第206話:守護者
気合いを入れて聖宮まで来たのは良いのだが、そこでの戦闘は既にほぼ終わっていた。
結局団長――リーゼロッテさん側、つまり新体制側についた聖騎士は全体の9割以上になり、残りの聖騎士も戦力差を見てすぐに降伏。
近くにいた聖騎士に聞いたところ、魔導兵器なる装備を持つ兵士が5000近く応戦したようだが問題なく制圧したそうだ。
というか、軍隊側もあまりやる気がなかったというか、一応抵抗はしたがそこまで本気でのものではなかったらしい。
俺たちが加わるまでもなく戦力差は歴然としていたようだ。
そして――
もはや逃げることも不可能だと判断されているのか、拘束すらされていない聖王が顔面蒼白で玉座の間の地べたに座り込んでいた。
近くには一応団長と三名ほどの聖騎士がいるので、まあ何かをしようとしたところでそもそも抵抗も無意味だろう。
「……シエル殿」
シエルに気付いた団長がこちらに頭を下げてくる。
「よせ、おぬしはこれから一国の主じゃぞ。わしごときに軽々しく頭を下げるな」
それを制したシエルは呆然と俺たちを眺める聖王を一瞥する。
「惨めじゃな。権力にあぐらをかいて何もしなかった果てがそのザマじゃ」
「なっ……げっ、下賤な森の亜人ごときが! 誰に向かって口を利ぐはぁっ!?」
途中で聖王の言葉が遮られたのはスノウの氷弾が顔面に炸裂したからだ。
容赦ねえな……今のかなり痛そうだったぞ。
聖王は今の一撃で気を失ったのか、鼻血を出しながら白目を剥いてひっくり返ったままだ。
「そこのクズはもう何もできないだろうし、これで終わりかしら?」
「いや、聖王を裏で操っていた者共をまだ捕えられていない」
スノウの言葉にリーゼロッテさんが首を横に振る。
そういえば風魔法でこそこそ密談していた相手もいるんだよな。
そいつらがまだ捕まっていないとなると、この聖王だけを国外追放なりなんなりしたところで、腐った権力を根絶やしにしたとは言えないだろう。
「しかし実際のところ、このクーデターはほぼ成功したと見ていいだろう」
周りを見渡すと、既に抵抗の意志を示す兵士は皆無。
聖騎士たちは彼らの治療に当たっている程だ。
しかし1000に満たない人数で5000人近くをあっさりと制圧してしまうとは……
この聖宮の中だけでなく、外でも戦闘の痕はちらほら見られたとは言えそれらも大したものではなかった。
本当に勝負は一瞬でついたのだろう。
流石に元々クーデターを計画していたっぽいだけのことはあるな。
多分、聞いても認めはしないだろうけど。
「団長、報告が!」
鎧を着込んだ聖騎士が息をきらして走ってくる。
こういう時って全身鎧キツそうだよな……
なんて思う暇もなく、衝撃の情報がもたらされた。
「我々が追っていた上層院の貴族が皆殺しにされていました! 犯人は不めっ――」
ガラン、と重い音を立てて兜が地面に落ちた。
走ってきて疲れたから脱ぎました、なんて話じゃない。
頭部を失った体がよろよろと数歩動いて、ガチャリとその場に崩れ落ちる。
冗談みたいな量の血が、聖騎士の頭があるべき場所から溢れていた。
「なっ……」
呆然とする俺の前にウェンディとシトリーが立つ。
「総員警戒ッ!! 何かいるぞ!!」
団長が声を張り上げ、周りにいた聖騎士や兵士たちに活を入れる。
「――そこじゃな」
