第198話:研究の成果
「やあや、待ってたよ悠真クン」
午後。
俺は天鳥さんの研究所を訪れていた。
知佳もついてきたがってたのだが、異世界で撮った俺の動画の編集で今は忙しいらしい。
精霊たちはレイさんとお出かけだし、綾乃はそのレイさんの戸籍取得の為にダンジョン管理局とあれこれしている。
暇を持て余していた俺は天鳥さんからちょうどよく連絡を受け、彼女の研究所へと来たわけだ。
それにしても久々にあったが、随分と調子が良さそうだ。
この間はめちゃくちゃ不健康そうだったのに。
「ちゃんと寝れてるみたいですね?」
「はっはっは。エリクシードがあるからね」
「……もしかして常用してるんですか?」
「やっぱり人体実験をするには自分でやるのが一番手っ取り早いよねー」
にへらと天鳥さんは笑みを浮かべる。
「程々にしてくださいよ……」
しかしエリクシードを常用していても身長が伸びていないということは、怪我や視力などの回復はあっても完全に本人の理想通りになるわけではないようだ。
相変わらず天鳥さんはちっちゃい。
おっきいところはおっきいのだが。
「それで、何を発見したんですか? エリクシードについて何かわかったことでも?」
「今の所はまだ色々試している最中だけど、癌にもどうやら効き目があるようだよ。余命宣告された人が今はほとんど快復してる。多分、白血病にも効くんじゃないかな」
「……マジですか?」
「うん、大マジ。まだ色々準備は整ってないから、発表はできないけどね」
とんでもない大発見じゃないか、エリクシード。
「あと、先天的に部位欠損している人にも効き目はあった。本人の望みの強さにもよるのか、他の要因なのか全員が全員にょきにょき生えてきたわけではないんだけど」
「へえ……」
思いの強さではないとしたらなんだろうか。
俺ではとても憶測すら立てることができないが。
「他にエリクシード周りの興味深い内容と言えば、髪の毛を生やしたりする効果もあったってところかな。他に試したいところだと、僕は駄目だったとしても成長期の人間に摂取させてみて身長が伸びるかどうかとか」
髪まで生えるのか……
成長期の人間なら身長が伸びるかもしれないっていうのもあり得る話だ。
そういえば男の成長期は長い人だと23、4くらいまであるそうだが、俺もまだ伸びるのだろうか。
「まあエリクシード周りはまだまだ色々超えるべき壁とか試したいこととかあって、今回の本題じゃないのさ。今日悠真クンを呼んだのは幾つか理由があるんだけど、とりあえず一つはこれだよ」
と。
天鳥さんに見せられたのは、小瓶に入った黒いインクのようなものだった。
なんだっけそれ。
俺が首を傾げると、
「キミが九十九里浜のダンジョンで拾ってきたというイカ墨だ。そういえばいつになったら猫耳ちゃんを研究させてくれるんだい?」
「あー、あいつはあいつで今忙しそうにしてるんでまた今度……で、そのイカ墨がどうかしたんですか?」
「驚くべきことに、抵抗率の数値が銀の100分の1しかなかったんだ。それに非常に熱に強く、劣化もほとんど見られない。許容電流も非常に優秀だ。銅線の200分の1の質量で同じだけの許容電流は確認できている」
「……すみません、ちょっといまいちよくわからないんですけど、それの何がどう凄いんですか?」
「わかりやすいところで言うと、もしかしたら日本という国から電柱がなくなるかもしれないね」
電柱がなくなる?
そんなことがありえるのか?
「そうなれば道路も広くなるし、事故の原因も減る。酔っぱらいがふらふら歩いて額を電柱に激突させることもなくなる」
「やけに具体的ですね」
「決して20になったばかりの僕が当時同じことをしたわけではないよ」
したのか……
何してるんだこの人。
俺の視線に耐えきれなくなった天鳥さんが目を逸して言う。
「……ちゃんと背筋を伸ばして歩いていればおっぱいがクッションになっていたはずなんだが、前かがみだったんだ……酔っ払うとこの胸は重すぎてね……」
「俺が支えましょうか?」
「今は結構だ」
断られてしまった。
残念だ。
ぜひ次の飲み会のときは呼んでもらおう。
「ていうか、なくなった電柱と電線はどこにいくんですか」
「銅線の200分の1の質量で済むのだから、僕なら地面にでも引くかな。一度電気を流すと個体化して物理的な衝撃にもかなり強くなるけれど、心配なら地面の中に埋めちゃえばいいし」
「あー……」
「実はそういう計画は元々あるんだけどね。破損した場合なんかに直すのが大変っていうデメリットが問題視されてたんだ」
「そのイカ墨が固まったものなら破損することはないと?」
「無いだろうね。流石に100年200年って単位になると今のところなんとも言えないけど、多分大丈夫だと思う」
電柱がなくなる、か。
なるほど、確かに凄いものなのはよくわかった。
多分他にも色々用途はあるのだろうが、俺にもわかりやすいように説明してくれたのだろう。
「でもそれって、めちゃくちゃ量入りますよね。真意層入らないと手に入らないものなんで、量産するのは難しいですよ」
「だから今はこれを人工的に再現できないか試しているんだ。案外上手くいきそうだよ」
「……マジですか?」
「うん、マジ。あと一歩ってとこかな」
この人もしかして超凄い人なのだろうか。
ちっちゃくておっぱいの大きなマッドサイエンティストなだけではないようだ。
「それから、もう一つ。じゃじゃん、これ」
「……皮ですね」
「水につけると見えなくなるこの獣の皮なんだけど、水に触れることが条件じゃないことがわかったんだ」
「なんです?」
「温度が10度以下になると消えるよ。それに透明になったときは包んでいるものも一緒に透明になる。しかも、音が出るものを包めばその音さえ聞こえなくなる。理屈は全くの不明だ」
それを聞いて俺は閃いた。
「なるほど、つまり保冷剤を体にくっつくてその毛皮で作った服を着れば、温泉だって覗けるかもしれないんですね」
「その代わりキミの体は凍傷だらけになるけどね。この毛皮の凄いところは、消えている間超音波や熱源感知さえもシャットアウトしてしまうところ。つまり完璧な光学迷彩ということになる。上空は基本的に10度以下になるだろうから、戦闘機にでもぺたぺた貼り付けて内部の熱が毛皮に伝わらないようにできればとんでもない軍事兵器ができあがることになる」
「……音まで出さない、感知さえ潜り抜ける完璧な光学迷彩の兵器ができたとしたらどうなると思います?」
「軍事使用が禁止されるんじゃないかな。で、軍事使用以外での使用も多分禁止される」
「じゃあ何もできないじゃないですか」
「うん、何もできないね。だからこれは非公開にして、キミのとこの精霊ちゃんに着てもらったら透明マントみたいにできるかも」
スノウか。
確かにあいつなら自分で身にまといながら毛皮を10度以下の状態に保つことも容易いだろう。
流石に俺がそんなことしたら寒くて死んでしまうが。
いや、魔力強化で丈夫になっているので死にはしないかもしれないが、間違いなく動きのパフォーマンスは落ちるだろう。
「というわけで次いってみようか。お次はこれ」
「鱗……ですか?」
鏡のように景色を映している。
「うん、鱗。この鱗ね、反射率が100%だったんだ。限りなく100って言うのが正しいのかな。ここにある機械では測定できないレベルなんだ」
「……普通の鏡の反射率が確か90%くらいでしたっけ?」
「そうだよ、男の子にしては詳しいね」
「知佳に聞かされましたから」
いつ聞いたかはちょっと覚えていないが。
あいつの持っている手鏡の反射率は95%くらいあるらしい。
「……反射率100%に限りなく近い鏡があったとして何ができるんですか?」
「うーん……完全に100%なら光のエネルギーを永遠に保存できるわけだから色々あるんだけど、近い、くらいだと案外あんまり変わらなかったりするかな。光ファイバーとかあるけど」
「へー……」
結局よくわからない世界だ。
「とりあえずはこんなものかな。キミの持ってきた中にリザードマンの鱗? と延々と伸びる紐っていうのもあったけど、あっちに関してはまだほとんど手付かずだから。僕の興味が湧いた順番に調べてるからね」
「とりあえず、直近で革新をもたらす可能性があるのはイカ墨くらいですかね」
「他も量産できれば色々使い道があるんだろうけど、お魚の鱗に関しては
「もう多分手に入らないでしょうね」
獣の皮は何からドロップしたものだっけか。
記憶は曖昧だが、どのみち量産できたところで軍事利用もその他の利用も禁じられるんじゃあまり意味もないような気はする。
頑張って寒さというか冷たさに耐えれば完璧な奇襲をかますことはできそうだが。
「ということでイカ墨が量産できそうになったらまた連絡するよ。さて、とりあえず今日の用事は終わりだけれど、この後用事はあるかい?」
ちらりと腕時計を見る。
午後3時だ。
夜になれば精霊たちも帰ってくるだろうからレイさんの歓迎会でもやろうという話になっているが、とりあえずそれまでは何もない。
「数時間は暇ですね。最悪転移石で帰れますし」
「それじゃ僕の言いたいことはわかってるね。最近ご無沙汰だったんだから、足腰立たなくなるまで相手してもらおうか」
ぺろりと舌なめずりしながら天鳥さんはそう言うのだった。
……今度、精力剤でも作ってもらおうかな。
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