできるし、強化することもできる。

 しかもその作り出した魔法を俺たちが使うようなことだってできるし……

 確定事項ではないとは言え、過去に作用するような効果もある。


 いや、知佳も別に自分以外の影に作用することは可能らしいからそういう意味ではどちらもなのか?

 

 これが例外ってやつだろうか。


 明確な区分が無いというのは、確かに天鳥さんにとってはあまり興味の湧かなさそうな話だ。


「あと、これはもうキミたちも知っている話ではあるんだが、スキルは一人につき1つしか持てないそうだ。2つ目は肉体が耐えきれず、崩壊してしまう」


 それを聞いた親父がなんでもないように、


「……逆に言えばスキル持ちで絶対に勝てないような敵が居た時、スキルブックを用意しておいてそれを見せれば殺せるってことじゃねえの?」


 などと残酷なことを言い出した。

 理屈の上では確かにそうなのだが……


「……おぬしは時々身も蓋もないことを言うのう、和真。しかしそんな悠長なことができるのは普通に戦っても勝てる相手くらいじゃと思うぞ」

「あー、そりゃそうか」


 半ば呆れた様子のシエルの言葉に親父はあっさり頷いた。

 それに強い相手が必ずスキルを持っているとは限らない。


 未だに正体不明な少女、セイランや喪服の男、ベリアル。

 あいつらがスキル持ちかどうかは今の所全然わからないが……


 最悪、スキルブックを見せようとしていることがバレれば奪われて相手の戦力が強化されるような事態にもなりかねないしな。


「それで、先輩」

「なんだい、知佳?」

「結局先輩が手に入れたスキルは何なの?」

「僕のスキルはね――」

「え?」


 天鳥さんは腕を真っ直ぐ伸ばした。

 その方向にはスノウがいる。


 そのまま何かが発射されるのかと思ったが、そうではなかった。

 天鳥さんの手元に、突然――


「……リモコン?」


 それを向けられたスノウが首を傾げる。

 テレビのリモコンにしか見えないそれを天鳥さんが操作すると、スノウの後ろにあったテレビの電源がついた。



創造クリエイト。僕が構造を把握しているものなら、なんでも再現することができるのさ」



 …………。

 ……スキルブック、ルルに読ませなくて良かったな。


「私たちの創造魔法ではリモコンのような精密機械を作り出すことはできませんね。ガラスだったり、衣服だったりは作れますが」


 ウェンディが言う。


「もし作れたとしたら僕は涙目になっちゃうよ。それに、構造を理解しているものだけ――というわけでもない。僕が作りたいと思う機械で、恐らくは物理的に破綻していないようなものだったらそれも作れる。例えば……」


 天鳥さんが創造で作り出したのは、なにやら車のハンドルのような形をした白い物体だ。

 大きさもほぼまんま車のハンドルである。

 明らかに違うと判断できるのは、持ち手……と判断すべきようなところがメタリックな作りになっていることくらいか。


「ちょっとこれを持ってみてもらえるかい?」

「べ、別にいいけど……なんなのよこれ?」


 スノウにそれを手渡した天鳥さんがわざとらしくごほんと咳をした。


「僕の質問にはもし違ったとしても必ずイエスで答えてくれ」

「わ、わかったわ」

「それではまず一つ。昨日の晩ごはんは、カレーだった」

「……イエス」


 天鳥さんは自分のスマホの画面を確認する。


「ふむ。カレーではない、と」

「……わかったわ。嘘発見器みたいなものね?」

「似たような感じかな。精度はそこまで高くない。心拍数や筋電位の動きである程度の予測を立てる程度だね」


 へえ……

 そういうのもできるのか。

 手元のスマホで確認しているということは、アプリなんかも作れたりするってことか?

 凄えな、創造クリエイト


 いや、この場合凄いのは天鳥さんの方なのか?


「では第2門。キミは悠真クンのことが好きだ」

「はあ!?」

「ぶっ」


 スノウが叫び、俺が噴き出す。


「イエスで答えてくれよ? これは僕のスキルがどれくらい正確かを測るチェックでもあるのだから」

「……い、イエスよ……」


 顔を真っ赤にしたスノウが答えると、天鳥さんはニヤリと笑った。


「うん、本当だね。心拍数が2倍ほどに跳ね上がっているから、少し落ち着くと良い」

「なんなのよこれ!!」


 ぱしーん、と投げ渡されたハンドル型嘘発見器を今度は知佳へ渡す天鳥さん。


「次は知佳、これを持ってみてくれ」

「わかった」

「知佳は悠真クンのことを愛している」

「イエス」

「……ふむ。心拍数や血圧、その他数値に動揺は見られない。つまり知佳にとって悠真クンのことが好きだというのは、常日頃から考えているので動揺もしないというわけだ」

「別にそういうわけじゃ……」

「おや、心拍数が10%ほど向上したね」

「…………」


 知佳は無言で天鳥さんへ機械を返却した。


 ……凄いなあ、創造クリエイト

 後で俺がスノウと知佳に八つ当たりされそうだけど。




-------------



おまけ


天鳥さん製嘘発見器をヒロインズに使ってみてもらった場合の心拍数の変化一覧


(問、あなたは皆城悠真のことが好きである)


上から変動の激しい順



スノウ→200%

綾乃→180%

未菜→150%

ローラ→140%

シトリー→130%

シエル→120%

ウェンディ→120%

レイ→110%

知佳→100%

ルル→100%

フレア→80%


それぞれの反応はご想像にお任せします。

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