第212話:スキルブック

1.



「こう短期間で二度も会いに来てくれるとはね。嬉しい限りだよ」


 頑丈なケースに入れられていたスキルブックを特に躊躇いもなくひょいと手に取り持ち上げる天鳥さん。

 それ、数千億から数兆円くらいするらしいっすよ。


 俺も大概金銭感覚がバグってきた自覚はあるが、それでも数兆円とか聞くと流石に萎縮してしまう。


 なので今回は車で来ないで転移石で飛んできたくらいなのだから。

 ちなみに今日は俺一人である。


 これを渡してさっと帰るだけの予定だからね。

 

「中を見てしまうとその者にスキルが宿り、スキルブック自体は消えてしまう、と?」

「ええ、その通りです。なので本を開かずに中のスキルを知る方法とか無いかな……と」

「思いつくだけでも二通りはあるね」

「マジですか」

「まず一つはスキャナにかけることだ。今どき、本を裁断しないでも機械がページをぱらぱらとめくってデジタル化してくれる。そのための機械がなんならそこにある」


 天鳥さんが指差す先を見てみると、部屋の隅に2メートルくらいの高さがある謎の機械が置いてあった。

 中はくり抜かれたような形になっていて、中央にV字型の台座のようなものがある。

 あそこにセットするということだろうか。


「……デジタル化するって言ってもなんかアナログですね、やり方が」

「本をセットして開かずに中の字を透過させる、という技術もあるにはあるけれどね。一番手っ取り早いのはその機械でスキャンしてしまうことだろう。ちなみにこれ一台で都心近郊にちょっとした家が建つよ」

「え゛っ」

「この研究所にある機械の中ではそれでも安い方だけれどね」


 まあ、高そうな機械山程あるもんなあ。

 郊外どころか都心に大豪邸が建つような値段のものもあるだろう。


「最速で一時間で3000ページくらいは読み込める。このスキルブックは単行本くらいの厚さだし、長めに見積もっても10分程度で終わるだろう」

「……それって上向けてこのV字型の台座に置くんですよね?」

「そうだが?」

「うっかり中身を見ちゃったりしません?」

「100%無いとは言い切れないが、まあ大丈夫だろう。多分」


 多分て。

 

「よし、やろうか。今すぐやろう。事故が起きる可能性はなくもないから、君は一応離れておいてくれ」

「は、はあ」


 天鳥さんには俺が2つ目のスキルを取得できない理由を一応伝えてある。

 2つ目のスキルは『ボンッ』となってしまうのだ。


 その時には「本当にそうなるのか実験してみたいな……」とか怖いことを言っていたが、流石に冗談だと信じたい。



 天鳥さんがスキルブックを台座にセットする際にうっかり中を見てしまうといううっかりを発動することもなく、無事にそれをセットし終えた。


 そして間もなくして、スキャンされたデータが天鳥さんの手元にあるノートパソコンへと送られてくる。


 2秒くらいで1ページずつ追加されていくのを5秒ほどでざっと次のペースへ進んでいく天鳥さん。

 万が一を考え俺はその内容を見ないようにしているのだが――


「本当にそれで読めてるのか? という顔をしているね、悠真クン」

「……視野が広いですね」

「僕の数少ない特技さ。ページを丸ごと映像として記憶して次へ進んでいるだけだよ。言語として処理するのは並行してやっている」


 ……要するに人間スキャナみたいなもんじゃん。

 流石に知佳でもそんなことはできないだろう。

 できない……のか?

 いや、できそうだな……


 まあ俺の知る限りでも抜群の天才が知佳とこの天鳥さんなのだ。

 彼女らと一般ピーポーを比較してはいけない。


 手持ち無沙汰とは言え、スマホなんかを弄るわけにもいかない。

 部屋の中をぼんやり眺めていると、


  

「にしても――」

 

