第190話:雪山の館

1.


「ファイヤー!!」


 自分を中心に激しく炎を噴出させて周りの雪を吹き飛ばす。

 4層目へ続く階段の近くに転移石を置いたは良いが、降り積もる雪によって石が埋まってしまっている可能性があったので一番頑丈な俺が先に転移して確かめたのだ。

 最悪、いしのなかにいる、もといゆきのなかにいる、な状態になっても俺なら多分平気だし。


 そして案の定、雪に50cmくらい埋もれていたので無理やりそれを吹き飛ばしたというのが現在の流れである。

 今日はどうやら吹雪いてはいないようだ。

 ダンジョン内なのになんで天候が変わるの、とか積もった雪はどうやって消えるの、とかのツッコミは野暮である。

 ダンジョンはなんでもありだ。


 しばらくして未菜さんとローラも転移してくる。


「おお……派手に吹き飛ばしたな」

「これだけの魔法が出せるようになるまではもう少しかかりそうかなあ」


 半径30メートルくらいで雪が吹き飛んで土の地面が露出している光景を見て二人が驚いているが、こんなものはただの魔力ゴリ押しの結果なので二人でもやろうと思えばできるだろう。

 現状では魔力の消費効率が悪いから俺くらいしかやらないというだけだ。

 

「さて、札幌ダンジョンでは前人未到の4層目だ。気を引き締めていこうか」

 

 階段を降りると、そこは――


「……なんじゃこりゃ」


 先程まで続いていた雪山なのは間違いないのだが。

 目の前に大きな家が建っていたのだ。

 俺たちが住んでいる家も相当大きな方だとは思うのだが、それより更にでかい。

 もはやこれは家というよりも館だな。

 洋風の……洋館ってやつか?


 雪山の中にある不気味な洋館。

 連続殺人事件が起きる舞台みたいだ。

 ミステリ好きにとっては垂涎ものじゃないのか、これ。

 

「どうします、これ。中に入りますか? それとも壊しますか?」

「壊すなんて勿体ないだろう」


 未菜さんは躊躇いなく扉の方へ歩いていった。

 ローラと顔を見合わせ、慌ててその後ろをついていく。

 少しは怖気づいたりしないのだろうか、この人。

 男らしすぎる。


 安全策だけ取るならば外から破壊して中の様子を見てみたりするのが良いのだろうが……

 そもそもダンジョン内ということもあって、破壊してもすぐ直る可能性はあるのか。

 それに壊しても中には何もないが、扉から入ることによって何か出てくる――なんてこともありえなくはない。

 何故ならダンジョンだからだ。

 大抵なんでもありなのである。


「一応俺が最初に入りますからね」

「ほう? なるほど、悠真君も誰も知らないダンジョンの地へ一番乗りする楽しさに目覚めたか」

「いや、何が起きるかわからないからですよ」


 そういう気持ちも全く無いと言ったら嘘にはなるかもしれないが。

 

「ボクたちを守ろうとしてくれてるんだよね、ユーマは」

「そういうのはあまり口に出さないでくれると助かるんだけどな」


 恥ずかしいから。

 まあそういうのを抜きにしても、合理的に考えてこの中で一番防御力の高い俺が率先して危険な目に遭うのが良いだろう。

 アスカロンから伝授……はされていないが勝手に見て盗んだ防御術もあるし。

 いざとなれば転移召喚や転移石だってある。


 一撃で首を落とされたりしない限りはよほど大丈夫だろう。

 なんてフラグを立てていると後で酷い目を見るような気もするが……


 でかい屋敷とは言っても、住んでいる人間まで大きなわけではないらしく常識的なサイズの入り口の扉を開――

 開かねえなこれ。


「未菜さん、鍵かかってますよこれ」

「ふむ。どれ」


 直後、キン、という音がして未菜さんの刀が振り抜かれた。

 

「開いてるぞ」

「……その刀で開けたの間違いじゃないですか?」

「どっちも大差ないだろう」


 刀を鞘に仕舞う未菜さん。

 まあ、ダンジョン内で発見されたものはその自治体が買い取ったりしていない限りは破壊しても何も文句は言われはしないのだが。

 このダンジョンは攻略してもここまで来れる人はあまりいなさそうだしな。

 猛吹雪の中でも普通に歩けるのは俺たちが普通じゃない身体能力を持っているからだ。


 扉を開いて中の様子を見る。

 至って普通――かどうかはわからないが、扉を開けてすぐは大広間のようなところに繋がっていた。

 エントランスホールだろうか。

 それにしては広いが。


 床にはレッドカーペットが敷かれ、奥には二階へと続く大きな階段がある。

 一階部分と二階部分は吹き抜けになって繋がっていて、開放感もある。


 別荘にこういうところがあっても良いかも知れないな。

 攻略し終えたらここを別荘として購入しても良いかもしれない。

 ダンジョン内に住もうと思ったらどこに問い合わせればいいんだっけ……ダンジョン管理局かな?



