第210話:男三人衆
1.
「よいしょお!!」
親父が蹴り飛ばした赤鬼があっさりと光の粒子になって消え去った。
どちらかと言えば親父もガタイが良い方なのだが、流石に新宿ダンジョンの未掃討エリア――9層のモンスター相手では見劣りする。
それでも一撃で葬り去ることができるのはひとえにその魔力の高さ故だ。
魔力だけで見れば柳枝さんよりも多いからな。
「へっへっへ。どんなもんだ悠真。父ちゃんもなかなかやるもんだろ? ――うぉっ!?」
としたり顔を浮かべる親父の背後から迫るオークの頭を柳枝さんの持つ<ブリューナク>が貫いた。
ややあって、そのオークが光の粒となって消えて魔石を残す。
「一発殴らせとけば良かったんですよ、柳枝さん」
「ははは、流石にそうはいかないだろう」
一瞬にして5メートルくらいに伸びた槍を、再び1メートル程度の長さまで戻しながら柳枝さんは苦笑する。
ブリューナク。
誰が言い出したか、いつの間にか世間に浸透した例の伸縮自在の槍のことだ。
実は以前、一度だけダンジョンへ潜る柳枝さんにカメラがついていってそれをお茶の間へお届けするという柳枝ファンならば垂涎モノの企画が行われたのだ。
もちろん俺も生放送でも見たし録画もした。
その際に例の槍を使用していたところ、ネット上でブリューナクという呼び名が定着したのである。
実際、まだほとんどの人が潜れない真意層で手に入れたものなので性能面では飛び抜けている。
俺は既に異世界を知っている――というかアスカロンから託されたとんでもない武器のことを知っているので恐らくは柳枝さんの持つ槍よりも高性能な武器があることも知っているが、この世界の人々から見れば伸縮自在な上に高耐久の槍ともなれば<神の槍>を連想するのも仕方のないことだろう。
それを操る柳枝さんの練度の高さも相まって、新宿ダンジョンの6層以降も単独で問題なく突破できる程になっているそうだ。
実際、9層に来るまでに何度かモンスターと遭遇はしているが、その度にあっさりとモンスターを屠っている。
ダンジョン用武器の携帯免許を持っていない親父が素手で殴る蹴るしかできないのと比べてかなりスタイリッシュだ。
「いいなぁ、俺も武器欲しいなあ。悠真、とっしーにはあげておいて父ちゃんにプレゼントはないのかよ?」
「おっさんの嫉妬は見苦しいぞ」
未菜さんが似たようなことでへそを曲げていたが、あれは可愛らしいもんだった。
そういえば結局あの後何も入手できてないな。
今回、調子が良ければ真意層まで行ってみるとのことだったしそこで何かドロップすれば良いのだが。
「なあ、ちっと貸してくれよその槍。俺も使ってみたい」
「駄目ですよ和真さん。この大きさになると免許不携帯での使用は普通に捕まりますから」
「こんな深いとこじゃ誰も見てねえって」
ぶーたれる親父。
柳枝さんが親父に敬語というのがスゴイ違和感だ。
見た目年齢は大差ないとは言え、実年齢は親父の方が上なので柳枝さんの持つ常識からすれば当然なのだろうが……
ちなみに、ブリューナクの名が付けられた番組には親父も柳枝さんのパートナーとして出演していた。
大学時代の凄腕な先輩として紹介されていたが、ご存知の通り実際はもっと複雑な関係である。
まあ、それはともかく。
親父は親父で案外カルト的人気が出ているのだ。
というのを知佳からこの間聞いた。
気さくで強いおっさんというのはどうやら一定の需要があるらしい。
柳枝さんも強いおっさんではあるのだが、どちらかと言えば堅いからな。
そういう意味では柳枝さんで満たせなかった需要を親父が満たしているのかもしれない。
余談だが、未菜さんとローラも今度テレビへ出演するそうだ。
どちらもWSR上位ということでおっさん二人組よりも注目度は高いだろうし、面倒なことにならなければ良いのだが。
「……にしても柳枝さんが強いのは当然として、やっぱ親父もそれなりに戦えるんだな」
「お? ようやく悠真も父ちゃんを尊敬する気になったか?」
「まあ俺の方が100倍は強いけどな」
「言い返せねえとこがムカつくな……」
自分で言っておいてなんだが、100倍は流石に言い過ぎな気もするな。
戦えばまず俺の方が強いのは確実だが、やりようによっては未菜さんやローラなどのWSR上位勢にも引けを取らないほどだ。
下手すりゃ、武器を持てば未菜さんたちと互角に戦えるかもしれない。
そもそも素手でこの階層のモンスターを倒せるのなんて世界中を見ても片手で数えられる程だろう。
ぱっと思いつくのは俺と親父、それからWSR2位の大統領お付きの軍人――確かデイビッドとか名乗ってた――に、感情でパワーが上昇する7位のフランス人女性、イザベラあたりかな。
レイさんやルルあたりを含めればもうちょっと増えるが、まあ彼女らはこの世界の人間ではないしとりあえず良しとして。
さっきの背後に迫っていたオークに殴られても多分たんこぶが出来る程度で済んでいただろう。
魔力量は柳枝さんより多いもののWSRで50位以内に入ってこないくらいなのだが、魔力による肉体強化の質が高いのだ。
まあ、シエルやガルゴさんに10年くらい色々教えてもらってたらしいしな。
……にしてもこのパーティ、全員近接戦闘オンリーなんだよな。
全員がそこそこに魔法を使えるとは言え、ぶっちゃけ殴った方が早い。
恐らく大抵の人は魔法の方が強くなるのだが、親父も柳枝さんも近接戦闘能力が高すぎるのだ。
「おっ、そうだ。いいこと思いついたぞ」
親父が道路に立っている標識をへし折って武器にしようとしているのを見て、俺は溜息をつくのだった。
2.
