第201話:圧が強い
1.
先導していた騎士二人がガチャリと鎧を鳴らしてその場に跪く。
シエルは立ったままなので俺たちもそれに倣うと、聖王は改めてシエルを見てにたりとした笑みを浮かべた。
「それで、余に話したいこととはなんだ?」
玉座のようなものから動く様子もなく訊ねてくる。
今の所聖王から威厳のようなものは何も感じていないので、余とか言われるとどことなく芝居がかっているように見えてちょっと面白いな。
シエルは呆れたような表情を浮かべる。
「先に要件だけは伝えられておるはずじゃが……この国の西方に天より飛来した黒い塔があるじゃろ」
「ふむ……?」
聖王はシエルの言葉を受けてちらりと視線を上に向けた。
「あったな。それがどうした」
すぐに聖王は言う。
なんだ、今の妙な間は。
「あれは世界に滅びをもたらすもの。即刻破壊すべきじゃ」
「ふむ」
再び聖王は返事をして、一旦黙る。
「駄目だ。神はあれを危険なものだと言っていないからな。知っておるだろう。余には神の声が聞こえるのだ」
話す時に妙な間が開くのはなんだ?
そういう話し方、そういう性格だと言われればそれまでなのだが、まるで誰かに指示を受けて喋っているかのような違和感だ。
本当に神の声が聞こえるってか?
まさかな。
耳元にインカムでもあるのかと思ったが、どうやらそういうのもないようだ。
「神とやらはその黒い塔についてなんと言っているんじゃ」
「ふん」
聖王はシエルの問いに鼻で笑った。
そしてやはり少し間を置いて、
「……あれは神が人間に与えた恩恵なのだ。魔石は富の象徴。それくらいは田舎者のエルフでも知っているであろう」
「この国だけならともかく、別の国や地域にも落ちているのにも関わらずそう言うんじゃな?」
「神は慈悲深いのだ」
あほくさ、と知佳が後ろで呟いたのが辛うじて聞こえた。
同意見だ。
シエルによれば与し易しとのことだったが……
明らかに裏で誰かが指示しているな、これ。
魔力で限界まで視力を強化して目を凝らすと、こちらから見て聖王の右こめかみの辺りの髪がほんの少しだけ風に靡いている。
毛先が数ミリ動く程度なので、普通にしていてもわからない程なのだが。
多分、ウェンディが時折俺にやるように風か何かを用いて遠隔で声を届けているのだ。
神の声を聞いているなんて嘘っぱちだな。
俺が気付いたことにシエルが気付いていないはずもない。
「そうか。それはすまなんだな。それなら交渉は決裂じゃ。もう用はないので、帰らせてもらうとするぞ」
この場に同席していないはずの
「まあ待て」
聖王が俺たちを――というかシエルを引き止める。
髪は靡いていない。
「シエル=オーランド。伝説に生けるエルフよ。そちが余の物になると言うのなら、考えんでもないぞ」
そう言って、聖王は左耳を押さえるようにして玉座の肘掛けに肘をついて頬杖のような姿勢を取った。
……自己判断か。
恐らく、あちらの言い分としては神云々の主張を除けばつまるところ魔石という莫大な富を産むものを手放す気はないというもの。
しかし聖王はシエルの美しさに目が眩んでいるというわけか。
今頃こいつに裏から指図していた――たとえば宰相あたりか?――連中はてんやわんやだろうな。
「そのつもりで後ろの女二人も連れてきたのであろう? どちらかが余の琴線に触れればと思って連れてきたのであろうが、どちらも器量よしなのでそち共々両方受け入れてやろう」
ニタニタと気持ちの悪い笑みを浮かべながらとんでもないことを言い放つ聖王。
万が一にでも聖騎士が知佳や綾乃、シエルを取り押さえるような動きを見せたら暴れてやろう。
事故であいつに瓦礫かなんかが当たって腕の一本や二本くらいは折れても不可抗力ってやつだ。
そもそもこの国じゃハーレムは禁止なんじゃないのかよ。
聖王だけは特別ってことか?