 天鳥さんが喋りだした。


「キミはスキルブックを読んだことがあると言っていたね、悠真クン」

「ええ、それで召喚術を得たんですから」


 話すのも並列思考って奴だろうか。

 どれだけマルチタスクできるのだろう、この人。


 俺はピアノなんかで左右違う手の動きをしている人を見るだけでも信じられない気持ちになるのに。


「他にスキルを持っている――たとえば知佳なんかもスキルブックを読んでスキルを手に入れているわけだ」

「そうなりますけど……何かあったんですか?」

「スキルを手に入れた時の様子を詳しく教えてほしい」


 ページをめくる手――スキャンされてパソコンで読んでいるものなのでキーボード操作をする手なのだが――を止めずに天鳥さんにそんな質問をされる。

 

「ええと――」


 あの時のことを思い出す。

 俺がダンジョンに落ちて、スキルブックを見つけ……

 スノウと出会った時のことを。


「四畳くらいの広さで、天井までの高さは3メートルくらいの石造りの空間があって……その空間の真ん中に石膏みたいなものでできた俺の腰に届くくらいの台座がありました」

「それで?」

「その上に乗っていたのが俺が手に入れたスキルブック――召喚術サモンです。日本語でもアルファベットでもない……見たこともない言語で書かれていたのに何故か俺はそれを読むことができて……」


 あれ?

 よく思い返すと、俺はスキルブックをぞ。

 

「……ひと目みて内容を理解しました。俺が授かる力が召喚術サモンだって」

「そこだ。キミだけでなく、知佳や――恐らく他のスキル所有者ホルダー達も似たような現象だったのだろう。だから、僕は現在世界で初めてスキルブックを可能性がある」

 

 スキルブックをちゃんと読んでいる。


 何故単行本程度の分厚さはあるのに、使えるスキルや簡単な特性しか情報として受け取ることができないのか。

 全てのページに目を通した覚えは無い。

 

 恐らくどのスキル所有者もそうだろう。

 不思議だとは思っていた。


 しかしとして認識していた。

 ダンジョンなんてものがあって、スキルが実在して、精霊を召喚することさえできて魔法なんてものも存在する。


 だからそんな本があっても不思議ではない、と。


「……一体何が書かれているんです?」

「スキルブックの入手方法やスキルの種類、そして強化法などだな。そしてこのスキルブックに記されているスキルの名や使い方も記載されているね」

「入手方法、種類、強化法……?」

「それから――」


 天鳥さんが何事かを続けて言おうとしたタイミングで、視界の隅で炎が燃え上がった。

 青白い炎だ。


 まさかと思いそちらを見ると、スキルブックが燃え上がっていた。

 

「……データも消えたな。この分ではクラウド保存していたところで意味もなかっただろうね」


 天鳥さんがパタンとノートパソコンを閉じた。

 燃えあがったスキルブックは既に灰すら残さずに焼失している。


 このスキャナ機械が無事そうなのだけが救いとでも言うべきだろうか。



「さて。とりあえず、何から話そうか」


 

2.




「錚々たる面子だな。流石に緊張してきたよ」


 天鳥さんが言葉とは裏腹に全く緊張していない様子で溜息をついた。


 俺だけが聞いて後で共有するよりは、俺より賢い人を最初から巻き込んで色々質疑応答した方が良いだろうということで、うちのリビングへ来て貰ったのだ。

 

 俺、知佳、綾乃、そして四姉妹にレイさん、シエル、ルル。

 柳枝さんと未菜さん、それにローラも呼んである。

 

 親父も参加はしているが、スキルに関してどれくらい理解しているかは謎だな。

 

 これだけ集まっても手狭さを感じないのは流石、ダンジョン管理局が用意してくれた家なだけあるな。

 最近はもうそのこと自体を忘れかけてもいるが。


「一応自己紹介をしておこうか。初対面の人もちらほらいるしね。僕は天鳥香苗あまどりかなえ。悠真クンに雇われているしがない研究者だ。知佳とは先輩後輩の関係でね。その伝手で紹介してもらったんだ」


 そう言ってぺこりと頭を下げる天鳥さん。

 それに釣られてちらほら頭を下げる人がいるのだが、性格が出ててちょっと面白いな。


 ちなみに頭を下げたのは綾乃、ウェンディ、フレア、柳枝さんの四人だ。


「僕がスキルについては最後に説明しよう。概要は悠真クンから軽く聞いていると思うが、何から聞きたいかな?」

「スキルブックの入手法――だな」


 真っ先に反応したのは柳枝さんだった。


「ではスキルブックの入手法について。とは言っても、キミ達も知る通り、ダンジョンの隠し部屋のようなところに置かれているのが基本だ。しかしもう一つ入手法がある。<真意層>のモンスターを倒した際、確率で魔石と同じように残るそうだ」


