第196話:ただいま
1.
あちらでの<用事>を終わらせ、転移石で世界を跨いで(なんかかっこいい表現だ)ホテルへ戻ってくると未菜さんとローラがシトリーから魔法を教わっていた。
その様子をメイドさん……レイさんが少し離れたところから慈しむような目で見ている。
「あれ、悠真ちゃん。今日は泊まってくると思ってたけど帰ってきたんだ?」
「ちょっと試したいことがあってな」
シエルとついでにルルが早めにダウンしたというのも一つの理由なのだが、それは口に出す必要はないだろう。
「悠真君、君は今までこんな風に魔法を教わっていたのか。君の強さの一端に触れた気がするぞ」
「ボクもだいぶ魔法が使えるようになったよ! もう
「いやー、未菜ちゃんもローラちゃんも飲み込みが早くて教え甲斐があるよー」
……この数時間でそこまで?
いやまあ、二人共元々センスは抜群だしな。
それくらいの事は出来て当然なのかもしれない。
「それで、試したいことってなんなの?」
シトリーが首をかしげる。
どこからどこまで説明したもんか……
「今から俺がレイさんを召喚して実体化させようと思う」
「……レイを召喚? どういうこと?」
流石のシトリーも首を傾げる。
もちろん、未菜さんとローラもだ。
レイさん本人も訝しげである。
俺とシトリーにしか、今の所は見えていないが。
「シエルと話してる時にふと思いついたことなんだけど――」
精霊がサキュバスをモチーフとしてイメージされ、魔法によって変質させられた存在である可能性を話す。
何故あの女――セイランがサキュバスをモチーフにしているのかは知らないが、考え始めればもはや別の可能性は考えられないほどに俺の中ではしっくり来ている仮説だ。
「……なるほど、確かにそう聞くと類似している点は多いな」
話を聞き終えた未菜さんが頷く。
「てことは、その……レイさん? もシトリーさんやフレアさんみたいに召喚できるかもしれないってこと……だよね?」
ローラの確認に俺は黙って顎を引く。
そして、シトリーもしばらく難しそうな表情を浮かべてはいたが……
「できると思うか?」
「……うん。できる、と思う」
恐らく俺よりもありとあらゆる可能性を考えられるシエルに、シトリーのお墨付きまで貰った。
召喚する為の魔力については十分だ。
あと問題があるとすれば……
「強い魔力を持つ人間は強い精霊しか召喚できないらしいんだけど、その点レイさんはどうなんだ?」
「それも心配いらないと思う。レイはすごく強いから。魔法よりも、体術だけどね」
「ほう」
未菜さんが反応する。
そういえばこの人バトルジャンキーだったな。
俺だって襲われた(性的な意味じゃなく)くらいだし。
「ウェンディに体術を教えたのもレイなんだよ」
なるほど。
それは確かに強さが担保されているようなものだ。
「後はレイさんが納得してくれればだけど――」
「――――」
レイさんは俺の目を見て強く頷いた。
そりゃ、断る理由はないよな。
俺がレイさんの方に右の掌を向けると、レイさんはそれに合わせるようにして掌を出してきた。
触れ合えはしないが――
触れられるほどの距離に。
「
自分の中の魔力が、今目の前にいるレイさんの中へ光の粒子として流れ込んでいくのが目視できた。
そして次の瞬間。
掌に温もりを感じる。
向こう側が透けて見えていた彼女の体は、ちゃんとそこに存在していて。
未菜さんとローラも、しっかりと彼女を見ていた。
俺はレイさんと合わせていた掌を離す。
真横を通り過ぎた金色の影がレイさんに飛びついた。
ばふ、という音と共に彼女は飛びついてきたシトリーを受け止める。
「ごめんね……私たちが帰ってこないせいで、ずっと……ずっと……!」
シトリーの表情は見えないが、その声だけでも泣いていることがわかった。
レイさんは胸に顔をうずめて懺悔するシトリーを優しく抱きしめる。
「シトリーお嬢様と再びこうして会えただけで、わたくしは感無量でございます」
それを聞いて再びシトリーはわっと泣き出す。
――思えば。
出会った時からずっと姉妹たちの長女として、シトリーはただ一人だけ全ての真実を知っていた。
俺の前で感情を吐露したこともあったが、やはりそれでも抑圧していたものはあったのだろう。
事実、俺はシトリーが何をどこまで覚えているのか、全てを聞いていなかった。
聞くことによって過去を刺激することがあまり良くないと考えていたからだ。
だが、今シトリーには彼女が精霊となる前にどんな人生を送ってきたのか、その全てを知る人物がいる。
それがどれだけの安心感に繋がるのか。
俺には想像もつかないものだった。
未菜さんと、この光景を見て涙ぐんでいるローラを促して俺たちはこそっと部屋の外に出る。
落ち着けばシトリーの方から連絡してくるだろう。
それまでは、二人きりで。
2.
