第189話:無理なものは無理

1.

 

 最近、俺は本当に自分が干からびて死ぬんじゃないかと思うことがちょくちょくある。

 直近ではついこの間、ワーティア族――狼獣人の女性、エレナとの決闘の後とか。

 もっと近いところでは昨晩とか。


 でかい浴槽にフルチンで浮かびながら俺は溜め息をつく。

 後悔はしていない。

 反省はするつもりだ。

 流石にもう女性に手を出すのは控えよう。

 そのうちマジで刺される。

 今の所、フレアが若干怖い以外はそういうのとは無縁でたまたま助かっているが……


 仕方ないじゃないか。

 ボーイッシュアメリカン美少女に迫られて断れる奴なんていない。

 というか、あっちが未菜さん共々ノリノリだったし。

 

 多分、WSRのランキング順位を駆け上がった件とか聞いていた辺りからこの計画は練られていたのだろう。

 札幌までのこのことついてきた時点で術中にハマっていたのだ。


 ちなみにローラの秘密というのは別になんてこともないことだった。

 右の乳房にハート型に見える痣があるというだけの話である。

 裸を見られるよりその痣を見られる方が恥ずかしがっていたが、あんなの気にしなくていいのに。



 さっぱりしたので風呂から上がると既に未菜さんもローラもダンジョンへ潜る為の装備に着替えていた。

 俺よりも先に二人で風呂に入っていたので当然なのだが。


「やる気満々だな」

「うん、調子がいいからねー」

「悠真君とのは下手なリフレッシュマッサージなんかよりもよほど効くからな。一家に一台欲しいくらいだ。君の魔力量なら分身くらいできるんじゃないか?」

「流石に無理です」


 実は試したことがあるのだ。

 一家に一台、とかではなくシンプルに戦闘用に分身できたら超強くね? と思い、綾乃にも手伝ってもらったのだが無理だった。

 光学系の魔法でそれっぽく見せることは可能かもしれないが、完全に自立した分身を作るのはどうもそもそも不可能っぽい。


 自分がもうひとりいる、というイメージを持てば良いのはわかっているのだが、どうしても突き詰めようとすると拒否感でストップがかかってしまうのだ。

 自分にそっくりなクローンがいたら自分のアイデンティティをかけて殺し合いが始まる、なんて話を何かでちらっと聞いたことがある。

 もしかしたらそれに影響されてかもしれない。


 シトリーにも『そういうイメージ』を持っている以上、万が一成功したときに取り返しのつかない事になる可能性があるから絶対にやめるようにと言われてしまった。

 極論、俺が五人に分身して精霊たちとシエルを一人ずつ連れて色んなダンジョンに特攻し攻略しまくる、というのがキーダンジョンを探す上では最も効率はいいのだろうが……

 無理なものは無理なので仕方がない。


「分身できるスキルみたいなのは案外ありそうだがな。大概なんでもありだし……影を操るスキルと、魔法を作ったり過去に干渉したりするスキルだっけか?」

「気配を消すスキルや慣性を維持したまま異空間に物を収納できるスキルも結構なものだと思いますけどね」


 あとはティナの気配を探るというスキルもあったな。


「イザベラさんの根性エスプリもあったね。会議の時はヒヤヒヤしたなあ」

「俺もああいう会議は苦手なんだけどな……」

 

 会議というか、終始ギスギスしただけで終わった。

 ラーセルをあそこで始末できたのは好都合だったかもしれないが、奴がいたせいで情報共有が中途半端なところで終わってしまったということもある。

 その後ちゃんと情報が行き渡っていれば良いのだが……


「一応、4thと8th、それからイザベラ――7thがキーダンジョンを探す為に動いているという話は柳枝から聞いたがな」


 言われて記憶を探る。

 4thは確かドイツのオットーて人だ。

 30代半ばくらいに見える、未菜さんとバチバチに言い合いしていた人。

 あの人、動いてくれてるのか。

 ツンデレかな?


 8thは腕に厳ついタトゥーの入ってたスキンヘッドのでかいおじさんだ。

 カナダの人だったと思う。

 見た目は一番怖かったが、優しそうな声音だったのを覚えている。


 そしてイザベラはフランスの栗毛の女性だ。 

 感情が昂ぶると魔力が高まるというスキルを持っていた。


「そういや、ローラと未菜さんはイザベラと交流があるのか?」


 本名をさらっと呼んでいたが。


「うん。最近はあまり絡みがなかったけどね」

「なんだかんだで上位陣とはそれなりに顔なじみだぞ。あの中で全く知らないのは中国の10thくらいか」

「あー、あの人はボクも知らないなあ。強そうではあったけど」


 そういえばいたなあ。

 確か青と黒のオッドアイだった。

 強そうかどうかはわからなかったが、確かに雰囲気はあった。

 どのみち全員を集めて魔法を指南する機会でも設けたいが……


 正直俺だと魔法をしっかり使えてるわけじゃないので、シエルかシトリーあたりを呼んで、俺みたいに魔力を流し込む無理やり体に覚え込ませる形式でなくちゃんとした教え方をした方がいいかもしれない。


「……そういや今日はシエルたちの方にも行かないといけないな」


 魔力の補給(意味深)に。

 大変だ。

 色々と。

 自分で蒔いた種なのだが。本当の意味でな。やかましいわ。



2.sideルル



「あー、シエルにゃら今忙しいのニャ。お前みたいな小物に用はないのニャ。というのが伝言ニャ」

「なんだと!! この私を誰だと思っている!!」

「伯爵だか拍手だか知らないけどやめておいた方がいいニャ。後ろの護衛よりあたしの方が100倍強いのニャ」

「獣人風情が――!!」

 

 数十秒後。

 屈強な護衛二人と伯爵一人、仲良く伸びている男どもを部屋から蹴り飛ばすルル。

 

 はったりが大事だからとシエル共々高いホテルに泊まったは良いが、そのシエルが用事で留守にしている間に与しやすしとルルへ言い寄る貴族が後を絶えないのだ。

 

 シエルは知恵が回る上に顔が利く。

 更には実績も多いのでなかなか取り入るのが難しい。

 しかし取り入ることさえできれば、政治上大きな味方となり得るのだ。

 

 歴史を見ても明らかな重要人物。

 どうあっても味方に引き入れたいが、何分シエル自身が世俗離れしている。

 数百年単位で人間の前に姿を現さないことだってあるのだ。


 そんな彼女が何故か王国内に留まっている。

 それをチャンスと見た彼らが動いているのが現状というわけわけである。


 現在シエルが働きかけているのはハイロン聖国の聖教最高司祭だ。

 宗教が実質的に国を牛耳っているこの国に置いて未だに爵位に縋り付き偉そうにしている伯爵のことを小物と吐き捨てたルルは間違えてはいないのだが……

  

 他の誰かがここにいればあの伯爵も多少手厚くもてなされたかもしれない。

 だがここにいるのはルルただ一人。


 伯爵家の威光もその辺りの事情を全く把握していない――把握をしようともしていないルルからすれば有象無象の雑魚である。

 引き連れてくる護衛がもう少し強ければ記憶にも残るかもしれないが、それも無茶な話というものだ。


 なにせ悠真や精霊たち、そしてシエルの影に隠れてはいるが間違いなくルルも世界最強クラス。

 更にまだまだ伸び盛りな上に悠真というもいる。

 現時点で同程度の実力を誇るドワーフのガルゴもあと数年もすれば明確に追い抜かれることになるだろう。

 

「退屈だニャ。ユーマのアホはいつ来るのニャ」


 一昨日補給を行っているので、次に来るのは今日だ。

 しかし夜に来ると言っていたのをすっかり失念している。

 何故ならルルだから。


 しばらく窓の近くでのんびりしていると再び来客があった。


「シエル殿はおられるか!! 俺は武者修行をしている者だ! 名をあげる為――ぶへ!?」

「甘く見積もって2点だニャ。レオのがまだましニャ」


 尋ねてくるのはシエルに政争の協力を仰ぎに来る者ばかりでもない。

 シエル=オーランドという最強のエルフを倒し、自分の名をあげようという身の程知らずもいるのだ。

 そんな奴を名乗りを上げさえする間もなく秒殺するルル。


「お前があのババアに挑もうっていうんニャら最低でもあと300年は修行しないと駄目ニャ。分を弁えるのニャ」


 ちなみにルルも何年か前にシエルへ同じような理由で挑み、ボコボコにされているのだが本人はもうそのことを忘れて偉そうに説教している。

 


「ほう、誰がババアじゃと?」

「ニャッ!?」



 いつの間にか背後に立っていたシエルにアイアンクローを決められながら部屋の中に引きずり込まれていくルルを見て、2点を付けられた武者修行の彼は呟くのだった。


「……実家に帰ろ」

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