「真意層も完全に東京の見た目なんだなぁ。あちこちボロボロだけど」
あの後何度かモンスターとの戦闘があり、ベコベコになった止まれの標識を担いだ親父がぼやく。
厳密には武器ではない上に新宿ダンジョンの未掃討エリアはどれだけ破壊しても罪に問われないので柳枝さんもとりあえず静観はしているが、絵面が超絶アホである。
後で写真に撮って母さんに見せてやろう。
「何があった世界観なんだろな、このボロッボロの東京」
親父が崩れかけのビルを見上げながら言う。
この辺、結構危ないよな。
ここまで来られる探索者ならば建物が崩れてきても十中八九問題はないだろうが……
柳枝さんが顎を触れながら呟く。
「案外、平行世界の東京だったりするかもしれないな」
「……平行世界ですか?」
「異世界があるのだから、平行世界があったとしても不思議ではない……かもしれないだろう?」
「……確かに」
そもそもの話、9層までとは違い、急にボロボロになって荒廃した東京になるのは何か意味があるとしか思えない。
平行世界なんて線も無くはないのかもしれないな。
……だとしたら次の階層は俺が<魔弾>で全部ふっ飛ばしてしまったところになるので、平行世界の皆さんには申し訳ないことをしたな。
いやでも元々人は住んでいないのだからやっぱり関係ないのだろうか。
そもそも平行世界説も、柳枝さんの発言だとは言えただの思いつきなのであまり気にしても意味はないか。
この説は後で知佳へ適当に情報提供しておこう。
必要ならそこからシトリーやシエルにも伝わるだろうし。
「――ん?」
ふと、親父が何かに気付いた。
かと思えば、
「うおおっ!?」
その場から勢いよく飛び退いた。
崩れかけのビルの瓦礫の間からにじみ出るように出てきたのは――
「……影でできたゴブリン、か。そういえばそんな報告を君から受けていたな」
柳枝さんがブリューナクを構える。
影でできたゴブリンはざっと見たところ5体。
記憶にある限りでは大した強さではなかったので簡単に撃退できるだろう。
だが――
問題はそこではない。
「……影のモンスターって、あいつがいなくても出てくるものなのか?」
あいつ。
吸血鬼の依代を用いて俺にコンタクトしてきたセイランの仲間で、シトリーたち四姉妹を精霊に変えたのが自分たちだとカミングアウトしてきた奴だ。
あいつを倒したことによって得たスキルブックで知佳が<影法師>を得たのだから、影でできているモンスターがあの吸血鬼の能力だったということに間違いはないはずなのだが……
奴がまたこの階層にいるのか?
その考えに至ったタイミングで、ゴブリンたちの奥から人影が現れた。
そいつは黒いマントを羽織っていて、赤黒い悪趣味なタキシードを身につけている。
髪は灰色で、口元に鋭利な牙が生えていた。
「おっ、吸血鬼か? 日本の妖怪だけじゃなくてこういうのも出てくんだな」
軽い口調ではあるが、親父も警戒するように一歩後ずさった。
そう、どう見ても吸血鬼だ。
だが、あの時出会った奴とは雰囲気が違う。
なんというか――こちらを見る目には人の感情を感じられない。
奴がモンスターを依代にしていたのは間違いないだろう。
つまりこの吸血鬼は純度100のモンスターで、中身もセイランの仲間ではなくただの吸血鬼……ということだろうか。
「……戦ってみりゃわかるか」
何かあったらすぐにスノウたちを転移召喚できるように心構えだけはしておこう。
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