第194話:半魔

1.


「……この洋館に住んでたのが精霊達だって?」


 未菜さんが再確認するように聞いてくる。

 それに俺は頷く。


「はい。間違いないです。100%断言できます」

「先程までの君の奇行を見ていると、その断言できる理由もなんとなく推測することはできるが……」


 若干引き気味の未菜さん。

 何故だ。

 ただ俺はサイズを見ていただけなのに。

 

「だとしたら、ユーマはどうするの? 精霊……フレアさん達を今から呼ぶとか?」

「……それは」


 実際、俺は判明した瞬間にそうすべきかとも思った。

 しかし、現在このメイドさんのことを覚えているのは恐らくシトリーだけ……いや、シトリーですら覚えているかは曖昧だ。

 

 自分たちが滅ぼされる時のことは覚えているかもしれないが、この家のことまで覚えているのかはわからない。

 転移召喚でここにシトリーを呼び出すのは簡単だ。

 しかしそのシトリーがもし覚えてなかったら?


 このメイドさんはどれだけ悲しむだろうか。

 ――と。

 

 メイドさんが俺の方に駆け寄ってきて、腕のあたりを掴――もうとして空振った。

 必死な目でこちらに何かを訴えかけている。


 俺とシトリー達の関係性を知りたいのだと思う。

 恐らく、だが。



 未菜さんにもローラにも見えていない彼女。

 俺だけが見える理由は、きっとあの四姉妹との繋がりの有無なのだろう。

 

「未菜さん、ローラ。今から俺はこのメイドさんに姉妹のことを話します。なのでちょっとそこら辺でぶらついててもらえますか? ちょっと長くなりそうですし」

「別にそれは構わないが……」

「じゃ、ボクたちは掃除の続きでもしてよっか」


 ということで未菜さんとローラがいなくなった。

 実際のところ、精霊たちのことについてはどこまで未菜さんやローラにも聞かれていいものなのか俺でもちょっと悩む。

 なので離れてくれた方が都合が良いのだ。



 ……さて。

 今度はこのメイドさんにどこまで話すかだが――

 

 全て、包み隠さず話すしかないよな。



2.



 たっぷり1時間以上かけて俺はスノウとの出会いから今までに至るまで。

 そしてシトリーから聞いた話や、現在異世界やこの世界を襲っている脅威。

 それに過去で体験したことも含めて、全てを話した。

 ……いやごめん、実は全てではなくて、体の関係があることは伏せた。

 流石にね。


 

「……これら全ての話を踏まえて、スノウ達に会いたいと思う? シトリーを含め、何も覚えてないかもしれないけど」


 メイドさんは迷わずこくりと頷いた。

 たとえ覚えていられなくとも、会いたい。

 彼女はそう言うのだ。


 ならば俺はそれを叶えるまでである。

 俺も腹をくくろう。


 何をって?

 スノウたちに真実を話すことを、だ。

 

 いつか話さなければならない時が来ると思っていた。

 だが、先延ばしにしていた。

 

 

 ――とは言え。

 流石にシトリーに相談もなしに、スノウたちの過去の記憶を刺激することはできない。

 まずはシトリーだけの転移召喚になる。

 

 その旨をメイドさんに説明してから、俺は魔力を練り上げた。

 精霊を転移召喚するにはそれなりの魔力を消費することになる。


 俺からすれば特段問題のない割合ではあるが、量自体は相当なものだ。


 そして――



「わっ、びっくりしたぁ」



 何故かバスタオル姿のシトリーが召喚されてきた。

 びっくりしたぁ、は俺の台詞である。

 長い金髪が濡れているので風呂上がりなのだろうか。

 大きな胸がバスタオルで隠しきれていなくてこれはとても素晴らしい……じゃなくて。

 

「悠真ちゃん急にどうしたの? ピンチっていうふうには見えないけど……お姉さんに会えなくて寂しかった?」

「いや、そういうんじゃなくて……」

「?」


 俺が見ている方向をシトリーが見る。

 そして、ぴたりと動きを止めた。

 明らかに――メイドさんを見ている。


 俺に見えているのだから、そりゃシトリーにも見えるだろう。

 そこまでは想定内だ。

 後は、覚えているか否か。

 しばらくじっとメイドさんとシトリーが見つめ合う。

 メイドさんの黒い瞳が不安げに揺れ――


 

「……レイなの?」



 ぽつりとシトリーが呟いた。

 <レイ>。

 メイドさんの名前だろうか。


 それを聞いたメイドさんはその場に膝から崩れ落ちて泣き出してしまった。

 

「えっ、えっ――どういうこと? それにここって、もしかして……?」


 泣き出すメイドさんに触れようとして、触れられないシトリー。

 それにも戸惑っているが、周りの光景にも戸惑っている。

 

 順番に説明する必要がありそうだ。

 

 

 物質創造魔法で着替えてもらったシトリーにここの洋館であったことを順番に話していく。

 とは言っても、そこまで劇的な何かがあったわけではないので簡潔な説明なのだが。


「……とりあえず悠真ちゃんがお姉さんたちの下着の姿を正確に把握してるってことはわかったけれど……」


 ここはシトリーの部屋だ。

 そこに俺と、シトリーと、メイドさんの三人がいる。

 

 どうやらシトリーはほとんど完璧にこの洋館のことを……というか、元いた世界のことを思い出しているようだ。

 

「……思い出してたんなら相談してくれれば良かったのに」

「相談?」

「いやほら、一人だけ覚えてるのも辛いだろ?」

「優しいなあ、悠真ちゃんは。でも大丈夫だよ、お姉さんだもん」

 

 それを聞いたメイドさんがまたブワッと涙を流した。

 この人あれだな。

 シトリーのこと相当好きなんだな。


 会話ができないのは残念だが……


「そうだ、この人って今どういう状態なんだ? 幽霊……なのか?」

「んー……」


 シトリーがじっとメイドさんのことを見る。

 何故か顔を赤くするメイドさん。

 何故だ。

 

「ママに聞いたことあるんだけど、確かレイは半魔なの」

「……ハンマ?」


 範馬の血を引いてるの? 

