第209話:塔の欠片
1.
スノウたちの作り出した巨大な雨雲は一週間以上に渡る大雨を降らせた。
水の都と呼ばれるだけあってハイロン聖国の水害への意識は高く、それで何か大きな被害が出るということもなかったのは幸いか。
聖王はクーデターの際に自害したということになった。
そして聖都に住む多くの住民が目撃することになった赤黒い肌の巨大なオークは聖王サイドが用意した悪魔で、聖騎士団とシエルの尽力により討伐された、と。
聞く人が聞けば一発で嘘だとわかるような内容ではあるが、目撃した数十人の聖騎士と兵士が口を割るようなことはまずないので問題ないだろう。
なにせ、聖王が豚悪魔へ変貌した瞬間の一部記憶をシエルがふっ飛ばしてしまったからな。
あれを覚えているのは俺たちに加え、聖騎士団長のリーゼロッテさんのみ。
聖騎士団長と便宜上言ったが、実際のところ現在の彼女は聖騎士団長ではない。
元々、聖王という王様がいた国なので今の所は彼女も国王を名乗っているが、いずれ民主主義国家にするつもりだそうだ。
その辺りはもう完全に俺たちの立ち入る隙はないのであまり触れはしないが。
ちなみに、宗教国家でなくなったので聖騎士もただの騎士団になっている。
その他ごたつきもあるにはあるが、落ち着くまでは結局例の豚悪魔を討伐したのとほぼ同時刻に自壊したという<滅びの塔>関連の話や、俺たちの世界への戦力派遣についての話なんかは出来ないだろうとのことで、今は一旦色々動くのをやめている。
シエルもハイロン聖国――ハイロン王国のクーデターを手伝った直後に別国へ交渉なんてしにいったら、この国でもクーデターを起こすつもりかと思われるので迂闊には動けないしな。
とは言え。
異世界での活動は一旦休止としたところで、こちらの世界でやることはまだまだ山積みである。
まずは――
「最近は頻繁に会いに来るねえ、悠真クン。僕との時間がそんなに楽しいかい?」
「否定はしませんけどね……おい知佳、足踏んでるぞ」
「大丈夫、わざとだから」
俺と知佳は天鳥さんの研究所へ来ていた。
今回は彼女の研究に成果が出たから来た、というわけではなく――
「……ふむ、これがその<滅びの塔>の残骸か」
様々な形、大きさの黒い鉱石――のようなもの。
黒と言っても本当に真っ黒で、光を全く通さないので、間違いなく現実に存在しているのに合成された画像を見ているような印象を抱くのだが。
確かこういう塗料とかあったよな。
反射率が滅茶苦茶低いなんたらブラックみたいなの。
「材質とかわかります?」
「触っただけではなんとも言えないね。重さは……少なくとも同体積の鉄よりは重いような気はするな」
天鳥さんは人差し指の第一関節程度な大きさの欠片をつまんでまじまじと眺める。
確かに、<滅びの塔>の欠片、結構重いんだよな。
今までは
材質が判明すれば、もしかしたらもっと容易に破壊する方法が見つかったり――ダンジョン化させる絡繰りだったりもわかるかもしれない。
いや、流石にそこまでは期待していないが。
ちなみに同じものを現在、ダンジョン管理局とハイロン王国の研究部にも研究してもらっている。
一番期待しているのはハイロン王国の研究部だな。
やはりこういう不思議物質に関しての研究は異世界の方が進んでいるだろう。
「この大きさでも君の力で砕けないのかな? 悠真クン」
「無理ですね。どんな魔法をぶつけてもびくともしないです。マグマに浸けても焦げ跡一つ付きませんし」
「ほう」
ちなみにマグマに浸けても、というのは比喩ではなく実際にやってみた結果だ。
「物を脆くするというとやはり簡単なところは熱したり冷やしたりすることだが……」
「試しましたが、無理でしたね。スノウとフレアにやってもらってるんで、試行回数が足りないから無理、とかそういう問題ではなく――」
「そもそも破壊するのが不可能だと考えた方が良い、か」
天鳥さんが欠片を机の上に置いて腕組する。
身長の割に大きい――大きすぎる胸がその腕の上に乗っている。
壮観である。
隣に立つ知佳に再び無言で足を踏まれた。
ゴメンナサイ。
「理論魔法だか消滅魔法だか、君の魔法で一部を消し飛ばすことはできるかい?」
「できますよ」
少し精神を集中させて、耳かきの綿毛くらいの大きさのホワイトゼロを発動する。
それで欠片の一つをちょっとだけ削る。
これだけ小さくても魔法の威力は健在だ。
しかも小さかろうが大きかろうが魔力の消費量は半端じゃない。
というか、大きさと魔力の消費量がどう考えても比例していないのだ。
謎である。
今の所、俺の魔力をそっくりそのまま使える四姉妹やシエルにも何故か再現できない魔法なので何故そんなことになるのかもわからない。
「うむ、綺麗な断面だね。ダイヤモンドカッターよりよほど役に立ちそうだ。切断ではなく、消滅になってしまうのはネックだが。細い糸みたいにできたら良いのだけれど」
「流石にそれは無理ですね……」
少なくとも今は球体でしか再現できない。
ダイヤモンドカッターや糸鋸の代わりになるかはともかくとして、形状も自在に変えられるのなら使い勝手も変わってきそうだが……
早い話、剣の刃の周りとかに這わせられるようになればなんでも斬れる刃物の完成だ。
天鳥さんは部屋に置いてある顕微鏡に欠片をセットして鼻歌交じりに観察している。
「先輩、楽しそう」
「飽くなき探究心ってやつなんだろうな」
「ここ何年かはずっと退屈そうにしてたから良かった」
「退屈そうに、ねえ」
今の彼女からは想像もつかない姿だ。
いや、初対面の時はどことなくダウナーな感じを漂わせていたが、確かに今はいつ会っても楽しそうにしている。
完全に疲れを消し飛ばしてくれるエリクシードのお陰というのもありそうだが。
しばらくして天鳥さんが目を輝かせて俺たちの元へ戻ってきた。
「何かわかりました?」
「いやー、何もわからないな! 素晴らしいものだよこれは!」
……何もわからないのに素晴らしいのか?
「より高性能の顕微鏡でないと何もわからないね。少なくともこの部屋にある顕微鏡では肉眼で得られる情報以上のものは出てこないよ」
「……もっと細かく見れる顕微鏡はここにあるんですか?」
「もちろんあるとも。なにせお金はどれだけ使ってもいいと言われているからね」
「そりゃ幾らでも使っていいですけど……」
細かいことは俺は把握していない。
綾乃に聞けばわかることだし。
ていうか綾乃がわかってれば困らないし……
「まあ、時間はかかると思うよ。なにせ何もわからないの状態からのスタートだからね。破壊検査も物理的な問題で難しいし」
「あまり細かい制御はできませんけど、できる範囲で手伝いますよ」
「それはいい。君に会う口実がまた一つ増えたな」
ふ、と天鳥さんが微笑む。
見た目はちんまいのに表情はどこか大人びていてドキッとしてしまう。
なんてことを考えていたら知佳に脇腹をつねられた。
俺が悪いわけじゃないのに……
「さて、これについてはまだまだ時間がかかるとして――今日は悠真クンも知佳も時間はあるのかい? 久々に三人で楽しもうじゃないか」
「わかった。先輩に負けてばかりもいられない」
知佳が頷いた。
どうやら俺の意見は聞いていないらしい。
まあ、断る理由もないんだけどね。
2.
翌日。
一応俺も社長なので、様々な書類に目を通してはんこを押すくらいの仕事はある。
内容はぶっちゃけ半分も理解していないが、事前チェックが綾乃と知佳、そして時にはウェンディの目によって入っているわけなので機械的にポンポンはんこを押しているだけでも何も問題はない。
というわけで俺がア◯パ◯マ◯マーチのリズムに合わせてはんこをポンポンしていると、どうやらこれからダンジョンへ行くらしい装備をした親父が、そんな俺の様子を見ながら呟いた。
「ほんとにシャッチョさんってそんなことするんだなあ」
「なんで歓楽街の外人キャッチ風なんだよ。俺以外の社長がこんなことしてるかは知らないけどな」
未菜さんとかどうしてるんだろうか。
「悠真、今お前忙しいか?」
「見りゃわかるだろ。暇そうな親父とは違うんだ」
「そうかそうか、そりゃ残念だな。実は今日、新宿ダンジョンに行くんだが」
「いってら。あまり深いとこには潜るなよ」
「お前は俺のパパか。俺がお前のパパなはずなのに」
「で、なんだよパパ。忙しいからあんまり構ってられないんだが」
俺と親父の会話はどちらかがボケ始めるとツッコミもそこそこに両方がボケ始めるのでなかなか本題まで進まない。
とまあ、それは置いといて。
「利光がお前も暇そうなら連れてこいって言ってたんだが、来るか?」
「行く」
即答だった。
「……忙しいんじゃないのかよお前」
釈然としない様子で親父がぼやいた。
親父に構っている暇はなくとも、柳枝さんとダンジョンに潜るというのならはんこ押し作業なんて後回しに決まっているだろう。
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