第211話:発見

1.



 俺もいい加減それなりの経験を積んでいるので、こういう時にの姿勢を見せると大抵ロクなことにならないというのを学習している。

 アスカロンから託された剣を構えて、俺は一息に吸血鬼の懐へ飛び込んだ。


 流石はこの真意層の守護者ガーディアンというだけあって一撃目は躱された。

 そのまま影の中へ逃げ込もうとする吸血鬼に向かって俺は火の玉を発射した。


 倒すための魔法ではない。

 影を火の光でかき消す為だ。


 案の定、吸血鬼の動きがピタリと止まる。

 その瞬間を狙って、俺は心臓の辺りを貫いた。


 しかし不死身の化け物というのは伊達ではないのか、その程度で吸血鬼の動きは止まらなかった。

 なのでトドメに、至近距離から魔弾をぶち込んでやる。


 ボンッ、という爆発音と共に、吸血鬼の体は弾け飛び……


 大きな魔石だけが残った。


 

「はぁー! 息子が強くて嬉しいんだか複雑なんだかよくわかんねえ気分だな」


 吸血鬼の消滅と共に溶けるように消えた影ゴブリンたちのいた辺りを足でガシガシと蹴りながら親父がボヤいた。


「今のが真意層に出るというボス級モンスターか?」

「ええ、恐らく……ですが」

「なるほど……倒しても再湧きリポップするのか」


 当然、柳枝さんは俺が一度ここで先程の吸血鬼を倒していることは伝えてある。

 親父には特に言っていなかったので一人だけよく分かっていない様子だが。


 かと思いきや――


「悠真はともかく、とっしーも知らなかったのか?」

「和真さんはご存知で?」

じゃ腕の立つ探索者や冒険者の間じゃ有名な話だぜ。真意層の守護者ガーディアンは一回倒しても大体一週間くらいで生き返るんだよ」


 柳枝さんに説明する親父の言う、というのは異世界のことだろう。

 一週間で生き返る……

 

 いや待てよ?


「九十九里浜の最下層に転移石を置いて異世界と行き来してるけど、あの石が置いてある場所って元々は守護者ガーディアンがいた場所だぞ? なんで再湧きリポップしないんだ?」

「……さあ?」


 ……役に立たねえなこの親父。

 ちょっと尊敬しかけたのに。


 親父が知っているということは恐らくシエルやルルも知っていることなのだろうが……

 それを知っているシエルが今の所それを大して疑問に思っていないということは何かしらの再湧きリポップしないようにする方法や条件があるということなのだろう。


「となると……ダンジョンを攻略し続けるといずれ魔石が尽きてしまう、という問題が解決するかもしれんな」

「あー……なるほど。確かに」


 ボスに相当する守護者ガーディアンが定期的に蘇るというのなら、ボスがいる事によって再湧きリポップし続ける通常のモンスターが居なくなることも恐らくはないのだろう。


 真意層に守護者ガーディアンがいても上の通常層でモンスターが湧き始めるということもないようだし、攻略・掃討済み通常層は商業用に、そして真意層は魔石採掘用にと使い分けることができるかもしれない。


 問題は真意層を探索できる探索者が一握りだということか。

 まあ、その辺のことで悩めるのも世界を救った後のことなんだけどな。 



「おーい、こんなん落ちてたぞ」


  

 親父が崩れたビルの瓦礫の中で何かを見つけたようだ。 

 

 いや……何か、というか。


「……スキルブックじゃん」




2.



「……また見つけたの? あんたドロップ運バグってない?」


 せっかくの柳枝さんとのダンジョン攻略だったが、流石にスキルブックが見つかったともなればそのまま続行するわけにもいかない。

 一度持ち帰ってどうするかを慎重に決めることにしたのだ。


 恐らく例の吸血鬼からドロップしたものということで一応の所有権は俺にあるらしい。


 ということで、親父は帰ってくるなり母さんとでかけてしまったのでその二人は除いて、とりあえず家にいる全員を集めての話し合いが行われている。

 

 呆れたように俺のドロップ運について指摘するスノウだが――

 ぶっちゃけた話否定できない。


 スキルブックとは本来、かなりのレアものなのだ。


 ダンジョン管理局でさえスキル持ちは数える程しかいないし、ダンジョン管理局以外のダンジョン探索会社に至っては10社ある内に一人いたら良いな、くらいのレベルである。


 同じ人間が<召喚術>、<影法師>、<幻想>に加えて四つめのスキルブックを見つけるなんてまず間違いなく前代未聞だろう。


 しかも各ダンジョンに一つとされていたスキルブックが同じダンジョン――の同じ層、更に同じモンスターからドロップしたというのもある意味かなりのニュースだ。


 守護者ガーディアン――真意層に存在するボス級のモンスターは一週間に一回再湧きリポップするという情報と合わせれば、世界中の腕の立つ人物たちがこぞってスキルを得る為に守護者ガーディアンに挑むことになるだろう。