「……とりあえず当面の危険はなさそうですね。入ってきていいですよ、二人共」


 入った瞬間に何かが襲いかかってくる、なんてことはどうやら起きないようだ。

 俺に促された二人が雪を落としつつ中へ入ってくる。


「セオリー通りなら怪しげな執事が出てきて案内とかしてくれるところなのだろうな」


 どうやら未菜さんも俺と似たような想像をしていたようだ。

 やっぱりどう見ても雪山の中の洋館――サスペンスものに出てくるそれだよなあ。


「モンスターの気配もないね……安息地なのかな?」


 ローラが周りをきょろきょろと見渡しながら言う。

 確かに、モンスターの気配は全然ない。

 用心しながら入ったのが馬鹿馬鹿しくなる程にだ。


 俺たちの後ろでギィィ、と音を立てて扉が閉まった。

 開かないんだろうなあ、と半ば思いながらぐっと押してみるがやっぱり開かない。

 

 鍵がかかっている感じでもないな、これ。

 

「ちょっと離れててください、二人とも」


 魔力による身体能力を限界まで上げて、扉に前蹴りをぶちかます。

 ごすんっ、と重い音がして大気が揺れたが、扉はびくともしない。

 威力だけで言えば大型バスが一発で廃車になるくらいはあったはずだが。


「今のを見る限りじゃ斬れもしないだろうな。刀の方が折れるか、私の手がいかれるかのどちらかだろう」

「……でしょうね。ローラ、転移石で戻れるか試してもらえるか?」

「オッケー」


 そう言ったローラの姿が次の瞬間消える。

 しばらくして戻ってくる。


「転移石は問題なく使えるね」

「扉からは出られないが、転移石で脱出は可能。ダンジョン側も想定していないのだろうな」

「ゲームのバグみたいですね」


 本来その時に手に入っていないはずのアイテムで思いがけない攻略ができてしまったりする感じ。

 普通ならばかなり焦る状況なのだろうが、転移石が使えるのならば別にそこまで危険なこともないだろう。


「にしても、館の中はそれなりにぬくいな」


 未菜さんが上に羽織っていた上着を脱ぐ。

 ヒート機能付きのプロテクターも外してしまったので、ほとんどスポブラとタイツだけみたいな格好になってしまった。

 

「恥ずかしくないんですか?」

「裸まで見られているのに何を今更恥ずかしがる必要があるんだ」


 それもそうか。

 俺も上着を脱いでヒート付きのプロテクターは外しておく。

 まあ俺が外しても未菜さんほど軽装にはならないけどね。普通のTシャツ姿だ。


 ローラもそれを見習って、流石に未菜さんほど思い切りはよくないが結局似たような格好になってしまった。

 うーん、眼福眼福。


 転移石が使えるのだから一度戻って普通の服を着てくれば良いのではとちょっと思ったが、勿体ないので黙っておいた。

 

「さて、探索を始めようか。探索者らしく、な」



2.




「ここは……キッチンか?」


 エントランスホールから続く一階の奥側の一室。

 流しやオーブンのような機械、部屋の中央にある具材を切ったりする場所にコンロのような機械。

 どこからどう見てもキッチンではあるが……


「火はつくみたいだね」


 ローラがコンロのスライダーを動かしている。

 ほんの微かだが、魔力のようなものを感じる。


「動力源は魔石……ですかね。それも電気に変換してから使っているわけじゃなくて、それそのまま魔石から魔力を取り出して使ってる」

「最新鋭の自動車だったりには使われている技術だが、コンロにまで使われているという話はついぞ聞かないな」


 一応曲がりなりにもダンジョン管理局という、ダンジョン関係のことは最先端のものに触れているはずの未菜さんが聞いたことないというのなら恐らくまだ存在しないということだろう。

 少なくとも、


「……異世界の館かもしれないってこと?」

「かもな。まだなんとも言えないけど……」

「いや、確定みたいだな」


 オーブンっぽい機械の辺りをごそごそしていた未菜さんが取り扱い説明書っぽい紙を俺に渡してきた。

 文字は――読めない。

 何語かすらもわからないぞ。


 一応ローラにも見せたが、同じく見たこともない文字だとのこと。


「少なくとも私はこんな文字は見たことがない。全く読める気もしないな」

「……全然関係ないんですけど、未菜さんってそもそも電子機器のトリセツ見たりするんですか?」

「いや、読まないな。読んでも読まないでもどうせ壊れるから」

「な、なるほど……」


 それはそれで正しい選択なのかもしれない。

 結局困るのは未菜さんのマネージャーさんだ。

 頑張ってください。

 

「ミナの機械音痴は凄いからねえ。トランシーバーもまともに使えないくらいだから」

「……私でも使えるようにしない機械サイドに問題があるんだ」

「その問題は一生解決しないだろうねー」


 ローラがにへらと笑う。

 出会った時はもっと王子様然としていたから、こんな無防備に笑う姿は想像もできなかったな。


 

 台所の隣は食堂になっていて、そこには大きな風景画と大きなテーブルがあるくらいで特筆すべき点はなし。

 しかし食堂の隅にあった扉の向こう側は――


「……一体どんな絡繰りでこうなっていると言うのだろうな」

「さあ……ダンジョンですから」


 外に繋がっていた……のだが。

 何故か雪山の面影は全くなく、だだっぴろい広場のような形になっていた。

 何する場所なんだろう、ここ。


「とりあえずここから外へ出られるのかは調べておいてもいいかもしれないな」

「どこまで行けるのかは手っ取り早く調べられるよ」


 ローラが拳銃を取り出して発泡すると、10メートル程離れた空中で銃弾が制止した。

 そしてぽとりと落ちる。


 そこまでいって見ると、なるほどどうやら透明な壁があるようだ。

 ここから先は通行止めということだろう。


「……不思議なことばかりだな」


 刀でつんつんと透明な壁を突いている未菜さんが呟く。

 ふと、<ホワイトゼロ>でこの透明な壁を攻撃したらどうなるのだろうかと思ったがやめておいた。

 時空の裂け目みたいなのができたりしても困る。


 結局ここから外に出られるということはなさそうだったので中へ戻る。

 そして今度は別の部屋へ入ると、そこは……普通に生活感のある部屋だった。

 

 小さめのテーブルに椅子、そしてベッド。

 化粧台や衣装箪笥。

 先程までのアホみたいに広いエントランスホールや中庭(?)、食堂やキッチンを見た後だとちょっと手狭に感じるが、それでも20畳くらいはある。

 つまり比較的狭いだけで、広いには広い。


「普通の部屋ではあるが……位置から考えて使用人部屋だろうな。館の豪華さと内装が若干ミスマッチでもある。この感じだと、隣の部屋あたりも似たようなものだろう」

「おお……」

「何を驚いているんだ、悠真君」

「なんか文化人っぽいこと言ってるなって」

「君が普段私のことをどんな風に見ているか、今の発言でなんとなく分かった気がするよ」


 ジト目で言われてしまった。

 しかしなんか未菜さんがそれっぽいことを言っているとなんか変な感じがするんだよな。

 普段はキリッとしているようで結構ポンコツお姉さんだから。


「見てみて! メイド服が入ってる!」


 勝手に衣装箪笥を開けたローラがはしゃいでいる。

 確かにメイド服だ。

 なるほど、使用人……つまりメイドの部屋なのかここは。

 そう考えるとなんだかちょっと幸せな気分になれる。

 人とは単純なのだ。

 フレアかウェンディあたりに今度メイド服着てもらおうかな……

 

「そろそろ肌寒くなってきたし、その服を借りるとするか」

「あ、ボクも着てみよっかなーって思ってたんだ! ほら、ユーマは部屋の外に出て! 乙女の着替えを覗くのは良くないよー!」


 と追い出されてしまった。

 

 ……え、今から未菜さんとローラのメイド姿が見られるってこと?

 俺はスマホの空き容量と充電を確認する。


 よし。

 幾らでも撮影できるな!

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