第203話:団長
1.
「非殺傷の魔法?」
英語で書かれた小説を読んでいたスノウが怪訝そうに眉を寄せた。
魔法使いの学校が舞台の誰でも一度は名前を聞いたことあるやつ。
英和辞典が隣にあるが、もう英語で書かれてる小説を読めるレベルなのか。
うかうかしてると英語力でもそのうちスノウに追い抜かれそうだ。
ちなみに今スノウが読んでいる小説を俺は日本語でしか読んだことがない。
「ああ、今回は聖王や上層部を除けば相手も別に悪人ってわけじゃない。なるべく殺さないような魔法で制圧したいんだ」
「そんなのあんたが魔法をわざわざ覚えなくてもあたし達の方でなんとかするわよ。あんたじゃまだ不特定多数の普通の人間を殺さない程度に加減する、なんてことは無理だわ」
そう。
問題は相手が不特定多数、というところなのだ。
スノウたちやシエルは魔法を完璧に扱える。
だから相手がどんな強さであっても、殺さずに無力化することは容易いだろう。
しかし俺は違う。
聖騎士や聖王を吹き飛ばした魔力の圧は一人ずつに使ったから加減も効いたが、あんなものを軍隊に向けて使ったらまず圧死する人が出てくるだろう。
「ていうか、なんであたしなのよ。シトリー姉さんやウェンディお姉ちゃんのが教えるのには向いてるわよ」
「シトリーもウェンディも会議中だからなあ」
ちなみにその会議には他に知佳、綾乃、シエルが参加している。
議題は「住人や建物に被害を出さない方法」、「他国の介入を防ぐ方法」、「クーデター後の聖王の処遇」などなど。
ぶっちゃけ俺やスノウレベルが混ざっても建設的な意見は出せない。
いや、俺もスノウも馬鹿というわけではないのだ。
多分。
あいつらの頭のキレが尋常じゃないというだけで。
まあルルに関しては文句無しにアホなので参加していないだけだし、フレアは昨日の夜ちょっと色々あってまだ寝てるから参加していない。
レイさんはお茶やお菓子をせっせと作ったり淹れたりしては部屋と台所を行き来している。
というわけで現在頼れるのはスノウだけである。
まさかすぐそこのソファで腹を出しながら寝ているルルを頼るわけにもいくまい。
「それに、お前もシトリーやウェンディに魔法の腕で負けてるわけじゃないだろ?」
「微妙なとこね。フレアに負けてるつもりはないけど、姉さんたちはあたしにもできないことがたくさん出来るし」
「……お前にできないことなんてあるのか?」
「色々あるわよ。今のあんたに説明してもちんぷんかんぷんでしょうけど」
まあ、シトリーとウェンディは数年先に生まれてるわけだしスノウに出来ないことが出来てもおかしくはないのか。
多分、そのスノウに出来ない技術というのが必要になる場面が未だに来ていないからしっくりこないだけなのだろう。
「で、非殺傷の魔法も出来ないのか?」
「その程度なら簡単よ」
パチン、とスノウが指を鳴らすと、一瞬にして俺の足元が氷に覆われた。
薄い氷なので俺ならばすぐにべりべりと剥がせるが――
「普通の人間が逃げ出すのは難しいでしょうね。要は動きを止めればいいんでしょ? なら足を奪うか、戦意を奪うかの二択だわ」
「足か戦意か……」
もう一度スノウが指をパチンと鳴らすと氷が跡形もなく消え去る。
簡単にやっているが、そもそもこの氷を出して消す、という動作も俺にはできない。
蒸発させて消すとかなら出来るのだが。
「あんたの場合は後者の方が簡単かもしれないわね。例えば幻術系の魔法を使うとか」
「ほう。詳しく」
「く、食いつくわね」
ぐいっと顔を寄せる俺にスノウは若干引き気味である。
しかし幻術使いなんてかっこいい称号、手に入れないわけにはいかないのだ。
「幻術って言っても――」
すい、とスノウがルルの方を指差した。
すると黒髪猫耳のルルがなんと黒猫に変身する。
「は!?」
「あんたみたいに魔力の強い相手には、この程度の幻術を2、3秒見せるのが限界ってとこね」
スノウの言う通り、数秒後には普段のルルの姿に戻った。
今のが幻術なのか。
「実際には変身したわけじゃないってことか?」
「そうよ。魔力で勝っていても触れられたらアウトっていう制限もあるわ」
「幻術の中に閉じ込めるとかそういう感じではないのか」
「そういう感じじゃないわ。あんたの想像とは違うわね」
スノウもどうやら俺が何を想定していたのかはわかるようで、あっさり否定されてしまった。
写◯眼の夢は儚く消え去ったのだった。
「……これでどうやって戦意を喪失させるんだ?」
「今はそこの駄猫を本物の猫に錯覚させただけだったけど、あんたくらい馬鹿でかい魔力の人が本気で幻術魔法を使えばゴジラ級の化け物にだって化けられるわ。そんなのが敵にいたら戦う気もなくすかもしれないわね」
なるほど、怪獣の幻術を見せればいいのか。
それは結構ありかもしれないな。
「あんたなら魔力量の都合上、まず幻術だとバレようもないわ。ただ、触れられたらアウトだっていう点だけはどうしようもないけど」
「触れられないくらいの位置から威嚇する感じか」
「建物を壊していいんだったら、あんたが吠えるのに合わせてフレアとかが炎を発射してちょっとビビらせるみたいな使い方もできるんだけど」
建物をなるべく壊さない方法というものを模索している会議をしている最中にする会話じゃないな。
しかしフレア並の炎を吐く怪獣か。
そんなの俺でも戦意喪失するな。
速攻で逃げたくなる。
まあ、怪獣じゃなくてもフレア級の魔法使いが敵にいるのならば逃げたいのだが。
「というか、シエルが敵にいるって時点で戦意喪失しそうな気もするけどどうなんだろうな」
「難しいところね。伝説ってのは脚色されるのはほとんどだし、シエルについてもそう思われてて本来の実力より侮られてる可能性は否定できないわ」
「確かに、それもそうか」
やはり最初に一撃でかいのをぶちかますのが一番手っ取り早い気がしてきたぞ。
建物の被害については……
戦場が広がるよりは最初に分からせる方が被害が少ない、ということで。
「……ま、とりあえずその幻術魔法の使い方を教えてくれよ。とりあえず使えるようになっといても損はしなさそうだからな」
「スパルタコースと超スパルタコース、どっちがいい?」
「スパルタなのは確定なのかよ……前者で頼む」
「根性無いわねー」
これで後者を選ぶ奴は命知らずのマゾでしかないと思う。
2.
スノウのスパルタコースで幻術を教えてもらった翌日。
俺とシエルはとある人物と木製のテーブルを挟んで向き合っていた。
白銀の鎧で全身を覆い、使い込まれているがよく手入れもされている、俺のような素人でもひと目で業物だとわかる程のオーラを放つ剣を持つ。
表情は兜で見えず、緊張感だけが部屋の中を満たしていた。
彼はハイロン聖国、聖騎士団長。
アインハルトと言うらしい。
なんだか強そうな名前だ。
ここはハイロン聖国の隣にある小さな国の森の中にある小屋だ。
シエルが大昔に住んでいた場所らしく、荒れ放題だったのでアインハルトが到着するほんの十数分前に掃除を終えたばかりである。
鎧が重いのか、彼の座る木製の椅子が軋む音を立てた。
「こうして顔を合わせるのは初めてじゃな、聖騎士団長。顔は見せてくれんのか?」
「……悪いが、このままだ」
鎧のせいでくぐもった声だが、男の渋い声だ。
実は中身が美少女でした、なんてオチはないらしい。
残念だ。
「ま、素顔を見たところで本物かどうか分かるわけでもないしのう。顔を見せない男として有名らしいな、アインハルト団長」
「有名と言えば、貴女の方がそうだろう。本題に入りたいのだが――そこの男性は?」
「わしの命綱じゃ」
「ど、どうも」
視線がこちらに向けられた気配。
よそ者は出ていけ! とでも言われるかと思ったが、「そうか」と軽く頷くだけで終わった。
「こちらで幾つかの作戦や方針を立てている。何か都合の悪いことがあれば言って欲しいのじゃが」
そう言ってシエルは何やら文字の書かれた紙を机の上に出す。
この世界の文字だな。
なんとこの数日間で知佳はほぼ完璧に読めるようになったのだとか。
あいつの人外スペックは下手すりゃ俺の魔力よりもよっぽど希少なんじゃないか?
アインハルトはその紙を手に取って目を通す。
目を通すと言っても、なんらかの魔法がかかっているのか目元さえ見えないので本当に目を通しているのかはわからないが。
徹底して正体を隠す謎の聖騎士団長。
かっこ良すぎるだろ。
握手してもらいたいくらいだ。
煽りとかでなく。
「……聖都全体に防壁魔法? そんなことが可能なのか?」
「わしを誰だと思っておる」
シエルが不敵な笑みを浮かべる。
昨日行われた会議の内容のうち、建物や住民になるべく被害を出さない方法というのは結局力業で解決することにしたらしい。
防壁魔法を張るのはシエルだ。
「なるほど……こちらから言うことはほとんど無い。住民や都そのものにまで配慮していただいて、感謝する」
「わしらもおぬしらとは良い関係を築きたいわけじゃからな。そしてクーデターが終わった暁には――」
「あの不気味な塔を破壊するのだろう。元々騎士団の中でも薄気味悪いあの塔周辺を閉鎖すべきだという意見は上がっていた。アレからは嫌な予感がする」
「流石は騎士団長と言うべきか。慧眼じゃな」
「世界を滅ぼすというのは、流石に信じられないがな。まるきり嘘とも思えないだけだ」
「今はそれで良い」
その辺の話も通してあるのか。
なら俺から心配することはないな。
「後は決行日時と、それまでバレずにいられるかじゃな」
「明日には連絡しよう」
「こちらから人を派遣する。そやつに詳細を渡してくれ」
レイさんのことだ。
暗殺者としての能力は本当に高いらしい。
「承知した」
そう言ってアインハルトは立ち上がる。
最後に俺の方を見て――
「団員から話は聞いている。迷惑をかけたな」
「……いや、こっちこそ謝ってたって伝えておいてくれ。やむを得なかったとは言え、怪我をさせてしまったかもしれない。申し訳ない」
「聖騎士二人を相手にし、その余裕か。よければ騎士団に入るつもりはないか?」
表情が見えないので冗談なのかどうかはわからない。
とりあえず俺は首を横に振っておいた。
「現状に満足してるんでね」
「そうか。君ほどの実力者ならばいつでも歓迎しよう」
そう言い残して、アインハルトは扉から出ていった。
最後までかっけーなあの人。
マジで漫画のキャラみたいだ。
俺もああいう渋い感じになりたいものだな。
……多分無理だろうけど。
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