 地上最強なの?

 いや、流石にそうではないだろう。


 半魔……かな?


「サキュバスと人のハーフ……だったかな?」


 そう言うとメイドさんはこくりと頷く。

 サキュバス。サキュバスですか。

 ふーん……サキュバスねえ。

 いや別に、興味とかはないけどね?


「サキュバスって長いこと人の精を貰ってないと今のレイみたいに半分精神体みたいになっちゃうの。だから死んじゃってるとかではなくて、精神体になっちゃってるだけなんだと思う……多分だけど」

「精を」

  

 邪なあれしか思い浮かばない。

 

「精って、悠真ちゃんの思い浮かべてる精とは違うからね」


 ジト目で釘を刺すように言われる。

 違うんですか?

 サキュバスなのに?


「精力的に活動する、とかって言うでしょ。もちろん悠真ちゃんの想像通りのサキュバスもいるんだけど、レイは一緒にいる人から気付けないくらい少しずつ精を貰ってたんだと思う。そうだよね?」


 こくりとメイドさんは頷く。

 もう少し詳しくシトリーから話を聞くと、どうやら人から自然に漏れる魔力を精として取り込んでいたらしい。

 それで誰もいない家にずっといた<レイさん>はこうなってしまったのだろう。


「つまり、俺が魔力をドカンとあげれば全部解決するんじゃないか?」


 どうせ有り余っている魔力だ。

 ちょっとくらい分けたって何も問題はない。


「多分それで解決するとは思うんだけど……今のレイからは全く魔力も感じないし、そこにいても気配も感じない。多分だけど、悠真ちゃんの魔力を受け取ることができないと思うの」


 それにこくりとメイドさん……ではなくレイさんも頷く。

 ふむ。

 そんなに手っ取り早く済む方法でもないのか。


「……ねえ、レイ。とりあえず、わたしたちが今住んでるところに来ない? この家は……多分、ダンジョン内の特殊な魔力で再現されてるだけだから、住むことはできないと思うの」


 え、そうなのか。

 別荘にするのもいいなーなんて思っていたのだが。


「レイさんをうちに連れてくるのはもちろん俺も賛成なんだけど、スノウたちはどうする? レイさんのことを説明するのなら、必然的に元の世界のことも……」

「……うん。お姉さんから話すよ。それが一番、ショックも少ないだろうし」

「……俺も同席するよ」


 どうやらシトリーも同じ考えだったようだ。

 やっぱり、腹をくくるのなら今だということである。 


 しかしそれもこれも、レイさんをどうやってダンジョン外へ連れていくかである。


「そもそもこの館から出られないんだよな。扉は開かないし、窓や壁も壊れそうにない」

「そうなの?」


 俺は頷く。

 レイさんに至っては恐らく出ようと思ったこともないだろう。


「転移石も触れてなきゃ使えないから無理だしなあ」

「うーん……じゃあレイに実体化してもらうのが先になるのかな」


 そんなことを言いながらシトリーが窓をごく普通にあけた。


「……あれ? 開くよ?」

「へ?」


 嘘だろ?

 もちろん俺たちは扉が開かなかった後、窓や他の勝手口なんかからも出られないのか確かめている。


 しかもちゃんと外は雪山になっているので、完全に外へ繋がっているということだ。


 それどころか、部屋が――洋館そのものがどんどん薄くなっているように見える。

 まさか――


 足元の床まで消え、俺たちは墜落する。


「な、何が起きたんだ!?」

「わー! 服が消えてるー!? ていうか寒い!!」


 少し離れたところでは姿になった未菜さんとローラもいる。

 メイド服も消えちゃったのか。

 眼福……じゃなくて流石に寒そうだなあれ。


 それと、シトリーと……レイさんも。

 ……トリガーとなったのはシトリーがレイさんを今の家へ連れていくと判断したところだろうか。


 とりあえず、シトリーの物質創造魔法で全員分の防寒着を作ってそのままダンジョンの外を目指す。

 転移石でひとっ飛び、というのが一番手っ取り早いんだろうが、やはりレイさんには未だ触れることができないので流石にそれはできない。



 3層と2層がどちらも天気が良かったのもあって、2時間程でダンジョンの外に出られた。

 レイさんがダンジョン外へ出られない可能性というのも少し考えたが、そこも問題なくクリア。

 後はシンプルに東京まで帰るだけだ。


 ……飛行機とか乗れるのかな。

 触れられなくても床の上には立っていたし、多分乗れるとは思うのだが。


 知佳からメールが来ていた。


『何かあったの?』と。


 シトリーを転移召喚したのは当然あちらにも伝わっているからこそのメールだろう。

 『問題ない。シトリーとは飛行機で帰る』とだけ返信しておく。


 ……さて。

 飛行機を予約して、帰る準備して……


 とりあえず今日はシエルの魔力補給をする為に異世界へ行かないとな。

 ついでに触れないような状態になってしまった半サキュバスを元に戻す方法も聞けるかもしれない。

 魔法や魔力に関する知識は随一だからな。

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