第195話:精霊のモチーフ
「あっ……くぅ……ん……はっ……」
シエルが艶めかしい声を出して喘ぐ。
頬は紅潮し、滑らかな白い肌の肩には玉のような汗が浮かんでいる。
エルフ特有の長い耳がぴくぴくと動くのは無意識なのだろうか。
「んぅ……ぁ……はぁっ……んんん……っ! はぁ……ッ」
びくん、とシエルの体が跳ねた。
どうやらイイところに当たったようだ。
しかし、あれだな。
「もう少し静かにして欲しいニャ。気が散って仕方ないのニャ」
こちらを冷めた目で見るルルが言った。
それに対して、俺に肩を揉まれているシエルが返す。
「おぬしのマッサージがあまりにも下手じゃから、こうして悠真にしてもらっておるんじゃろうが。ああっ……そこ、そこが痛気持ちいい……っ」
まあ、実際に目で見ればすぐに肩を揉んでいるだけだとわかるにはわかるんだろうが、これがもし部屋の外から扉越しなんかで聞かれていたりすれば間違いなく誤解を受けるだろう。
「にしても、こんだけ肩が凝るってことは相当大変なんだろうな」
「あー、大変なんてもんじゃないのう。わしが動いていることによって色んな方面に影響が出ておる。迂闊に飯屋にも寄れん始末じゃ」
「どういうことだ?」
一体何が起きたらそんなことになるのだろうか。
「シエルは色んなところで伝説として語り継がれているエルフだニャ。そんニャのがどこかの飯屋で飯を食った、なんてニャったらそこに人が殺到することになるのニャ」
「へぇー……」
有名人がどこそこのケーキ屋さんのなんちゃらってケーキが美味しいんですよーって言ったらファンが押し寄せて買っていくようなイメージだろうか。
そういえば、知佳もスノウたちがそんな感じでちらっと何か口に出したりすると次の日に店頭から消えることがある、みたいなこと言ってたな。
どの世界でも有名人や著名人の影響力はなかなか大きいらしい。
「他にも政争を手伝って欲しいものや、珍しいのではわしに求婚してくる阿呆もいるのう」
「きゅ、求婚か……アクティブな奴もいるもんだなあ」
「その辺のは基本無視するようにはしておるんだが、聖王と会うにも時間がかかる上にその聖王もしょせんは飾りみたいなもんじゃから、決議にも時間がかかる。もたもたしていればそうやって周りの貴族が動かしだすし、面倒なことこの上ないわい」
長く生きているとは言え、それを全てこの小さい体で捌いているのだから探索者としての強さ以外は並な俺としては凄いとしか言いようがない。
「……すまんな、愚痴ばかりで」
申し訳無さそうに謝るシエルに俺は苦笑いする。
「いや、しゃーないって。俺だったらもうとっくに投げ出してるよ」
作業量が膨大すぎる。
もう何もかも捨てて直接<滅びの塔>を破壊しに行きたくなるな。
「わしも長年世話になっている世界じゃからな」
「にしても、与し易いからこのハイロン聖国ってとこにしたって言ってたのに難航してるんだな?」
「相対的に楽じゃからと言って絶対的に楽かどうかはまた別じゃからな」
つまり他の国だともっと苦労する可能性があるわけか。
先は長そうだな。
「ところでシエル、聞きたいことがあるんだが」
「なんじゃ?」
「半魔で半霊なメイドさんを実体化させるにはどうしたらいいと思う?」
「……半魔で半霊な……メイド?」
「まあメイドは余計な情報なんだけど」
半魔で半霊というのは必要な情報だろう。
「ニャんだ、また女を引っ掛けたのかお前。モテるオスは大変だニャ」
呆れたように言うルル。
「いや、これに関しては俺がどうこうってわけじゃなくてだな」
より詳しい話を伝える。
どうしても流れでスノウたちの記憶が失われていることや元人間であることも言わなければいけなかったが、まあシエルとルルならば問題はないだろう。
「ふむ、半分サキュバスで半分人間……長いこと人間から溢れる魔力を摂取していなかったので現在は半霊になってしまっている、と」
「そういうことだ」
「厄介じゃな」
シエルはまずそう断言した。
ちなみにルルは話しているうちに寝やがった。
あいつ後で覚えておけよ。
「……やっぱりそうなのか?」
「色んな弊害はあるが、一番厄介な点は、スノウたち四人、そしてその両親二人の魔力を摂取して生きていた半魔だというところじゃ。一人でもわしに匹敵するかそれ以上の姉妹が四人、そしてその両親が二人。少なく見積もってもスノウとフレアが生まれてから今の見た目になるくらいまでずっと膨大な魔力を持つ人間が6人もいる家にいたということじゃろ」
確か、スノウとフレアが19だか20だかって言ってたよな。
もちろん実質的にはそれ以上生きている……というかそれ以上の記憶があるのだとは思うが、要するにレイさんはどう少なく見積もって20年近くは彼女ら家族の魔力で生きていたということになる。
それは間違いない話なのだが、それの何がどう厄介なのだろうか。