珍しくもなんともない、つまらない話だな。
「とんだ見当違いもいいとこじゃな、神の使いを自称する哀れな小僧よ。わしはこの男と一蓮托生じゃ。こいつ無しじゃわしは生きていけぬよ」
ぐいっとシエルが俺の袖を掴んで引っ張った。
契約というパスで繋がって魔力のやり取りをしている以上、シエルの言うことは紛れもない事実だ。
しかしそれはそれとしてちょっとこっ恥ずかしい。
愛の告白でもされたような気分だ。
「あの豚、脳にまで脂肪が詰まってる」
知佳がそう言ってシエルと反対側の俺の手を握った。
綾乃は何も言わずに俺の背中側から服を摘んでいる。
「女を口説く前に自身の魅力を磨くことじゃな」
トドメにシエルが言い放ち――
「その男を殺せェェェい!!!!」
聖王が血管がブチ切れるんじゃないかってくらいの剣幕で叫んで、両隣で跪いていた聖騎士が動いた。
しかし完全に忠誠を誓っているような様子ではないようで、一瞬の躊躇が見えた。
表情は見えないながらも、動きにな。
だからちょっと手加減してやろう。
まず右側にいた騎士の剣を足で蹴ってへし折って、そのまま膝から先だけを動かして蹴り飛ばした。
シエルが強者だというだけあって、ちゃんと蹴りそのものには対応してきた。
とは言えそれが躱すという動きでなく、防御しようとしてしまったせいでどうしようもできずに蹴り飛ばされてしまったのだが。
もう片方は魔力を魔弾のような形にしないでそのままぶつけて吹き飛ばす。
イメージ的にはオーラで弾き飛ばすような感じ。
案外できるもんだな。
蹴り飛ばした方は蹴られた部分の鎧がべっこり凹んでいるが、もがくように動いているので死んではいないはず。
魔力で弾き飛ばした方は思い切り壁に激突して動いていないが……
聴力を強化してみたところ、呼吸はしているようなのでこちらも死んではいない。
すぐに治癒魔法を施せば治るだろう。
「わっ」
「きゃっ!?」
知佳と綾乃を両手にそれぞれ抱えあげる。
「シエルは自分で逃げられるよな?」
「少し二人が羨ましく思うがの」
シエルが少し拗ねたように言った。
かわいい。
さて、逃げるか。
その前に――
先程聖騎士に放った魔力の塊を聖王にもぶつけておく。
「~~~~ッ――!!」
距離が離れていることと、聖騎士にやったものよりは手加減しているとは言え、ちょっとした台風の強風以上の威力は出る。
豪華で重そうな玉座ごと聖王は後ろにひっくり返った。
よし、今度こそ逃げよう。
2.
「ふぅー……」
自室についてようやく人心地がついた。
「楽しかった」
どうやら冗談ではなく、本当に目を輝かせている知佳。
あの逃亡劇が楽しかったという辺り、俺なんか目じゃないくらいの大物だ。
「ドキドキしましたねー!」
綾乃もちょっと楽しかったのか、苦笑しながらも興奮しているようだ。
結局あの後、知佳と綾乃を抱えている都合上、二人に負担にならない程度の速度でしか逃げることはできず、それくらいだと聖騎士は結構余裕で追いついてきたので先程習得したばかりの魔力をぶつける技で蹴散らしつつ宿まで駆け込み、戸惑う姉妹たちやレイさん、ルルを巻き込んで転移石で帰ってきたのだ。
どうあがいてもここまでは追ってこれないだろう。
宿には迷惑をかけてしまったが、まあ貸し切ってるのになんちゃら伯爵を宿の中に入れちゃった事に対するちょっとした意趣返しとして受け入れてもらおう。
今度菓子折りくらいは持っていっても良いかもしれないが。
「で、どういうことなのか説明してもらうわよ。あんたのせいでフレアに勝てそうな勝負が流れたじゃない」
「あらスノウ、あと二手で詰んでいたのはそっちなのにそれすらわからなかったの?」
「あんたにはわからない逆転の目があったのよ。逆にあんたはそんなのもわかんなかったわけ?」
将棋だかオセロだかで勝負していたらしいスノウとフレアが揉め始めそうだったので事情を説明する。
説明し終えると、
「ご主人様へ向けて騎士を……? ご命令くださればいつでも聖王とかいう輩を始末して参ります」
レイさんがどこからか取り出したナイフを持って殺気のようなものを醸し出し始めた。
「レイ、わたしも手伝うわ。お兄さまに危害を加えようとした国がどうなるか教えてさしあげなくては」
話の途中からずっとニコニコしていたフレアが立ち上がって転移石を用意していた。
こ、怖い。
俺の魔力の圧よりも圧を感じるもん。
しかも国て。
国ごと滅ぼすつもりか?
そんなフレアとレイさんを諌めるようにシトリーがパンパンと手を鳴らす。
「二人とも落ち着いて。みんな無事なんだから。悠真ちゃん、シエルちゃん、とりあえず交渉は決裂しちゃったってことでいいの?」
「そうじゃな。あれはもう無理じゃと思ったから、最後に挑発させてもらった。巻き込んでしまってすまんな、悠真」
「いや、俺もムカついてたからいいよ」
実際、あれは説得するとかしないとかの次元になかった。
なにせ、俺たちと交渉している人物がその場にいないのだから。
あの豚……じゃなくて聖王との交渉に来ているのにそうならないというのなら決裂するしない以前の問題だ。
「風で指示を受けておったな。ウェンディ、ぬしの使うものと同じじゃ」
「たとえシエルさんと言えども、見抜かれるようではまだまだですね。魔術師の程度も低いですし、どうせ戦力になりそうにないのなら滅ぼしてしまえば良いのではないでしょうか」
「ウェンディ、ステイ」
フレアとレイさんだけでなくここにも静かにキレてる人がいたよ。
二人と違って気付いたら実行してました、みたいなリアルな怖さがあるんだよ。
「悠真の言う通りニャ、ウェンディ。魔術師はともかく、あそこの聖騎士は結構強いニャ。昔ちょっと戦ったことがあるニャ。つまりりよーかちはあるのニャ」
ルルが言う。
なんでだろう、利用価値とか別に難しくもなんともない言葉なのに、ルルが言うとすごく違和感があるのは。
「……聖騎士と戦うって、何やらかしたんだよお前」
「探索者してた頃、神がどうこう言う変な奴らに絡まれたからぶっ飛ばしたら聖騎士だったニャ。50人くらいいたからそれなりに骨が折れたニャ」
俺の蹴りに反応した(加減しているとは言え)奴らを50人蹴散らせるのか。
ていうかそれでよく指名手配とかされてなかったな。
語尾にニャを付ける獣人なんてこいつくらいしかいないだろうに。
まあ、50人で囲んで一人の少女にボコボコにされました、なんてことをまず報告しなかった可能性の方が高そうだが。
「わしの見立てでは聖騎士二人で和真が一人分くらいじゃな。数が多いから取り込めば戦力にはなるはずじゃ。しかしあの国のトップがあれじゃからなぁ……」
シエルが腕組みしてうんうん悩み始める。
肩をすくめる動作は妙に似合っていても、腕組は絶望的に似合ってないな。
幼女が背伸びしてるようにしか見えない。
うーむ。
あまり揉めたくなかったのにこうなってしまった以上、正攻法で<滅びの塔>を破壊するのは難しそうだ。
かと言って強行突破したら、あの国だけでなく世界中から指名手配なんてことにもなりかねない。
「じゃあ、やっちゃう?」
しばらく黙っていた知佳が口を開いた。
「何をだよ。殺っちゃうってことじゃないだろうな」
「結果的にそうなる可能性はなくもないけど、違う」
「……何するつもりだ?」
なんでも無いようなことのように、知佳は言い放つのだった。
「クーデター」
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