第200話:聖王
1.
「……ということがあったんだが」
帰ってきたシエルに先程あったことを話してみる。
他の面子には伝えた途端さっきの伯爵家に殴り込みをかけに行きかねないので秘密にしておこう。
「ふむ、アヌリエル家か。何百年か前に関わったことはあるが、成り行きでのことじゃったから特に気にしてはおらんかったが……」
「成り行き?」
「まだこの聖国がど田舎だった頃じゃな。村と村とを繋ぐ通路に魔物が住み始めて困っておったのでそれを追っ払ったのじゃ。その時の大地主みたいな扱いを受けておったのがアヌリエルと名乗っておったのを覚えておる」
「へー……数百年前から続く金持ちの家の人だったのか」
どうりで偉そうにしていたわけだ。
しかし先祖がシエルに助けられていて、というところで繋がりを感じて下っ端(と勘違いしていた俺)にシエルを娶るだのどうこう口走っちゃうのはよろしくないな。
「どこの国の貴族もそんなのばっかじゃぞ。歴史がある事を由緒正しいと勘違いし、先人の培ってきた信頼を自分にある権力と過信する。長く存続していることが偉いのならわしなんてどうなるのかという話じゃが」
「実際、この国でもルルの実家でもそうだけど結構敬われてるだろ? まあ、シエルの場合は長く生きてるからというよりも色んなとこで人助けしてるってことが要因としては大きそうだけど」
ふらっと現れて問題を解決してくれるエルフ。
そりゃ誰だって敬うことになるだろう。
「居心地は悪いもんじゃがな。今回のようにやむを得ない場合は別にしても、権力とはなるべく関わりとうない」
やれやれと肩をすくめるシエル。
見た目はほとんどただの少女なのにサマになっているのがどこか不思議だ。
「なあ、去り際にやたら神罰かどうこうとかで怯えてたのはどういう意味なんだ? まさか本当に神が神罰を落としに来るとでも?」
だとしたら世界を滅ぼそうと画策してるあのイカれた女――セイランのことをまず真っ先に神罰でなんとかしてくれって話なのだが。
神話魔法だの理論魔法だのが実在する訳だし、アスカロンの剣もあいつが生まれた時に神から賜ったものだとか言っていたわけだし多分どこかには存在しているのだろうが、神罰だの天罰だの落とすほど積極的に関わってくるような印象は受けない。
もし本当に俺がシエルと関係を持っていることに対して神罰を落としてくるような神がいるんだとしたら直接会って文句を言ってやるさ。
「この国で言う天罰だの神罰だのは基本的にハイロン教会の聖騎士に引っ立てられることを言っておるのじゃ。聖属性の魔法を使い、剣技に優れ集団での動きも得意としておる。冒険者ギルドの格付けで一級相当の魔物を単独で倒せるようなのが徒党を組んでおるんじゃからあの手の集団としては無類の強さじゃな」
「聖騎士ねえ……」
ハイロン聖国のハイロン教会か。
分かりやすい話だな。
この国に<滅びの塔>が落ちている現状、それを放置して魔石で美味しい思いをしているような教会がまともな神を信奉しているようには思えないのだが……
まあ滅多なことは言えないか。
そもそもセイランも神に力を貰っただか選ばれただか言っていたが、その選んだ神のことを信奉しているのかもしれないし。
だとしたら俺からすればここの教会は言ってしまえば諸悪の根源みたいなものなのだが。
「ま、強いとは言っても一対一ならおぬしでもまず負けはせん。殺すことを厭わなければ囲まれても容易に脱出できるじゃろ」
「厭わないってことはないけどな」
よほどの状況じゃない限り。
この世界の人々とはなるべく波風を立てたくない。
正直、俺たちの世界には戦力が足りていない。
アスカロンのところで見た敵の強さや、WSR上位の探索者を襲った襲撃者たちの強さを見てもぶっちゃけまともに戦力になるのはWSRでも10位以内に入っている者か、それに相当する実力を持つ者くらいだ。
柳枝さんや親父がその辺りだな。
知佳や綾乃もいずれはそうなるかもしれないが、現時点ではまだ心許ない。
少なすぎる。
圧倒的に。
だからこの世界を救った後、手助けしてくれる強者がこの世界から一人でも出てくれるだけで俺としてはかなり助かるのだ。
正直、<滅びの塔>を無理やり破壊してしまわないのはそういう打算も込みである。
もちろん、どうしようもなくなれば形振り構わず<滅びの塔>を破壊できる手筈も徐々に整えてはいるのだが。
実はそれもやってるのは俺じゃなくてルルとシエルなんだけどね。
本当はそれくらいは俺がやっても良いのだが、土地勘がなさすぎてちょっとどうしようもない部分が多いのだ。
その代わり、もし俺たちの世界でも似たような現象が起きた時にすぐにでも動けるように、という準備は進めている。
……まあこれも俺がじゃなくて柳枝さんや未菜さんにめっちゃ協力してもらっているのだが。
立っているものは親でも使えなんて言うが、国民的英雄をそういう意味で使っているのは申し訳ない気持ちになる。
親父に動いてもらう分にはぶっちゃけなんとも思わないが。
「それで、聖騎士って連中が俺を捕えに来たりするのか? あの様子だと伯爵は多分通報してるぞ、俺のこと」
「大丈夫じゃろ。聖騎士と言っても教会所属じゃし、その教会と国のトップである聖王に会おうとしているわしらにちょっかいをかける理由がない」
それもそうか。
もし何かごたつくようなことがあれば聖騎士っていうのが対セイラン――世界の滅びに対して戦力になりそうかを見極めるいい機会になりそうだななんて考えもなくはないのだが。
まあ揉め事は避けたいし、そんなことにならない方がよっぽど互いにとっては得か。
「そういや、聖王ってのはどんなのなんだ? やっぱ凄い人なのか?」
「先代は頭のキレる人間だったそうじゃが、今のははっきり言って凡愚じゃな。面会時も説得というよりは半分騙すような形になるかもしれんが、そのあたりは臨機応変に頼むぞ」
臨機応変と来たか。
そういう腹芸はあまり得意ではないのだが……
ここん、と部屋の扉がノックされる。
返事をする前に開かれたそこにはスノウが若干不満そうな表情をして立っていた。
「いつまで話してんのよ」
「ほほほ、すまんな。別に悠真を独り占めしようとかは考えておらんよ」
そう言ってシエルが立ち上がる。
「べ、別に独り占めがずるいとかそういうわけじゃないわよ!」
「わかり易いのう、スノウは」
「……さぁてね」
俺はとりあえず肩を竦めておいた。
シエルほどサマにはならないけどな。
2.
聖王との面会は俺、シエル、そして知佳、そして綾乃の四人で行うことになった。
四姉妹やレイさんもついてきたがっていたのだが、シエルいわく戦力として圧倒的すぎるので警戒心を与えるとのことだった。
レイさんもそうだな。
こちらの世界に遊びに来ていた未菜さんとローラも似たような理由で却下。
そもそも既に帰っているのでこの世界にはいないし。
魔力がどうとかいう問題じゃない。
佇まいからして強そうだもん、みんな。
ぶっちゃけシエルも強さという点ではこの国を一人で荒らし回れる程のものがあるのだが、流石に交渉している本人が来ないわけにもいかない。
そんで俺は代表者で、知佳と綾乃はお目付け役。
スノウたちやアサシンメイドや長年探索者をやっている二人に比べれば魔力を隠した俺たちはあまりにも一般人だからな。
ルル?
あいつは佇まいが強者って感じはしないが、話を引っ掻き回しそうでしかないので留守番だ。
まあそれは冗談としても、探索者としてそれなりに有名なルルもやはり連れ添いの戦力としては大きすぎる。
ちょっと面会するだけでそこまで警戒しなくてはいけないとは、聖王ってのも大変なんだな。
白を基調とした城みたいな馬鹿でかい建物に案内された俺たちは、これまた白い鎧に身を包んだ騎士二人の先導で内部を歩いていく。
この白い石でできてる壁や床……天井まで、もしかしてこれ全部大理石か?
異世界のことなので断言はできないが、かなり金がかかってそうな感じだ。
地震に弱そう、とちょっと思ったが日本じゃあるまいし地震なんてそうそうこないか。
それにそういうのにも魔法的な対策がしてあったりしそうだ。
後でシエルに聞いてみよう。
ちょっと今は喋れる感じじゃないというか、厳かとか荘厳とかそんな感じの言葉が合いそうな雰囲気に気圧されているのだが。
知佳はいつも通り何考えてるかよくわからない眠そうな目だし、綾乃は俺よりキョドってるし、シエルはこういうのにも慣れっこっぽいしで大変だ。
しかしこういうことをあまり言うと怒られるかもしれないが、儲かってそうだな。
それもかなり。
まあ教会のトップがそのまま国のトップになってるくらいだし金なら幾らでもある、みたいな状態なのだろう。
建物の中をかなり歩かされ(多分10分くらい歩いた)、ようやく辿り着いた大広間――謁見の間、とでも言うのが正しいのだろうか。
高くなっている位置に豪華な椅子があり、そこにはでっぷり太ったおっさんが座っていた。
昔の有名音楽家みたいにくるくるした金髪。
白い聖衣に身を包んでいるが、金色の刺繍が入っていたり指や首に高そうな貴金属がついていたりとどことなく自己顕示欲を隠せていないような感じ。
そしてシエル、知佳、綾乃と視線を移し(俺のことは眼中に入っていないようだ)、おっさんは目を細めてにたりと笑った。
知佳の眉がぴくりと動き、綾乃が俺の背後へ隠れるように少し移動する。
「よく来たなシエル=オーランド。噂通り、美しい躰だな。数千年も生きるエルフのものとは思えない程。実に余の好みである」
ニタニタとした笑みを浮かべながら、おっさんは甲高い声で言った。
どうしよう、今すぐシエルと知佳と綾乃を連れて帰りたいんだが。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます