第187話:飛ぶ斬撃を見たことあるか?

1.


「寒っ!」


 流石にもう冬に入りかかっている季節。

 そりゃもう北海道は既に寒いに決まってはいたのだが、俺の予想よりかなり寒かった。

 東京基準で言えばもう真冬の寒さだ。

 思い返せばニューヨークも結構寒かったな。


「ユーマは大げさだなあ。これくらい普通だよ、普通」


 北米育ちのローラはどうやらこれくらいの寒さはへいちゃららしい。

 スマホで気温を確かめてみたら5℃とかなので俺が寒がりってわけでもないと思う。

 

「私も平気だな。年中これくらいの気温だったら過ごしやすいんだが」

 

 いつものスーツ姿で一切防寒をしているようには見えない未菜さんまでそんなことを言う。

 きっちり防寒着を着込んでいる俺がちょっとアホみたいに見える絵面だ。

 何度も言うが、しっかり寒いので平気な二人がおかしいのだ。



 そこからタクシーでホテルまで移動し、当然のように同じ部屋へ案内される。

 いや、未菜さんとはともかくとしてローラはまずいのではないだろうか。


 このホテルは札幌にダンジョンができてから新しく建ったホテルで、ダンジョン関係者がよく利用するので必然的に結構な高級ホテルっぽくなっているそうで、夜景が売りなのだとか。

 旭山記念公園の展望から見るのと遜色ない、とフロントに説明されたがその旭山記念公園に行ったことのない俺としては愛想笑いを浮かべる他なかった。


 しかし寒い季節の夜景は空気も澄んでるし本当に綺麗に映るんだろうな。

 今は夕方だが、日が沈めばやはりこの部屋からも綺麗な夜景が見えるのだろう。


 このホテルの宿泊費って経費で落ちるのだろうか。

 さっき軽くスマホで調べたら三人合わせると軽く7桁に到達しているような計算だったのだが。

 しかし今更高級ホテルにビビる俺でもない。

 ロサンゼルスだのニューヨークだのでお高いホテルには慣れている。

 

 愛知のお城ダンジョンの近くにも高級ホテルがあったしな。

 結局、儲かっているダンジョンの周りは景気が良くなるのだ。

 

「そういえば今回は君一人なんだな。精霊の誰かがついてくるかと思っていたが」

「最初はその予定だったんですけど、あっちはあっちで別のダンジョンに潜ったりするらしいです」

「君がいないと戦えないと聞いていたが、そうではないのか?」

「弱くはなりますけど、それでも十分なくらい強いですよ」


 俺が離れていてもボスとは戦えるくらいの強さだ。

 本契約を済ませていなければ話は別なのだが。

 それが四人いる上に知佳と綾乃もいるわけで、戦力的にはこちらよりも充実しているとすら言えるかもしれない。


「元々が凄いもんねえ」


 フレアに過去を持つローラはしみじみと呟く。

 今となってはそういえばそんなこともあったな、というくらいの認識だが。


「問答無用で保護者がいた以前に比べると随分信用されたな。これも私の特訓の賜物というやつか」


 ドヤ顔で言い切る未菜さん。


「比重としてはそれなりにあるのは否定しないですけどね」


 ロサンゼルスの時と比べて俺自身がだいぶ強くなった。

 あの時がレベル10だとするならば今は50くらいはあるのではないだろうか。

 それでもまだまだ満足はしていないが。

 

 レベル99を限界突破しているような奴らが周りにいる上に、あの女――セイランもその限界突破組のようなものだ。

 その話を聞いていたローラが不意にはっとしたような表情を浮かべる。


「……特訓ってもしかしてそういう意味だったりする?」

「顔を赤らめるな。絶対勘違いしてるから」

「あ、魔力が増えるのはミナの方だけだったんだっけ?」


 その通り。

 それ関係で俺の魔力が増えるのは精霊との時だけだ。

 他は相手の魔力が増える。

 シエルはまたちょっと違うのだが。


「どのみちまだ夜までは時間があるし、少しダンジョンへ潜ってみようか」


 夜に何かをすることはどうやら未菜さんの中では確定らしいのだが、俺がそれを拒否できないこともわかっているのだろう。

 だったら俺も何も言うまいさ。

 ……でもローラはマジでどうすんだろ。



2.