 ウェンディが首を傾げる。


守護者ガーディアンに限らず、という認識でよろしいのでしょうか?」

「そうだね。スキルブックには真意層のモンスター、としか書いていなかったから、恐らくキミたちの言うところのボスクラスのモンスター以外からも出るんだと思うよ。ただし、強いモンスターの方が確率は高いようだけど」

「なるほど、ありがとうございます」


 なるほど、てことは真意層のモンスターを雑に倒しまくっていてもスキルブックが出てくるという可能性はあるのか。

 

「カナちゃん、それは具体的にどれくらいの数値かはわかるの?」


 今度はシトリーが手を挙げて質問した。 


「カナちゃん……まあいいか。具体的なことはわからないが、興味深いことはわかった。スキルブックのみに限らず、モンスターを倒した際に残る素材やアイテム類の出現確率は二つの係数を元に計算されている」


 天鳥さんが指を二本立ててVサインした。

 巨乳だという点に目を瞑れば知佳とそう変わらない外見年齢なので、どことなく微笑ましくさえ言える光景だ。

 天鳥さんはまず中指を折りたたむ。


「一つはそのモンスター自身の強さ。これはさっき説明した通り、ボス級以外のモンスターでもアイテムを残すことがあるし、その中にスキルブックが含まれている可能性もあるという話だ」


 そして次に人差し指を折る。


「次にその場にいる人物の魔力の大きさ。どういう理屈になっているかはわからないが、確かにスキルブックにはそう記されていた」

「ふむ……薄々感じておったが、やはりそうじゃったか」


 一様にざわつく中、シエルだけはどうやらなんとなくその現象を知っていたようだ。

 俺たちより長いこと真意層に関わっている上に、本人の魔力量も多い。

 周りとの差を感じ取っていたのだろう。


 俺がスキルブックを手に入れたのも、偶然ではなく俺自身の魔力の高さが起因していたものだったのか……


「質問ニャ」

「なんだね、猫ちゃん。後でちょっとDNA情報を採取させてくれないか? 大丈夫、痛くはしないから」

「ニャ!? い、嫌な予感がするのニャ……じゃニャくて、<真意層>って呼び方はシエルとかのバ……大昔の人間が勝手に付けたものニャ。スキルブックにもそう書かれてるのは不思議だニャ」


 ババア、と言おうとしたところでシエルに一睨みされて言い直していたが、確かに。

 天鳥さんが便宜上<真意層>と言ったのかとも思ったが――


「元々、本来僕らには読めないような謎の言語だ。どんなロジックが働いているかはわからないが、少なくとも僕には<真意層>だと読めたね。恐らくだが、僕らの間で浸透していた呼び方が別のものだったらその別の呼び名で読めているのだと思う」

「……ふーん、そういうことニャら仕方ないのニャ。今回は許してやるのニャ」


 あいつ、聞いておいて何も理解してないな。

 ルルにしては鋭い視点だと思ったが、やはりルルはルルだった。

 

「悠真の異常なドロップ運は魔力が高かったからってことね。じゃあ悠真があちこちの守護者ガーディアンを倒しまくればスキルブックも大量に手に入るんじゃない。楽勝ね」

「理屈の上ではそうなるね」


 スノウの言葉に天鳥さんは頷く。

 確率が高くなるとは言え、元の確率がどんなもんなのかがわかっていないが……


「入手法についてはわかった。次は私としてはスキルの強化方法とやらが気になるところだが」


 未菜さんが言う。

 ここにいるスキル所有者は未菜さん、ローラ、綾乃に知佳――そしてつい先程、意図せずにスキルを手に入れてしまった天鳥さんに、俺の六人だ。


 スキルを強化する方法なんてものがあるのならそりゃあ気になるだろう。

 特に強さをひたすら求める未菜さんなんかにとっては必須の情報である。


 天鳥さんはこくりと頷き、話を続ける。


「それじゃ次はスキルの強化法について説明しようか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る