翌朝。
別のホテルに泊まっていた俺の元にシトリーから謝罪と感謝のメールが届いていた。
部屋へ戻ってきた俺を出迎えたのはシトリーと……
俺の前で片膝をついて跪くレイさんだった。
「悠真様、わたくしは貴方様へ忠誠を誓います。何なりとお申し付けください」
とのことだった。
俺がシトリーに助けを求めると、
「悠真ちゃんとお姉さんたちの関係を話したら、自分を救ってくれた上に『お嬢様方の旦那様ともあればわたくしが仕えるのは当然です』って言い出してね……」
「えーと……とりあえず頭を上げてくれ、レイさん」
「レイとお呼びください」
「いや、どう考えても俺より年上っぽいんでレイさんで」
敬語まで使おうものならどうなるかわからないが……
ちなみに多分シトリーも俺より年上なのだが、そこはまあ気にしないということで。
多分上って言っても一つ二つだし。
ウェンディの師匠というのなら、俺よりは確実に年上だろう。
とは言え、見た目は全然そうは見えない。
むしろシトリーと並んでも姉妹と言って何も違和感がない。
めっちゃ綺麗だし。
多分、半分とは言えサキュバスの特性なんだろうな。
「とりあえず、これからどうするかは後々決めるとして、多分すぐにでもウェンディ達にも会いたいよな?」
「はい」
レイさんは即答で頷く。
ちょっと食い気味で。
「なら転移石で戻ろう。すみません未菜さん、飛行機を手配してもらっておいて」
「別に構わないさ。どうせ経費で落ちる。落ちなくても私のポケットマネーでどうとでもなる」
「いや、流石にそうなったら俺が払います」
まあ未菜さんにとっては多分端金なんだろうが。
この人、流石にここ半年くらいの俺程ではないだろうが滅茶苦茶稼いでるだろうし。
多分、総資産ならまだ未菜さんの方が多いと思う。
活動年数が10倍以上あるのだから当然なのだが。
というわけで。
転移石で家まで戻ってきたのだが――魔力の感覚からして、スノウたちは全員揃ってるな。
「とりあえず私たちは席を外そう。流石に場違いもいいところだろうからな」
「だねー。ボクもそこまで図太くはないや」
「すみません、埋め合わせは必ず。話自体はこの部屋でするんで、リビングかどこかで待っててください」
そう言ってまず未菜さんとローラが部屋を出ていく。
さて、ここからどうするかだが……
「とりあえずお姉さんがみんな呼んでくるね。悠真ちゃんは……どうする?」
「俺も話には同席するよ」
流石に場違いってこともないだろう。
言ってしまえば、俺も黙っていたのだからシトリーの共犯なのだし。
シトリーが部屋を出ていってしばらくして、魔力の反応が四人分近づいてきた。
レイさんがぐっと拳を握りしめる。
そして扉が開いた。
「結局、話とはなんなのですか、姉さん」
「とりあえず入ってから、ね」
まず入ってきたのはウェンディで――俺を見て、次にレイさんを見て。
目を見開いた。
「……え?」
その場で立ち止まって、シトリーの方を振り向く。
……あれ?
もしかして今の反応、覚えてるのか?
しかしレイさんの名が出ることはなく、そのまま部屋に入ってくる。
続いてスノウとフレアが。
俺を見て、レイさんを見て。
二人共軽く首を傾げた。
「……なんか見覚えがある気がするわね、その人」
とスノウが。
「どこかでお会いしましたか……?」
とフレアが。
どうやら、三人共完全に忘れ去っているわけではないようだ。
記憶が戻りつつあるのだろうか。
レイさんとは長く一緒にいたらしいし、時間をかければ自力で思い出すこともあるかもしれない。
しかし、恐らくは今この場で全てを伝えてしまった方が――スノウたちにとっても良いだろう。
「……全員揃ったな」
全員の顔が見えるように、円陣になって座る。
座布団の上に俺はあぐらをかいて、ウェンディとフレア、そしてレイさんは正座をして。
スノウとシトリーは足を崩して座っている。
位置関係は時計回りに俺、レイさん、シトリー、ウェンディ、フレア、スノウだ。
「ただ事じゃない雰囲気ね。まずその人が誰なのかから説明してくれるのかしら」
スノウがいつもの態度で言う。
「もちろんそのつもりだ。彼女はレイ――お前らの身の回りの世話をしてきてくれていた、メイドさんだ」
そう言われてレイさんは頭を下げる。
それを見て、スノウとフレアは額を手で抑えるようにした。
「レイ……」
「……っ……」
頭痛が発生しているのだろう。
過去を思い出そうとすると出る、頭痛が。
しかし、今回ばかりはどうしようもない。
我慢してもらうしかない。
しかしウェンディだけは平気そうにしていた。
俺が不思議そうにウェンディの方を見ると、レイさんの方を見て喋りだす。
「……彼女とは何度か夢の中で会っています。名前は聞くまで思い出せませんでしたが、マスターと姉さんが連れてきたくらいなのですから、嘘ではないのでしょう」
さっきのウェンディの反応は、見覚えがあったからということか。
夢の中で……
なるほど。
記憶の整理は寝ている最中に行われると言われているくらいだし、そういうこともあるのかもしれない。
「つまり、お兄さま……その方は……フレアたちの過去を知っているということでしょうか?」
「ああ、そうなる」
まだ痛みがあるのか、少しだけ眉を顰めながらフレアは確認する。
過去を知っている。
それは彼女たちにとって重要な意味を持つ。
そこでシトリーが切り出した。
「実は、みんなに隠してたことがあったの」
セイラン率いる何人かの軍勢に敗れていること。
その際に世界が滅びていること。
自分たちは元々人間だったが、魔法によって精霊に変えられていること。
その時に全ての記憶が消されていること。
なんとかお互いのことを覚えていたのは、恐らく死んでしまった両親のお陰だということ。
それら全てを、スノウたちは黙ってじっと聞いていた。
怒っているのか、悲しんでいるのか、わからない。
スノウですらほとんど表情には出てこないのだ。
「なるほどね。聞いてる内に大体思い出したわ」
「……わたしもです」
全てを聞き終えたスノウとフレアが言う。
「すみません、私は今聞いた内容をほとんど思い出していました。夢かもしれない、妄想かもしれないと思って忘れるようにしていましたが……どうやら現実だったようですね」
どうやらウェンディだけはほとんど思い出していたらしい。
レイさんのことと言い、記憶力の問題なのだろうか。
「……スノウ、フレア。ウェンディも。責めるならシトリーじゃなく、俺にしてくれ。俺も全てを知っていて、黙ってた。しかもシトリーと違って何も背負わずに、だ」
「別に責めたりはしないわよ。内容はそりゃショックだけど、今はこうして四人揃ってるんだし……まあ、ママとパパともどうせもう会えないとは思ってたし、そんなでもないわ」
前半はともかく、後半は明確に嘘だろう。
それくらいは俺でもわかる。
だが――今それをつくのは野暮か。
「私もスノウと同じです。それに――今はレイもいますから」
ウェンディの言葉に、今まで黙っていたレイさんがぴくりと肩を震わせる。
「そうですね。シトリーお姉さまの話を聞いていて、レイのこともちゃんと思い出しました」
「……本当にわたくしのことを覚えていらっしゃるのですか?」
レイさんが消え入りそうな声で確認する。
部屋に入ってきた時のスノウたちは、見覚えがあるという程度で明らかに自分との思い出は共有できていなかった。
だからこその確認だろう。
「レイにはスノウがいつも迷惑をかけていましたね。大体悪戯をしたスノウが逃げ込むのはレイの部屋でした」
「そ、それは昔の話でしょ」
フレアとスノウが言う。
そんなことがあったのか。
「私はレイに様々なことを教わりました。ある事を相談した次の日には、同級生がびくびくしながら謝ってきたのを覚えています」
ある事ってなんだろう。
すごく気になるが、今敢えて伏せたということは多分他の人には知られたくないことなのだろう。
もうそれだけで感極まって泣きそうになり、喋ることすらできなくなっているレイさん。
「ねえ、みんな。ちょっといい?」
それを見てシトリーが姉妹を集めて何かこそこそと話している。
そして、俺のことも手招きをした。
なんだろう。
「――ていうことなんだけど、協力してもらえる?」
「……なるほどね」
なかなか粋な真似を思いつくじゃないか、シトリーも。
軽い打ち合わせを終えた後、姉妹たちが部屋の外へ出ていく。
「えっ……えっ……?」
「とりあえずついてきてくれ、レイさん」
戸惑うレイさんにちょっと苦笑いしつつ俺は彼女を連れて部屋の外に出る。
リビングには未菜さんとローラ、そして知佳と綾乃がいた。
どうやら彼女たちも先に出た姉妹たちに口裏を合わせられているようで、何も言おうとはしない。
「あの……一体何が……もしかしてわたくしは愛想を尽かされたのでしょうか……」
「そんなわけないでしょ」
そのままレイさんについてくるように言って、玄関まで来る。
「あの……?」
もはや戸惑いしかないレイさんだったが。
俺が近づいてきたことを魔力で察したのだろう。
ばっちりのタイミングで玄関の扉が開く。
そこには、シトリーと、ウェンディと、スノウとフレアがいた。
そしてシトリーがにっこり笑って言う。
「レイ、ただいま」
「あ――」
レイさんはその場に膝から崩れ落ちる。
何十年か、何百年かはわからない。
それは彼女がずっと待ち望んでいた言葉だった。
ただ一人きりで、幻の家で。
「おかえりなさいませ、皆様……!!」
今、彼女の望みは叶ったのだ。
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