 まあ、その辺りに関しては人類側の戦力増強にも繋がるので、無理して死ぬようなことさえなければどうぞお好きにしてくださいというのが俺個人としての感想なのだが――


 とりあえずの問題は、このスキルブックを誰が使うか、だな。


「あたし達はとりあえずパスよ」


 スノウが言うのに、フレアたち他の姉妹も頷く。

 精霊はスキルを取得することができないのだ。

 というか、別にスキルがなくとも十分に強い。


 となると次の候補としてはシエルだが――


「わしもパスじゃな」

「なんでだ?」

「今のわしとおぬしは『妖精が精霊と似ている』という曖昧なパスで繋がっておる。『精霊はスキルを取得できない』のにわしがスキルを手に入れてしまったらそこの認識が崩れる可能性があるのじゃ」

「んん……なるほど。それは確かに」

 

 俺がそうならないように頑張って意識する、という手段も取れなくはないが、もし失敗すればシエルの『魔力が回復しない』という病の関係上、命に関わるようなことになりかねない。


 同じ意味で、恐らくだがレイさんも無理だろう。

 レイさんはより精霊に近い存在だとは言え、シエルと同じ理屈で失敗してしまった際にまた彼女を孤独にしてしまうことになる。


 となると――


「ニャ?」


 注目を浴びたルルが首を傾げた。

 話を聞いていたんだかどうかも怪しいところだが……


 本人の実力としては申し分ない。

 センスも抜群だ。

 どんなスキルであれ、使いこなすことはできるだろう。


 四姉妹、シエル、レイさんが除外されるとなればやはりルルが候補に上がってくる。


 知佳や綾乃は既にスキルを持っているし、俺だってそうだ。

 

 親父か柳枝さんに渡すということも考えられなくはないが……

 シンプルな話、ルルを更に強化できるのならばそちらの方が都合は良い……ような気がする。


 正直なところ、柳枝さんや親父が例えば影法師を手に入れたところで、単独で守護者ガーディアンを倒せるようになるわけではない。

 二人の強さは認めている上ではっきり言うが、スキルを手に入れたところで未菜さんやローラにも及ぶことはないだろう。


 目前に世界が滅ぶ危機なんてものが迫っていなければそれでも構わなかった。

 だが、今は一人でも戦力になる者が増えて欲しい。


 ルルは単独で守護者ガーディアンクラスを倒せる程の強さを持っているが、それでも姉妹たちやシエルには一歩及ばない。


 本気で戦えば俺の方が強いくらいだろう。


 そんなルルにスキルが手に入れば、高い実力に更に下駄を履かせることができる。

 普段はアホだが、戦闘に関しては勘の良い方でもある。


 スキルを使いこなせずに腐らせるなんてことも無いだろう。

 無い……よな?

 そう信じたい。

 そう信じよう。


 まあ後はどんなスキルになるのか、だが……

 


「はい、せんせー」


 と、そこで知佳が手を上げた。


「なんだね知佳くん」

「どうしてもそのスキルブックは誰かに使いたいの?」

「……どういうことだ? 戦力の増強って意味じゃ必要不可欠だとは思うけど……」

「それって今すぐじゃないと駄目?」


 ……ふむ。

 知佳が意味のない質問をしてくるとは思えない。


 今すぐでないと駄目か、というのはつまり後で使うことによって何かしらのメリットが発生するということだろう。

 

 …………。

 うん、何も思いつかないな。


「後で使うと何か良いことがあるのか?」

「先輩に色々調べて貰ったら、どんなスキルが書かれてるのかわかる……かも」


 先輩。

 つまり天鳥さんのことだ。

 有り得ない話ではない。

 今や彼女はダンジョン関係の研究に関しては第一線を走っていると言っても過言ではない。


 主に俺が持ち込む研究材料のお陰で、だが。

 

 スキルブックに記されているスキルの内容がわかれば――


「スキルを使うのに最適な人もわかる……かも」


 ……有りだな。

 ダンジョン関係で最も不思議だと言われているスキルブック。


 この謎を解き明かすことができれば、何かが大きく変わるかもしれない。

 そんな期待感があった。

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