「つまり、そのメイドを元に戻すには膨大な魔力が必要になる可能性がある。長年、そのメイドの体を構成していた要素が膨大かつ質の良い魔力だったということじゃからな」
「膨大な魔力っていうんなら俺の十八番だろ?」
「うーむ……確かにおぬしの魔力は類を見ない……というか異常なくらい多いんじゃが、それでも足りるかどうか。一度半霊になってしまっている以上、本来は元に戻すだけでも莫大なエネルギーが必要になるからのう」
「……ようはとりあえず方法はあるってことだな?」
「ま、あるにはあるのう。わしが知る方法が使えれば、じゃが……もし足りなければおぬしは死ぬ。その他の要因で失敗してもおぬしは死ぬ。そしておぬしが死ぬということは、世界はまず救えなくなるじゃろうから……」
俺以外も死ぬってことか。
うーむ、それはかなりまずいな。
「全力で魔力を増やしまくったらどうだ?」
具体的な手段はまあ、チョメチョメしまくってということになるのだが。
「死人を生き返らせる魔法……までとは言わんが、半死人みたいなものじゃからな。この世の理を捻じ曲げる魔法は言ってしまえば<理論魔法>にも匹敵するものになる。多少増やしたところでさほど危険度は変わらん」
「マジか……」
「そも、そういう状態になること自体が珍しいのじゃ。精霊たちの魔力がそれだけ大きなものだったという証左でもあるんじゃが……いや、元は精霊ではないのか。ややこしい話じゃな」
「……待てシエル。今何て言った?」
「そういう状態になること自体が珍しい、か?」
「いや、そのもう少し後」
「精霊たちの魔力がそれだけ大きなものだった」
「その後だ」
「……元は精霊ではないってところか? どうしたんじゃ一体」
元は精霊ではない。
そうだ。
スノウたちは元々人間で、精霊へ作り変えられただけの存在なのだ。
人の手によって。
大抵の場合、人が何かを作る時には元となるモデルのようなものが存在する。
もちろん、完全オリジナルなものもあるとは思うが、魔法なんかだと特に何かがモチーフになっていたり、何かをイメージしたりというものは多いだろう。
元々人間だったスノウたちを精霊に変えたのも、魔法の力だ。
ならその魔法の元となったイメージはなんだ。
もしかしたら、そのイメージ元がサキュバスなのではないのだろうか。
精霊とのそういう行為で強化されるという話や、本契約に快楽を伴うという話。
普通に考えればそんな風にする必要はない。
知佳や未菜さんを主として、俺との行為で魔力が増えるのは基本的には相手側だ。
精霊たちだけは俺との行為で俺――つまり精霊と繋がりがある主人の魔力が増える。
行為によって己を強化するのはまんま俺の知っているサキュバスのそれだ。
更に、長いこと魔力を得られなかったサキュバスは半霊となる。
スノウに聞いた、俺に召喚される前の状態はどうだった?
――あたしたち精霊は
――へえ、おばけみたいな感じなのか
――似たようなものね
目には見えない。
おばけに似たようなもの。
それってまさに、今のレイさんの状態じゃないのか?
半霊。
俺という
偶然の一致だろうか。
いや、それにしては共通点が多すぎるように感じる。
よしんば違ったとしても、これだけ共通点があれば、もしかしたら――
「シエル、半魔の半霊を俺が召喚することはできないか?」
俺の言葉を聞いたシエルが目を見開く。
精霊と妖精という曖昧な共通点で俺との<契約>ができたシエルだ。
言ってしまえば、より精霊に近い存在としても考えられるレイさんを俺が召喚することができれば、スノウたちを召喚した時と同じように実体化させることができるかもしれない。
先程考えた俺の推測を話す。
「……なるほど、サキュバスがモチーフか……有り得ん話ではないな」
「俺の性欲が強いのも、サキュバスモチーフの精霊との繋がりがあるせいかもしれない」
「それは関係ないじゃろうな。おぬしはただのスケベじゃ」
「…………」
ま、まあそれは冗談としても。
シエルも有り得ない話ではないと言うくらいだし、やはり可能性はあるのだろう。
後は俺がどうやってレイさんを狙い撃って召喚するか、だがこれに関しては心配はない。
スノウ、ウェンディ。
そしてフレアに、シトリー。
繋がりの強い精霊を立て続けに召喚できたのは偶然ではない。
ならば、長い間スノウたちの魔力を糧としていたレイさんだって繋がりの強さで言えばかなりのものだろう。
「よし、希望が見えてきたぞ……!」
早速あちらの世界に戻って、試してみよう。
半霊状態のレイさんに会わせるより、ちゃんと触れ合える状態のほうがスノウたちにとっても良いだろうし。
「おいちょっと待て」
「どうした?」
喜び勇んで元の世界へ戻ろうとする俺の袖をシエルが掴む。
「そのメイドのことも結構じゃが、わしとしても死活問題じゃ。魔力を寄越していけ」
ちょっと顔を赤くしながら言うシエル。
そ、そういえばそうでした。
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