第188話:雪男
1.
札幌ダンジョンに出るモンスターは大体2種類だと言われている。
まずそのうちの一つはお馴染みゴブリンさんだ。
こいつらは大抵どのダンジョンにもいる。
そしてもう1つは<雪男>だ。
イエティだかビッグフットだか知らないが、とにかく全身毛むくじゃらのずんぐりむっくりで、熊っぽいシルエットではあるのだが顔はどちらかと言えばゴリラっぽいという不思議生物……不思議モンスターである。
そしてこいつがなかなかに強い。らしい。
流石に俺、未菜さん、ローラとWSR上位5位以内が3人も集まっているこのパーティで苦戦することはないので伝聞調になってしまうのだが、どうやらこいつの毛はかなり硬く刃も通さなければ弾丸も通さないという、探索者殺しで有名なモンスターらしい。
その上パワーは熊っぽい見た目通り人間より遥かに上で、2層はまだしも3層に出てくる雪男ともなると最新のプロテクターでも紙のように引き裂いてしまう。
多分、パワーだけで見れば新宿ダンジョンにいた赤鬼と同じくらいなんだろうな。
その代わりと言ってはなんだが動きはかなり遅く、出会っても倒せなければ逃げれば良いというのがこいつの対処法なのだとか。
ローラが放った銃弾が雪男の額を貫いて、魔石と化す。
雪崩対策に付けてきたサイレンサーのお陰でほとんど音もしない。
連射はできなくなるそうだが、一撃で仕留めてしまえば問題ないとのことだった。
弾丸を通さないと言ったな。
アレは嘘だ。
いや、半分は本当なのだが。
ローラの腕前で正確に毛の薄い顔面を狙えるということ、そして普通の拳銃ではありえない威力なのにそれを制御できるだけの身体能力。
この2つが合わさっているのでこうして簡単に倒せてしまうわけだ。
もちろん未菜さんの刀が通らないなんてこともないし、俺が力負けをすることもない。
「うーむ、思ったよりヌルいな。油断しているわけではないが……」
より極限状態を求める(もはや一種のマゾなのではないだろうか)未菜さんが口を尖らせる。
既に2層も突破し、3層目……とは言え一応ここまでマッピングされているので迷うこともなく来れたのだが、どうやらそれも含めて不服らしい。
「真意層に行った方がよほどマシだったかもしれませんね」
「とは言え今は新宿ダンジョンも樹海ダンジョンも混んでいるからな」
もちろん他にも攻略済みダンジョンは存在するが、東京から比較的近いのは確かにその2つだ。
新宿ダンジョンは近いどころかその中だし。
しかし未菜さんの言った通り、現在新宿ダンジョンは手軽に魔力覚醒を行えるとして、そして樹海ダンジョンはスノウとフレアのゾンビ動画のお陰でとんでもない人出になっているのだ。
「九十九里浜はどうです?」
「あそこは君たちが一番奥まで行ってしまったのだろう? なら面白くないじゃないか」
「……まあ、気持ちはわからないでもないですけどね」
前線を行く探索者の醍醐味は前人未到の地へと足を踏み入れることにもある。
そういう意味では九十九里浜は一度俺たちが一番奥……どころか異世界まで行ってしまっているので新鮮味には欠けるだろう。
次に選択肢に上がるとすればお城ダンジョンだが、あそこはあそこでやっぱり現在大人気なのだ。
理由は新宿ダンジョンと同じ。
「あと、単純に私がカニを食べたかったんだ。カニ、美味しいだろう」
「ああ、そういう」
「ホッカイドウのカニは美味しいってミナから聞いてるよ。ボクも楽しみだなあ」
「アメリカでもカニって食べるのか?」
「食べるよー? 生で食べることはあまりないけどね」
「日本でも生でカニを食うことはないんじゃないか……?」
大抵はカニ鍋で食べるような気がする。
しゃぶしゃぶとか。
「いや、新鮮なカニは刺し身で食べられるぞ。これがまた美味いんだ」
「へー……」
「ぼ、ボクは美味しくても生はどうだろう……」
「俺はちょっと興味あるなあ」
生のカニってどんな感じなのだろう。
茹でたカニしか食べたことないのでシンプルに気になる。
でもアメリカの人って生食はあまり好まないと聞くし、カニも似たような感覚なのだろうか。
「このダンジョンから出たらカニの刺し身が食べられる料亭へ行こうか。私の記憶が正しければそう遠くない位置にあるはずだ」
「ミナの記憶はちょっと頼りないなあ……」
「な、なんだと? 私だって流石にダンジョン内じゃなければ迷うようなことはないぞ?」
「えー、でも3年くらい前に空港で待ち合わせた時は空港内で迷子になってて――」
「おっとローラ、それ以上悠真君の前で言ったらお前の秘密も暴露するからな? 右の乳房に……」
「ちょっと!? それは絶対内緒にしてって言ったよね!?」