シエルが虚空に腕を伸ばすと、聖宮の床がうねって空中へと伸びた。
まるで蛇のようなそれはしかし、空中でバラバラに刻まれて何かに阻まれる。
「逃がしませんッ!」
フレアがすぐに続く。
空中へ向けての炎なので被害をあまり気にしなくていいと判断したのか、空間ごと抉り取るような凄まじい熱量と威力の炎。
しかしそれも途中で阻まれ――
その男は姿を現した。
真っ黒な喪服のようなスーツに黒い髪。
本来ならば目のある部分はまるで闇に飲み込まれているように全てが黒く染まっている。虹彩も瞳孔も白目も全部一緒くたに真っ黒だ。
かなり不気味である。
身長は俺よりも幾分か高い。
男は慇懃無礼に腰を折り曲げる。
「私はベリアル。<塔の守護者>でございます。以後お見知り置きを」
「塔の――」
何故だ。
塔の守護者――アスカロンの時はバンと名乗る男だった。
塔を破壊しようとする俺たちを阻止するべく現れた奴はアスカロンに敗れ、塔の喪失と共に逝った。
しかしこいつはなんだ。
俺たちは塔を破壊する為に動いてはいるが、まだ実際に塔の目の前まで行ったわけでもない。
それにルルの故郷近くにあったものを破壊した時は守護者が出てくる気配もなかった。
「以後なんてものは無いわ。怪しい奴はここでぶっ殺す」
スノウがそう宣言するのと同時にベリアルの体が分厚い氷に包まれる。
即決即断。
避ける間もない永遠の氷――のはずだった。
「全く、野蛮ですね。どうやら品性までは美しくないようだ――っ!」
しかし氷は儚く砕け散り、残った氷の礫を払うような仕草を取るベリアルに今度はウェンディが凄まじい速度で回し蹴りを入れた。
魔力での強化が全開なのと、恐らく自分の風で動きをブーストしたのだろう。
まともに喰らえば喰らった部分が塵となって吹き飛びそうな威力の蹴りだったが、それをベリアルは片手で難なく受け止めている。
ベリアルは少し眉を顰め、手刀を構え――
俺がその腕を掴んだ。
「お前、魔法が効きづらいか、そもそも無効かってとこだな」
「よくお気付きで。褒めてさしあげましょうか?」
「野郎から褒められたって嬉しかねえよ!!」
手加減抜きの全力の前蹴り。
ウェンディのそれも凄まじいものだったが、体術の破壊力だけで見れば俺に軍配が上がる。
流石にその場で受け止める、なんてことは出来なかったようで、後ろに大きく蹴り飛ばされたベリアルはしかし、もうもうと立ち込める砂埃の中からほとんど無傷で出てきた。
魔法無効な上に物理も効きにくいのか?
バケモンじゃねえか。
「勘違いなされているようですが、私は何も貴方達を今殺そうとは考えていませんよ?」
肩を竦めるベリアル。
「今殺そうとってことは、後で殺す気満々なんだろ。ならここで仕留めてやるよ」
幸い、四姉妹に加えてシエルまでここにはいる。
ほぼ最大戦力だと言って良い。
「いえいえ、それは困りますね。これはゲームなのですから、順序立てて遊んでいただかないと」
ベリアルの声は背後から聞こえた。
誰も――シトリーでさえ反応できない速度。
もはやそれは高速移動というより、瞬間移動に近いような感覚だった。
「カッ……ガッ……は、はな……はなせ……ッ!!」
慌てて振り向いた俺たちの視線の先には、ベリアルに首を掴まれて悶える聖王がいた。
「……お前、一体何をしようとしてやがる」
「ですから、ゲームですよ。あの御方と――あなた方に少しでも楽しんで頂く為の」
