第204話:不意打ち

 クーデターの決行はなんと3日後だそうだ。

 急すぎる気がするというか、明らかに急なのだが理由がちゃんとあるらしい。

  

 なんと3日後に現在の聖王が即位してからの周年イベントがあるのだという。

 とは言ってもこれは対外的に行うイベントでしかなく全国から兵士と聖騎士を集めて軍事パレードのようなものを開催し、それをもって他国への権力と戦力の誇示をするのだとか。


 映像を記録する特殊な魔道具なるものを用いて撮影するだけなので海外からの来賓を招くわけでもない。

 聖王の傍若無人ぶりは他国にも有名なので糾弾されたところでなんとでも言い訳もできる。


 更に早ければ早いほど聖王側に動きを察知され、他国の介入も受けづらい。


 とのことだった。

 それにしてもこのハイペースの実現は異常に感じるが……

 知佳は俺が物思いに耽っているのを悟ったのか、もぞもぞと膝の上で動く。


 なんでこいつ俺の部屋にいるんだっけ。

 ここ最近、知佳かフレアのどちらかがほぼ確実に俺の部屋にいるような気がする。

 一応ローテーションというか、順番は決まっているので本来はそんなことはないはずなのだが。

 今日はウェンディの日(意味深)なのだが、四姉妹はレイさんと一緒にお出かけしているのだ。

 帰ってくればウェンディが来るだろうから、その時くらいに知佳も退散するつもりなのだろう。

 俺の知らないところで上手く回っているものだ。


「案外、元々クーデターするつもりだったのかも」

「そこに俺たち……というかシエルが話を持ちかけてきたんで、これ幸いと飛びついたってことか?」

「そう考えないと、流石に早すぎる。多分聞いても本当のことは話さないだろうけど」

「なんでだ?」

「何か問題が起きた時、自分たちの独断で行おうとしていたかシエルに乗っただけなのかで評価が変わってくる」


 ……なるほど。

 強かだな、その辺りは。

 

「もう少し慎重に動いていればクーデターの動きがあったのにも気付けたかも」

「そこまで気付いてたら俺はもうお前のことがちょっと怖くなってくるよ。けど、聖騎士たちがクーデターしようとしてたところで俺たち的には問題ないよな? 話が早くなって助かるくらいで」

「うん、多分」

「……多分なのか?」

「一つあるとしたらこっちを土壇場で裏切るかもしれないってくらい。聖王につくんじゃなくて、私たちの介入を嫌がって。でもそれは多分ない」

「なんでだ?」

「こっちのリーダーがシエルってことになってるから。前聞いた話だと、お義父さんやガルゴさんと一緒に帝国を救ったこともあるって言ってた。帝国はあっちで一番大きな国らしいから、その国を敵に回すようなことはしたくないはず。むしろパイプを作りたいだろうからこの話も受けたんだと思う」


 ……そういえばそんなこと言ってたな。

 一時期親父たちが帝国に滞在してた理由が、ドラゴンだかなんだかを倒して皇帝に大層気に入られたからとかなんとか。

 つまり世界一の大国のトップとシエルは個人的な繋がりがあるのだ。


 そんな人物を裏切ってまで全てを自分たちの手柄にするつもりは相手にもないだろう、と。


 なるほど。


「……シエルってマジで凄い人なんだな」

「一人で複数の国と交渉できるくらいには」


 とんでもない重要人物を俺は自分に縛り付けてしまったのかもしれない。

 必要な救命措置だったとは言え、シエル自身を信奉している人とかにバレたりしたら殺されるんじゃないか俺。

 しかしそのお陰で世界の命運を左右するくらいの存在感を発揮しているわけで、なんとか大目に見て欲しいものだが。

 シエルがいなければもっと早い段階で詰んでる――というか無理やり塔を破壊せざる得なくて、下手すりゃあっちの世界は救えても俺たちの世界がどうにもならない、なんて事になるかもしれないからな。


 何度も言うようだがこっちの戦力が足りなさすぎる。

 知佳と綾乃のランキングが急上昇していて、特に知佳は既に100位くらいになっているのだが、まあそれでも、だ。


 未菜さんが2位に上がるのとローラの順位が上がるのも多分時間の問題だが……

 元々強い人たちが強くなるのも大事だが、問題は今の所戦力にならないラインの人たちだ。

 

