第205話:ハプニング

1.


 

 決行当日。

 最後の打ち合わせをする為に、団長――アインハルトさんがいるという部屋を俺がコンコンとノックする。


「……?」


 しかし反応がない。

 

「人の気配はしますが……」


 ウェンディの言葉に、もう一度俺はノックをしてみた。

 しかし返事はなく――

 ガタンッと中から大きな音がした。


 続いてドサドサと紙か本のようなものが落ちる音。

 ウェンディの言う通り、明らかに中に人はいる。

 しかし返事がない。

 シエルが眉をひそめる。


「もしや……」


 今はクーデター直前だ。

 何か聖王側に勘付かれて、彼に危険が迫っているのかもしれない。


 即座にその可能性に行き着いた俺は躊躇いなく扉に手をかけ――


「悠真、ちょっと待――」


 シエルの制止の声を聞く前に、鍵ごと破壊して開けてしまった。


 そう。

 

 

 そこには聖騎士団長アインハルト――ではなく。

 一人の女性がいた。


 青く長い髪に、美人だが凛々しい顔立ち。

 雰囲気は未菜さんに近いだろうか。

 掌に収まるくらいな丁度良いサイズの乳房と、女性らしい丸みを帯びた臀部は黒いアンダーウェアのように包まれているだけで腕や足、へそなどは惜しみなく曝け出されている。


 そして彼女の足元には、鎧と先ほど音を立てた正体であろう紙の束がある。


 脱ぎ散らかされた鎧は白色で、金色のラインが入っていた。

 見覚えがある。

 見覚えがあるっていうか、あれ、アインハルトさんの鎧だ。

 

 刹那、俺の脳裏に二つの可能性が過ぎった。


 一つ。

 彼女はアインハルトさんを殺害、もしくは動けないようにして成り代わろうとしていた最中である。


 そしてもう一つ。

 彼女こそがアインハルトさんの正体で、渋いおっさんだと思っていたら凛々しいお姉さんだった。


 

 こちらをぽかんとした顔で見る青髪の彼女と目が合う。

 みるみるうちに彼女の顔が真っ赤になっていって、なんなら涙目になっていた。


 俺は扉を閉めて外へ出る。

 どうやら開ける際に無理して開けてしまったのが祟ってちょっと破損しているようで、ちゃんと閉まらないのだが。


 そしてシエルたちの方を振り向いた。


 女性陣の冷たい視線が俺に突き刺さっている。

 俺は両手を上げた。


「無実だ」





 しばらくして、中から俺の知るアインハルトさんの声が聞こえた。


「もう良いぞ」


 と。

 なので俺は今度は慎重に扉を開けて中へ入る。

 それに続いて、シエルと姉妹たちも。


 そこには以前見た、全身の鎧を着込んだアインハルトさんがいた。

 明らかにおっさんの渋い声なのだが、中身はどう見ても女性だった。

 

「先程は見苦しいものを見せた。忘れてほしい」


 アインハルトさんは言う。

 しかし忘れられるはずもない。

 それ程までに衝撃的すぎた。


「……そういうわけにもいかないか」


 俺の様子を見たアインハルトさんががっくりと肩を落とす。

 おっさんが落ち込んでいると考えるとシャキッとしろよと思うが、中にはあの凛々しい女性が入っているのだと考えるとちょっと萌えるかもしれない。 


「……私はリーゼロッテ=アインハルト。聖騎士団長を務めている。訳合って男性のフリをしていたが、実のところは女だ」


 ガツンと頭を殴られたような気分だった。

 将来はこういう渋いおっさんになりたいと思っていた相手がまさかの女の人だった。

 しかもリーゼロッテって普通に可愛い名前で。


 アインハルトって名前じゃなくて姓の方だったのか。


「あー……すまん。実はわしは気付いていた。変声魔法まで使って誤魔化しておるのじゃから、言わん方がいいと思って悠真にも黙っておったんじゃ」

「……なるほどな」


 シエルがそろそろと手を挙げる。

 なるほど、魔法で声音を変えていたのか……

 顔を見せない理由っていうのも、謎多き男でもなんでもなく、単に女性であることがバレないように。

 

「特に悠真に女性じゃということを知らせると何をしでかすか……」

「別に何もしねえからな!?」


 一体俺のことをなんだと思っているんだか。

 こちとら健全の塊だ。

 非常に心外である。

 異論は受け付けない。


「ええと……なんで男性のフリをしていたのか聞いても?」

「この国で女なのに男のフリをしてる理由なんて簡単よ。聖王とかいう豚野郎に目を付けられない為でしょ」


 アインハルトさん……もといリーゼロッテさんが答える前にスノウが答えた。

 それに彼……じゃなくて彼女も頷く。

 ええい、ややこしいな。


「そういうことだ。団員からの勧めでずっと正体を隠していた。とは言っても私の正体を知る者は一部だが……」

「とりあえず変声魔法はオフにしてもらえません? 知っちゃった後だと違和感が……」

「ああ……すまない」


 渋い声がハスキーだが、とても男性とは思えないトーンになる。

 しかし綺麗な声だ。

 少年役の声優とかやれそうな感じ。


「いずれ話すつもりではいたが、クーデターをするには余計な情報だと思っていた。許してほしい」


 そう言ってリーゼロッテさんは頭を下げた。


「まあ、別にいいんですけど……」


 男の人だと思っていたからさっきの扉強行突破もとりあえず不問に終わりそうだし。

 意外とこういうのに厳しいシトリーからのガチ説教は免れそうだ。


「事実、おぬしが男か女かなど作戦の成功確率には関係ないからのう。強いて言うならうちのスケベが意識してしまう程度じゃ」

「そこまで節操なしじゃないぞ俺も。なあ?」


 …………。

 ……。


 誰も返事してくれなかった。

 自分の胸に聞いてみると心当たりしかなかったよ。


「悠真ちゃんの浮気性は今は置いといて、時間もあまり無いし作戦について詰めましょうか」


 シトリーがパンと手を打って空気を切り替えてくれた。

 しかししっかりと俺にダメージも与えていくのだった。



2.



 平和な聖都にサイレンのような警告音が鳴り響く。

 

『――緊急事態、緊急事態。住民の皆様は直ちに屋内へ避難してください』

『――緊急事態、緊急事態。住民の皆様は直ちに屋内へ避難してください』


 機械的なアナウンスが流れる。

 

「凄いなこれ、どうやって流してるんだ?」

「私がよくやる<風送り>の応用です」

「へー……」

「……私もやれますよ?」

「いや、わかってるから」


 素直に感心する俺を見てちょっと張り合おうとするウェンディ。

 俺だって彼女が風魔法でできる大抵のことは再現できるということくらい理解している。


 

「緊急事態? なんだそりゃ」「こんなの初めてだな」「どうせ聖王サマがまた何か始めたんだろう」「それにしても不気味な音ね」「本当に何かあったんじゃないか?」「何かってなんだ。戦争でも始まるのか?」


 

 とりあえず俺たちは公園のような広場で待機していたのだが、人々の反応はあまり芳しくなかった。

 良くも悪くも、聖騎士という絶対的な権力と力の象徴がいるので彼らの危機意識もあまり無いのだろう。


 しかし――


 聖宮の方からドガ――ン、と長く響き渡る爆発音が聞こえると、人々は蜘蛛の子を散らしたように逃げ惑い始めた。

 

「よし、シエル。もう少し経ったら防壁魔法を民家や道路に。俺の魔力は幾らでも持っていけ」

「わかっておるわい。本来、これだけ大きな都市全体を守ろうと思ったら凄腕の魔道士が1000人単位で必要になるんじゃがな」


 人々がある程度散ったタイミングでシエルが防壁魔法を都市全体へかける。

 ぴぃん、と張り詰めるような魔力が地面を伝って建物の壁や上の方まで伝っていくのがよくわかる。


 なにせ実質使われているのは俺の魔力だからな。

 逃げ遅れた人々も建物内には入れるように入り口付近だけは覆わないようにしているなど、かなり細かなコントロールをシエルがしているのが伝わってくる。


 凄いな、見てもいない場所までしっかりとカバーしている。

 炎や氷、風や雷などの魔法は姉妹たちに劣るが、やはり『在るものを操る』という魔法に関してはシエルの右に出る者はいない。


 在るものを操ることができるのなら、その物の状態を把握するのもお手の物だということなのだろう。

 もちろんスノウたちにも同じことはできるのだろうが、そのスピードと精度は段違いだ。


 そしてその魔力による防壁を二重にも三重にも重ねて行く。

 もはや並大抵の魔法や兵器ではこの都市に傷ひとつ付けられないだろう。


 戦車とか持ってきてようやく壁にヒビを入れられるくらいだろうか。

 魔法基準で言えば、知佳や綾乃レベルの魔法ではもう手も足も出ない。

 

 それ程までに完璧な守りだ。


「良し。後は念の為、魔法や瓦礫が聖宮の方から飛んできても軽減できるように結界も張っておけば完成じゃ。あちらへ向かうぞ」

「OK」


 さて、いっちょやってやりますか。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る