ベリアルは左手を聖王の胸――心臓がある辺りに突き立てる。
「あがっ……ガッ……アギッ……」
ビクビクと聖王の体が震え始まる。
「シエル!」
「わかっておるわい!」
シエルの魔法が発動して、呆然と成り行きを見守っていた聖騎士や兵士をこの聖宮の床ごと遠くへ追いやる。
まるで動けないでいた団長も同じように、だ。
彼――否、彼女を不甲斐ないと罵ることはできない。
精霊たちの魔法も通用せず、俺の全力の蹴りですらまともなダメージが入っているようには見えなかった。
そこらの聖騎士とは一線を画す魔力の持ち主である彼女だが、それでもあのベリアルの前では赤子同然だろう。
「さて、今この使えないグズに入れたのはこの国にある塔の
首を掴んでいた手を離し、悶え苦しむ聖王がどちゃりと床に落ちる。
「塔の……核だと?」
「ええ。つまり彼を殺せば塔も破壊できます。簡単なルールでしょう?」
「……要はそいつを殺せばお前も死ぬのか?」
「いいえ、私は全ての塔を破壊した時点で絶命するようになっていますから」
ギイは塔を破壊することによって死んだ。
元々アスカロンとの戦闘で虫の息ではあったが……
どうやらこいつは少々特殊らしい。
そもそもあの塔が幾つも降ってきている時点でおかしな話ではあるのだが。
「随分親切に説明してくれるんだな」
「ゲームはルールがよくわかっていないと不公平でしょう?」
ゲームか。
とことん遊び感覚でいるらしい。
「……迂闊な奴じゃな。わしらがそれを聞いて、おぬしのような危険人物を放っておくわけがないじゃろう。こうなれば無理やりにでも全ての塔を破壊するぞ」
「おっと、それは困りますね」
ベリアルはわざとらしく肩をすくめた。
人を小馬鹿にするのが好きなようだ。
「ちゃんとそれぞれの塔に面白いゲームを用意してあるのです。こちらの準備もまだ整っているわけではありませんし、フライングは一本までとさせていただきます」
一本まで――
つまり俺たちが以前破壊した塔のことを言っているのだろう。
「……わたしたちがそれに乗る理由は無いように思うのだけれど?」
シトリーの指摘にベリアルは不思議そうに首を傾げる。
「そうですか? 言い換えれば、全てのゲームを乗り切ればこの世界は救われるということです。私としてもあの御方に楽しんでいただきたい。故にもちろん、あなた方に攻略不可能な難易度にはしませんとも」
「あまり舐めて貰っても困りますね」
目の据わったウェンディが一歩前に出る。
本気でここで仕留めるつもりなのだろう。
シトリーの体術は防御専門だ。
俺とウェンディが中心となって攻撃を組み立て、スノウたちに援護して貰えばこの場で奴を倒すことも可能かもしれない。
「ではこうしましょう。あなた方が問答無用の塔の破壊という強硬手段に出るのならば、私は今すぐ死にます」
「何を――」
「この世界ごと、ですが」
「……!」
両手を広げ演説するかのように声をあげるベリアル。
「塔には自爆機能が付いています。その爆発範囲は――そうですね。あなた方にもわかるように言えば、一つだけでも地球の表面積の3割程を焦土と化す程のもの。数千年前、とある失敗から我々は学んだのですよ。どうしようもない時は無かった事にすれば良い、と」
数千年前の失敗……?
それはまさかアスカロンの世界のことじゃないのか?
