第192話:館の主
1.
「……私の見間違いでなければ、明らかに物が増えているように見えるんだが」
「増えてるねー」
倉庫から掃除道具を持って部屋に戻ってくると、部屋の中の物が増えていた。
もっと言ってしまえば、舞台装置に過ぎなかった洋館に人が住んでいた――生活感が出てきたというか。
明らかにそんな変化をしていた。
念の為他の部屋もちらちら覗いてみるが、大体どこもそんな感じだ。
小物が少し増えていたり、部屋の主のものだと思われる日記のようなものがあったり(やっぱり文字は読めないが)。
タンスの中なんかは基本的には何もなかったのだが、今は普通に下着が入っていた。
どうやらこの部屋の主は女性らしい。
ていうかブラあるんだな、この洋館のあった異世界。
サイズは……フレアと同じくらいかな?
「ごほっ……すごい埃だな。服も増えているぞ」
クローゼットを開けた未菜さんが顔の前で手を振って軽く埃を追いやる。
「赤い色が好きなのかなあ、この部屋の人」
「みたいだな」
赤を基調とした衣服が多い。
小物も赤っぽい色が多いような気がする。
なんならカーテンもピンク色だし。
黒髪の幽霊メイドさんはそんな部屋の様子を見て目を見開いていた。
どうやらこうして変化(?)するのは彼女にとっても想定外だったらしい。
「とりあえず掃除しちゃいますか。服とかはいっそ洗濯しちゃいたいくらいですけど」
「衣装室のような部屋もあったし、全てとなると大変だな」
「お城みたいな広さだし、すごいお金持ちだったんだろうねーこの洋館に住んでた人って」
「だろうなあ」
住み込みっぽいメイドを雇うくらいだし。
少なくとも、この人を含めて三人も。
相当な金持ちだろう。
それが何故ダンジョンの中にこんな風に出現するのかは不明だが。
あちこちではたきではたいたり、ほうきを使って床を掃いたりする俺たちを見てメイドさんはどこか戸惑っているように見える。
意思疎通のできない相手が急に掃除をし始めて、急に部屋に生活感が出たのだからそりゃそういう反応にもなるだろう。
前者はともかく後者に関しては何故なのか俺たちにもわからないが。
掃除をするとなって館側が真の姿を出してきたみたいな感じ。
元のままだったらもっとスムーズに終わっていたのだろうが、各部屋を掃除していくとなると半日くらいかかるぞ、これ。
「あ、そうだ」
そういえばウェンディがよくやっている方法があった。
難しそうではあるが、多分できなくはないだろう。
人差し指と中指を立てて、その周りに風の魔法を纏わせる。
弱い風だ。
精々、埃を巻き上げることができる程度の。
その風を窓枠や部屋の隅に走らせ、埃を絡め取っていく。
ウェンディはこの埃取りの風を何十個も同時に作ってやっていたが、俺の技術で一つやるので限界だ。
これ思ったより結構神経使うぞ。
少しでも力加減を間違えれば部屋を風で抉ったりしてしまいかねない。
というか、結構この部屋の主、小物のセンスが良いというかお洒落な柄の入ったものが多い。
お洒落というか、芸術的って言った方が近いのだろうか。
「ほー、器用なものだな。私はそういう細かい操作は当分無理そうだ」
「ボクもまだ無理そうかなあ。流石悠真だね!」
「いや、二人より早く魔法に触れてるから有利なだけだよ。普段から見てるものだからイメージもしやすい」
慣れてくるとそれなりのスピードで風を動かすことができるようになる。
二つ三つと数を増やすのは流石にまだ無理そうだが、この調子でやっていれば十分ちょいくらいで一部屋の掃除が終わるのではないだろうか。
風で浮かび上がらせた埃はやはり風魔法で一箇所に集めておく。
「未菜さんたちはクローゼットの中を掃除しておいてもらえますか? 流石に衣服ほど柔らかいものがあるところは俺の魔法じゃ難しいんで」
「よし、任せておけ」
「おっけー」
部屋の中の埃を飛ばし集めていると、ぽかんとしているメイドさんと目があった。
「ちゃんと綺麗にするから、ちょっと待っててくれよ」
そう言うと、メイドさんの大きな目から涙が――
「え、ええ!?」
「なんだ、どうした?」
「モンスターでも出た?」
クローゼットの中に潜って作業していた未菜さんとローラが出てくる。
「いや、モンスターとかはいないんだけど、その……メイドさんが急に泣き出しちゃって」
「……君まさか幽霊にまでセクハラを働いたんじゃないだろうな」
「流石にドン引きだよ、ユーマ……」
「するわけないだろ!?」
冷めた目で見てくる二人。
先程は新たな扉をこれで開きかけたとは言え、流石にこれは俺は何も悪くないはずだ。
二人には状況が見えていないから説明が難しいのだ。
というか、俺にだってよくわからない。
まともな意思疎通ができない以上は推し量るしかないのだが……
「もしかして魔法で掃除してるのが気に食わないんじゃないか? 手を抜かないでちゃんと掃除しろ! と言おうとしているのかもしれない」
未菜さんがそう言うが、メイドさんはどうやらこちらの言葉は聞こえている上に通じているようで、申し訳無さそうに首を横に振った。
「……違うみたいです」
「ふむ、こちらの言っていることは伝わるのか。もしやそもそも掃除をすること自体が不愉快なのか?」
それにもメイドさんは申し訳無さそうに首を横に振る。
俺も首を横に振る。
「……まあ、掃除をしていることと魔法を使っていることに問題がないのなら続けよう。それでいいな?」
未菜さんがそう確認するとメイドさんも少し躊躇いがちに首を縦に振った。
ので、俺も首を縦に振る。
「なんでユーマも喋らないの?」
「雰囲気」
2.
最初にメイドさんがいた部屋の掃除はあらかた終え、次の部屋へ移る。
すぐ隣の部屋だ。
メイドさんもそれについてくる。
どうやらあの部屋に囚われている地縛霊、とかいう訳ではないようだ。
この館に囚われている、という可能性は十分あるけど。
「そういえば、さっきの部屋もだけど扉に札がかかってるね。名前が書いてある札なのかな、これ」
ローラが扉にかかっている札を手にとって言う。
「言われてみれば」
全く読めない文字なので完全にスルーしていたが、確かに名前が書いてあってそれがぶら下げてある。
そんな風にも見えるな。
日本語かせめて英語ならば誰が住んでいたのかもわかったのかもしれないが、異世界語じゃどうしようもない。
まあ、わかったところでどうせ知らない人だけど。
部屋の扉を開けると、やはりこの部屋も先程俺たちがメイドさんに会う前に入ったのとは様子が異なっていた。
水色の小物や白い小物がところどころに増えている。
カーテンは雪の結晶のような柄が入っているものだ。
「女の子かな?」
ローラがそう言うので、俺はタンスを開けてみた。
同じく白や水色、青を基調とした下着類。
うん、女の子だ。
「君、もう少しそういうのは躊躇いを持った方が良いんじゃないか?」
「どうせこの様子じゃ長いこといないんですし、気にしたら負けですよ」
「それはそうかもしれないが……」
こっちの部屋の子とあっちの部屋の子は姉妹だろうか。
部屋にあるものの種類はさほど変わらないのだが、その色や柄に性格が出ている。
こっちはどちらかと言えば白や青系のさっぱりした色が好きなようだが、あちらは赤やピンク系の色が多かった。
――と。
そこまで考えて、ふと俺はとある可能性に思い当たる。
もう一度俺はタンスを開いて下着類をまじまじと見つめる。
「……ユーマ? 何してるの?」
俺の奇行にドン引きしているローラの声が聞こえたが、ほとんど耳を素通りしていた。
まさか。
いや、本当にまさかだ。
俺は部屋を飛び出す。
「悠真君!?」
「ユーマ!?」
隣の部屋へ入る。
やはり先程見た時よりも小物は増えているが、前の二部屋に比べると無機質な部屋だ。
しかしところどころで部屋の主のセンスの良さが伺える。
どうやらこの部屋の主は黒や緑が好きなようだ。
それに几帳面な性格なのか、どこに何があるかわかりやすい。
いや――どこに何があるかわかりやすいのは別の要因もあるかもしれない。
俺は半ば気付いていた。
だが、まだ確信には至っていない。
タンスを開いて中を物色する。
女性の下着が何枚も入っている。
……おいおい。
てことは、だ。
すぐに部屋を飛び出す。
「ど、どうしたんだ急に!」
未菜さんが後ろから声をかけてくる。
だが、俺は更にその隣の部屋の扉を開けていた。
今まで見てきた中では小物の種類や配置が一番女の子らしい、と言っていいかもしれない。
黄色が好きなのか、黄色っぽいものが多い。
流石にカーテンまで黄色にする気にはならなかったのか、隣の部屋に使われていたものと同じ黒いカーテンだが。
俺はタンスを開いて下着を確認する。
やはり女性ものの下着だ。
「…………」
更に隣の部屋の扉を開いた。
先程ざっとこの館を探索した時の記憶が正しければここが衣装部屋。
記憶通り、衣装部屋になっている。
子ども部屋を四つ並べていることを考えると、恐らくこの館の子どもは四姉妹なのだろう。
左から順に赤色、白色・水色、黒色・緑色、黄色が好きときた。
流石にここまで来れば馬鹿でもわかる。
特に三番目に見た部屋だ。
俺の記憶にある部屋の配置とほぼ同じだった。
あの性格だ。
記憶がなくても同じような配置になることはあり得る。
「……一体どうしたと言うんだ! 私たちにわかるように説明してくれ、悠真君!」
急に取り乱した俺が無言で行動するものだから戸惑っているのだろう。
「……未菜さん、ローラ。この館に住んでたのが誰なのかわかりました」
「……なに?」
「どういうこと? 知ってる人なの?」
二人の後ろに戸惑うような表情のメイドさんが見える。
俺が風を使って埃を集めているのを見て涙を流していたのは、それを懐かしく感じたからではないだろうか。
それも当然だ。
彼女はあの魔法のオリジナルを知っているのだから。
「スノウ達ですよ」
「――なんだと」
「……本当に?」
未菜さんとローラが息を呑む
「この館に住んでいたのは、スノウ、フレア、ウェンディ、シトリー……そして恐らくその両親たちです。間違いありません」
各部屋にヒントはあった。
だが、確信したのは下着のサイズだ。
この俺が見間違えるはずもない。
……いや、冗談とかじゃなくてマジで。
色や小物の好みくらいなら偶然の一致もあり得るかもしれないが、胸のサイズまで全く同じというのは流石にあり得ない。
だからこその確信だ。
流石にそれは言わないけどね。
俺の胸の内に秘めておく。
そして俺の考えが正しいかどうかはメイドさんの驚愕している様子を見ればわかる。
思えばおかしな点は最初からあった。
何故この館は俺たちの前に姿を現したのか。
何故俺にだけ彼女が見えるのか。
それは俺がスノウたちと繋がっているからではないだろうか。
あの四姉妹に近いものを感じて、この館は――彼女は俺たちの……俺の前に姿を現した。
彼女は待っていたのだ。
スノウ達がセイラン達に敗れ、世界が滅んでしまったその日から。
彼女たちの帰りを、ずっと。
この館で、ただ一人。
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