 夜の云々はともかく、俺たちは札幌ダンジョンへ入場していた。

 このダンジョンは少し特殊で、まだ攻略されていないところではあるのだが、実はスキーやスノーボードを楽しむ施設として大人気なのだ。

 

 札幌ダンジョンの中は一言で言うと雪山である。

 年がら年中、外は真夏でもダンジョンに一歩入れば雪山だ。

 なのでもちろんシーズン問わずスキーヤーたちが山程集まる。


 俺はスキーもスノボもやらないのでよくわからないのだがなんでも雪の質がかなり良いのだとか。

 その上一層に限ればモンスターも大した強さではないし、吹雪くこともない。

 つまり天候に左右されることもない。


 そりゃ人気が出る。

 海外からもプロが練習しに来るレベルだそうだ。

  

 ちなみにこのダンジョンは1層に常に探索者が配置されていて、モンスターは湧き次第倒されている。

 日当換算で5万くらいの仕事になるらしい。

 

 要するに札幌ダンジョンの探索者にとっての本番は2層からなのだが――


「寒いっ!!」


 どうやら今日はの日らしく、猛烈に吹雪いていた。

 5メートル先はもう真っ白けで見えないくらいだ。

 なんてこった。


 魔石をエネルギー源とするヒートプロテクターのようなものを付けているので本当に雪山を登る時ほどの重装備ではないのだが、それでも他の通常のダンジョンに比べれば相当着込んでいる方である。

 それでも寒い。

 猛烈に寒い。


 もう帰りたいくらいだ。

 ああ、温泉が恋しい。

 シエル早く連絡くれないかな。

 温泉入りたいよ、温泉。


「探索日和だなあ、ローラ! 悠真君!」


 さほど寒くなさそうな未菜さんはずんずん先へ進んでいく。

 方向音痴なんだからあまり動き回らないで欲しい。

 というかこんなん下手すりゃ遭難するぞ。


 まあ、転移石をホテルの部屋に置いてある上に一人一つずつ持っているので遭難したところで誰も困りはしないのだが。


 ちなみにこのダンジョン、本来これだけ吹雪いていたら誰も奥に行こうとはしない。

 これが札幌ダンジョンが一般人に人気な割に全く攻略を進められていない理由である。


「相変わらずだなあ、ミナは。こういう逆境でこそ人は強くなれる! みたいなことを大真面目に言ってるから」

「……それで本当に強いんだからたちの悪い話だな……」


 アスカロンも苦しい時ほど強くなれる、みたいな理論を展開していたが。

 あいつもやっぱり自分自身が強いお陰で明らかな根性論でも一定の説得力が生まれてしまうんだよな。

 実際俺はそのアスカロンに鍛えられてかなりレベルアップしているので文句も言えないし。


「……こんなことならフレアかウェンディを連れてくるべきだったな」


 どちらかと言えばウェンディだろうか。

 これだけの吹雪でもウェンディならば容易く相殺してくれるだろう。

 フレアでも雪を溶かすことはできるが、そうなると辺りが水蒸気に包まれて大変なことになりそうだ。


「とりあえず――」


 自分の体の周りに温かい風を纏うようなイメージを持つ。

 なるべく範囲を広い方がいい。

 しかし大きすぎても制御できないので、視界の効かなくなる5メートルをカバーしよう。

 