そうか、失敗に終わってるのか。
あの後も――無事だったのか。
思わず頬が緩みそうになるのを堪える。
「不公平ね。結局あたしたちがあんたらのゲームとやらに乗っかっても、最後に爆発オチで終わりますって宣言してるようなものよ、それ」
「いえいえ、ゲームの結果ならば受け入れますよ。そこの役立たずとは違って、私は本気であの御方を信奉しています。ゲームの末の敗北ならば、あの御方は潔く受け入れよと仰るでしょうから」
途中、未だ悶え苦しむ聖王を一瞥したベリアルは恍惚とした表情で空を見上げる。
「ああ! しかし私は勝利しますとも! 見ていてください! 私の勇姿を! 極上のゲームを!!」
「…………」
よくわかった。
こいつに会話とか交渉は通じない。
「……ならお前の用意したシナリオとやらに乗って俺たちは塔を破壊すればいいのか? 自分たちでは動くな、と?」
「いえいえ、これまで通り、順序立てて動いて頂くのなら歓迎ですとも。私もそれに合わせてシナリオを練りますから」
「……どこまでもふざけた野郎だな。全部掌の上ってか?」
「おお……そのように憤られると私としても心苦しいものがあります。しかし事実その通りですから、ここは抑えていただきたく」
大仰に嘆く様子を見せるベリアルだが、単にこちらを挑発したいだけだろう。
いい性格してやがるな。
「あなた方がルール違反をしないのであれば、私もそれに則ります」
「それを信じろと?」
「あの御方の名に誓って」
乗るしか……ないか。
冷静に考えれば、今までやろうとしていたことに、こいつの介入が加わるというだけの話だ。
それにいつ何が起きるかわからなかった<滅びの塔>にある程度の秩序が生まれたという見方もできなくはない。
「しかし――既に一本は破壊されてしまいました。そのペナルティは受けていただきたいのです。互いの信頼関係の為に」
「……物は言いようだな。あの塔で何を用意してたかは知らねえが、お前のシナリオが台無しにされた腹いせだろ」
「腕の一本でもいただきましょうかねえ。もちろん治癒魔法を施す施さないは勝手ですが」
話を聞いていない様子のベリアルはそう呟いた。
……仕方ない。
「くれてやるよ。ほら」
俺は左腕をベリアルの方へ伸ばした。
「そう簡単にゃ持ってけねえぞ。もっと近くに来いよ」
「良いでしょう」
ベリアルは特に警戒する様子もなくこちらに歩み寄ってくる。
ここで俺たちが戦闘行為に走っても益はない。
そう踏んでいるのだろうし、事実そうだ。
「マスターの腕を渡すくらいでしたら、私が代わりに――」
「大丈夫。俺を信じろ」
ウェンディを制して、全員の目を見回す。
どうやらフレアとシトリー、そしてスノウは何も言わずに近くへ来たベリアルを攻撃するつもりだったようだが、俺の目を見てすっかり毒気が抜かれたようだ。
「……本当に大丈夫なんじゃな?」
「ああ、大丈夫だ」
最後にシエルがそう確認するのと同時に、ベリアルが俺の目の前に立った。
「では――」
ニヤリと笑ったベリアルが右手で手刀を構え――
シュッ、と振り下ろされたその右手が消えた。
「――は?」
「よし、これで腕一本だ。誰の腕とは言ってねえんだから、ルール違反じゃねえよな?」
呆然と突然消え去った自分の右腕を見つめるベリアル。
「……どうやら私を舐めているようですね、召喚術師」
「逆上して何かしようってんならそれこそルール違反ってやつじゃないか? お前のシナリオには乗ってやってるんだぜ」
「……よろしいでしょう」
何か言ってくるかと思ったが、ベリアルはあっさりと引き下がった。
どうやら本当に己の定めたルールから逸脱することはないようだ。
はっ、一本取ってやったぜ。
色んな意味でな。
ちなみに、魔法も効かない上に俺の膂力も通じない相手の右腕をどうもぎったかと言うと、究極の破壊魔法――<ホワイト・ゼロ>に頼らせてもらった。
あの塔ですら破壊することのできる魔法だ。
こいつの体程度ならどうとでもなると思ったが、狙い通りだな。
無詠唱で使うと小さい上に一瞬で消えてしまうようだが、対人戦で使うとなればむしろそちらの方が都合は良いかもしれない。
これからもなるべく活用していこう。
「それではまず第一の関門です。権力で醜く膨れ上がった豚を討伐していただきましょうか」
そう言ってベリアルは姿を消した。
醜く膨れ上がった豚?
なんの――
「悠真ちゃん、下がって!」
シトリーの声でハッとして咄嗟に後ろへ飛ぶと、すっかり忘れていた聖王の様子が明らかにおかしい。
体は元々人間だったとは思えぬ程に変形し、肌は赤黒くなっている。
そして――
その体が、とんでもない魔力と共に一気に膨れ上がった。
20メートルはあろうかという聖宮の天井を突き破り、赤黒い肌の巨大なオークのような何かに成り果てた聖王が叫ぶ。
「おいおい……」
こんなのありかよ!
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