 最低でもあと100人……いや、欲を言えば1000人は欲しい。

 アスカロンの世界で周りをダンジョン化させた<滅びの塔>の効力は凄まじいものだった。


 根本付近では最低限でも未菜さんやローラクラスの戦闘力がなければ話にならないだろう。

 離れていたとしても現在対応できるのは恐らくWSRで10位以内に入っているか、それに近い実力を持つ者だけ。


「そういや、俺の動画を出すとか言ってたのはどうなったんだ? 魔法の普及にも関わってくる話だし、なるべく早い方が良いんじゃないか?」

「もう完成してる」

「……出さないのか?」

「んー……」


 珍しく知佳が悩むような様子を見せた。

 普段は即決即断なのに本当に珍しい。


「何か問題でもあるのか?」

「動画の出来にはあまり。でも……」

「でも?」

「よく考えたら、悠真が必要以上に注目を浴びるのがちょっと嫌……かも」


 知佳は前を向いて膝の上に座っているので流石に表情までは見えなかった。

 

「…………」



 俺は膝の上に乗っていた知佳を持ち上げる。

 今日はウェンディのターンである。

 その前にハッスルしてしまったら絶対にウェンディがへそを曲げる。

 

 そしてそのまま横にストンと知佳を降ろした。


「……そういうのはずるいだろお前」


 知佳がいつも通りの真顔だったのに気付いて、からかわれているのだと気付いた。

 

「ドキッとした?」


 悪戯っぽく舌をちょっとだけ出す知佳。

 しましたよ。

 ちくしょう、いつもこいつには敵わないな。


「まあ、そういう事情も全くないってわけじゃないけど本当のところは悠真がまだこっちで動けない段階で上げてもフィクションを疑われるかなって」

「……つまりあっちのことが解決したらってことか?」

「早ければ早い方がいいのはわかってるけど、急いては事を仕損じるとも言うし」

 

 なるほど。

 確かに一理あるな。


「けど、WSRで10位以内に入ってる人たちには先に公開しても良いかなと思ってる。後は各国の首脳陣とか」

「俺が異世界で戦ってる様子を、か」

「そう。お金がある人たちならあの動画がCGを使ってるわけじゃないっていうことを専門家を雇って調べることもできるだろうし。そういう人たちにバレないようにCGを使うこともできるけど」

「妙に張り合おうとするな」


 やろうと思えば本当にやれてしまうのだろう。

 俺はこいつに関しては本気で完全犯罪しようと思ったらやれるだけのスペックを持っていると確信している。

 今は資金も潤沢にあるし、魔法だってある。

 ネットに繋がっている防犯カメラのハッキングだかクラッキングだかも余裕で出来るだろうし、そうじゃないカメラは魔法かスキルで破壊すればいい。

 というか、そもそもの話現状魔法やスキルを用いた犯罪に関しては法が整備されていないんだよな。


 その辺りも早急に進めてもらわないとなあ。

 まあ、俺が急かすまでもなく各国で進められているとは思うが。


「どうせならもっと派手な魔法とか撮るか? 行って撮って帰ってくるだけならぱぱっと済むだろ」

「魔法に関してはスノウとフレアの攻略映像の方が派手だから別にいい」


 ごもっともな話だった。

 炎と氷ってどう考えても映像映えするもんなあ。

 俺だって使おうと思えば炎も氷も使える――というか炎系統の魔法に関してはどちらかと言えば得意なくらいなのだが、どうしてもフレアたちに比べると地味な絵面になる。


「例の体力測定の映像もあるし、上手いこと世間に受け入れられるように細工もするつもり」

「……細工?」

「細工って言い方が気に入らないのならマーケティング」


 ……あまり深く突っ込まない方がいいような気がしたのでやめよう。

 なんだか価値観が破壊されそうな気配を感じた。

 

「……ま、その辺りは全面的にお前に任せるよ」

「任せて」




 そしてやってくるクーデター決行日。

 もはや隠れる必要もないので俺たちは騎士団長が普段いるという部屋へ集まることにした。


 今日いるのはシエルにルル、四姉妹、そして俺のみだ。


 ぶっちゃけこれでもかなりの過剰戦力だ。

 失敗はない。


 そう思っていた。


 だが、事件は起きたのだ。

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