 ふ、と吹雪が弱くなり、少しだけ暖かくなる。


 吹雪を完全に相殺、というのは流石に俺の技量では無理なので軽減する程度。

 温かさに関してはそう難しい話でもないのだが、雪が溶けてしまう方が氷になったりして危険そうなのでそうならない程度の温度にしておく。


「もしかして悠真君の魔法か?」


 変化に気付いたようで未菜さんが振り返る。


「ええ、多少は器用になったでしょう?」

「相変わらず凄いな、君は」

「これくらいはお茶の子さいさいですよ」


 まあ実際は結構気を使う制御なのだが。

 多少のロスは魔力量でカバーしているので誤魔化せているだけである。

 風は常に一定方向から吹くわけではなく、大まかな方向は同じでも強さや向きが若干異なる。

 それを大きな魔力でできた風で逸しているような感じなので、魔力効率はすこぶる悪いのだ。


 これがウェンディだったら瞬時に風の向きや強さをして的確に反射させるのだろうが、流石にそこまでは俺には無理。

 というかウェンディ以外には無理だろう。


「これが魔法かあ……ボクも使えるのかな? 魔法って」

「基本的には誰でも使えるはずだ。得手不得手はあるけどな」

「へー、また後で教えてよ!」

「構わないけど……」

 

 俺も教えられるほど上手くはないからなあ。

 未菜さんも魔法は苦手そうだし。

 逆に知佳や綾乃は俺よりよほど上手く魔法を使う。特に綾乃はスキルの件もあるからな。


「ローラの戦闘スタイルだと、魔法を覚えることはかなり強さに直結しそうだな。攻撃に幅が生まれる。悠真君や私よりも相性が良さそうだ」

空間袋ポーチの中でも魔法の威力をストックできるのなら便利そうだけど、どうなんだろう?」

 

 ローラは基本的に銃を使って戦う。

 空間袋ポーチによる変則的な攻撃や、ローラ自身の腕前のお陰で並大抵のモンスター相手なら苦戦することはない。

 だがこれに魔法まで加わればより完璧にミドルレンジを制圧することができるだろう。


 ……そういえばダンジョンでドロップした鉱石で銃を作ったりしたら更なる威力の向上を見込めるのだろうか。

 今度天鳥さんに相談してみよう。


「モンスターがいるな。あっちの方向だ」

「え? ……ほんとだ、よくわかりましたね」


 未菜さんが指差した方向へ意識を向けてみると、確かにモンスターの魔力を感じる。

 よくもまあこれだけ吹雪いている中で見つけられたものだ。


「スキルの影響か、最近は気配に敏感なんだ」


 本当にここ最近絶好調なんだな、この人。

 どこまで強くなるつもりなのだろうか。

 

「これくらいの距離なら……」


 未菜さんが刀の鞘に手を添える。

 距離を詰めて倒すつもりだろうか。

 この距離なら素直にローラの銃撃で倒した方が良さそうだが。


 吹雪のせいで見えてもいないモンスターの方向を向きながら、未菜さんは抜刀の構えを取った。

 そして――


 一瞬、未菜さんの腕がブレた。

 かと思うと、その方向にいたモンスターの魔力が消える。


「……もしかして今ので倒したんですか?」


 10メートルくらいは離れていたはずだ。

 高速で移動したというのなら俺が見逃すはずもない。

 つまり今のは、刀で離れた位置を攻撃したということになる。


「私が唯一得意だと言えるだ。気付いたらできるようになっていた」


 ……え、今のって飛ぶ斬撃ってやつ?

 アスカロンが似たようなことをやっていたような気もするが……

 マジ?

 人間にそんなことできるの?


「ぼ、ボクのお株が……」


 流石にこれはローラも知らなかったようで愕然としていた。


「ローラのように変幻自在なところからアレをできるようになれば良いんだがな……」

「そこまでされたらボク本当に泣いちゃうからね!?」


 そちらへ歩いていくと、言うまでもなくちゃんと魔石がそこに落ちていた。

 

「ふふん、どうだ。凄いだろう」


 うん、凄い。

 マジで。

 俺もやればできるのかな、今の。

 でも多分未菜さん程の威力は出ないんだろうな。

 魔力量で威力だけの再現はできるかもしれないが、それは似て非なるものだ。


「ねえユーマ、絶対ボクにも魔法教えてね。絶対! なんでもするから!」


 どうやらローラは対抗意識を燃やしているようだ。

 でもなんでもするとか迂闊に言わないで欲しい。

 ボーイッシュとは言え、ローラも超可愛いのだ。


 同じ部屋だということもあってマジで俺の理性が保てなくなるから。

 元々ないようなもんだって?

 ほっとけ。

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