第186話:1本目

1.


 土を足で蹴っ飛ばして、少し穴を開けるとそこには赤紫に光る不思議な鉱石があった。


「マジで魔石が出てくるのか……」


 大きさは女性の小指の第一関節のサイズって感じか。

 新宿ダンジョンの2、3層で取れるのと同じくらいだ。

 小さいものではあるが、土を蹴り飛ばすだけでぽろっと出てくるくらい気楽に採れるのなら十分にこの土地の資源として活用できるだろう。

 大きければ大きいほど指数関数的に取り出せるエネルギーも跳ね上がる魔石ではあるが、このサイズでも車くらいなら3年は動く。

 実際、魔石エネルギーで動いている最新鋭の車に搭載されている魔石はこれよりもちょっと小さいくらいだったはずだ。


 魔石が採れる範囲は半径1km程にも渡るらしいのでかなりの金額になるのではないだろうか。


 俺は塔を見上げる。

 やはり小型ではあるが、アスカロンの世界で見たアレとそっくりだ。

 ダンジョン化こそしていないとは言え、本来ダンジョンのモンスターからしか取れないはずの魔石がぼろぼろと地面の中から出てくる現状は異常事態である。


 一応、ルルパパとワーティアの族長、そして俺の三人で話は付けてきてある。

 最終的には俺がミーティア族とワーティア族に年に一回くらいの頻度でボス級の魔石を無償提供するので壊させてくれる、という結果に落ち着いたのだ。

 もちろん提案したのはこちらからである。


 俺としてもルルの実家が不利益を被るような結果に落ち着くのは避けたかったので、その程度で良いのなら願ったりかなったりだ。


 ボス級の魔石とは言え、1年分のこの塔による魔石の生産量には流石に追いつかないと思う。

 それでも破壊を許してくれたのもどうやら獣人たちの仕来りによるようなものらしい。

 自分より圧倒的に強い者は~ってやつ。


 結局力ずくとあまり変わらないような気もするが、本人たちが納得しているのなら構わないだろう。

 

「しかしいざ破壊するってなるとちょっと勿体ない気もするな。差は出るだろうけど数十万とかはするわけだし」

 

 実際どれくらいの値段になるのかはわからないが。

 流石に地面にびっしり埋まっているわけではないし、場所によってはまばらなところもあるだろう。

 俺がぼやくと、同じく地面を掘り返していた綾乃が言う。


「あまり採れすぎてもこのサイズの魔石の価値が下がっちゃいますから。そうなると結局ボス級の大きな魔石の方が最終的な値段は高くなる可能性は十分ありますよ」

「ああ……そっか、価値が下がるってことはあり得るのか」

 

 エネルギー資源にだって供給過多という概念は存在する。

 それに魔石を宝石的な楽しみ方をする人もいるわけで、そういう人にとってはより顕著なのかもしれないな。


「さて、どうだ? シエル、ウェンディ」

「半径1km以内に人の反応はないようじゃな」

「私の方でも人の気配は感じられません」


 面子の中でも特に索敵に優れた二人のOKをもらう。

 <理論魔法>は基本的に他人に見せられないからな。

 目撃されてしまえば無用な注目を浴びてこの世界で動きづらくなる。

 この段階で動きが制限されるのはまずいのでルルのように近くで監視しておくか、始末するしかなくなる。

 それか綾乃に記憶を飛ばす魔法を作ってもらうくらいだな。


「――やるか」


 

2.



「……ふぅ」


 ひと息つく。

 正直、特に何事も起きずに<滅びの塔>を破壊できてしまうとは思わなかった。

 だからこそこちらは全員で万全の体勢で来て、何が起きても対処できるように準備していたというのに。


 最悪バンと同じくらい強い奴が現れる、くらいのことは覚悟していたのだが。

 まあこの中にバンと同程度の奴が出てきたところで瞬殺されるのが関の山だろう。

 

 アスカロン級が最低でも5人いるこの場で無事に済むわけがない。

 精霊以外の一人はもちろん俺ではなくシエルだ。

 

「あと6本か。一番楽そうだったルルの実家でもまあまあ時間かかったし、残りもそう簡単には行かないだろうな」

「逆に考えれば今回こんニャに早く終わったのはあたしのお陰なのニャ。もっと労って欲しいのニャ」

「間違えてはないんだが別にお前が何かしたってわけじゃないのがなあ……」


 むしろこいつが実家でもっとしっかりしていればスムーズに話が進んだような気さえするのだが。

 放浪娘の尻拭いをさせられただけのような気もする。


「それにしても、流石はお兄さまです! あれだけ硬い塔を簡単に壊してしまうなんて!」

「簡単にってわけではないけどな……」


 実は、俺が理論魔法で破壊する前にこの中でも随一の破壊力を誇るフレアが破壊を試みているのだが、なんとフレアの炎の直撃にさえこの塔は微動だにしなかったのだ。

 もちろんフレアが全力でやると周りの被害がとんでもないことになってしまうのでフルパワーで魔法を使ったわけではないだろうが、それでも純粋な破壊力としては十分なものだったはずだ。


 もはやこれは硬いとか硬くないとかじゃなくて、『物理的に破壊が不可能なもの』という種類だとしか言えないようなレベルである。

 ゲームとかによくある、壊せない家具とか車とか。

 そんなイメージ。


 俺の理論魔法――<ホワイトゼロ>に関してはその破壊不能オブジェクトをそのまま削除してしまうような感じだ。

 

「次はどこの<滅びの塔>を破壊するの? というか、これだけ一つの破壊に時間がかかるんならあっちの世界に残りつつ事態が進展しそうな時だけ帰ってくるって手も取れそうな気がしてきたわ」

「そうできればしたいんだが、どうしてもそうしようと思うとこっちに残って情報の伝達をする人がいないとなあ。ガルゴさんは実家に戻っちゃったし、それをまた引き戻すわけにもいかないだろ?」


 それにそうなるとどうしても転移石を多用することになる。

 猫の町でもちょくちょく家には戻っていたが、それはこちらで転移石を監視する人がいたから出来たことだ。

 誰か一人二人こちらに残らせて自分たちだけは戻る、というのはよろしくないだろう。


「別にわしはこっちにしばらく残ってもいいがのう。離れていても魔力補給方法で定期的に魔力をくれるのであれば普通に活動する分には困らんわけじゃし、一番こっちであれこれ働くのはわしじゃし」


 別のってのは要するに直接魔力を注ぐ方法である。

 その具体的な方法は……まあお察しということで。

 確かにシエルは魔力さえあれば精霊たちと変わらない力を発動できる。


 精霊は俺がいなければ大幅に弱体するが、シエルは長期間でなければパフォーマンスに差は出ないのだ。

 

「そのの頻度は?」

「2日に1回くらいで平気じゃろ」


 ……となるとぶっちゃけ今とそんなに頻度は変わらないな。

 

「けど本当にいいのか? その……一人だと寂しくないか?」

「わし以外にもそこそこ戦えて悠真の魔力が必要ない奴がいるじゃろ。そいつを駒として使っていいなら全く問題はないぞ」

「ニャ゛」


 逃げようとしたルルの尻尾を知佳の影がとっ捕まえる。

 だいぶ素早く動けるようなったなあ、あの影。

 

 結局、話し合いの末にシエルとルルがこちらに残ってこちらの世界のことは動きがあるまで対処することになった。

 「元々わしらの世界じゃし、全部おんぶにだっこじゃ格好がつかんからのう」とは話し合いの最中で出たシエルの言葉だ。

 基本的には特に危険がないこともルルの実家でわかったことだし、いざとなれば転移石で逃げてくることもできる。

 シエルの強さと判断力ならば何かあっても引き際を見誤るようなことはないだろう。


「ちなみに次に<滅びの塔>を破壊しに行くのはどこなんだ?」

「そうじゃな……水と癒やしの国、ハイロン聖国あたりが与し易いじゃろ。温泉なんかが盛んな国じゃな」


 温泉ですか。

 ふーん、なるほどね。



3.


 

「へー、異世界の温泉かぁ! いいなあ、ボクも行ってみたいなあ」

「別に連れてってもいいけど、何があっても責任は取らないからな?」


 俺たちの住む世界に戻ってきて早々に未菜さん(マネージャーさん)から連絡があった。

 なんでも、ローラが日本に来たので三人で酒でも飲まないかとの誘いである。

 もちろん断る理由はないのでその誘いに乗ることにしたのだが、またその酒を飲むという場所が帝国ホテルかってくらいでかいホテルにある超高級個室付きバーみたいなところで、全然酔える気がしない。


 なので異世界であったあれこれをぺーらぺらと喋っていたのだが、その途中でローラが興味を示したのが異世界の温泉だったというわけである。


「何があってもというのはつまり、悠真君に襲われても責任は取らないということか? もちろん襲うというのは性的に襲うということだ」

「んなわけあるか」


 思わず素で突っ込んでしまった。

 未菜さんは酒に弱いわけではないようだが、酔いやすい体質ではあるようで飲み始めて割とすぐに絡んでくるようになった。

 普段とのギャップが激しくて可愛い。

 ……後でマネージャーさんに連絡して迎えに来てもらわないと駄目そうだが。


「そういえばミナはユウマといっぱいえっちなことしたから急にランキングが上がったんだよね?」

「ああそうだ、彼と戦うまでは負けなしだった私が負けっぱなしでだな――」


 女子同士の猥談が始まってしまった。

 体位がどうとか弱点がどうとかそういう話はのいないところでして欲しい。

 マジで。

 どんな顔してここにいたらいいんだ。


「ボクもチャンスあるかなあ」

「悠真君はスケベだからな。混浴温泉にでも入ればその後は……いや、その場で襲われること間違いなしだ」

「な、なるほど……」


 なるほどじゃないよ。

 納得するなそこ。


「ところで、ローラはなんで日本に来たんだ?」

「元々こっちに来る予定ではあったんだよね。ミナと話し合って」

「未菜さんと?」

「以前、WSRランカーたちが襲われた事件があったろう。それで私とローラで固まっていれば危険も少ないという話になってな。幸い、ローラは政府に属していない探索者だから国外へ移住するのも容易だ」

「移住? てことはこっちに住むのか?」

「うん。元々日本は好きだしね。ミナとユーマがいるから」


 へー……そりゃまた騒がしくなりそうな。


「あと柳枝にはパートナーができたのに私にはいないのはずるい」


 かなり酔っ払ってきている様子の未菜さんが子供みたいに口を尖らせる。


「ずるいって」

「ずるいったらずるいんだ! だからローラを私のパートナーにする」

「3位と5位がバディになるってとんでもないドリームチームですね」


 親父と柳枝さんのおっさんバディの立場よ。

 あの二人ももちろんパーティとして相当強いのだが、この二人が組むとなればそりゃ霞む。

 しかもあっちはおっさん二人だがこっちは美女二人である。

 メディアへの露出も増えそうだな。

 

 ……そういや親父が今度テレビに出るかもとか言ってたなあ……

 見たくねー、そのテレビ。


「明後日くらいに初陣として札幌のダンジョンへ行く。君もついてくるんだ。わかったな? よしわかった」


 どうやら未菜さんの中では確定事項らしい。

 まあ、札幌ダンジョンがキーダンジョンの可能性もあるわけだし断る理由はないのだが。


「……別にいいですけど、途中離脱するかもしれないですからね」


 シエルたちの動き次第だ。

 しかしここ最近、未菜さんはますます強くなっているらしいしローラも当然あの時のままではないだろう。

 そういう意味でも楽しみだな。

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