第191話:メイド

1.


「ふむ、やっぱり隣の部屋も使用人部屋だな」

「ミナはこっちにすれば良かったんじゃない? サイズ的に」


 俺は未菜さんとローラの後ろを警戒しながら歩いていた。

 二人に万が一何かがあってもすぐに動けるように。

 もちろん、二人はWSRでも3位と5位の実力者だ。

 ローラは上位陣が攫われてしまったことによる繰り上げもあるが、実力は俺も未菜さんも認めている。

 

 恐らく、戦闘能力だけで見ればWSRの上位陣の中でも更にトップクラスと言って良いだろう。

 交戦距離さえコントロールできれば下手すれば俺でも手も足も出ない可能性だってある。


 二人は強い。

 それはわかっている。

 しかしそれよりも強い奴がわんさかいるのを俺は知っている。


 この(転移石がなければ)出られない謎の洋館という特殊な環境下でそんな奴が出てこないとも限らないのだ。

 つまり警戒を怠ることなど言語道断なのである。


「ところで、元々は私たちの前を率先して歩いていたのに着替えた瞬間何故か後ろでこそこそし始めた悠真君。君はここまで色々部屋を見て感じたことはあるかい?」

「前を歩くより後ろを歩いた方が不測の事態に対応しやすいと思っただけであって、決して若干サイズのあってないせいでミニになっている未菜さんのスカートの奥が後ろからなら見えそうだなーとか、ちょっと意識して裾を隠そうとしているローラの姿に萌えているわけじゃないです。あと別に何か感じたこととかはないですね」

「言い訳が長いなあ……」

「語るに落ちるというやつだな」


 未菜さんとローラが呆れた目で見てくる。

 高身長黒髪ポニテメイドと銀髪ボーイッシュメイドが蔑むような目で見てくる!

 新たな扉を開いてしまいそうだ。

 

 今度メイド服を購入しよう。

 各々のサイズ別に。

 何故かコスプレグッズを大量に持っているフレアや知佳は既に持っていそうでもあるが。

 個人的にはウェンディのメイド服が一番見たい。

 絶対似合うだろう。

 本人の気質から考えても。


 それはともかく。


「この館の謎は解けませんね。一応まだ二階は見てないですけど……」

「二階になんらかの脱出の為のヒントがなければ実質必殺トラップのようなものだな、この洋館は」

「一階にも後は倉庫くらいしかなかったからねえ。二階に何もなかったら倉庫の中をちゃんと探そっか」

 

 それにしても必殺トラップ、か。

 なかなか凶悪なものを置いてくれるな、ダンジョンよ。

 とは言え、見るからに怪しい洋館に入ってしまった俺たちも迂闊な気もするが。

 まあ転移石あるし、いざとなれば精霊呼べるしってことで多少の無茶はなんとでもなるだろう。


 階段もしっかり二人の後ろからついていく。

 足を滑らせたら危ないからな。

 別にやましい気持ちなんて何もない。

 やらしい気持ちならあるかもしれないが。

 流石に撮影はしてません。


 二階へ上がった途端、空気感が明らかに変わった。


「……寒いな」


 未菜さんが腕を擦る。

 その通り、体感温度が恐らく5℃ほど下がった。

 メイド服を着ていなければ寒くて震えていただろうという程に。


 俺は先程外したヒート機能つきのプロテクターを付け直す。

 

「一階に暖房があるのかな?」

「そもそもそれっぽいものはどこにもなかったようにも思うけど……」

「何かがあるのはこの二階だったのだろう」


 未菜さんは変わらず先をずんずん歩いていく。

 本人なりにある程度の警戒はしているのだろうが、本当この人物怖じしないな。

 怪しい洋館、体感温度が下がるときて俺はちょっと嫌な予感が既にしているのに。

 口に出すと本当になりそうだから口には出さないが。


 まず一番右にある部屋から未菜さんはガチャリと開ける。

 中は恐らく――


「この部屋の主は奥さんあたりだろうな」


 化粧台や小さめの机、ベッドなどあるものはメイド部屋とあまり変わらないのが、家具や調度品のあれこれが段違いに高級そうなものになっている。

 壁にかけてあるどこかの海を描いた絵画も結構高そうだ。


 その他の部屋も同じように全く躊躇いなく扉を開いていく未菜さん。

 そして右から順番に何個もの部屋の扉を開けていき、左から二番目の部屋を開くと中は書斎になっていた。


「ようやくらしいものが出てきたな」


 未菜さんはズカズカ中に入っていって勝手に分厚いハードカバーを一冊手に取った。

 中をパラパラとめくるが……


「内容はさっぱりわからんな。文字が読めない」


 俺も他の本を取り出して見てみるが、まあ読めないな。

 ローラも同じようだ。

 どう見てもアルファベットではないし、日本語でもない。

 強いて言うならカタカナが近いような気もするが、だからと言って読めはしないな。


「何冊か持ち帰って、考古学者にでも投げますかね」

「そうするのが良いだろうな。歴史的な価値があるのかまではわからないが」


 俺のポーチへ本を3、4冊入れておく。

 まあ、足りなければまた後で取りに戻ってくればいいだろう。

 転移石の一個くらい仕込んでおけばいつでも来れるからな。


 一応他の部屋でもやっていた通り、棚の中や引き出しの中を物色するが脱出の目処が立ちそうなものは見当たらない。

 脱出ゲームをやっているわけではないので、そもそも脱出の目処が立つようなものというのが何なのかすらわからないのだが……


 結局、謎言語で書いてある本以外に何も得るものがなかったので部屋を出て、一番左の部屋の扉の前に立つ俺たち。


 だが、未菜さんがドアノブに手をかけた瞬間。

 更に体感温度が下がった。


「……ここが当たりかな?」


 流石の未菜さんも慎重になったようで、ドアノブを回そうとし――


「……ん? これは……ドアノブがそもそも回らないな。鍵がかかっている、という感じでもないようだが」

「何か詰まってるんですかね。俺がやりましょうか」


 未菜さんと変わって俺が今度はドアノブを回そうとするが、びくともしない。

 かなりの力を込めているので、ぶっちゃけドアノブが壊れてもおかしくないのだがその様子も一切ない。


「これは……玄関の扉と同じ感じかな?」


 その様子を見ていたローラが呟く。


「……かもな」


 開かずの扉、か。

 明らかにここに何かがあるとは思うのだが。


 最悪、<ホワイトゼロ>で無理やり突破するという手もあるにはある。

 しかしそんな理不尽な破壊をしなくてもなんらかの方法で開きそうな気もする。


「案外、ノックしたら中から開けてくれたりしてねー」


 と半分おちゃらけながら、ローラがコンコンと扉を叩いた。

 

 すると――

 カチャリと鍵の開く音がした。


「…………ど、どうしよう」


 ローラが俺の方を涙目で振り向いた。

 どうしようって言われても、どうしようもないんじゃないんですかね。



2.



 ビビる俺たちを前にして、未菜さんは再びぐっとドアノブを握って回す。


「開いているな。開けて貰えたのなら入るしかないだろう」


 と言ってそのまま扉を開けそうな未菜さんを俺とローラで必死で止める。


「ちょ、ちょっとまってください! 何があるかわからないですから!」

「考え直そうよミナ! ボクたちいつでも出られるんだしさ!」

「面白そうなことが目前なんだ。止まる理由がないな」


 そのまま未菜さんは扉を開いてしまった。

 中は――

 普通の部屋、だ。

 

 化粧台に、机に、椅子に、ベッド。

 

 そしてそんな寂しい部屋の中に、一人の女性が立っていた。


 黒い長い髪で、瞳も黒い。

 そしてメイド服を着ている。

 透き通るような美女だ。

 というか、実際に透き通っている。

 だって思いっきり半透明だもん。


 どう見ても幽霊――だよな?

 状況から判断しても、見た目からしても。


 だが、不思議と怖くはない。

 なんというか、寂しい。


 そんな印象を抱いた。


「良かったー、何もなくて……ミナももうちょっと慎重になってよねー」

「うーむ、何かあるならここだと思ったのだが……特に何もないな」

「え……二人とも見えてないのか?」


 嘘だろ?

 思いっきり部屋の中心に女性が立ってるのに。

 半透明だけど、見えないって程じゃない。


「え、何が?」

「何も見えていないが……からかっているわけじゃなさそうだな」


 俺の様子を見た未菜さんが眉をしかめる。


「何が見えているんだ?」

「……俺には黒髪のメイドの女の人が見えます。寂しそうな、表情をした……」


 女性と目が合う。

 その次に未菜さんとローラを見て、彼女は少し驚いたように目を見開いた。

 口を開いて、何かを伝えてこようとしているがそれが何かはわからない。

 声が聞こえてこないのだ。


 それに気付いたのか、再び女性は悲しそうな表情に戻ってしまった。


 ――なんだ。

 何を伝えようとしているんだ。


「ゆ、ユーマ? こ、怖いこと言わないでほしいんだけど……」

「……いや、怖い感じじゃない。ただ、何かを伝えようとしてる。それが何なのか、わからない。一体、君は誰なんだ。俺たちに何を伝えようとしているんだ?」


 やはり女性が何かを伝えようとするが、わからない。


「どうだ? 何か答えたか?」

「いえ……ただ、悲しそうというか……寂しそうというか、困っているというか。そんな感じはします」

「ふむ」


 すると黒髪のメイドさんは動き出した。

 何をするのかと思うと、ほうきを持って部屋の中を掃き始めたのだ。


 言われてみればどの部屋も埃っぽかった気はするが……

 

「どうした?」

「……掃除してますね。でも触れないんで、できないみたいです」

「じゃ、じゃあさ、お掃除手伝ってあげればいいんじゃない?」

「え?」


 ローラがビビリつつもそう提案する。


「なるほど、それがキーとなる可能性はあるな」

 

 未菜さんもしたり顔で頷く。

 というわけで、俺たちはこの洋館の掃除を始めることとなったのだ。

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