空港内で迷子になるって……
もはや方向音痴とかのレベルを超えている気がする。
ほとんど女児じゃないか。
そしてローラの秘密もそれはそれで気になる。
右の乳房に何があるのだろう。
夢と希望だろうか。
とまあ、大体このような雑談をしながらちょくちょく出てくるイエティやゴブリンを倒しつつ進み続け――
「4層目へ続く階段だな」
「……雪山の中にぽつんと無機質な石階段があるのもかなり違和感ありますね」
「ダンジョンは全部この階段だからねえ。砂漠みたいなところでもこういう雪山でも全部同じだから」
真意層へ入ってからも階段の質自体は一緒で、なんかちょっと光るだけだしな。
しかしわかりやすいと言えばわかりやすいのかもしれない。
腕時計を見ると既に夜の8時を回っていた。
「そろそろ一旦戻りますか」
「そうだな。北海道の海の幸が私たちを待っている」
行きはよいよい帰りは怖い、なんて言葉があるが、俺たちに限ってはむしろその逆だ。
札幌ダンジョンのこんなところまで来る奴がいるわけないのでここに転移石を置いて明日はこの続きから探索できるし、ホテルもセキュリティばっちりなのでうっかり転移先で誰かと鉢合わせる心配もない。
一応、未菜さんとローラが先に転移したのを確認してから俺も転移するのだった。
2.
「ん……っ」
ローラがどこか官能的な声をあげる。
「っ……ふっ……んんっ……」
声を出すのをはしたないと思っているのか、左手で口元を抑えつつ、頬を染めて身をくねらせる姿は扇情的という他ないだろう。
「んぁっ……くっ……」
「ストップ」
俺はローラの右手を離した。
必然的に魔力の注入も中断される。
「ローラ、頼むからもうちょっと普通にしててくれないか」
「そ、そうは言っても……なんだかくすぐったくて」
頬を染めたまま口を尖らせる。
魔法を使う際には魔力というものを明確に体内で自覚する必要がある。
なので直接俺が魔力を手と手を繋いで流し込んでいたのだが、どうやらその魔力の移動時には独特の感覚があるらしい。
相性の問題もあるのだとは思うが、ローラはやたら喘ぐのだ。
「見ているこっちまで変な気分になってくるな」
少し離れて様子を見守っていた未菜さんが微妙な表情で言い放つ。
見ているだけの未菜さんがそうなのだから当事者である俺としてはもう気が気でない。
そのうち魔力の制御を見誤ってとんでもないことになりかねない。
物理的に。
「とりあえず、今までのでもなんとなく魔力の感覚は理解できただろ?」
「うーん……本当になんとなく、だけど……。なんか血流と似たような感覚なんだね」
「どうだ? それを使って魔法、できそうか?」
「流石にやってみないとわからないかなー」
そりゃそうだ。
「そんじゃ詠唱……は英語と日本語でイメージする力の差が出そうだし、無しでやるか。ローラは右利き? 左利き?」
「右利きだよー」
「そんじゃ右の人差し指を出して」
ちらりと見ると未菜さんも何故か言われた通りにしている。
別にいいけど。
「それでさっき流した魔力がじんわりと指先へ集まっていくようなイメージを持つんだ」
「じんわりと……」
「その魔力は小さなロウソクのような火を灯す。こんな風に」
ぼっ、と指先へ炎を出す。
俺が一番最初に教えられた魔法だ。
正直ここからすんなりできるかどうかはセンスの問題だ。
未菜さんは元々少しだけ魔法が使えるのでこの程度は簡単にできるとしても、ローラは初めてなので時間がかかるかもしれない。
……と思っていたのだが。
「あ、できた!」
あっさりと成功していた。
火の揺らめきも少なく、大きさも安定している。
未菜さんがあっさり
バランスを取る、交互にペダルを踏む、ということを特に意識しないでも大抵の人が自転車を漕ぐことができるのと同じだ。
この分じゃ結構早い段階で
銃弾でも十分な威力は出るが、やっぱり魔法だと色んな属性があるからな。
凍らせたり燃やしたり吹き飛ばしたり痺れさせたり。
シエルのように<そこに在るもの>を変化させる魔法を覚えることができれば銃弾とかもその辺の土から作り出せるようになるかもしれない。
使う人のセンスにかなり影響されるとは言え、そう考えるとやはり魔法はかなり強力なダンジョン攻略手段となるだろう。
問題はこれが戦争や犯罪なんかに使われたらどうするかというところだが、そこは国単位で対策してもらうとしよう。
俺はしーらね。
魔法が成功したことを無邪気に喜ぶローラを見て俺はそんなことを思うのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます